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リアクション
序章 「悲劇の痕跡」
〜ミューエの宿屋・リーゼの部屋〜
「……これは、酷いねぇ。綺麗な部屋がズタズタだよ」
部屋に上等そうな執事服に身を包んだ、黒髪の少年がしゃがみ込んでいる。
部屋につけられた無数の傷を眺めては、考え込んでいた。
彼は魔法少女の清泉 北都(いずみ・ほくと)。「博識」によって得ることのできる知識を総動員し、
部屋の傷や、痕跡を調べていた。
傷は部屋のある部分から、半扇状に広がっている。
「まっすぐ伸びた軌道が……途中で弾かれた様に軌道を変えている……ということは」
「おそらく、ヒルフェがリーゼの攻撃を弾いていたのだろう……ヒルフェという男……
なかなかの手練れかもしれない」
北斗の言葉に割り込むように、魔鎧の青年が語りかける。
北都は隣に立つ魔鎧の青年の顔を見上げ、不思議そうに尋ねた。
「どうして? 弾くだけで攻撃を仕掛けられずにいたのなら、手練れってわけじゃ……」
魔鎧の青年……モーベット・ヴァイナス(もーべっと・う゛ぁいなす)は、さも当然であるかのように言う。
「……少し想像力を働かせてみるといい」
モーベットは半扇状の傷の中心に立つと、ウルクの剣を静かに抜いて構えた。
「ここから、我が攻撃を半扇状になるように放つ場合……弾くには、どの位置にいる必要がある?」
「それは……あッ!」
攻撃を弾くのは、剣の心得がある者ならば難しいことではない。
しかし、攻撃を弾くという技は、攻撃を見切る為の十分な距離があって初めて成功する芸当である。
ヒルフェがリーゼの攻撃を弾いたと思われる距離は……あまりにも近いのであった。
今、北斗の立つ……ヒルフェの立っていたと思われる位置は、リーゼが一歩踏み込んで来れば
容易く攻撃が届いてしまうほどの至近距離。
彼は、1秒も経たないうちに攻撃を見切り、的確に弾いた事になる。
「しかも、ヒルフェが弾いた攻撃は一撃ではない。この至近距離で、数十発の剣閃を弾いている。
セイバーである我ならば分かる……奴は相当の手練れだ」
「確かに……それほどの手練れなら、一流のフェルブレイドであるリーゼさんをたった一撃で
殺害が可能かもしれないねぇ……でも」
北都は立ち上がり、棚の上に倒れているひび割れた写真立てをみる。
写真の中のヒルフェとリーゼは、お互いを大切そうに抱き、穏やかに微笑んでいた。
「……そんな魔剣欲しさに、恋人を殺したりなんてするのかな……僕には、わからないよ……」
拳をぎゅっと握り、窓の外を眺める北斗。
「だから、我らが来たのだろう……真実を突き止める為に」
モーベットは優しく北斗の肩に手を置いた。
「……うん、そうだよね……突き止めよう、真実を」
〜ミューエの宿屋・廊下〜
素朴な感じのする板張りの廊下に差し込む日の光が、窓際に置かれている花に降り注ぐ。
その花に手をかざし、意識を集中する赤髪のフェイタルリーパーの女性……リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)。
花妖精である彼女の頭を、白百合の花が飾っている。
彼女はパートナーがヒルフェの姉、ミューエから話を聞いている間に、宿屋の植物から情報を収集していた。
庭の植物に始まり、宿屋の各部屋の花や観葉植物等にも熱心に情報を聞いて回り、リーゼの部屋の前の廊下に置かれた
この花から話を聞けば、全ての植物達から話を聞いたことになる。
「教えて……事件が起きた時、何か聞いたり、見たりしなかった?」
花は彼女の心に優しく語りかける。
(私の声が……聞こえるんですね。なら、私の聞いたことでよければ…教えましょう)
花は語りだす……リーゼの苦しむような声を聞いて、血相を変えたヒルフェが部屋に入っていくのを見たこと。
リーゼの叫び声や悲しそうな声を聞いたこと。当時、扉は閉め切られていた為に、はっきりと聞こえたわけではないようだった。
(お役に……立てたでしょうか?)
「ええ。とっても助かったわ。ありがとう、おかげで少しだけ状況がわかってきたかも知れない……」
彼女は植物に一礼し、パートナーのいるミューエの部屋に向かった。
〜ミューエの宿屋・ミューエの部屋〜
「……この度は、ご愁傷様です」
赤髪の青年、スカイレイダーのエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は事前に購入しておいた白を基調とした花束を
ミューエに手渡した。彼女はそれを受け取り、礼を述べる。
「なんだか……すみません……気を使ってもらったみたいで……」
「これから、辛いことを話してもらおうと言うんです……せめて、これぐらいのことはさせてください……」
ミューエは少し目を閉じた後、エースに向かって優しく微笑んだ。
「優しいんですね……エースさん、貴方は。……わかりました、お話いたします」
儚げに笑う彼女を見て、エースは触ったら壊れてしまいそうな雰囲気を感じた。
「あの日、私は……宿の1階にいました。そろそろ、夕食の用意をしようと思った時、リーゼの叫び声が聞こえて……」
「……リーゼさんの部屋に、向かったんですね?」
「はい……鍵は掛かっていなかったので、開けたら……そこに……」
言葉を詰まらせたミューエは俯き、大粒の涙を零し始める。
肩は小さく震え、涙は一向に止まる気配を見せない。
「ミューエさん……そんなに泣いては、せっかくのお綺麗な顔が台無しですよ。
ああ、俺がハンカチならばよかったのに。そうしたら、貴女の…涙を拭く事ができるのに……」
「……変わった人ですね、エースさんは。ハンカチを持っていれば、ハンカチになる必要は
ありません」
「あ、そうですね。あはは……」
「……ふふっ」
思わず微笑むミューエ。
確かに笑ってはくれた……しかし、その笑顔にも寂しそうな……悲しそうな影を見て、
エースは心が締め付けられるような感覚を感じていた。
エースは事件とは関係ない会話を少し話した後、部屋を後にする。
「……はぁ」
「溜め息なんて、エースらしくないね」
「……メシエ」
部屋から出たエースに声をかける、トランスヒューマンの吸血鬼…メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)。
高貴な雰囲気を纏った彼は、壁に背を預けて視線だけをエースの方に向けている。
「なんとなく予想できるから、溜め息については聞かないが……」
「情報……だよな。ああ、いくつかの収穫はあったよ」
「こっちも色々と聞くことができたわ。そろそろ、情報を整理した方がいいんじゃない?」
二人の後ろからリリアが現れた。
先程、植物達から情報を聞き終え、二人の所に戻ってきたとのことである。
エース達は、聞いたことを整理しながら情報をまとめていく。
「ミューエさんは、殺害の瞬間を見たわけではないらしい。駆けつけた時には、もうリーゼさんは
倒れていて……ヒルフェさんが血の付いた剣を持って立っていたという事みたいだ」
「それならば、ミューエが犯人の可能性は薄くなるか……」
「メシエッ! 君はミューエさんを疑っていたのか!?」
「何を当たり前のことを。こういう時は、関係者はすべて疑ってみるのが筋だよね。違うかい?」
「……くっ、確かに……その通りではあるけれど……でも」
視線を落とし、悔しそうに口を閉じるエースの肩に手を置くメシエ。
「でも、面白いね……そういう思考」
「……え?」
「私には、どうやってもできない思考だから。そういう君らしさ……私は好ましく思うよ」
「メシエ……」
リリアが沈黙を破るように口を開く。
「ほら、まだ話は整理しきれていないのよ、メシエのサイコメトリーした情報も聞かせてもらえるかしら?」
「ふむ、そうだね……」
メシエは少し考え込むような仕草を見せた後、二人に向かって言葉を発する。
「実は……」
〜図書館・古書エリア〜
古びた外観の魔女でも住んでいるのではないかという雰囲気の建物。
扉を開け、受付に進むと80歳はとうに過ぎているかのような老婆が出迎える。
「よく来なさった。ここは、知識の泉とでも呼べる場所。調べ物があるのなら、
気のすむまで調べるがよい。ここは、おぬしらのような真実を求める者の為に、あるのじゃからな」
髪の長いプリーストと一本三つ編みのソルジャーは、老婆に案内された場所に座り、周囲を見渡す。
「これは……すごいな。辺り一面の本の山だ……」
「魔剣に関する本や古文書なんかも見つかりそうね……っていっても、見つけるのが大変そうな数だけど」
髪の長いプリースト……ロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)は席に着き、自分の考えの整理を始める。
一本三つ編みのソルジャー……アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)は大きく伸びをすると、
本の山の中へ消えていった。
「……ヒルフェとリーゼは恋人同士、近く結婚式も控えていたような間柄。
そんな二人が、殺し合いなどするだろうか……」
魔剣を破壊しなければいけないような、大義でもあったのだろうか……それとも。
考えを巡らせるロレンツォではあったが、全ては憶測。
「やはり、鍵になるのは……魔剣の存在か」
それから5分、いくつかの重そうな古い本を抱えてアリアンナが本の迷宮とでも呼べるような
本の山の中から現れる。剣の花嫁であるアリアンナには、重い本をいくつも抱える事など、造作もないことであった。
ロレンツォの座るテーブルの上に、古文書や本が並べられ、アリアンナがその説明を始める。
「魔剣に関する本は多かったから、災いを及ぼす魔剣に対象を絞って探してきたわ」
「助かる……これだけの資料があれば、きっとヒルフェの奪っていった魔剣に関して、何かわかるはずだろう」
並べられた本を開き、ロレンツォはそれを次々と読破していく。
読みながら、ロレンツォは頭の中で、情報を整理し考えを纏めていった。
アリアンナはロレンツォの読み終わった本を読み直し、見落としていることがないか、別の角度から
推測することで何か新たな発見がないか確認していく。
2時間ほどした頃。ロレンツォは最後の本を読み終え、重いそのページを閉じる。
「……ふぅ。あの魔剣は……思った以上に危険な代物のようだ」
「お疲れ様……お茶、飲むでしょ?」
「ああ、ありがとう。うん……いい香りのお茶だな。これは、どうしたんだ?」
「さっき、受け付けのお婆様から頂いたのよ。調べ物の疲れが取れるだろうからって」
お茶を飲み少し休憩したところで、ロレンツォはわかった情報をアリアンナと話し始める。
「どうやら、あの魔剣は……その力の強大さからある村で代々封印されていたものらしい。
封印には、決められた特別な血統の者が生贄に捧げられ、その血を用いて封印していたようだ」
「だとしたら、リーゼさんは……」
「そうだ、その村の生贄の血統であったのかも知れない」
「だったら、その村の人に話が聞ければ……!!」
ロレンツォは静かに首を横に振ると、寂しそうな表情を浮かべた。
「話を聞くなど、もう無理な話だ……その村は魔剣の暴走によって、壊滅している」
「そんな……」
二人の間にしばらくの沈黙が訪れた。
ふと、その沈黙を破るかのように二人は声を掛けられる。
「ロレンツォさん、アリアンナさん、やっぱり、ここにいたんですねぇ」
「一旦集まり、情報を統合しようということになったのだ。調査が済んでいたら
我らと共に、宿屋まで来てほしいのだが……」
北斗とモーベットがそこに立っていた。
調査を行っている者を宿に集め、情報やわかった真実などを整理しよう、とのことだった。
二人はそれを了承し、図書館を後にする。
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