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タイトライン:ヘッドマッシャー3

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タイトライン:ヘッドマッシャー3

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【十 墜落】

 チヌークH2上に現れたヘッドマッシャーの数は、確認出来ているだけで三体。
 だが機関部や甲板部での混乱ぶりから考えると、報告されている以上の数が攻撃を仕掛けてきていると推測される。
 少なくとも、これだけの規模の大型飛空船に対して、たった三体だけで襲撃を仕掛けてくるとは、到底思えなかった。
 機晶エンジンが攻撃されれば、墜落は必至――その危険性をいち早く察知した真人とキルラスは、襲撃の報告が届いた瞬間に機関部へと急いだ。
「こいつが、ヘッドマッシャーって奴かぁ」
 初めて遭遇する異形の巨躯に、キルラスは妙に嬉しそうな声を漏らした。
 コントラクターである以上、パラミタでの新たな出会いにはそれなりの喜びを得るものなのであろうが、今は場合が場合である。
 少なくとも真人は、キルラスのように喜んでいられる心境ではなかった。
 今、ヘッドマッシャーが彼らの目の前でチヌークH2の心臓部たる機晶エンジンに対し、ブレードロッドでの容赦ない攻撃を浴びせ続けている光景は、絶望へのカウントダウンに他ならないのである。
「させません!」
 真人は、得意とする魔術で牽制を仕掛けるも、ヘッドマッシャーは少々の打撃ではびくともせず、依然として機晶エンジンへの攻撃の手を緩めない。
 キルラスもいい加減、喜んでばかりはいられないとばかりに光条兵器のライフルを手の中に収め、ヘッドマッシャーの黒い巨躯目がけて、光り輝く銃弾を撃ち放った。
 ここまでくると、ヘッドマッシャーも機晶エンジンばかりを攻撃してはいられないらしい。醜悪なマスクを真人とキルラスに向けたかと思うと、次の瞬間には怪鳥のように素早く跳躍し、ふたりの頭上に舞った。
「どわぁっ! こいつ、あんな馬鹿でけぇのに、随分と身軽なんだねぇ!」
「大きい上に、パワーとスピードも段違いです! くれぐれもご注意を!」
「ご注意をったって、あんたぁ!」
 襲いかかってくるブレードロッドを必死にかわしながら、キルラスは物凄い形相で真人に噛みつく。
「注意して、どうにかなるってぇのぉ!?」
「喋ってないで、攻撃を続けてください!」
 漫才みたいなやり取りだが、ふたりは至って真面目である。と同時に、必死でもある。
 そこへ。
「くそっ、やっぱり機晶エンジンが狙われてたのか!」
 カルキノスがダリルと共に、機関部に飛び込んできた。
 機晶エンジンの損傷具合を目にしたダリルの端正な細面が、見る見るうちに渋い色へと変じる。
「これは……拙いな」
 ダリルだからこそ、一瞬で判別出来た。
 この機晶エンジンの損傷レベルは、最早機能を停止し、墜落へと移行する状態にあった。
 カルキノスがダリルの顔色から素早く事態の重大性を察し、低く呻く。
「ダリル、もうこの船は、駄目なのか?」
「生憎だが……今から修理に手を付けたとしても、上昇力を回復させる前に墜落するだろう」
 要するに、お手上げ、という訳である。
 ダリルとカルキノスが機晶エンジンの深刻な状態を分析している間も、真人とキルラスはヘッドマッシャー相手に苦戦を強いられている。
 が、機晶エンジンがそこかしこから爆炎を上げ、機関部内が黒煙で覆われ始めると、ヘッドマッシャーはそれまでの猛攻から一転して、侵入してきた経路と思われる機体側面の破壊孔から、素早い身のこなしで飛び出していってしまった。
「おいおい、この高さから飛び降りるのかぁ? 一体、どんだけ頑丈なんだぁ?」
 呆れ果てた様子のキルラスだが、真人の方はもう、それどころではない。
 黒煙と紅蓮の炎を上げて爆発を続ける機晶エンジンに、青ざめた表情を向けてただ絶句していた。
「本当にもう、駄目なのですか?」
「あぁ……これはどうにも、手の付けようがない」
 真人の問いかけに、ダリルは敢えて希望的観測を排除し、事実だけを淡々と述べた。
 そこから導き出される結論、それは即ちチヌークH2の墜落、であった。

 救出部隊の惨状は大講堂側にはまだ何も、情報として伝わっていない。
 それどころか、籠城する者達にとっては全く別の問題が浮上しており、ソレムからの脱出と同等レベルの緊急事態が持ち上がっていたのである。
「フェンデス嬢……ご説明願いたい」
 一階大広間のほぼ中央で、レオンは厳しい表情をフェンデスに向けた。
 対するフェンデスは観念した様子で、僅かに肩を落としている。そのフェンデスの傍らにはひとりの侍女が黙然と佇んでいるのだが、しかしその態度はというと、仕えるべき相手であるフェンデスには然程の敬意を払っていないようにも見えた。
 実は、そこに今回の事件の最も奥深い問題が根ざしていたのである。
「そちらのエリステア・ブラッドレイなる女性はエリュシオン人ではなく、ウィンザー・アームズ社の光学兵器技術者、ということで間違いありませんか?」
「今更、隠し立てしても遅いですわね……ならば、正直にお話ししましょう。こちらのブラッドレイ女史は、レオン殿がご指摘なさっているように、ウィンザー・アームズ社の光学兵器部門で主任級の役職を持つ、優秀な技術者です」
 大広間内に、静かな動揺が走った。
 フェンデスはこのエリステアが、エリュシオンへの亡命を希望している旨も告げた。
「あなた方がわざわざこのソレムへ立ち寄ったのは、こちらのブラッドレイ女史と合流し、彼女を侍女のひとりに扮装させ、何食わぬ顔でシャンバラを出国する為……という解釈で宜しいでしょうか?」
「まぁ、その辺はご想像にお任せしますわ」
 ルースの指摘に、フェンデスは反論しようとはしなかった。つまり、事実を認めたということになる。
 エリステアが侍女ではないと最初に見抜いたのは、ルースであった。
 その表情や立ち居振る舞いが、侍女達の中では際立つ程に浮いていた為、おかしい、と察したルースが、他の侍女達にあの手この手で聞き込みを続けた結果、とうとうそのうちのひとりが鋭い詰問に耐えられなくなり、ルースに喋ってしまったのである。
 だから、ヘッドマッシャーがこの大講堂内に出現したのか――警護部隊の誰もがようやく、納得した。
 と同時に、何となく騙されたような気がして、複雑な気分に陥ってもいた。
 その中でも特に、レリウスの受けた衝撃はひと際、大きかった。
 命を懸けてでも守ろうとしていた相手が、自分達に偽りの姿勢を見せて、更に何食わぬ顔まで見せていたことに対して、気持ちの整理が出来なくなってしまっていた。
「レリウス……そう、考え過ぎるな」
 ハイラルが、腫物に触るような慎重さでレリウスに声をかけたが、当のレリウスはただただ意気消沈するばかりで、ハイラルの言葉も耳に届いていない様子だった。
 しばし、重苦しい空気が大広間内に漂った。
 レオンが更に言葉を重ねてフェンデスを追究する態勢を見せたが、しかし千歳の苛立ちを含んだ声が、レオンの横っ面に強烈な一撃を浴びせる。
「あのな……ここで今、それをとやかくいってどうするんだ? 中尉如きが国際問題に首突っ込んで良い立場じゃねぇだろう?」
「いや、それは確かに、そうなんだが」
 千歳の剣幕は、ルースに対しても向けられている。ルースはルースでばつが悪そうに、頭を掻いた。
「良いか、今ここで必要なのは、全員が一致団結して脱出することだろうが。それをトップたるお前ら教導団の士官がぶち壊してどうすんだ? それでもお前ら、部隊を指揮する器のつもりか?」
 正論であり、且つ辛辣でもあった。
 千歳はフェンデスを庇ってやるつもりなど毛頭なかったが、しかしレオンの余りにも拙いやり方に、黙っていられなくなった。
 傍らでイルマが、千歳の言葉のひとつひとつに重々しく頷き、レオンに追い打ちをかける。
 だが、既に大講堂内に広まりつつある不協和音を、一体どのようにして収めれば良いのか――その方策は、まだ誰にも示されていない。
 いずれにせよ、ここで再び千歳の頭の中では、レオンは駄目な奴だという烙印が改めて押し直されたことだけは間違いないだろう。
 更に千歳が何かをいおうとして口を開きかけた時、突然頭上から緊急を示す大音声が落ちてきた。
「拙いぞ! こちらに何かが、突っ込んでくる!」
 その人間離れした長身を活かして、三階の出窓から周辺を見張っていたコア・ハーティオンが、炎を噴き上げながら大講堂へ一直線に突き進んでくるチヌークH2の姿を、視界に捉えたのである。

「あれは……大型飛空船か!?」
 慌てて三階の回廊へと駆け登った恭也が、同じく出窓から南方向へと視線を巡らせ、猛スピードで突っ込んでくるチヌークH2の巨影を視界に収めた。
「このままでは、確実にこの大講堂に突っ込んでくるぞ……全員、避難した方が良い」
「避難するったって、どこへ逃げるっていうんだ?」
 コア・ハーティオンの重苦しいひと言に、恭也は思わず反論した。
 周囲は武装住民によって完全包囲されている上に、唯一の拠り所であるこの大講堂が最も危険な場所へと変じようとしているのである。
 逃げる場所など、あって無いようなものであった。
「じゃあ、ここであの飛空船と一緒にお陀仏しろってぇの!? あ、あたしは御免だからね!」
 ラブ・リトルがヒステリックに絶叫したが、彼女のいっていることにも、一理ある。
 このままここに留まっていれば、待っているのは確実なる死そのものであった。
 いや、コントラクター達であれば、あの大型飛空船の衝突を受けても何とか生き延びることが出来るかも知れないだろうが、一般人に過ぎないフェンデス達は、確実に命を落とす。
 エリステアの件できな臭い空気を醸し出そうとはしているものの、矢張りフェンデスはエリュシオン上流貴族の令嬢なのである。
 ここでみすみす、見殺しにする訳にはいかなかった。
 コア・ハーティオンは再び声を大きく響かせ、吹き抜けから一階大広間に向けて、現状を詳しく説明した。
 流石にもう、エリステアの亡命騒ぎでもめている場合ではない。
 この場に居る全員が、事態の切迫たるを認識せざるを得なかった。
「セレンフィリティ、夜刀神! すぐに全トラップとバリケードを解除! どこにどれだけの被害が出るか、皆目見当もつかない! よって、全方角に脱出路を確保! 以上!」
 レオンの指示が飛ぶや、全ての警護部隊員達が一斉に動き出した。
「んもぅ、折角腕によりをかけて仕掛けたトラップが、これじゃ全くの逆効果じゃないのよ!」
 セレンフィリティは、己のトラップ技術の良さがこの局面では却って裏目に出てしまったことに、酷く狼狽していた。
 敵を近づけさせない為の仕掛けが、今や自分達の脱出を阻害する要因になろうなどとは、一体誰が予期し得たであろう。
 一方の甚五郎も、バリケードを余りにも強固に作り過ぎてしまったことに、多少の後悔を覚えなくもなかったが、今は泣き言をいっている場合ではない。
「ホリイ! ブリジット! スワファル! 丁寧に除去する必要はない! 片っ端から壊していけ!」
 指示を出しながら、甚五郎は自らもバリケードの一角を崩し始める。
 彼のパートナー達も、甚五郎に倣ってそれぞれが組み上げたバリケードの除去へ、素早く着手した。バリケード自体の破壊は、然程に手間ではない。ただ、数が少々多い為、後はもう、時間との勝負であった。
「カイちゃん、手伝って! ちょっと手が足りないのよぉ!」
「了解した!」
 セレンフィリティに泣きつかれるまでもなく、カイもトラップ除去に乗り出した。
 幸い、一般人向けに仕掛けられたトラップが大半である為、カイの強靭な肉体と圧倒的な破壊力を誇る剣技を駆使すれば、トラップを無理矢理発動させて除去するという方法が可能であった。
「うにゃ〜! ちーにゃんこさん! 肉まん出す暇が無かったよーぅ!」
「くだらないこといってないで、あゆみさんもバリケードの撤去に手ぇ貸して!」
 甚五郎達を手伝い、バリケードを取り払おうとしている千歳は、情けない顔で泣きついてきたあゆみを一喝した。
 一方のおなもみは、早々に料理の腕を振るうことが出来て満足しているのか、きびきびした動きで千歳と一緒にバリケード除去に取り掛かっていた。
「うぅ……でも、肉まん……美味しい……」
「良いから、早くやりなさいってば!」
 尚もぶつぶつと呪いの言葉のように肉まん肉まんといい続けるあゆみを、千歳は半ば悲鳴に近い声で叱り飛ばした。
 だが、もう時間はほとんど残されていない。
 大講堂が凄まじい衝撃と、大量に舞い落ちる瓦礫の雨あられに襲われたのは、その数秒後のことであった。