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リアクション
白いテーブルセットをいくつか用意した清泉 北都(いずみ・ほくと)は、大宴会場とは少しはなれたところでお茶会を開催していた。桜酒の用意も万端、お茶請けはガトーバスクとスコーン。
ブランデーを落としたケーキによく合うガトーバスクは、自慢の出来栄えだった。
そこへ、テーブルへ飾る花をもらってきたクナイ・アヤシ(くない・あやし)が、ある人物をつれてきた。
「清泉 北都」
「ああ、ルーノさん?!」
「お久しぶりです」
赤髪の機晶姫は、花束を持って現れた。クナイ・アヤシが花を求めていると聞いて、分けてもらったのだというピンクローズを差し出す。
「会場のイベントの景品ですけれど、せっかくですからと」
「ありがとうございます。これでテーブルに小さな花もあれば、首が疲れなくて良いですしね」
「それより北都、お土産にガトーバスク、持っていってもらいましょ」
「ええ、いいですね。どうぞお持ち下さい」
その答えにクス、と笑うとクナイ・アヤシがルーノ・アレエの手をとってガトーバスクをお土産に包ませる。ウキウキした様子で見送ると、テーブルセットの手伝いに戻ってくれた。
「あー、どうせなら俺のも渡してくれればよかったのに。味比べしてもらえたのになぁ」
「どっちもおいしいんだから良いじゃないの」
ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)の不満そうな声に、クナイ・アヤシはため息混じりに準備を進める。
桜を呆然と眺めていたモーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)は、お茶が入ったと聞いて、ようやくテーブルについた。
「わぁ、甘い香り……チェリー? 桜だから?」
クナイ・アヤシが嬉しそうに桜の香りを楽しむ。チェリーブランデーをたらしたのは正解だったようだ、と清泉 北都はかみ締めるように微笑む。
乾杯、とティーカップで声をそろえると、甘い香りが口の中に広がっていく。
ソーマ・アルジェントは、ふと懐かしい彼女を思い出した。
『ブランデーをたらした紅茶には、ガトーバスクが合うのよ?』
そんな柔らかな微笑を思い出したが、向かいに座っているのはモーベット・ヴァイナスだった。ソーマ・アルジェントはあることに気がつき、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「あれ?」
「……なんだ。我の顔に何かついているのか?」
「別に」
もーペット・ヴァイナスはため息交じりに不愉快そうな顔をしている。
別に、ではないのだけど……そういえば、こいつの顔を見た時に見覚えがあるような気がした。
ヴァイナス…そうだ、彼女から聞いた名前だ。
まぁ、今日は良いか。
なんてことを考えながら、ソーマ・アルジェントはお茶の残りを飲み干した。
「桜は美しいし、主が作った菓子もおいしい。平和な日だ」
モーペット・ヴァイナスも、そういってガトーバスクを口に放り込みながら、桜の木を見上げた。
そこへ、買い食いを楽しんでいた長原 淳二(ながはら・じゅんじ)と相変わらずのゴスロリ服を身につけたミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)が姿を見せる。どうやら、桜酒の甘い香りに誘われたらしい。
「おお、いい匂いだな」
「よければどうぞ。ここのものは、お好きなだけお召し上がりくださいね。仰っていただけたら、桜酒も入れますよ」
「ほんと? それじゃ、頂きましょうよ淳二!」
「私も混ぜていただけるかしら?」
ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が、自ら入手した桜酒を差し出しながら、「これもどうか使ってくださいねぇ」と清泉 北都に手渡した。
「いいんですか?」
「ええ。だって皆さんで楽しむのが一番ですもの〜」
本当は、和輝さんを誘いたかったのだけれど……
と、ルーシェリア・クレセントは心の中で呟いた。
「私はミーナ。こっちは淳二よ」
「私はルーシェリア・クレセントですぅ。どうぞ、よろしくお願いしますねぇ。ミーナ」
「主の入れた茶はうまいが、菓子もうまい。ともに楽しむといい」
モーペット・ヴァイナスが桜酒とガトーバスク、スコーンを3人に勧めると、喜んで受け取ってもらえた。小さく笑うと、今度は自分用のお菓子をもらいに戻っていった。
「花見って言うから、もっとで店とか並ぶのかと思ってたけど、意外と上品なんだな?」
「百合園だもん。当たり前じゃない。それに、出店よりも桜が見られたら、それで十分楽しいじゃない?」
「……ええ、そうですねぇ。本当に素敵な桜……これだけ桜の花びらがまい踊っているのに、あの枝から零れ落ちそうなほど咲き乱れていますね〜」
ルーシェリア・クレセントの言葉に、おおー、と長原 淳二とミーナ・ナナティアが感心していた。顔を赤らめて、どうしたんですか? とルーシェリア・クレセントが問いかける。
「ううん、なんだか表現が素敵だなって。私だったら、綺麗ーくらいしか言葉が出てこないもの」
「うんうん」
「ふふ、そうですか〜? そういってもらえると、嬉しいですぅ」
「あ、俺たちも混ぜてくれ」
パートナーたちと訪れたのは、黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)だった。その後ろに隠れるようにしていたユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)は、羨望の眼差しで桜を見上げていた。そしてはた、と気がついてクナイ・アヤシに重箱を差し出す。
「あの、作ったので、皆さんで食べませんか……? 多めに、作ってあります」
「ありがとう! それじゃあ、取り分けてお皿を持っていくからあいてるテーブルを使って?」
言われるがままに、黒崎 麗(くろさき・れい)と椿 ハルカ(つばき・はるか)も席に着いた。桜の花びらがテーブルクロスの上を覆っており、フーっ吐息を吹きかけると、まい踊って白いテーブルクロスが顔を出した。
「花妖精の私がお花見なんて、おかしなお話ですが、こうゆうのもたまには良いですわね♪」
「うん。お母さんのお弁当楽しみだなぁ」
「お弁当だけじゃなくって、お茶も楽しんでってね。このお菓子は、俺が作ったんだ」
ソーマ・アルジェントがウィンクしながら、二人の前に桜酒と茶請けのお菓子、そして取り分けられたお弁当をおいていく。手馴れた様子で挨拶をしていくと、颯爽と去っていった。
「なんか、お花見って言うよりレストランにきたみたいね」
「並んだ料理はお弁当だけど」
「ほらほら、せっかくお茶もらったんだから、乾杯してからありつこう!」
黒崎竜斗が手を叩きながら促すと、一同カップを持ち上げて乾杯をした。
甘い香りがチェリーブランデーの香りと相乗効果で心を満たしていく。
「ああ、おいしいなこれは」
「うん……」
「ユリナ、どうした?」
「あの子、すばるさんお料理うまくいったかなって心配して……あとは……お酒のせい、かな……?」
頬を赤らめて、隣に座る黒崎 竜斗にくっついて肩にもたれかかる。心底心配そうに、黒崎竜斗はおでこを触ったりとあたふたしていた。
「それなら、何か冷たいものをもらってこよう。麗、行こう」
なんとなく察した椿 ハルカは黒崎 麗をつれて席を離れると、長原 淳二たちのテーブルへと移動した。
「頭痛かったりしないか?」
「ううん。こうしてると、とてもきもち良い……だめ、ですか?」
「あ、いや……あいつ等、冷たいのまだ……って、あっちでおしゃべりしてる!?」
「大丈夫、ですよ?」
「……そっか。なら、少し休んだら俺たちもあっちに行こう。せっかくなんだから、たくさんの人と話そう」
その言葉にユリナ・エメリーは少し残念におもったが、黒崎 竜斗は頭を優しくなでてくれたのでそれでも良いか、としばし優しい温かみに身をゆだねていた。
そこから少しはなれたところ、こちらはテーブルセットを配置された場所で、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)と御薗井 響子(みそのい・きょうこ)はもってきたテーブルクロスを広げていた。
「響子、クロスの先にこの錘をつけておいて。そうしたら風邪に飛ばされないだろうから」
「……はい」
言われるがままに、小さな返事意外はもくもくと準備を手伝っていく御薗井 響子を見ながら、ケイラ・ジェシータはにっこり笑う。
今日は執事をやる。そう小さく呟いたのは昨日の事だ。今日は立派な執事服に身を包んでいる。
どっちかというと、メイド服を着たら似合うんだろうに。なんて思ったことは内緒だ。
「それじゃ、紅茶を入れてもらえるかい? お菓子は用意しておくから」
そういうと、御薗井 響子は流れるようにティーポットの準備をしていく。
そこへ、丁度よく友人達が訪れた。ジュンコ・シラー(じゅんこ・しらー)は恋人のマリア・フローレンス(まりあ・ふろーれんす)と腕を絡めながら、準備中の二人に声をかける。
「今日は、お招きくださりありがとうございます」
「これは私たちから。簡単だけどスコーンを持ってきたの」
「……ありがとう、ございます」
積極的にそれを受け取りに言ったのは、御薗井 響子だった。深々と礼をすると、ティーポットの準備に戻った。ケイラ・ジェシータが相手を引き受け、二人をテーブルに座らせる。
「来てくれてありがとう。今日はお花見がメインだけど、なかなかいい場所だろう?」
「ええ。桜の雨が降っているような、素敵な場所ですわ」
ジェンコ・シラーの薄茶の髪に、桜の花びらがふわふわと降り注いでいく。それを、マリア・フローレンスが払おうとするのだが、手をかざして止めた。
「こうしている姿も、とても綺麗ね」
「そうですか? フフ、ありがとう。あなたの黒髪にも、桜の花が似合っているわ」
二人が笑い逢っている間に、御薗井 響子が桜酒を入れ終える。
人数分のティーカップを、それぞれの前に並べると茶請けのケーキやクッキーのための皿も一緒に並べていく。
「まぁ、おいしそうですわ」
「苺のティラミスと、梅のクッキー。……ケイラが作りました」
ペコ、と少し申し訳なさそうに頭を下げた。その姿にマリア・フローレンスはクス、と笑みを零す。
「さぁ、お茶会を始めよう。響子も座って」
ケイラ・ジェシータが促すと、それぞれティーカップを口に持っていく。あまやかな桜の香りが鼻をくすぐり、口の中にもほのかな甘みが広がる。砂糖を入れていない状態での甘みだから、きっと茶葉自体が甘みを含んでいたのだろう。
「わぁ、おいしい」
「ええ、とても素敵な香りですわ。身体の中から桜が満たしていくよう」
ジェンコ・シラーの言葉に、一同が思わず頷き返した。
ケーキを取り分けるのは、御薗井 響子が行った。ティラミスやクッキーは、少し甘さ控えめにしてあるため紅茶ともよく合った。
「おいしい……こんど、うちでも作ってみたいわ」
「レシピを教えてあげるよ。ジェンコさんにも」
「ふふ、マリアに教えてもらえるだけで良いですわ」
あ、とケイラ・ジェシータが見ると二人はペアのリングをつけていた。なるほど、と理解して二人の視線の熱さに納得した。
「それじゃ、あとでレシピを渡すね」
「ありがとうございます、ケイラさん」
紅茶のお代わりがないか、こそこそと見つめている御薗井 響子に気がついて、ジェンコ・シラーはお代わりをお願いする。
「この紅茶は、時を越えて思う人と言葉を交わせる、のでしたっけ? 私は、マリアとであって、それからのたくさんの人たちのおかげでこうした幸せな時間を過ごせています。過去に遡らなくても、今を楽しむことが出来ます」
「私もです。ジェンコと出会えて、幸せです。これからは、こうした幸せを他の人々に分かち合えたらと思います」
ジェンコ・シラーとマリア・フローレンスが互いに笑いあう。互いの辛い過去を乗り越えて勝ち得た幸福の微笑みは、何よりも固い絆と眩しい輝きに満ちていた。
ケイラ・ジェシータはそれを眩しそうに見つめながら、紅茶を一口含む。
(自分の、大切な人)
小さく心の中で呟いたとき、心配そうに顔をのぞきこむ『彼女』が見えた。彼女は桜の雨を浴びて哀しげな顔をしていた。心配してくれているのだろう。
「大丈夫。今とても幸せだよ」
「ケイラ?」
心配そうに覗き込んでいたのは、御薗井 響子だった。いや、『彼女』の幻影が、御薗井 響子とダブっていたのか……そんなことをおもいながら、ケイラ・ジェシータはもう一度降格を持ち上げて、桜の花びらまみれになっている御薗井 響子の頭をなでる。不思議におもった御薗井 響子は、胸の中に秘めていた言葉を口に出した。
「ケイラは、言葉を交わしたい人がいる?」
「ううん。ジェンコさんたちと同じ。今を生きているんだもの。今がとても幸せだから、不利婿よりも前を向いて歩いていくよ」
いつもと違う、男らしい笑みに、御薗井 響子は胸が苦しくなったがそれ以上を口にしなかった。
穏やかなお茶の時間が、続いていた。
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