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〜 episode1 〜 ダービーday
 

「……全国の競鳥ファンのみなさん、いるかどうかは知りませんが、こんにちは! 今週はダービーウイーク、というわけで、ネアルコの町から急遽、特別レース『ガッツ de ダービー』の様子をお伝えいたします。実況と解説はこの僕、運営役の風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)と」
「毎日が超賢者タイムの山葉 聡(やまは・さとし)がお送りするぜ」
 
 その日……。
 ヴァイシャリーの都心部から、バスに乗って三時間ほど。小高い山と静かな森に包まれた湖畔にネアルコの町はいつにない賑わいに包まれていた。
 近代的な建築物や高層住宅などは一切見当たらないが、町並みは丁寧に整備されており自然と調和したのどかな田舎町である。
 そんな、普段はあまり目立たない小さな町に想定外の大勢の人たちがやってきたのは、テロリストがうごめくという不穏な事件の噂を聞きつけてのことだった。
 事件解決のために協力してくれる助っ人もいるが、大半はやじ馬だ。だが、それでいいのだろう。見守る人が多ければ多いほど、悪い企みは露見しやすくなり、敵も動きづらくなる。とはいえ、殺伐とした捜査劇だけではつまらない。せっかく名物レースの開催されている町にやってきたのだ。楽しまないと負けである。
 “遊び”の部分を大切にするのが、粋なパラミタっ子ってものなのだ。
 レースの競技場として使われるだだっ広い草原には、この日のために持ち込まれた機材類が並んでいる。
 観客席の中ほどに運動会のテントのように設置された運営席には、大レースの提案を持ちかけた優斗が、他にやる人もいないので、解説をすべく座っている。折りたたみ式のパイプ机にパイプ椅子の簡素なつくりだが、とくに不自由はない。マイクの音声は、ローカルの短波でもちろんパラミタ全土に広がるわけではないし、TV放送のように映像もない。それでも、中継として近所の人々に伝えるには十分な設備であった。
 むしろ、後部席の町長があまりの盛り上がりに驚いて目を丸くしているくらいだ。この町の名物、鳥レースのガッツ de ダッシュ!がこんな大レースになろうとは想像もしていなかったらしい。
 普段なら、草レース同然で解説もアナウンスもいない。勝手に集まって勝手に鳥たちを走らせ勝負をつけると言う、とてもシンプルなレース体系を取っているからだ。
 だが、今日は違った。集まってきた支援者たちの手によって、あれよあれよと言う間に大レースが開催されることになったからであった。
 ダービー、それは競馬では三歳の頂点を決める最高峰レースである。もっとも、この町には馬はほとんどいない。ガッツ de ダッシュ! は鳥レースなので年齢性別関係なく参加できる記念レースということになった。
 客席には、すでに大勢の見物客が詰め掛けている。
 空が晴れ渡りすがすがしい初夏の微風が凪ぐ中、レースに登場するガッツ鳥たちが、コースの傍らに集まっているのが見えた。それをオペラグラス越しに遠目に眺めながら、優斗は隣の席の聡に話しかける。
「さて、早速ですが、これまでの予選レースを振り返ってどうでしたか?」
「どれも実力が拮抗していて甲乙つけがたいな。見ての通り予想も分散している。これは、荒れるレースだ。なにしろ、一着賞金20万ゴルダという、この町の鳥レースとしては空前の賞金が用意されているからな。どの鳥も本気度が違う」
「では、まず出走メンバーを見てみましょうか」

大会三日目決勝 第7R 『第一回・カゲノ鉄道協賛 〜 蒼空杯・ガッツ de ダービー』 往復4000m 賞金:20万ゴルダ

 〈予想〉  〈乗り手〉                                        
  ○ (1)小鳥遊 美羽(たかなし・みわ) …………………:鳥名・チキンタルタル
 ○◎ (2)ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん) …:鳥名・ブラックゥイドゥ
 ▲ ○(3)ルカルカ・ルー(るかるか・るー) ………………:鳥名・オウゴンノリュウセイ
 ◎  (4)セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)
   ◎(5)次百 姫星(つぐもも・きらら) ……………………:鳥名・クイーンスター
  △ (6)風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)
 △  (7)レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)
   ▲(8)ルーシッド・オルフェール(るーしっど・おるふぇーる)
   △(9)高崎 朋美(たかさき・ともみ)
  ▲(10)ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)

「以上、予選を勝ち抜いてきました10羽によって争われるわけですが、予選で惜しくも敗れた鳥たちも、決して引けを取らないものでした」
 手元に配られた出走プログラム表を見て、優斗は頷いた。
「やはり、ブラックウィドゥ号に人気が集中していますね」
「前回は負けたとは言え、疑惑がらみの敗戦だ。本気を出せば、地力では今のところこの鳥が一番だろう。予選でも他の鳥を寄せ付けない圧勝だった。今日までの捜査活動の中で、ブラックウィドゥを借りてくることが出来たミルディアの作戦勝ちといったところか」
「ですが、他の参加者もまだまだ分かりません。乗り方次第ではいくらでもチャンスはあります」
「その資金提供者の御神楽 舞花(みかぐら・まいか)さんには、ゲストとしてお越しいただいているからな。こちらにも話を聞いてみよう」
 聡は、解説者らしいパリッとメリハリの聞いた口調で反対側に座っている舞花に話を振った。
「勝ち鳥の予想やコメントなどがあれば、一言」
「……私は、全員無事で走ってこれたら充分だと考えてますので」
 舞花は控えめにそれだけ答えて、再び視線を双眼鏡へと戻した。レースの行方をじっくり見守るつもりのようだった。後ほど、表彰式のプレゼンターを努めてくれるらしい。それまでは待つとしよう。
 高揚感渦巻く会場を見渡しながら優斗が告げる。
「いよいよ、『カゲノ鉄道協賛 〜 蒼空杯・ガッツ de ダービー』の発走時間が近づいてまいりました。レースに期待しましょう」
 上空では、撮影役の崎島 奈月(さきしま・なつき)ヒメリ・パシュート(ひめり・ぱしゅーと)が、最後のレースのためにスタンバイしている。この娘たち、結局最後まで予選レースを撮り切っていた。そのおかげで不正も極力防げたのだが、その活躍は後述するとしよう。
 さあ、ダービーの始まりだ。

 が、その前に。
 これまでの事件のいきさつを振り返ってみようか……。