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リアクション
第16章 しんみりしている暇はない
珍しく、オリヴィエが外に佇んでいる。一人だ。
そこへハルカが歩み寄った。
「はかせ、なにしてるのです?」
「うん、この風景も見納めかな、と」
実はその場は二人だけではなく、成り行きを見守る者達が、あちこちの物陰に潜んでいるわけだが、とりあえず、二人の視界の中には誰もいない。
オリヴィエが、有無を言わさない様子の樹月刀真に、問答無用で連れ出されて来たことなど、ハルカは知る由もなかった。
オリヴィエに倣って、ぐるりと周囲を見渡すハルカに、彼は微笑した。
「すまなかったね、色々と」
ハルカはオリヴィエを見上げる。
「君は、詫びの言葉は好きじゃないんだったね」
オリヴィエは苦笑して言った。
「でもやっぱり、ちゃんと謝っておかないと、と」
「……おわかれの言葉、みたいなのです」
辛い別れを、何度も経験している。
ハルカはしょぼんと項垂れる。
彼が例え国外追放となっても一緒に行くつもりでいたけれど、別れを言われたら、別れなくてはならない。
オリヴィエは、肩を竦めて、遠くを見た。
「……イルミンスールに入学手続きをしないとね」
「……え?」
「実は私は、あそこの大図書館には、出入り禁止を食らっているのだけど」
???
ハルカはきょとんと首を傾げる。
十数年前、彼がイルミンスール大図書館を訪れた時、凡人でありながら、不老不死などという強大な力を身に帯びていたせいで、“本人の技量に見合ったところまで入れる”という図書館のシステムに狂いが生じた。
結果大変な騒ぎになり、司書の怒りを買ったオリヴィエは、以降立入禁止となっているのだ。
騒動の原因が自分であると自覚のなかったその時、呑気に奥まで入り込んで、重要書架を閲覧しまくったことも、恐らく怒りの理由なのだろう。
「……まあ、どちらにしろ、私はザンスカールには行けないか。
一人でも、大丈夫だね?」
ぱちぱちと瞬くハルカは、ようやく、言葉の意味を飲み込みはじめる。
「休暇には、こちらに帰って来るといい。待っているから」
「…………ハルカは、はかせと契約できるのです?」
「うん」
オリヴィエは笑みを浮かべた。
「……ひとりじゃないから、大丈夫なのです」
そう、一人ではない。
学友も、友人も、兄のような人も姉のような人も。
これからも。
「お休みには、皆で遊びに行くのです」
ハルカは、ほろ、と涙を零す。
「またいつか、一緒に暮らせるのです?」
「そうだね。
君が卒業して、私の刑が明けたら、その時にはまた、一緒に暮らそうか」
その時を、楽しみにしているよ。
そう言ったオリヴィエに、ハルカはぎゅうっと抱き付いた。
オリヴィエ博士とハルカは契約することになるようだ。
「よかったわ」
ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)は言った。
「他にも色々と杞憂に終わりそうだし。
博士を教導団に取り込もうとする動きがあったら絶対反対しようと思ってたけど、そんなこともなさそうね」
教導団員であるからこそ、ニキータは、博士を教導団の一員にし、彼の研究を軍事利用しようとする動きがないかと警戒していた。
だが、王宮で働かせることになるのなら、その心配はなさそうだ。
「ぐうたら者らしいから、何か仕事をさせた方が良い、っていうのには賛成だわ」
「そうですね」
ヨシュアも苦笑する。
「そういえば、あなたも契約相手を探してるんですってね。
博士達が羨ましいかしら?」
「そうですね。
でも、あの二人に関して言えば、ほっとした、っていう方が大きいです」
ヨシュアの言葉に、ニキータは、成程、と頷く。
「そうね……それじゃ、あなたあたしと契約する?」
「えっ」
「ってゆーのは、やっぱり、いつ死ぬか解らない戦争屋じゃ、気軽に言えやしないけど」
ニキータはいたずら気に笑った後で、改めて言った。
「でも、大事なことだから、よく考えていい相手見付けなさい」
「皆さん、とてもいい方ですよ」
ヨシュアは笑う。
「本当に」
例えパートナーという関係になれなくても、これまで関わってきた人々は、自分の人生の中で、とても深い位置にいると、そう思う。
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。
あなた、年上は好みのタイプ?」
「え? えっ、いや、そのっ……」
「年齢だけじゃなくて、体もあなたより、……まあちょっとだけ大きいけど」
まあそれ以前に性別が問題なわけだが。
途端にどもるヨシュアに、ニキータは面白そうに笑いながら絡んだ。
◇ ◇ ◇
「またね」
漆髪
月夜が、ぎゅっとハルカを抱きしめて、離れた。
「……ハルカにウラノスの加護があるように」
ブルーズ・アッシュワースもまた、年若い友人にハグを贈る。
光臣
翔一朗が、ハルカの持つお守りに“禁猟区”を施す。
今や、これはハルカの大事なおまじないとなっていた。
「元気でな。何かあったら、すぐ駆け付けるけえ」
「ありがとうなのです」
ハルカは、とりあえずオリヴィエ達と共に空京へ行った後、イルミンスールへの入学手続きを済ませて、ザンスカールへ移る。
オリヴィエとは暫く別れることになるが、寂しくはなかった。
永遠の別れではないし、イルミンスールにはソア達もいる。
ようやく、契約者として、同じ学校で学べるようになるのだ。
「今度はザンスカールに遊びに行くけえ。ハルカも……」
ハルカもいつでもツァンダに遊びに来い、と言いそうになって、慌てて翔一朗は言葉を止めた。
「あー、いや……」
「心配すんな。遊びに行く時は俺様達も一緒だぜ!」
雪国
ベアが笑う。
「皆で一緒に行ったら楽しいのです」
自覚の無いハルカがそう頷いて、ソアはくすくす笑った。
「ザンスカールに来る時は、連絡をくださいね。迎えに行きますから」
「はい」
「そろそろ行くが」
オリヴィエを連行する為に迎えに来た、王宮の騎士がそう声を掛けて来た。
小人数乗りの中型飛空艇の昇降口に、オリヴィエの傍ら、二人の騎士がいて、ハルカを呼ぶ。
「今行くのです!」
ハルカは走ってオリヴィエ達に駆け寄り、翔一朗達を振り向いた。
「それじゃ、またな」
翔一朗が手を振る。
「博士は、あんまりハルカに心配させるようなことはせんといてくれぇや」
「気をつけるよ」
「ハルカ、イルミンスールで待ってるぜ!」
「沢山、案内したい場所がありますから」
ベアとソアの言葉にハルカは頷いた。
「楽しみにしてるのです!」
ハルカは手を振って、オリヴィエ達に続いて飛空艇に乗り込む。
「とーまさんもつくよさんも、ありがとうなのです!」
後ろで見守っていた刀真と月夜にも、そう叫んだ。
頷く刀真の隣で、月夜も手を振る。
「またね、ハルカ」
飛び去って行く飛空艇を見送りながら、ソアは少し寂しく感じた。
もう、此処へ来ても、オリヴィエやハルカと会うことはなく、近く回収されて、飛空艇もなくなっているのだろう。
「ま、しんみりしてる暇はないぜ、ご主人! これからは、毎日だ!」
ソアの表情を見て、ベアは笑う。
ソアも頷いた。
「そうですね」
終わる。けれど始まる。
これからはイルミンスールで、きっと楽しい毎日が。
「入学祝は何にしましょうか」
遠くない未来に想いを馳せて、ソアは微笑んだ。
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