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忘却の少女

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〜 一日目・午前9時 蒼空学園校長室 〜
 
 
【機晶姫】……体内に宿し、もしくは組み込まれた【機晶石】を擬似的な生命力として活動する擬似生命体
パラミタに古くから存在し、多くの地球人とパートナーの契りを結びながら共に生きる存在だが
上記のような種族的な認知をされながら、その有り様はある意味【人間】よりも多岐にわたる
 
古くから地球にて【アンドロイド】と呼ばれる概念に似た、機工的な稼動システムを持ち
迷う事無く【マスターに使える】事を第一として、戦闘及び生活的サポートを行うモノ
さらには、それを戦闘面に特化発展させた、完全なる【活ける戦闘兵器】として命令を遂行するモノ
 
逆に【医療サポート】や【精神的ケア】を目的とした、真逆のベクトルに特化したモノも存在し
用途においてその【機体】を構成する仕組みの多彩さは
もはや同種の造られた存在である【剣の花嫁】をも超えるかもしれない
 
 
  それは一言【ロボット】と言葉を浮かべてみても
  体のあちこちにリベットが打たれ、いたる所に銀河鉄道でも動かしそうな計器が見え隠れしていたり
  足の裏から炎を出して飛行し、100万馬力で戦う心やさしい科学の子の姿だったり
  革ジャンにサングラスでアメリカンバイクに跨る、マッシブで無表情な未来からの刺客だったり
  はたまた逆に一件タヌキに間違われながらも、超次元的な収納ポケットを持つ猫型タイプだったり
 
  そんな存在よりもっとガタイが大きく、宇宙で白い悪魔と恐れられる伝説の救世主、もとい機動戦士だったり
  飛行機3機が、3つの組み合わせと変形で3つの人型タイプになって戦う、スーパーなものだったり
  ドリルひとつで『天も次元も突破して』最後には銀河さえ手にとって投げつけるような存在だったり
 
  問われた者の認識によって、呆れるほどに無限にキリが無いのと似ている
  ただ、やはり人の手で造られた存在である以上、その外見はどんな説明よりも饒舌で
  一目見れば、どんな目的と理由で造られたか、理解できるものが殆どなのであるが……
  
  
そういう面で、今回学園の敷地で発見された【彼女】の存在は何とも不思議なものであった
 
 
 「兵器的特長である【機工的システム】の構成率がわずか10パーセント
  それでいてバイオケミカル的な生体素体でもなく、残り80パーセントを構成するのはナノシステム
  それでいて【機晶石】を動力源にしてはいるものの……動力構成は人間に限りなく近い……か……ふむ」
 
校長室の一壁面を飾る大型のスクリーンモニター
 
そこに映し出された【彼女】こと【機晶姫・ヤクモ】のデーターを真剣に覗き込みながら
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は何とも言えない表情で眉を寄せて唸っている
いつも飄々としている方が多い彼の、顔全体に描かれた【?】の文字を内心の半分で面白がりながら
彼女のマスタールカルカ・ルー(るかるか・るー)は、それでも控えめに声をかけた
 
 「それ、そんなに悩む事なの?ダリル」
 「彼女のメンテナンスを考える以上、仕組みを知るのは当然だろう?
  だが彼女に記憶が無い以上、その仕組みと僅かな特徴から探っていくしかないんだからな」
 「……つまり、マニュアルがない機械をメンテするために、自力でどこのメーカーか探し当てる、みたいな?」
 「………色々突っ込みたい気持ちはヤマヤマだが、おおむね間違ってはいないな」
 
漫才よりも作業を優先するため、パートナーの微妙なたとえを受け流す事を選ぶ
そんなダリルの傍らには、同じようにデーターを眺める雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)の姿がある
こちらも今の会話に突っ込みを入れる気は無いようで、最初のダリルの呟きに対して話を再開する
 
 「古代レベルの機晶姫にしては、やたらにデリケートでハイスペックよね
  生体ナノマシンをここまで構成しつつ、中枢部のシステムとマッチングさせるっていうのは
  推定年代の技術では難しいって、涼司も言ってた」
 「ああ、だからこそ……その存在意義が良くわからないんだ」
 「??……性能がいいのは、いい事なんじゃないんですか?」
 
それまで、二人のやり取りを聞いていた山葉 加夜(やまは・かや)が不思議そうに首を傾げる
普通にデーターを見れば、そう思ってしまうであろう言葉に、ダリルは苦笑して別のモニターの資料を拡大させた

そこには、過去の様々な遺跡から発掘された、機晶姫に関わる様々なものが表示されていて
その一つ一つをポインターで指摘しながら、ダリルは彼女に説明をはじめる
 
 「【剣の花嫁】と【機晶姫】の大きな違いに稼動時間の有無があるという事は知ってるだろう?
  性能がどうあれ、動力源である【機晶石】からエネルギーを抽出する技術は、残念だが今も古代も変わりない
  数年の差があるとはいえ【機晶姫】が何のメンテも無しに稼動できる限界は、平均で30年と言われている
  それを克服し無い限り【消耗品】という概念が場合によっては付きまとう、それが【機晶姫】なんだよ」
 
ダリルに続いて、雅羅が話を引き継ぎ、説明は続いていく
 
 「守護の使命を司る事が多い【剣の花嫁】より、兵器としての性能が求められるのもそのせいなのよね
  【永久稼動】という永遠の課題を放棄し【消耗品】としてステータスの半分以上を【攻撃面】に集約させ
  逆に【消耗品】としてのマイナス面を利用する事で、メンテナンスしやすい様に身体的構造を簡略化する
  彼女達に、ぶっちゃけ【メカメカしい】容姿が多いのもその為よ」
 「なるほどねぇ〜、単に生みの親や絵師さんの趣味思考なんかzyana○★凹〜〜〜〜!?」
 
ルカルカのコメントにセカイ的にヤバイものを感じ、あわてて口を塞ぎながら雅羅の説明は続く
 
 「つ、つまり、そんな特徴の多い【機晶姫】に、ヒトに近い性能を求める事はリスクの高い事なのよ
  その分、メンテナンスに手間と時間を要する事になるでしょ?
  それをあえて選ぶのであれば、相応のメリットが必要なはずなのよ
  そうでないと単なるハイリスク・ローリターンになってしまうんだから……でも……」
 
 
 「そう、スキャニングした彼女の体からは特化した性能は何も見出されなかった
  彼女は唯の【限りなくヒトに近づけた体を持つ】存在でしかないと言うわけなんだよ」
 
不意に奥の入り口の自動扉が開き、そこから放たれた声に全員が振り向く

そこには、今回の一件の依頼主である蒼空学園校長……山葉 涼司(やまは・りょうじ)の姿があった
己の安息の場所に戻って気が緩んだのか、軽い息と共にやや疲れた様子で机に向かう
そんな最愛の人の姿に、加夜は顔に気遣いの色を浮かべながら、傍らに歩み寄って声をかけた
 
 「研究機関への手続き、無事に終わったんですか?涼司さん」
 「ああ、学園の生徒としての身元引き受けや、居住に関しての手続きも滞りなく終わったよ
  ついでに現段階での【ロータス・ルイン】の見学申請も終わらせてきた、予定通り2日後だ」
 「……ロータス?」
 
聞きなれぬ言葉に雅羅が首を傾げる中、引き続き部屋に入ってきた二人組の一方が涼司の代わりに返答した

 「【蓮の遺跡】って意味だ、あちらさんが例の遺跡をそう名付けたらしい」 
 「あら、樹さん!いつからそこに?」
 「……最初から貴様の連れと一緒だったんだがな」
 
わりと本気に今気がついたばかり……という反応で投げかけられた加夜の言葉に
林田 樹(はやしだ・いつき)はむすっとした顔で返答し、言葉を続ける
 
 「晴れて連れ添う契りを結んで、幸せいっぱいなのはわかるがな……人を見失うほど気を緩まれては困る
  一応、校長夫人なのだろう? 校内にいる時くらい、節度ある毅然とした態度をだな……」
 「………素直に【新婚さんのイチャイチャは、うらやましいから家でやれ】って言えば?」
 「な!なななななななななななな何を言うか!そこのじゃじゃ馬!!」
 
不意に傍らから発せられたルカルカの言葉に、冷徹一転……顔を真っ赤に取り乱す樹
その想像以上の反応にニヤリと笑いながら、ルカルカの攻撃はなおも続く
 
 「あらあら、平静を装いすぎるのも逆効果ってもんよ?
  知ってる? 宿泊出勤のカップルって、翌朝妙に仕事に関して生真面目だってハナシ
  そこまで仕事キッチリなご様子なら、昨夜はさぞかし……ねぇぇぇ〜?」
 「げ、下衆の勘繰りはやめろっ! 至って私は平常運転だ!別に寝具が一緒だからって何もっ!」
 「何もそこまで聞いてないのに……で、コタロー、昨日樹って何時に寝た?」
 「あい!……らしか、ねーたん、あしたはあさはやいからって……こたよりさきに、あきと……」
 「聞くなバカ! コタローも言わなくていいっ!!」
 
ルカルカの質問に元気良く答えようとした、連れの林田 コタロー(はやしだ・こたろう)の口を塞ぎ
先ほどの毅然さはどこ吹く風とばかりに騒ぐ【シャンバラ教導団・新婚新妻中尉殿】
その姿に誰もが【ツンデレ化】するのも、もはや時間の問題だと確信したのは、ここだけのハナシである
 
……そんなやり取りを聞きながら、自分の傍らで不穏に目を輝かせる加夜や雅羅の姿に
【彼氏または夫の肩身が狭くなる、あられもないプライベート女性談義】に話が進んでいく方向への危機を感じ
取り急ぎ、かつ平静を装いながら涼司は話を元に戻す事に専念する事にする
 
 「……話を進めていいか?
  スキャニングの他に、簡単な思考テストも行った結果、我々と同等の思考パターンも確認されている
  彼女が高度な技術で作られた【機晶姫】である以上、調整やメンテナンスにも些細なバランスが必要になるんだ
  こちらで彼女を引き受けるなら、少しでも多くデーターを把握する必要がある、そうだろう?ダリル」
 「無論だ、長期休眠によってバランスが狂っている機能もあるだろうしな」
 「後は記憶の問題……か」
 
腕を組んで呟く雅羅の言葉に、全員が頷く
 
 「造られた存在である以上、創造主やマスターの存在は不可欠なはずよね?
  記憶が失われてるにせよ、元からそれが存在しないにせよ
  【機晶姫】の常識から考えれば、パートナーの不在は精神的バランスを崩していく筈よ
  例え、今は大丈夫だとしても、いずれは……ね」
 
……実は、記憶が失われたまま現在を生きる【造られた存在】は、このパラミタには意外と多い
今回の話を聞き、自分の境遇と照らし合わせて『他人事とは思えないから』と、協力を申し出た者が多いのも事実だ
 
だがその殆どは、個人的な意思によって発見、もしくは遭遇や覚醒を促されたケースが殆どで
速やかにそのまま彼らと【契約】し、【マスター】の関係性を築く事ができたからに他ならない

 「今後、彼女にそのような出会いがあるかどうかも、まずこの世界に触れ合ってからになる
  それに必要なのは多くの者との接触と係わり合いだ。その為にも調査以外にこの3日間は必要不可欠なんだ」
 「……随分と難しい話ですけど、つまりみんなとの出会いが支えになるから
  案内を含む彼女の学園生活を、みんなの協力で有意義なものにして欲しい……という事でいいんですよね?」
 「まぁ、そう言う事だよ、うん」
 
ここまでの事細かな説明を、加夜にたった一行で纏められ、苦笑いする校長殿
ようやく行動指針に話が移ったのを期に、意気揚々とルカルカが話の先を受け継いだ
 
 「とりあえず、彼女をエスコートしたい面々は一杯いるらしいから
  加夜と雅羅を中心に役割と当番を決めてもらって、そのまま任せちゃっていいのよね?
  で、例の遺跡を含めた調査と対策……これはダリルを中心にお任せって事で」

無言で頷くダリルの隣で、涼司が補足を加える

 「校内のデーターベースとのリンクは許可しておいたから、いつでも閲覧可能だ
  彼女のセカンド・スキャンは望み通り明後日の午前中だ、それまでは調査班のサポートを頼むよ、コタロー」
 「あいっ!がんばります!こた、あっておはなしするの、たのしみにしてますれす」
 「……へ、君が調査するの?樹じゃなくて?」
 「しつれーれす!こた、ちゃんとした【てくのくらーと】なのれすよ!」

雅羅の素直かつ失礼極まりない言葉に【シャンバラ電機のノートパソコン】を手に抗議するコタロー
その姿に皆が思わず噴き出したタイミングで、新たに扉が開き入ってきた影があった
学園案内の準備を手伝っていたアルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)である
 
以外にも、困って顔で入ってきたパートナー達の姿に、雅羅は首を傾げながら声をかけた
 
 「どうしたの?何かヤクモにトラブルでもあった?」
 「いや、彼女は問題ないですわ、素直に話を聞いて下さってますし……どっちかというと、ねぇ」
 「その……当人達いわく【コーディネートは女の戦闘服】とか何とかで……すみません」
 
アルセーネに続き、経過を説明したコハクがワザワザ謝ったことで、何となく当事者が何者か察しがつかないでもない
その犯人像を思い浮かべ、雅羅がやれやれと溜息をついた

 「しょうがないなぁ……じゃ様子見にいこっか、加夜」
 「あ、あたしも行くいく! 涼司、ダリルもあとはヨロシクね〜」
 「ああ、と言いたいが……ちょっと待てルカ!」
 
雅羅と加夜の後をついて行こうとしたルカルカが、不意の呼び止めの声にキョトンと足をとめる
振り向けば、涼司の方は何か困ったように机の上のデッカイ花を指さしていた

 「なんとなく、何のつもりか察しはつくが、一応聞いておく……何だこの花とオルゴール?」
 「ああ、この前のお詫びとお祝い!
  ホラ、そこの新婚さんの結婚式……出席拒否っちゃって悪いなぁって、でも涼司達もそのあとすぐだったじゃない?
  それ位大きい方が、加夜も花の面倒見るために、ここにしょっちゅう足運ぶかなぁ〜って思ってさ」

反省半分、お祝い半分、総じてイタズラゴコロ100パーセントな笑顔でニヤリと笑うルカルカ・ルー
いらん気遣い考えるくらいなら、さっさとお前も自分の幸せを……と涼司が逆襲の言葉を言おうとした頃には
彼女の姿は忽然と、ドアの向こうに消え去ってしまっていたのであった