リアクション
*** *** 「一通りアルバイト体験は終わったかしら?」 藤林 エリス(ふじばやし・えりす)の言葉に、ジヴォートが首を縦に振る。 「じゃあ今度はあたしが、大企業の実態と労働者の権利について教えてあげるわ」 両側で結われた金の髪を揺らしつつ、エリスは説明していく。 「大企業の取引先の中小企業では常に、一方的な下請け代金の切り下げや無茶な納期要求なんかに苦しめられているのよ。 これから幾つかの町工場に案内してあげるから、そこの社長から大商人との取引の実態についてよく話を聞いておきなさい。 企業社会の裏側に隠された真実を学ぶのよ」 「裏側の真実……」 真剣な表情で聞き入るジヴォートに、エリスは静かに頷く。 「そしたら次に労働者の権利について教えてあげるわ。労働組合は知ってるかしら?」 「ああ」 授業は進んでいく。労働者の権利や実情。心の底に感じている不満。そういったことを、町工場に足を運んだり集会やデモに参加して直接学ぶ。 ただ聞くだけだったジヴォートの顔が、段々と変わっていく。何かを考えようとしているような、そんな顔に。 「あんたも将来は大企業を継ぐんなら、適切な労使関係を築けるような経営者にならなきゃだめよ!」 「……ああ、そう……だな」 最後をそう締めくくったエリスの言葉に、ジヴォートは確かに何かを感じ取っていた。 *** *** 「最後にハウスキーパーとしてのお仕事をしましょう! 今日の依頼人は……」 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がそう言ってジヴォートを連れてきたのは 「イキモ・ノスキーダ様、商人の家系だそうですよ」 「……え、いや、えっと?」 そう。イキモの屋敷……つまりはジヴォートの家だ。もちろん偶然ではなく、詩穂が仕組んだものだ。 「ハウスキーパーというと分かりづらいかもしれませんね。メイドさんやバトラーさんと言えば分かりやすいでしょうか」 戸惑っているジヴォートに説明する詩穂。もちろんわざとだ。 そのまま掃除を始める。掃除自体は今回のバイト体験で学んだが、デパートの掃除と屋敷の掃除はまた少し異なる。 調度品や絨毯の掃除の仕方などを教えていく。 「旦那様、あの件ですがどうも交渉が難航しているようです」 「ああ、あの方は中々厄介ですね。分かりました。私が行きましょう」 そんな声にジヴォートが大きく反応した。声の先ではイキモが部下と何か会話をしていて、忙しそうに玄関ホールへと向かっていた。 そう言えば『仕事をしている父』の姿を見るのは初めてだなと、ジヴォートはどこか遠い世界のようにその背中を見送る。 詩穂の狙いの一つでもあった。 (働いている姿を見て、何か感じ取ってくれたらいいなぁ) 「ご奉仕の心は人に仕えるということです、清掃することで自分の心も綺麗に磨き上げるのです♪」 「自分の心も?」 「ええ」 「そっか。だから綺麗にすると気持ちいいのか」 そうして次々に掃除をしていったのだが、さすがに疲れたらしくジヴォートは終わると同時に倒れ込むように眠ってしまった。 疲れを癒せるように、父子がお食事できるようにと『晩餐の準備&メイド向け高級ティーセット』を用意し、さらにベッドの横にはジヴォートが手に入れたデパートの戦利品と掃除のさなかに見つけた古く小さな箱――7歳の誕生日おめでとう、というメッセージカード付き――をそっと置く。 きっと積もる話があるだろう。この2日間のこともそうだが、いろいろと話さなければならないことがきっとたくさん。 その日の夜。 様々な出来事を報告する子と、それを笑顔で聞く父の姿がそこにはあったという。 担当マスターより▼担当マスター 舞傘 真紅染 ▼マスターコメント
なんだか最後、ホームドラマのようになっている気が……いや、何はともあれ。無事で何より。 |
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