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パラミタ百物語 肆

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パラミタ百物語 肆

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開会

 
 
 空京神社のある高台の一画。
 参道の中程から不自然に別れている小径がある。
 その入り口にある物は、古びた小さな鳥居。
 ちょうど人が頭をぶつけずにくぐれるぐらいの物だ。その表面の赤い塗装は半ば剥げ落ち、朽ちかけた木の表面にかさぶたのように赤黒くこびりついているにすぎない。
 その鳥居を、四人の人影がくぐり抜けた。
 道は、下生えの草と小石に被われ、木立の合間がなければそれと判別するのも難しい。
「ふぁーあ。百物語会があるからって、随分と綺麗に掃除してあるじゃないか」
 あくびをしつつ月明かりの下を歩きながら、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)が言った。彼の前後には、パートナーたち三人がいる。彼女たちが百物語会に参加したいと言うので、新風燕馬はそのつきそいだ。
「うんうん、鳥居もピカピカの真っ赤っかだったわよね。気合い入ってるのよ。燕馬ちゃんも、もうちょっと気合い入れなきゃ」
「そうは言うけどなあ。なんだか凄く眠くて……」
 ローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)に軽くつつかれても、新風燕馬はとろんとした目で曖昧に答えるだけであった。
 てくてくと、四人だけで夜道を進んでいると、単調すぎて容赦なく睡魔が襲ってくる。
「まあまあ、御老体……、いや、若者に夜更かしはまだ早いのじゃろう。そこらで眠りこける前に、早く会場に入ろうではないか」
 新風 颯馬(にいかぜ・そうま)が、微かに目を細めていった。
「もう、ツバメちゃんったら、おこちゃまなんだからあですぅ」
 その言葉を真に受けたフィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)が、大人ぶって言う。
「さあさあ、皆様、こちらでございます」
 四人を鳥居の場所からずっと案内していた巫女さんが、提灯の明かりを軽く掲げて道を示した。
「おお、見えてきたようじゃぞ」
 新風颯馬が、道の先に見えてきた明かりをさして言った。
「道案内、御苦労様でしたですぅ」
 巫女さんの先導で、四人がなんの疑問もなく道を踏み進んでいく。
 すでに先客がいるのだろう。社殿の周囲には、サラマンダーや大型騎狼がいた。だが、巫女に連れられた四人を見るなり、軽く唸って闇の中に身を潜めてしまった。その目だけが、提灯の明かりを反射して明るく光る。
「ほほう、ほほう」
 社殿の屋根にびっしりと止まった白鳩の群れが、まるでフクロウのような声をたてる。
 新風燕馬たちは、玄関に入ると靴を脱ぎ、扉のない下駄箱に投げ入れた。
 何か小さな黒い物たちが、ささささっと下駄箱の奧へと逃げていく。カサカサと、葉擦れのような音が、そこかしこでささやいた。
 廊下は暗く、反った床板は一足ごとに軋む音をたてた。引き戸の隙間から明かりが細く漏れ出でているのが、百物語の会場となっている広間だ。廊下の奥は暗くてよく分からないが、突き当たりを曲がった所に厠があるはずである。雨戸は全て閉められていて、節穴から覗く月明かりだけが、外の世界が存在していることを教えてくれていた。
「こちらです」
 巫女さんにうながされて、新風颯馬が立てつけの悪い戸を引き開いた。
「なんじゃ、おまえは!?」
 突然眼前に現れた者を見て、新風颯馬が叫んだ。
 ぼーっと突っ立っていたのは、頭にバケツを被った曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)だったのだ。
『ええっと、なんでオレこんな所に立ってるんだ?』
 なんとも、間の抜けたことを曖浜瑠樹が言う。バケツのせいか、その声はくぐもって聞きづらい。
「はいはいはい、りゅーき、とりあえずむこうに行きましょうねえ」
 すいませんねえと、マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が、曖浜瑠樹の背を押して連れていく。
「なんでここにいるって、ここに来ようと言いだしたのはりゅーきですよ。心配だからってついてきて、正解でしたよ」
 やれやれというふうに、マティエ・エニュールが言った。二人の足許に、飼い猫の納羽ミーシャがスリスリと纏わりつく。
「あれえ、俺、なんでこんな所にいるんだろう?」
 あいている所に座った新風燕馬が、あくびまじりに言った。
「さあ、なんでここに来たんだっけ?」
 ローザ・シェーントイフェルも小首をかしげる。
「君たちも、鳥居をくぐってここに来たんじゃないんですか? 確か、百物語をしに来たんでしたっけか?」
 巫女姿の月詠 司(つくよみ・つかさ)が、新風燕馬に話しかけてきた。
「そうそう、百物語ですぅ。お姉さんたちは、ここの巫女さんですかぁ」
 フィーア・レーヴェンツァーンが月詠司に話しかけた。
「いえ、私は……」
「ここに、巫女修行をしに来た流れの巫女ですよね」
 月詠司の言葉を遮って、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)が答える。
「ええっと? 前にもこんなことなかったっけ? そのときはこんな姿じゃなかった気がするんですが……」
「さあ、それも確かめなさいと言う御神託かもしれませんよ。とにかく、巫女姿でここに来いというお告げでしたから。きっと、巫女修行の一貫なのよ」
 なんだか、いまいち腑に落ちないという月詠司に、シオン・エヴァンジェリウスが決めつけた。
「巫女修行って……。ただでさえ、魔法少女だけでも充分すぎるのに……。ああ、なんだか、身体が重い……」
 そう言いながら、月詠司がその場を離れていった。その一足一足ごとに、微かにべちゃりという音が聞こえる。まるで、粘膜質の蟲を畳に叩きつけているような音だ。わずかに、巫女服の袖から、何か肉色の紐のような物がチラリと垣間見え、そして姿を消した。
「ふぁーあ。そうだねえ。百物語だったね。実家は病院なので、【404号室のナースコール】、【霊安室のアルバイト】、【魔術師、手術中】とか、色々とネタは……。ふぁーあ、でも眠い……」
 あらためて思い出しながら、新風燕馬が大きくあくびをした。
「フィーアだって、【3本の蜜蝋燭】というとっておきのネタが……、ちょ、ちょっと、ツバメちゃん!? もう、しょうがないですねぇ」
 ぱったんと倒れるようにして膝の上に転がり込んできた新風燕馬の頭をかかえると、フィーア・レーヴェンツァーンが困ったように嬉しいような顔になった。
「ふむ、今回も、なかなかに盛況なようだな。はっ!? 今回!?」
 会場に集まった面々を見回しながら、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)がきょとんとした顔になる。
 鴨居のあたりでは、樹月 刀真(きづき・とうま)がデジタルビデオカメラを設置しているところだ。この会場で何かが起こったら、漏らさず記録するつもりらしい。
「あのな、ベア。か、怪談が始まる前に……、その、一つ、ベアに伝えておきたいことがあるのだが……」
「ん、なんだ。いいぞ、話してみろ」
 びくびくとしきりに周囲を気にする悠久ノカナタとは違って、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)はドーンと胡座をかいて座っている。
「わらわたちは、なんでここにいるのだ!?」
「何をいまさら。百物語に参加しに来たんじゃねえか」
 おかしなことを言うと、雪国ベアが聞き返した。
「いや、本当にそうであったか?」
 楽しそうにこれから話す怪談の練習をしている緋桜 ケイ(ひおう・けい)ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)をチラチラと見ながら、悠久ノカナタが言った。
「確か、わらわは家に帰ったらミッドナイト・シャンバラを聞こうと思っていたはずなのだが。なんで、ここにいるのだ。それも、まるで示し合わせたかのように、皆で揃って百物語をしようとしている。ありえぬではないか」
「どうして?」
 雪国ベアが、聞き返した。
 だが、まさか怪談が怖い自分が、こんな会に参加するはずがないとは、口が裂けても言えない悠久ノカナタであった。