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タイトライン:ヘッドマッシャー3

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タイトライン:ヘッドマッシャー3

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【十一 プランB】

 チヌークH2を大講堂上部に敢えて突っ込ませたのは、ルカルカの判断だった。
 そのまま地上に墜落させてしまっては、機晶エンジンの爆発が地下の機晶鉱脈にただならぬ影響を与えて、連鎖爆発を起こしていたであろうことは明白だった。
 それならば、とルカルカは大講堂の堅牢な構造を逆に利用して墜落するチヌークH2の受け皿とし、地下の機晶鉱脈への衝撃を最小限に抑えようと考えたのである。
 この判断は、正しかった。
 チヌークH2は機体前半部が大講堂の上層に突っ込む形で激突したものの、機晶エンジンは大気中で爆発するに留まり、機晶鉱脈には何ひとつ、影響を与えなかったのである。
 だが、突っ込まれた側の警護部隊やフェンデス達にしてみれば、堪ったものではなかった。
 いきなり巨大な飛空船が何の予告も無しに突っ込んできて、武装住民から身を守る為の堅牢な要塞を一瞬にして破壊してしまったのである。
 しかもその衝撃で、死者こそは出さなかったものの、大勢の怪我人が出た。
 折角の救出部隊だが、これでは一体何をしに来たのか、分かったものではなかった。
「ルカルカ・ルー大尉! 一体、何がどうなっているのですか!?」
 レオンは上官への抗議という意味合いで、敢えて言葉を改めて、破壊された大講堂内に降り立ってきたルカルカに食いかかった。
 レオンもルカルカも、全身埃まみれで酷い姿だったが、今は容姿などを気にしている場合ではない。
「さすがにこればっかりは、申し開きのしようもないわね……」
 もともと上空撤退戦はスタークス少佐の立案であり、そこにヘッドマッシャーが奇襲を仕掛けてきたのは全くの不可抗力である為、ルカルカにはほとんど責任など無い。
 だが、彼女は救出部隊の現場責任者である。
 己に咎が無いことが明白であろうとも、その責任を一身に背負う義務があった。
 周囲では、アリーセやヴァイスが警護部隊の衛生兵と協力して、怪我人の介護に当たっている。
 その一方で、セレンフィリティ、セレアナ、カイの三人はトラップ除去作業を再開し、そこに甚五郎達も加わって、脱出経路を確保しようと必死になっていた。
 ルカルカは、レオンとフェンデスに上空撤退戦の失敗を告げ、救出部隊としての不備を詫びた。
 だが、起きてしまったものは仕方がない。問題は、これからどうするか、である。
「プランBに、移行するわ」
 ルカルカはレオンとフェンデスに、機晶鉱脈沿いに広がる地下坑道を移動する脱出プランについて、手早く説明を加えた。
 そこへ、アリーセとヴァイスが不安げな面持ちで顔を寄せてくる。
「今から地下へ、入るのですか?」
 アリーセがいわんとしていることを、ルカルカは即座に察した。
 怪我人が、決して少なくないのである。しかもその中には脚をやられている者も多く、地下坑道を突破出来るかどうかは甚だ疑問だった。
「そういうことなら、ここに残りますよ」
 真人が、自身も多少の怪我を負ってはいるが、自分よりも更に重傷で、且つ非力な者達を守ることに手を挙げた。
 地下坑道からの脱出戦は真人自身もルカルカと共同で案を練った経緯もあり、出来れば参加したかったのであるが、かといって、この場に残される重傷者を放ってはおけなかった。
「なら、俺も残ろう」
 丁度反対側の経路のトラップ除去へ向かおうとしていたカイが、足を止めて自ら志願してきた。
 フェンデスを守る為の人員は比較的多く揃っていそうだが、ここに残される重傷者達を守ろうとする者は、決して多くはなかった。
「だったら、あゆみも残るよ〜。こんな時こそ、肉まんが活力を与えるのだっ。クリアエーテル!」
「あゆみ……まだいってるし」
 カイに続いて、大講堂廃墟での重傷者防衛線に志願したあゆみに、おなもみが静かに突っ込みを入れる。
 ルカルカは、申し訳無さそうに小さく頷いた。
「じゃあ、カルキノスと淵も、ここに残していきます。ふたりとも、良いよね?」
 話を振られた両名は、気合十分の笑みを浮かべて大きく頷いた。
 後は、地下坑道突破戦の為の人選に入るだけであった。
「ルカルカ大尉!」
 白竜率いる、第二分隊がようやく、今や廃墟と化したばかりの大講堂へと到達した。
 彼らはここまで、経路上の武装住民を何とか武装解除しながら押し進んできたのであるが、町全体のごく一部の住民を無力化したに過ぎない。
 ここまで押し進んできた経路も、既に別の武装住民がフォローに入って、再び危険地帯へと逆戻りしていることだろう。
「結局、地下ですか」
「うん……まぁ、何となく嫌な予感はしてたんだけどね」
 ルカルカの応えに、白竜はただ、苦笑するしかなかった。

 かくして地下坑道撤退戦、所謂プランBが発動する運びとなった。
 斥候班については、それまで個人的に大講堂周辺で防衛線を張っていたローザマリア達四人が、教導団の指揮権発動によって召集され、これに充てられることとなった。
 召集者は、白竜であった。
「折角の休暇中を大変申し訳ないのですが、ここは是非、クライツァール中尉の突破力をお借りしたいのです。どうか、ご協力をお願いします」
「良いよ、別に。上官の召集権限を拒否するようなら、最初から教導団には入ってないから」
 いいながらローザマリアは、グロリアーナ、菊、フィーグムンド達に振り返る。
 三人のパートナー達は、いずれも小さく頷き返してきた。ローザマリアの判断に任せる、というのである。
「それで、作戦は?」
「地下坑道への入り口は、ここから2ブロック先の鉱脈開発局第三支部の地下にあります。そこから地下坑道内に入り、ソレムの西南西に位置する通気口から脱出します」
 通気口の外側では、北都、クナイ、ジェライザ・ローズらを含む医療班が待機しているとのこと。
 地下坑道内は天井が低い上に幅も狭い為、恐らくヘッドマッシャーは出現しないだろうという予測も立てられていた。
「あ、そうなの? 結局、今回は連中とは会えず仕舞いって訳か」
 何故か残念そうに呟くローザマリアに、白竜は驚いた様子で目を剥いた。
「あの化け物と、会いたいのですか?」
「んぅ〜、まぁそこまで積極的にって訳じゃないけど」
 流石にローザマリアも、これには苦笑せざるを得ない。また、そこまで自分が無闇に好戦的な性格だとも思いたくはなかった。
 だが――。
「なんや、そないに会いたいんやったら、いうてくれたら良かったのになぁ」
 渋みのある印象的な声が、その場の全員の表情を一瞬にして凍りつかせた。
 誠一が素早い身のこなしで声の主の前に躍り出て、その端正な面をじっと凝視した。
「若崎……源次郎……!」
「ふぅん……わしって案外、顔知られまくってるんや」
 竜造、エッツェル、ザカコ、月夜、刹那、ファンドラといった面々を従えた源次郎の巨躯が、崩壊した大講堂の瓦礫の向こうからこちらを覗き込んできている。
 ザカコとは日頃から親しいルカルカやダリルなどは、表情を更に厳しくさせて源次郎と対峙した。
 そこへ、ローザマリア達も防衛線に加わった。
 源次郎は面白そうな顔つきで、救出部隊と警護部隊、そしてフェンデス一行をじろじろと眺めている。
「さぁて……そん中にエリステアってオネエチャンが居てる筈なんやけどな……はてさて、どの娘やろうかねぇ〜?」
 たった今この場に到着したばかりの救出部隊や、これまで大講堂の外側で行動していたローザマリア達には何のことか分からない。
 が、レオン以下警護部隊の面々は、矢張りそうきたか、といった表情で源次郎のどこか間の抜けた顔をじっと睨みつけた。
 と同時に、源次郎がエリステアの外観を知らないことも、この時はっきりと分かった。
 最初に大講堂内にメルテッディンモデルのヘッドマッシャーが出現した際も、あれだけあっさりと後退していったのは、狙うべき標的が判明していなかったからなのだろう。
 これまで誠一は、もし本当にヘッドマッシャーがフェンデスを襲うつもりなら、プリテンダーを内部に潜ませている筈だとの仮説を立てていたのだが、その予測が外れたのはつまり、源次郎自身が本来の標的であるエリステアが誰なのかを把握していなかったことに、原因があったのだ。
 源次郎は尚も、警護部隊の後ろに守られる形となっているフェンデス一行を、遠慮なしにじろじろと眺めている。
「何や、よう分からんな。面倒やし、全部いってまおか」
「へっ……結局、そうなるのかよ」
 源次郎が下した判断に、竜造が苦笑した。

 大講堂廃墟は一瞬にして、戦場と化した。
 竜造、エッツェル、ザカコ、月夜、刹那、ファンドラ達が一斉に展開して、戦闘態勢を取る。
 対する教導団側もフェンデス一行を守る陣形を取って散開したが、周辺から集まってくる武装住民に対する警戒にも意識を割かねばならない為、全員が全員、源次郎達の相手に廻る訳にはいかなかった。
 中でも、エッツェルの異形の肉体から繰り出されるオールレンジ攻撃は、極めて厄介だった。
 生胞司電の支配下にあるエッツェルの攻撃には、時空圧縮による完全な奇襲が加えられているのだ。防ぎようもなければ、かわしようもなかった。
「なんてこった……こりゃあ、ヘッドマッシャー以上に厄介じゃないか……」
「こりゃ、本当に拙いかも、ね」
 誠一のやや苛立ちを含んだ声に、セスも幾分の焦りを含ませた声で応じた。
 人数的には救出部隊と警護部隊を合わせた教導団側が遥かに多いが、戦力的な比で見れば、寧ろ源次郎の側にこそ有利であった。
 源次郎は相変わらず、自らは戦闘には加わろうとはせずに、戦況を淡々と眺めるのみである。
 が、それもそう長くは続かなかった。
 この乱戦に、刀真、ヘル、唯斗、裕輝、美羽、ベアトリーチェ、コハク、シャノン、グレゴワール、そして更にはベリアルといった面々までが加わってきて、源次郎に強襲を仕掛けてきたのである。
「やっと出てきたんかいな……ようそこまで我慢して、隠れとったもんやなぁ」
 十人ものコントラクターによる攻撃を一斉に受けようとも、源次郎は矢張り動じない。
 これだけの人数の攻撃を受けても、時空圧縮、そしてPキャンセラーによる防衛能力があれば、それらの攻撃はほとんど無かったことにされてしまい、かすり傷さえも与えられないのが現状だった。
 つまり、源次郎としては慌てる要素は何も無かったのである。
「んもぅ! やっぱり全然当たんないよ! 一体、どうなってんのよ!」
 美羽が苛立ちを隠さず、吐き捨てるように叫んだ。
 対する源次郎はというと、己を四方八方から取り囲む十人のコントラクター達の顔を、ゆっくりとひとりずつ眺めて廻すだけの余裕があった。
「自分らな、視野が狭過ぎんねん。わしの時空圧縮にしろPキャンセラーにしろな、瞬間瞬間のことしか考えてへんやろ。そらぁそんなことしとったら、いつまで経ってもわしにゃあ勝てんよ」
 まるで教師が生徒に教え諭すような調子で、源次郎はゆっくりといい放った。
「数学でいうたらな、自分ら、微分的な発想しか出来てへんねん。わしみたいな瞬間に強い相手を敵に廻す時はな、逆や。もっと積分的な発想でかからんと」
 源次郎と直接戦っている十人のコントラクター達には、そのいっている意味が今ひとつ、理解出来ない。
 だが、この戦いを離れた場所でひとり観察していた綾瀬には、源次郎がいわんとしている内容が、何となく分かってきた。
「計測したところ……時空圧縮で圧縮される時間は、最大で約五秒……ですが、一瞬のやり取りが生死を支配する接近戦では、五秒という時間はとてつもなく長いですわ……」
 五秒といえば、足の速いスプリンターなら一気に50メートル近くを駆け抜けるだけの時間的長さがある。
 ましてや、腕の立つコントラクターであれば、拳のひと突き、或いは得物のひと振りに要する時間はコンマ何秒の世界である。
 その中で五秒も圧縮されてしまうというのは、ほとんど致命的であるといって良い。
「そして、その五秒を微分として捉えるということは……成る程、何となく分かってきましたわ」
 綾瀬は口元に、僅かな笑みを浮かべた。
 積分的な発想――それは例えば、放射能の充満した谷間に源次郎を突き落せば、如何に時空圧縮を駆使しようとも、放射能から逃れられない、という考え方になる訳だ。
「空間的、時間的に長時間且つ広大な攻撃方法なら、打撃を与え得る……そういう訳ですわね?」
 最早、それだけ分かれば十分である。
 綾瀬はベリアルを戦線から退避させ、ソレムを出る準備にかかった。
「残る問題は、生胞司電とPキャンセラー……でも、流石にそこまではどうしようもありませんかしら」
 小さく肩を竦めて、綾瀬は源次郎達に背を向けた。
 時空圧縮攻略の手がかりを得ることは出来ても、結局のところ、それだけでは源次郎という男を攻略したことにはならないのだが、今の綾瀬には、そこまで突き詰めて考える程の興味は無かった。