リアクション
第15章 それは、果ての無い道を行くようなもの
黒崎天音は、守護ゴーレム、ガイメレフの操作マニュアルを作成中だった。
オリヴィエが書き出した草案を、パソコンで清書していたのだが、あまりの悪筆に加え、ところどころ古代語が混じっていたりして、解読し難いことこの上ない。
結局、オリヴィエに読ませて、口述打鍵、という感じである。
「武器は使えないんだね」
「持てるけど、飾りだね。使おうとすれば、動きが止ってしまう」
「それって一体、どういう仕組なんだか」
「女王に仇成すような行動を取っても、動きが止まる。
演技でも駄目だな。そこまで細かい判断はできないから」
「AIでも組み込んでいるのかい?」
「えーあい?」
オリヴィエは首を傾げる。
地球の技術に関しては、殆ど知識が無いようだ。
「以前、教導団で研究したがってたけど断念したって話を聞いて、身体的な理由なのかと思っていたけれど。
……それは慎重になるよね」
天音はふと手を止めて、髪を結うリボンを弄る。
それはいつぞやのクリスマス、ハルカからのクリスマスプレゼントの濃青色のリボンだ。
「……何せ、契約は、その強過ぎる“女王の加護”を、パートナーに与えることになるかもしれないんだから」
オリヴィエは、微かに首を傾げ、それから苦笑した。
「……不意打ちで、核心をついてくるね」
ふ、と肩を竦めて、それもあるけど、と呟いた。
「近い内に死ぬつもりでいたからね。
二度もパートナーロストさせてしまうのは、あまりに可哀想かと」
「契約してなければ可哀想ではないという話ではないと思うが」
二人にお茶を出しながら、ブルーズ・アッシュワースが呆れる。
ちなみに教導団での研究は、断念したわけではなく、実は潜り込むところまでは実行していた。
あっさりばれて密偵を疑われたわけだが、契約者に興味津々の一般市民による、悪意の無い悪ふざけ、と認めて貰えて放免となったのだ。
「あの時は、問答無用で攻撃されて、殺されるかと思ったものだけど」
嘘を吐け、と、天音とブルーズは同時に思う。
「斯波中尉という人でね。
でも本当に興味本位だと知ったら、呆れた顔で許してくれたよ。
報告書を書くのも馬鹿馬鹿しい、とね。
彼女には、それで借りがあったのだけど」
「それで、ハルカがナラカに行く時、その伝手を使ったわけか」
「一つの貸しも二つの貸しも同じようなものだろう、と言って頼んだら、地獄に落ちろと言って、あの子を預かってくれたよ」
だが、斯波大尉はナラカで死亡し、その借りを返すことは、永遠にできなくなった。
「……彼女のパートナーは、大丈夫だったろうか」
契約とは、その相手の運命の全てを受け入れるということだ。
生も、死も。
「……だったら、尚更」
天音は言った。
「パートナーロストの影響は色々あるけれど、ハルカなら、博士の魂を一緒に連れて行くくらいのことは、してくれるんじゃないのかな」
いつかハルカが、寿命を全うしてその命を終える時。
そう、受け入れるのはハルカだけではなく、オリヴィエもまた同じなのだ。
「……成程」
オリヴィエは目を伏せ、ふう、と天井を見上げた。
「ひとつ、忠告しておく」
ブルーズが言う。
「それは、果ての無い道を行くようなものだぞ」
「……道、か」
これまで、自分の前には、道はなかった。
長い間、ずっと自分は留まっていた。
今、自分の前に、道は続いて行くのだろうか。
「あ、そういえば」
思い出したように、天音は訊ねた。
「何でドラゴンの研究もしてたの?」
「この世界で、最も強くて偉大な生き物だと思ったから、かな。
龍の因子を、ゴーレムに組み込めないかと思って」
「結局はゴーレムに行き付くのか」
ブルーズが嘆息する。
「オリハルコンの島では大変だったよ」
「え?」
「ほんの一粒くらいの状態ですら、影響が強くてね。持ち帰るのに苦労した」
「オリハルコンを持って帰ったのかい?」
「それを更に細かく分けて、ガイメレフに組み込んでいる。
だからもう、あれ以上、同じものを量産することは、実は不可能だったりする」
ガイメレフの絶対防御力は、オリハルコンの力によるもの、ということか。
「悪用されないようにと思って、分解して取り出そうとすると、昇華するようにしてあってね。
何だかんだ、完成には1500年くらいかかってしまった」
オリヴィエは、そう言って肩を竦める。
「……それは、マニュアルに載せてもいいのかい」
「任せるよ」
天音は苦笑する。
ぱちん、とキーを叩いた。
ふと、会話が途切れる。
「ラウル」
天音が、名を呼んだ。
「君は、君を生きたいと思わせるものに、出会うことができたかい?」
オリヴィエは微かに目を見張り、そして、微笑む。
「……そうだね、天音」
そう、君達が生きている間、同じ時代を。
もう少しの間だけ。
◇ ◇ ◇
過去のとある事件の際に不時着(?)したまま、住居にされている飛空艇を見て、予想より立派な船ね、と
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は思った。
派手な型ではないが、しっかりした造りである。
荒野での巨人との戦いに参加した者として、結末を見届ける為に、祥子はオリヴィエのもとを訪れたのだった。
自分も事情を聞かれ、オリヴィエの処遇について案を聞かれたので、シャンバラ王国のゴーレム技師育成と、王宮騎士団員精鋭へのカスタムイコンの作成をさせてはどうか、と言ってみた。
「根っからのテロリストというわけでもないようだし、後進を育て続ける、という終わりのない事業に携わってもらうのはどうかしら?」
祥子も教育者を志す。
罪状だけを見て、何の感情も入れずに機械的に切り捨てるのはどうか、という思いもなくもなかった。
「やったことに対して甘すぎるんじゃとも思うけど、誰も得しない喜ばない刑罰よりはずっといいんじゃないしら」
そんな意見を言い、結果刑罰はどうなったのか、そしてオリヴィエ達の行く末を見届けようと、来たのだ。
飛空艇への昇降口に立ったところで、祥子は振り向いた。
もう一隻、飛空艇が降りて来る。
前の空き地に着陸した飛空艇から、高根沢
理子が降りて来た。
「と、いうわけで」
理子は、オリヴィエ博士達を王宮に呼び付けるのではなく、自ら彼の住まいを訪れた。
ヒラニプラから、空京に帰るついでとも言う。
友人の家を訪ねるような気軽さで、オリヴィエの方も落ち着いた様子だったが、彼を見守る者達は緊張していた。
「あなたの処分が決まったわ」
はい、と理子は書類を広げる。
「監視付きで強制労働。
期限はとりあえず、女王が復帰するまでよ」
それと、と理子は周囲を見渡した。
「この飛空艇をシャンバラ政府が接収するわ。
壊れているそうだから、あなたの当面の仕事は、この船の動力システムの修理をすること。
衣食住は保証するけど、給料は出ないので」
「了解した」
頷くオリヴィエに、理子は続けた。
「で、刑が明けたら、正式に王宮で働いて貰うわ。
盾の騎士団付きとして、ゴーレム技師として働いて貰います」
付け足した一言に、オリヴィエはぽかんとする。
「……それは、罰と言わないような気がするが」
「そう?
皆の意見を聞いて、何処で働かせるか吟味して、ここが一番いいだろう、ってことになったんだけど」
理子はにっこりと笑った。
「勿論、あなたに拒否権はありません」
「………………」
オリヴィエは、ちらりと周囲を見やった後で、自嘲的に笑む。
「慎んで拝命いたします」
「ワザとらしいし、棒読みだし。
まあいいわ。明日、連行の騎士が来る手筈になってるから、よろしくね」
「明日?」
話を聞いていた光臣
翔一朗が訊き返す。
「そりゃあ、随分急じゃのう」
「少しは厳しいっぽいこともしなきゃね」
「構わないよ。
まとめる荷物も特に無いし、もう充分ゆっくりしたからね」
オリヴィエは特に気にした様子もなく言ったが、翔一朗は、ちらりと隣へ視線を走らせた。
ハルカが、じっと黙って事の成り行きを見つめている。
ぽん、と肩に手を乗せると、彼を見上げて少し笑ってみせた。
ところで、とオリヴィエは理子に訊ねた。
「アルゴスと一緒に、処分を待ってる殊勝な人達がいるんだけど、彼女達はどうなるのかな」
「どうして欲しい?」
「不問にして欲しいね」
「即答してきたわね。
しかも随分大きく出たじゃない。
その人達も、罪は罪、って思うから、裁かれようとしてるんじゃないの?」
理子の言葉に、オリヴィエは肩を竦める。
「我々のしたことで、他の誰かが裁かれることになるのはご免なんだけど」
「はっきり言うわね。
でも、不問にされても本人は喜ばないんじゃない?」
「本人がどう思うかは、別にどうでもいい。
罪を犯したいなら、私達と関係ないところでどうぞ、と言ってくれればいいよ」
理子は苦笑した。
「……まあいいか。
じゃ、情報に踊らされて何かそういうことになっちゃった、みたいな感じにしとくわ」
それはそれで、随分適当な話だ、と話を聞いていた者は思ったが、二人の間で、その話はそこで終わった。