リアクション
★第二話「暗殺者の試練」★
「あまりやる気が出ないけど……アレの相手はしたくねーさなぁ(イキモ怖かったー)。ま、今回はジヴォートの護衛に徹するかね」
ジヴォート一行からやや離れたところで、誰にも気づかれずに刃物を持った男を押さえているのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。
忍びである彼は気配を消すのもそうだが、暗殺についても理解している。だからこそ静かに暗殺者たちを排除できていた。
だがその目には、言葉通りやる気がない。理由はただ一つ。
「男の護衛とかなー面白みが」
であった。うむり。良く分か……なんだお前たち。え、イキモの配下? うわ、何をす
「今何か寒気がしたような……ちゃんと護衛してますからね」
唯斗はどこか遠くから送られてきたナニカに肩を震わせつつ、しかしと首をひねる。
「どうも違和感が……っと」
考え込む前に唯斗の姿が一瞬消える。
いや違う。別の場所へと高速で移動していた。静かにジヴォートへと発射された銃弾は、騎乗用金剛竜『閃飛』が受け止める。そうして時間を稼いでいる間に発射された場所へとたどり着き
「大人しくしてもらいましょうかね」
逃げようとした狙撃手を地面に押し倒す。
そうして再び先ほどの違和感について考える。
(しかし本当に今回送られてくる暗殺者は――)
その時、仲間から知らされた情報に、唯斗は肩をすくめつつ再び別の場所へと向かって行った。
◆
「絞められるのは悪者だけでたくさんよ!」
がくぶると震えながら、いつもと同じく水着にコート……ではなく。カジュアルな冬物を身に付けたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、寒さ以外の何かで震えあがっていた。
『ではみなさん、護衛よろしくお願いします。……あ、もしも失敗したらあなた方も絞めたくなるかもしれませんが……まあそのようなことはないでしょう』
にこっと笑いながら言ってのけたイキモの姿は、セレンフィリティの心に深い傷となって刻まれた、ようである。
いつもとは違って真面目な姿勢で護衛依頼に勤めていた。
「まあ少し落ち着いて、セレン。イキモさんも少し気が立ってただけよ。本気じゃないわ(たぶん)」
そんなセレンフィリティをなだめるのはもちろんこの人。セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。彼女もまた、本日ばかりは目立たぬように『普通の』恰好をしている。
内心では酷く怯えているセレンフィリティではあるが表には出していないため、2人が並んでいる姿は仲の良い恋人同士が買い物に来たようにしか見えない。
(……北西の方角に2人いるわ)
そして怯えつつも気配を読み取り、周辺にいる仲間へ、テレパシーで暗殺者の情報を知らせる。常に殺気看破をしているとはいえ、そうあからさまな殺気というものは中々出さないため難しい。情報は共有するに越したことはない。
だが中には、あからさまな殺意を持っている者もいて、セレアナはそれが引っ掛かる。
「あら、お久しぶりですね」
「え?」
今セレアナが話しかけたのもそんな1人。笑顔のセレアナに戸惑った顔をする男。
「下手な動きをしたら撃つわよ」
男の背後から近づいたセレンフィリティが銃を突きつけながらぼそりと呟く。そしてセレアナは笑顔のまま男を人目のつかない場所へと誘導する。
「積もる話もありますし、あちらへ行きませんか?」
「そ、そうですね」
途中でなんとか逃げようとした男にはセレンフィリティが幻覚を見せて対処し、
「死にたくないなら降伏しなさい」
男は迫力に負けた。セレアナが男の武器を奪って手錠をかけ、警察に引き渡す。
「……あんなに簡単に落ちてくれる奴ばかりなら楽なんだけけど」
ジヴォートへ襲いかかってくる暗殺者たち。しかしその質がバラバラすぎた。
一流と呼ばれるほどの者から、ただの荒れくれ者まで。あまりにも差がありすぎる。どういうことなのだろうか。
*** ***
「やはり複数いると考えた方がいいな」
黒幕について話し合っていたイキモたちは、そう結論付けた。すぐさま護衛者たちにそのことを伝え、後ろを絞めるにはもう少し時間がかかることを告げた。
「――旦那様、例の方がいらっしゃってますが」
「ああ、もうそんな時間ですか。分かりました、今行きます」
使用人に声をかけられたイキモが椅子から立ち上がった。ジヴォートのことだけを考えていたいのが本心でも、仕事すべてを休むわけにもいかない。今来た客人とは、どうしてもしなければならない商談があったのだ。
「わざわざお越しいただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそお招きいただき、光栄に思います」
商人の男は別に3人の男を連れてきていた。1人はおそらく秘書。あとの2人は護衛だろう。
口をつぐみ、商談を聞いていた
ダリルは、しかし常に周囲を警戒していた。
『シヴォートを狙おうなんて卑怯よねえ』
『イキモを狙うのならいいのか?』
『あ、狙っちゃダメ』
『だが犯人も馬鹿ばかりとも限らない。
折角大勢の契約者が息子に向かう今この時、手薄になったイキモを始末しようとしてきても不思議じゃないな』
『でもそれなら現行犯♪』
『……そううまく行けばいいが』
ルカルカと交わした会話を思い起こす。交渉を相手を脅すわけにはいかないと、護衛としてこの場にいるのはルカルカとダリルのみ。
加夜や
アキュートたちは屋敷の外を見回っているはずだ。
そうして事がおきたのは、交渉が成立して2人が握手をしようとした瞬間だ。護衛の1人が動く。
「させないわよ!」
抜かれた短刀をルカルカが受け止め、死角から放たれたナイフをダリルが叩き落とす。もう1人は、と目をやるが驚いたように目を見開いていた。
「伏せてください!」
その時、加夜がドアを勢い良く開けて部屋へ入ってきて、そのままイキモを伏せさせる。窓ガラスが割れ、銃弾が先ほどまでイキモが立っていた位置を通り過ぎた。あのまま立っていたならば心臓を正確に突き抜けていただろう。
加夜はすぐさま狙撃位置を見抜いて銃が届かないと判断し、アキュートへと知らせる。
数秒後、狙撃手を捕らえたという報告が届けられた。
「え、な、何が?」
交渉相手の男は何が起きたのかと目を白黒させていた。
「何がってあなたが雇ったんでしょ?」
「私はいつもの護衛が怪我をしてしまったので、紹介された彼を雇っただけなのです! 本当です」
泣きそうな男に疑問がわく。
ルカルカも加夜も首をかしげる。嘘をついている様子はない。ただダリルだけが目を細くした。
「紹介された? 誰に?」
そうして男が告げた名前は、絞られたリストの中にいた男だった。リストの中では小者だったが、ここから辿れば黒幕も分かるだろう。
ダリルは黒幕について推測しながら、警察や司法当局への手配、訴訟手続きなどへの対策を打ち始めた。
「……これは」
その横では加夜が打ち込まれた銃弾がゴムスタン弾であることに首をかしげていた。
「失格、と……これで最後かねぇ」
誠一が呟く。実は誠一が暗殺者見習いたちの武器を刃引いた物やゴムスタン弾へと変えていたのだ。
暗殺するにはお粗末な武器だ。
それから
シャロンが周囲を見回す。そこには数名の暗殺者見習いたちがいた。彼らは一端依頼へ向かったものの、依頼に疑問を抱いて戻ってきたのだ。
シャロンは少し口元をゆがめて笑った後、彼らに合格を告げたのだった。