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1:防衛戦線





 シャンバラ大荒野、上空。
 佐野 和輝(さの・かずき)アニス・パラス(あにす・ぱらす)の搭乗するグレイゴーストは、ゴーレムの軍勢の遥か頭上にあった。元々そういった用途に開発されたこともあって、要請を受けてからこちら、上空で偵察を続けていたのだが、敵影が確認された時から、その陣形が僅かに変わってきているのに、和輝は眉を寄せた。
「全体的に中央に寄りはじめてる。先端が鋭角になってきてるな」
「防衛線を認識したのかもしれませんね」
 独り言にも似た報告に、応えたのはクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)だ。パートナーのセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)と共に駆るクォンタムで、こちらも偵察行動中なのだが、和輝が俯瞰的偵察なら、こちらはもう少し高度を下げて情報を収集していた。
「隊列変化のタイミングで、五つの宝玉が反応しているところを見ると、やはりあれが隊列の指示をだしているようですね」
「光ってるのは、文字……emethだね。”e”の確か、文字を消せばゴーレムは土へ還る、はずだけど……」
 やや接近した際に撮った映像を確認して、セリオスが言ったが、クローラも難しい顔だ。
「宝玉の中の文字を、削り取るのは難しいだろうな」
 だよね、と呟きに同意するセリオスと共に、一旦上昇して距離を取るクォンタムに、こちらはやや高度を下げたグレイゴーストが並び、和輝の方からクローラたちへと通信が入った。
「接近した時のデータに、音声は入ってるか?」
「入ってるけど……どうして?」
 首をかしげたセリオスだったが、クローラの頷きにデータを渡すと、早速アニスが再生する。すると、地面に重く響く足音に混ざって、洞窟に反響する木霊のような、低く聞き取りにくい響きではあったが、声らしきものが聞こえてきた。
『・・・・・・シア……、必ズ・・・・・・約束』
 それは途切れ途切れながら、言葉ではあるようだ。
「ゴーレムは会話できないはずだ。なら、これはこのゴーレムに与えられた命令か何かか?」
 和輝が首を捻ると、うーん、とアニスは違う理由で首を捻った。
「ええっとね、シア、と約束、っていうのといっしょにね、どこ、助ける、って聞こえるよ〜」
 誰か、探してるんじゃないかなあ、というアニスの言葉に、モニター越しに和輝達は顔を見合わせた。




 一方の地上、ツァンダから幾らか離れた場所では、人とイコンが慌しく動いていた。
「状況は?」
 甲高いブレーキ音を響かせて、その現場へ到着するや否やのスカーレッドの問いに、指示された合流場所で待機していた丈二が敬礼で応える。
「生憎、駐留の部隊は出払っているようでありまして、到着には時間がかかるようであります」
 その代わり、基地内にある物資は提供してもらえると言うことなので、ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)大型輸送用トラックで基地へ搬送の途中だった資材を、そのまま現場へ運搬している、とのことだ。
「混乱防止のため、ツァンダの報道管制については依頼済みです」
 同時に、最悪の場合に備えて緊急時の避難、防衛に関する手配も行っている、と報告してきたのは、箒に飛び乗って駆けつけてきたルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だ。ばさりと地図を開きながら、先んじて偵察へ出た面々から得た情報をそこへ書き込んでいく。
「軍勢は依然、接近中。ツァンダの向かって真っ直ぐ進路をとっています」
 傍らで報告を耳にしながら、抱いた疑問に丈二が首をかしげた。
「ゴーレムはツァンダを目指しているのでありますか?」
 それとも他に何かあるのか、と、独り言のような言葉ではあったが、スカーレッドは僅かに表情を変えたものの、妙な沈黙を守るばかりだ。流石にいぶかしんで問い質そうとしたが、そんなタイミングで「よお」と遠くから声をかける声があった。救助要請のアナウンスに、聞き覚えのある名前を見つけて、気になって駆けつけたアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)だ。
「前の事件じゃ、世話になったな」
 そう言って片手を上げるのに、ツライッツが「こちらこそ」と軽く頭を下げる。
「しかしまた、厄介なことになってるみてえだな」
 半分揶揄の混じった言葉に、いつものことですよとばかりにツライッツが苦笑するのに、励ましなのか諦めろという意味なのかぽん、と肩を叩いたアキュートだったが、その視線の先で、今まで見せたことの無いような苦さの混じる顔をしたスカーレッドの様子に、軽く首をかしげながら声を潜めつつ「なあ」とツライッツに訊ねた。
「どうも様子が可笑しいが、何かあったのか?」
 状況が状況だからかとも思ったが、先日の事件の時でも殆ど動じる部分がなかった相手だけに、僅かにでも動揺を滲ませているその姿に違和感を覚えたのだが、問われたツライッツの方も事情は良く判っていないのだ。苦笑のまま首を振るのに、アキュートは質問先を変えた。
「あんたは何か知ってるのか?」
「ああ、スカーレッドは……」
 一応潜められた声でクローディスを呼んだが、それに反応する声は、次々と集合するイコン達の上げる喧騒にかき消された。滑走路や設備が整った場所ではないため、特に飛行型のイコンは一旦集合するにも厄介なのである。しかも、緊急要請のため、学校の垣根を越えて集まった有志たちだ。所属の違いによる齟齬を出来るだけ減らして連携できるよう、指揮通信車両化した枳首蛇叶 白竜(よう・ぱいろん)が細かな連絡を取り合っているところだ。
 上空を旋回しながら、各イコンの操縦者たちとの情報を中継している最中、スカーレットの隣にクローディスの姿を見かけると、何とも言えない顔でふう、と息をついた。
「案の定といいますか……」
 要請を受けた際に名前が挙がっていたのに、そんな気はしていたのだが、やはり最前線に赴いているのに、これもまた彼女が何かしら関係した事件なのだろうか、と連想してしまうのも無理からぬことだろう。
「クローディスさんと大尉が二人揃っていたら嫌な予感しかないですよ」
 苦笑した白竜だったが、それをサブパイロット席で聞いた世 羅儀(せい・らぎ)は、物珍しげに「へえ」と声を漏らした。任務以外で、パートナーが女性に関してそんな言葉を漏らすのが珍しかったからだが、何かと事件の渦中のど真ん中にいるクローディスに、関心を払うな、というのもある意味難しい話なのかもしれない。
「嵐を呼ぶ女、なんてな」
 そんな呟きをどこから拾ったのか『失礼ね』と言ったのはスカーレッドだ。
『あの子はトラブルを呼び込むけど、嵐は呼ばないわよ、多分』
『火種を拾って歩くお前に言われたくないぞ』
 すかさずそれに突っ込みを入れるクローディスの言葉が割り込むのに、思わず何人かが噴出すのを噛み殺していたが、こほん、と控えめな咳をひとつして、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)がスカーレッドに声をかけた。
「救急用の物資の使用の許可をいただけますか」
 それから、出来るだけ直ぐ治療できるように、救護テントのようなものは用意できないか、という問いには、スカーレッドは頷くと、目線を丈二へ投げた。得たりと頷いて「至急手配するであります」と敬礼し、続けて丈二が「負傷者の受け入れ先についてですが」と口を開くと、そのあとをヒルダが継いだ。
「何件かの医療施設と交渉済みです。内、緊急手術中のため医師が不足している病院が二件あり……」
 だが、続けようとした言葉をヒルダは一瞬飲み込む。スカーレッドの表情がいつになく難しいものになっていたからだ。その横顔に、ダリルも「大尉」と声をかけた。
「何か、気になることでも?」
「……私的なことよ」
 問いかけに、返す言葉もやや重い。それ以上の問いかけをシャットダウンする様子に、思ったより深い何かしらの気がかりがあるのを感じて、ダリルがクローディスの方へと目線を投げた。
「契約者が手術中なんだ」
「クローディス」
 その目線の意味を正確に悟って、あっさりと口を割るクローディスに、スカーレッドが強い非難の声を上げたが、それには構わずクローディスは続ける。
「そういうわけで、気が立ってるんだよ。よろしくフォローしてやってくれないか」
 姉か何かのような言い分に、眉を潜めるスカーレッドをよそに、なるほど、と納得して、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、少しばかり声を潜めてクローディスに話しかけた。
「その契約者は、どこに入院しているの?」
 現状にあまり意味のなさそうな、唐突な問いに首をかしげているクローディスに「引っかかるのよね」とセレンフィリティは続ける。
「大尉の気がかりは、本当に手術中の契約者の安否だけなのかしら」
 もしかしたらこの事態の本当の原因は、そこにあるのかも。という言い分に、やや呆れたような息をついたのは、パートナーにして恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。相変わらず、理系という割りに勘と本能に頼った推測に首を振った。
「流石にそれは考えすぎだと思うわよ」
 今手術中だというのに、その自分の居場所を襲撃させる意味が無い。そう指摘するのだが、セレンフィリティはそこを譲ろうとしない。こうなると考えを譲らないのも知っているので、仕方なく諦めたような息を吐いて、セレアナは首を振った。
「わかったわ。申し訳ないけど、クローディス、その人の病室を教えてもらえないかしら」
「病室に行くなら、こいつを連れて行ってくれ」
 会話に控えめに入ると、ダリルは、とん、と自分の連れてきた伝令の肩を叩いた。
「手術が終わったら、直ぐに知らせを大尉に届けたいからな」
「わかったわ」
 頷き、クローディスから病室を聞き出したセレンフィリティ達は、すぐさまその場を後にした。

 そんな中で、和輝とクローラから通信にスカーレッドは眉を寄せた。
「……約束……そう、言っているのね?」
 確認するような言葉に、和輝が「ああ」と頷く。
「約束、シア、必ず……アニスが言うには、誰かを探しているみたい、だそうだ」
「俺もそう思います」
 和輝の言葉に、クローラも同意した。
「聞き取り辛いですが、あのゴーレムは他にも”助ける”と言っているようですから」
 誰かを助け出そうとしているのか、それとも誰かの行動の手助けをしようとしているのか、まではわからないが。
「やはり、そうなのね」
 二人の報告に、思わずといった様子で小さく呟くのに、あのゴーレムと知り合いなのか、と問いかけそうになった丈二は、それを飲み込んで言葉を探した末「あの、大尉」と言い辛そうに声をかけた。
「仮にあのゴーレムが誰かを探して直進しているのであれば、その人物を移動させる事で、目標を変えられないでありますか?」
 少なくともツァンダから離れてもらえれば、被害は最小限ですむのではないか、という提案だったが「それは無理だわね」と、スカーレットはにべもなく断言した。だが、それ以上は何故か説明しようともせず、理由を問いかける何人もの視線を受けながらも、その表情は断固とし、そして僅かに何かを堪えるように眉根を寄せる。だが、ここで無言の押し問答をしている時間はなかった。
「無駄話はここまでよ」
 そう言葉を打ち切ると、スカーレッドは自らも武器の大鎌を構えると、土煙の上がる戦場を見やった。
「兎に角今の戦力で、足止めすることが重要だわ」
 その言葉に、幾人かが一瞬軽い違和感に眉を寄せた。
「足止め、でいいのか?」
 クローディスの率直な問いに、スカーレッドは頷く。

「ツァンダに到達することさえ防げば、問題ないわ……恐らくね」