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リアクション
「やるのならー、これからよぉ」
夕方になって人気も少なくなった頃、師王 アスカ(しおう・あすか)はルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)と広場の一角にある壁の前に立っていた。
「本当にやるのか?」
「あったり前じゃないー。何のためにこれだけの蛍光塗料を買ったと思ってるのよぉ」
アスカはポケットから壁に描く下絵を取り出した。
ゆる族の行進
下絵にはそう題名が付けられている。
「それで我は何をすれば良いんだ?」
人が来ないように見張っててー。蛍光塗料だから見られてもバレないと思うんだけどー、万が一があるからねー」
ルーツが離れていくと、魔鎧状態だったホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)が人型に戻る。
「時間をかけてもしょうがないしー、一気に描いて行くわよー」
イタズラに反対していたホープは、兄に魔鎧であることをバラすからと言われて泣く泣くアスカに従った。
その時である。
「おーい、寒いから何か飲み物でも買ってこようか?」
ルーツが戻ってくる。ホープは慌てて魔鎧になる。
「気が効くわねぇ。じゃあ、コーヒーをお願いねー」
「分かった」
ルーツが買い物に行ったのを確認してホープが魔鎧から戻る。
「危ない、危ない」
次の瞬間。
「コーヒーは砂糖とミルクはどうする?」
すかさずホープが魔鎧になる。あまりに慌てたので、アスカの髪の毛を挟んでしまう。
「痛いわねぇ」
「何?」
「ううん、こっちの話。砂糖抜きのミルク増量ねぇ」
ルーツが去ると、ホープが魔鎧状態を解く。
「髪の毛が抜けたらどうするのよぉ」
「知るか、兄さんに言ってくれ」
その時だ。
「何か食べ物もあった方が良いかなー」
「いい加減にしてくれよー」
ホープは鎧に戻る。今度はアスカの肘の皮を挟んだ。
開店早々に屋良 黎明華(やら・れめか)の襲撃を受けたものの、その後のクレープ ノーブルファントムは順調だった。
一般のお客さんからも売り上げが入り、ボランティアへのサービス分を補って余りあるものがあった。
しかし佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)と佐々木 八雲(ささき・やくも)には、黎明華の「また来るねー」の声が忘れられなかった。
「もう来ないんじゃないかなぁ」
「だと良いが……」
予想は往々にして悪い方向に当たるもの。そろそろ店じまいと思っていた2人の前に、掃除でお腹を空かした黎明華が登場した。
「ボランティアの参加者には打ち上げがあるって聞いたんだけどさ、あんまりがっつくと悪いよね。ここでちょっと腹ごしらえしてこうと思って」
黎明華の“ちょっと”を痛感していた2人は、弥十郎を残して八雲が買い出しに走る。今日の売り上げ全額を握り締めて……。
椎名 真(しいな・まこと)の屋台でも、全ての品が売り切れた。
「一番、評判が良かったのはトン汁かぁ。寒かった上にお腹を空かせた人が多かったからなぁ」
評判を聞いた山葉校長からは、打ち上げの席でも作ってもらえないかと頼まれていた。
『打ち上げにトン汁?』と思ったものの、良い評判を聞いて悪い思いはしない。
また容器問題で山葉校長から連絡も十分に行き届いていた。そのお礼としても応えるべきと考えた。
店じまいを済ませると打ち上げの席へと急ぐ。他のボランティア連中の仕事は終わったが、椎名真にとっては、もうひと仕事だ。
すっかり静かになった駄菓子屋で火村 加夜(ひむら・かや)と中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は後片付けをしている。
どこか午前中と雰囲気の違う綾瀬に加夜は「何かあったんですか」と尋ねたが、「別に」と綾瀬は答えただけだった。
加夜の送り届けた飲み物は、どれも好評だった。特に紅茶は清泉 北都(いずみ・ほくと)のパートナーであるモーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)に好評だった。
「本当にどこにでもある紅茶なんですよ」
何度も加夜はそう断った。
するとモーベットは「入れた人の性格が出るのだろう。こんな素晴らしい紅茶を毎日でも飲みたいものだ」と微笑んだ。
加夜はついその笑顔にボーッとなるものの『いけない! 私には涼司くんが!』と、その度に気をしっかりと保った。
「じゃあ、私はこれで」
綾瀬が駄菓子屋を辞しようとする。
「打ち上げの話は……聞いてる?」
加夜は思い切ってもう一度話しかけたが、綾瀬は何も言わずに首を振った。
ただドレスがわずかに引っ張られたかと思うと、綾瀬は村木のお婆ちゃんに頼んでクジを一回引く。
しかし「このくじはお婆様に預けさせて頂きますわ……後で受け取りに参りますので、その時まで保管しておいて下さいな?」と結果を見ずに駄菓子屋を出て行った。
加夜が村木お婆ちゃんを見る。
「誰でもいろんなことがあるもの。私くらいに長生きすれば、みーんな思い出になっちゃうんだけどねぇ」
加夜も片づけを終えて駄菓子屋を後にする。
「今年もお世話になりました。寒い日が続くので身体に気をつけて下さいね。また来年も宜しくお願いします」
深々と頭を下げた。
「あなたも一回どう? 来年の運試しに」
勧められて三角クジを1つ引く。村木お婆ちゃんがくじを破ると「おめでと、大当たりよ。いい年になりそうね」とお菓子の詰め合わせを貰う。
加夜は楽しい気分で店を後にしたが、少し歩いて自分自身でクジの結果を見ていないことに気がついた。
「もしかして……ありがとうございます」
加夜はお店に向かってもう一度頭を下げた。
クジを預けた綾瀬はともかく、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)はもやもやした気持ちで帰宅していた。
『あれは綾瀬で良いとして、もう一回引いて、それを私にしてくれても良かったのに』などとごねる。
しかしながらドレスの重みは全く感じなかった。綾瀬がとった行為の意味は理解しているからだ。
『ねぇ、綾瀬、今度はもっと引かせてよね!』
綾瀬は「はいはい」と気軽に返事をして、互いに笑いあった。
広場の片隅では2つの人影が肩を寄せ合っている。
1人は雪だるま王国の騎士団長にして広報担当のクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)。
もう1人は雪だるま王国のプリンスにして未来を担うナイスガイの童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)。
したたかに酔っ払った2人は、清掃活動も雪だるま王国の野望も忘れて、ベンチで眠りこけていた。
そんな2人の肩に白い塊が降り積もる。もちろんポスターを燃やした灰などではなく、本物の雪だ。
ボランティアできれいになった空京の街は、うっすらと雪景色に包まれていった。
こうして意図しない形で本来の夢を叶えたクロセル・ラインツァートは、満足しながら人生の幕を閉じていった。
《終わり》
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