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春爛漫、花見盛りに桜酒

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春爛漫、花見盛りに桜酒
春爛漫、花見盛りに桜酒 春爛漫、花見盛りに桜酒

リアクション

 綺雲 菜織(あやくも・なおり)は、幾度も訪れた洞穴の中にあるカプセルの前で、ため息をついた。
 その中で眠るのはオーディオだった。
 ルーノ・アレエの持つ金の機晶石を求めてやまない、幼子のような機晶姫。

 青銅色の瞳には、わずかに悲しみが込められていた。

「今日も、だめなのかな」

 諦めのため息と共に部屋を出ようとすると、『ピピ』という機械音が聞こえる。振り向くと、カプセルが開いて裸のオーディオが倒れこむようにしてでてきた。それを抱きとめると、青銅色の瞳が開いた。

「……菜織、か?」
「オーちゃん、久しぶりだね」

 柔らかく微笑みながら、適当な布でオーディオをくるませる。
 
「どうして、ここに?」
「オーちゃんを誘いに来たんだよ。桜が綺麗に咲いていたから、お花見に行かないかい?」

 小さく、頷いたオーディオを連れ出して、綺雲 菜織はロケットシューズで百合園女学院に飛んだ。

 勿論、着替えをさせたあとのことだ。金髪はたらしたまま、服も少しばかり待ちの女の子のような近代的なミニスカート姿だった。


 空の上から、百合園女学院を眺め、人気が少なそうなところでティーセットを広げているパートナーの有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)を見つけ、そこに降り立った。

「まぁ! お待ちしていましたよ、オーディオさん」
「美幸……お前まで」
「さ、おととしのクリスマスぶりなんだから、のんびり過ごすと良いよ!」
「おとと、し? そんなに、時間がたっていたのか?」

 呆然とした様子のオーディオに、綺雲 菜織は顔をしかめた。
 おととしのクリスマスのあと、翌日にはあのカプセルに入ったまま全く反応を示さなくなっていため、時折洞穴に訪れることしかしなくなっていたのだ。季節ごとにイベントを催そうとしていたが、だいたいオーディオ抜きで開催されていたのだ。

「そこは、まァ大事じゃない。オーちゃん。今日は良いものを持ってきたんだよ。桜酒というお茶だ。君は知っているかい?」
「……ああ、それは、時を越えて大事な人と話が出来るという一品だ。製法が難しく、初めて作ったときには苦労したものだ」

 記憶のかけらを引き出すことが出来て、二人は笑いあうのだが肝心のオーディオが突然の頭痛にさいなまれる。

「どうしたんだい?!」
「いや、そんな茶は知らない……」
「オーディオさん、少しお飲み下さい」

 痛みに堪えながらそう口にするのを、有栖川 美幸が冷ました桜酒を飲ませる。優しい甘みが、オーディオの身体を癒してくれているのだろうか、少し落ち着いたように表情をほころばせる。

「……甘い」
「お料理も用意しました。ただ料理の腕は上達しないので…こう求めているものはいつも遠ざかるといいますか」

 そういいながら、おにぎりをオーディオに差し出す。もふ、と食らいついたオーディオは、少し口元を緩ませた。

「いいや、美幸の料理の腕は確かにあがっている。それだけ、時間がたっていたのだな」
「ほ、他にもチラシ寿司や卵焼き、お菓子に桜団子もありますよ!」
「……食べて良いのか?」

 はい! と有栖川 美幸が微笑むと、綺雲 菜織も日本酒を片手にフライドポテトをつまむ。

「こういう日は、のんびりとした時間を過ごすのが良いよ。オーちゃん」
「のんびり、か……」
「オーちゃん、あのカプセルの中で、博士達からの話を聞いていたのかい?」
「何故分かるんだ?」

 オーディオは、綺雲 菜織の言葉に目を丸くした。幾分か素直に反応してはくれるが、洗脳が進んだのではないか、と綺雲 菜織は小さく息を吐いた。
 そして、知った気配を感じ取ってテレパシーで連絡をする。
 こちらは、少々よろしくないかもしれない。確証はないが……と、伝えた。

「オーディオさんは、話したい人はいないんですか?」
「……遠い昔、いたきがする。だがもういない気がする。そして、伝えることが叶わないことも……」

 諦めを含んだオーディオの目は、どこか以前のような輝きを感じられなかった。
 美幸はテレパシーをしてる真っ最中の綺雲 菜織に、聞こえないように呟いた。

「まったく、何が『自然と向こうからやってくる』ものだろ?でしょうね。あの穀潰しめ」
「美幸、どうした?」
「いいえ、なんでもありません」

 そこへ、お菓子を持った御薗井 響子が訪れた。手にしているのは、苺のティラミスだ。

「あの、よければ、どうぞ」
「いいのかい?」

 綺雲 菜織の言葉に、こくんと頷いた御薗井 響子は、見慣れない機晶姫の姿をチラッと見た。その少女は有栖川 美幸の陰に隠れるようにしてしまったが、恐らくは彼女だろうとおもって、精一杯笑いかけた。

「よかったら、君も食べて」

 そういって、ケイラ・ジェシータたちのいるテーブルへと戻っていった。
 ケーキのさらには、手紙がついていた。

『もしオーディオさんがいるなら、彼女にも』

 かいたのは、ケイラ・ジェシータだろう。綺雲 菜織はあとで御礼のメールを打つことにして、手紙を懐にしまってからオーディオの前に差し出した。

「さ、オーちゃん。新しいデザートだよ」
「苺のティラミスか」

 嬉しそうに笑ってほおばる姿は、何の変哲も泣いただの少女だった。

 こんな日が、たくさんのヒトと分かち合える日が来ることを、綺雲 菜織は祈っていた。