蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

タイトライン:ヘッドマッシャー3

リアクション公開中!

タイトライン:ヘッドマッシャー3

リアクション


【三 オペレーションコード・タイトライン】

 臨時指令所の中でも、ひときわ大きくて目立つブリーフィング用大型軍用テント内。
 そこに救出部隊の各分隊長を任命された者や、分隊長を補佐するコントラクター達が召集され、救出部隊投入作戦についての説明を受けることとなった。
 第一分隊長にはルカルカ・ルー(るかるか・るー)大尉、そして第二分隊長には叶 白竜(よう・ぱいろん)大尉が、それぞれ任命された。
 更に各分隊長を支援する為に編入されたコントラクターとして、桐生 円(きりゅう・まどか)御凪 真人(みなぎ・まこと)五十嵐 理沙(いがらし・りさ)レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)、そしてキルラス・ケイ(きるらす・けい)の六名が召集された。
 ルカルカの下には真人と理沙、キルラス達が配属され、残る円、レキ、アキラの三人が白竜率いる第二分隊所属という形になった。
 勿論、救出部隊に編入されたコントラクターは他にも大勢居るが、主立った指令系統は分隊長二名と補佐役六名に集約される。
 この八人の指令系統担当者達はそれぞれの席を与えられた上で、スタークス少佐をブリーフィングステージに迎えた。
「参集ご苦労。これより、救出作戦についての説明に入る」
 作戦そのものは、至極単純であった。
 感染者達に向けて放出されている電磁波を中和する為、特定の連続する2パターンについての妨害電波をソレム全体に展開し、その間に大講堂からフェンデス一行とレオン率いる警護部隊を連れ出し、速やかに回収する、というものであった。
 妨害電波の展開は今からおよそ、一時間後。
 そして、そこからの一時間が勝負である。
「この妨害電波の効果そのものは、残念ながら未知数だ。どの程度、感染者の動きを封じ込めることが出来るのかは、やってみないと分からないという部分がある。その為、過信は禁物だ」
 最悪の場合、全く効果が無いケースも想定しなければならない、という説明に、八人の指令系統担当者達は一様に表情を引き締めた。
 救出の際には、武装を施した大型飛空船を大講堂の上空に派遣する。
 その間、救出部隊は飛空船とフェンデス一行を完璧に守り抜かねばならない。更にいえば、飛空船が大講堂に至るまでの直線ルート上の全ての脅威を排除する必要がある。
 仮に妨害電波が効果を示さなかった場合には、この排除戦が最も重要な鍵を握ることとなるのだ。
「知っての通り、S3にはワクチンの存在が公開されている。教導団としては、除染可能な一般市民をおいそれと殺害する訳にはいかん。非殺武装解除という実に困難な任務が、諸君を待ち構えることになるだろう」
 以上で、スタークス少佐からの説明はひと通り終了した。
 次いで各位質問時間が設けられ、最初にルカルカが挙手した。
「少佐、先程提出した、地下鉱脈通路については、如何致しましょうか」
 ルカルカが発現しながら、手元の操作盤に指先を走らせる。
 すると、ブリーフィングステージ上のホワイトスクリーンに、事前にルカルカが予備検討会議で提出しておいた坑道地図、ソレム街区地図、上下水道地図の三種類が横並びに表示された。
 スタークス少佐は、うむ、と小さく頷き返してからルカルカに向き直る。
「隠密性では地下坑道ルートも魅力的ではあるが、部隊展開の困難さと迅速性に問題がある。今回は上空からの即時撤収戦としたい。但し、上空撤収戦が手筈通りに進まなかった場合はプランBとして採用する可能性もある為、その旨心得ておいて貰いたい」
「了解しました」
 ルカルカは素早く、スタークス少佐の言葉を手帳に書き込む。
 簡単にプランBへの移行といわれたが、これはつまり、その際の戦術面に於ける全指揮を任されるということに他ならない。
 責任は重大であった。
 次いで、アキラが挙手した。
「えぇっと、直接この作戦そのものに関わるかどうか微妙なとこなんだけど」
 などと前置きしてから、アキラは更に声を励まして続けた。
「そのぅ、情報の秘匿性については確保されてるんでしょうか? つまり、今回の一件を見ると、どうにもこちらの動きが全部向こうに見透かされてるような気がして、ならないんですよ」
 アキラのこの問いかけは、教導団のセキュリティそのものに対する疑問に他ならない。
 スタークス少佐の表情が幾分、硬くなったのも無理からぬ話であった。

 だが、スタークス少佐はアキラの質問に対し、別段気分を害した風も無く、ただ渋い表情を浮かべて静かに応対した。
「確かに、君のいわんとしていることは分かる。事件発生タイミング、そして感染住民への武装提供、いずれもどこかからの連携した動きが無ければ、そうそう起こり得るものではない」
 しかし今回に限っていえば、フェンデス一行のソレム訪問は機密事項という程のものではなく、公式行事扱いとなっていた為、調べればすぐに分かる内容ではあった。
 では武装はどうかといえば、これはもう単純に、パニッシュ・コープスが感染者を発生させることを前提とした上で、秘かに町中へ運び込んでいたと想定するしかなかった。
 問題は、何故連中が、フェンデス一行のソレム入りにタイミングを合わせたのか、というところである。
「かなり失礼な話もさせて頂きますが……その、今ソレムに取り残されているフェンデスさんは、本当の本当に本物のフェンデスさん、なんですよね?」
 これまでのパニッシュ・コープスに関わる事件では、必ずといって良い程、何らかの裏があった。その為、アキラは随分と慎重且つ疑い深くなっている。
 正直、どこかにヘッドマッシャーが潜んでいるのではという疑念すらあった。
「ヘッドマッシャー出現の報告は、まだ聞いていない。尤も、大講堂側とは連絡がつかない為、もしかすれば、向こう側では既に出現している可能性はある。そこは否定しない」
 そこまでいい切られると、アキラとしてもそれ以上は何もいえなかった。後はもう、作戦に従って飛空船を守り切ることに徹底するのみであろう。
(う〜ん……今回は、裏でのややこしい話とかは、あんまり無いっぽいかなぁ)
 実のところ、円もアキラと同様の疑念を抱いており、作戦終了後には情報リークに関する再捜査について問い合わせる腹積もりだったが、アキラの質問に対するスタークス少佐の回答で、大体のところは片付いてしまっていた。
 残る疑問は矢張り、何故フェンデス一行が巻き込まれたのか――その一点に尽きるだろう。
「少佐殿……まさかとは思いますが」
 不意に白竜が、表情を努めて押し殺しながら低い声音で呼びかけた。
 全員が思わずはっとなって、白竜の面に視線を転ずる。
「今回も、弾頭開発局第三課が何らかの干渉してくる、というようなことはありませんか?」
「今のところ、それはない。ワクチン情報が公開されている上、モルベディ鉱山への影響もある。連中はおとなしくしているよ」
 白竜はしかし、スタークス少佐の言葉の裏に、弾頭開発局第三課に対する不信感というか、敵愾心のような感情が潜んでいることを、何となく見抜いた。
 先日の新型機晶爆弾ノーブルレディ投下の一件が、余程腹に据えかねていると見える。
 だが今回に限っていえば、たった今スタークス少佐が明言したように、現時点では彼が介入してくる為の要素は皆無である。
 下手にその方面にばかり警戒心を抱き過ぎて、肝心の救出作戦が疎かになるような失態は、避けられそうではあった。
 ここで一旦、質問が途切れた。
 スタークス少佐が軍用デジタルウォッチを操作する仕草を見せると、八人の指令系統担当者達も、支給された同製品を操作する為に、それぞれ自身の左手首を持ち上げた。
「時計を合わせろ。これより53分後を作戦開始とする。オペレーションコードは、タイトライン。以上」
 ここで、ブリーフィングは散会となった。
 全員がテントを出たところで、ルカルカはすぐに真人、理沙、キルラスの三人を呼び止め、手近の多目的デスクに席を与えた。
「さっき少佐がいってた、プランBについて、軽く打ち合わせておきたいの」
 実のところ、真人と理沙も地下坑道脱出案については、ルカルカ程の綿密な計画という訳ではなかったが、それなりに思うところはあった。
 いわば、スタークス少佐は同じ発想を持つものをわざわざルカルカの隊に掻き集めることで、プランBに関して自主的に計画を練らせようとしていたものと予測出来る。
「上空撤収戦も的になり易いという危険性がありますが、地下坑道脱出も、機晶連鎖爆発や有毒ガスの充満の可能性を考えると、非常にシビアなプランになりそうですね」
「地下坑道に拘らなくても、城塞都市ってぐらいだから、要人用の秘密の抜け道とかもありそうだわねん。ま、探索はコントラクターの十八番だし、良ンじゃないかしらん?」
 真人と理沙の両極端な個性に、ルカルカはつい苦笑を浮かべた。
 唯一、狙撃を得意とするキルラスだけは、プランBの地下坑道脱出案に微妙な表情を浮かべた。
 遮蔽物が多い地下坑道では、キルラスの技量はほとんど殺されてしまうといって良い。活躍の場といえば、矢張り上空撤収戦に於ける、高所からの狙撃支援の方が相応しいと考えたいところであった。
「駄目よ、キルラス。今回は大勢のひとの命がかかってるんだから、自分の趣味嗜好で動かないの。分かってるわね?」
「へいへぇい。了解しましたでさぁ、大尉殿」
 何となくけだるげな所作で敬礼を贈るキルラスに、ルカルカは一抹の不安を覚えなくもなかったが、しかしここは気持ちを切り替え、第一分隊の指揮に徹する以外にないだろう。

 一方、白竜率いる第二分隊は、完全に上空撤収戦一本に絞った行動を前提に、スケジュールを立てている。
 実際白竜自身が、小型飛空艇ヘリファルテでの突入を自身に課していたという按排であった。
「ヘッドマッシャーは……本当にいないのか、ちょっと疑問なんだよ」
 白竜から移動経路について詳細な説明を受けた際、レキが複雑な表情で小首を傾げた。
 アキラと円も同様の疑問を口にし、それぞれが不安げな色を面に浮かべている。
「もし、仮にヘッドマッシャーが現れた時は……ボク達に任せて欲しいんだよ。フォーマンセルを組めるようにパートナー達も連れてきているし、スティミュレーターとメルテッディンへの対策は、ある程度確立されてるしね」
 レキのこの申し出は、白竜にとっても有り難い話ではあった。
 正直なところをいえば、白竜は情報課所属である為、対ヘッドマッシャー戦にはあまり自信のある方ではなかった。
 そういう意味では、同じくヘッドマッシャーの出現を前提に考えていた円とアキラが第二分隊に振り分けられたのは、スタークス少佐のマネジメントの妙を感じざるを得ない。
「でもさ……やっぱり今回もあのおじさん……若崎源次郎が、どこかでこっちの動きを見てるんじゃないかな……どうにも、そんな気がしてならないんだよね」
「桐生さんもですか。実は、私も同感です」
 白竜はスーパーモールでの一件も絡めて色々考えていたらしく、しかも若崎源次郎がじきじきにワクチンの存在を公開してきたからには、必ずどこかで高みの見物と洒落込んでいるに違いない、という考えが頭の中にこびりついていた。
 情報分析班やヴィゼント達が検出した、定期的に波形が切り替わる電磁波の存在という報告が、その疑念を更に強める要因ともなっていた。
「フェンデス嬢が狙われた理由……或いは、たまたま巻き込まれた理由? それとも、計画的に狙われたのか……いずれにしても、絶対裏があると思う。そうなると、若崎っておじさんが絡んでないって考える方が、難しいんだよね」
 円の中ではもうほとんど、源次郎の関与は疑いの無いところにまで固まっているらしい。
 その一方でレキは、量産型ヘッドマッシャーが必ず現れるという確信を抱くに至っている。
 彼女達はパニッシュ・コープスが絡む一連の事件には、過去二度ともヘッドマッシャーが絡んでいたことを考え合わせ、今回の屍躁菌散布が単なる細菌テロだけでは終わらないという予測を持って、今回の救出作戦に臨んでいた。
「ブリーフィングとやらは、もう済んだか?」
 白竜からの指示がひと通り終わった頃合いを見計らって、ミア・マハ(みあ・まは)がレキの背後につと足を寄せてきた。
 いや、ミアだけではなく、チムチム・リー(ちむちむ・りー)カムイ・マギ(かむい・まぎ)の姿もある。
 いずれも、ヘッドマッシャーとの戦いを見据えての戦術を、事前にレキと打ち合わせた上での救出作戦参加を決めた面々であった。
「作戦に関する説明は終わりました。ヘッドマッシャーが出現した折は色々お手数をおかけします」
 レキではなく、第二分隊長である白竜からの挨拶を受けて、レキのパートナー達は一様に、驚きとはにかみがないまぜになったような表情を浮かべた。
「うん、まぁ、任せるアル。チムチム達も、もうこれで三度目になるから問題無いアル」
「僕は初めてですけど……話には聞いてますし、何度もイメージトレーニングはしています。何とか対処してみせますよ」
 チムチムとカムイの言葉に、白竜は再び、頭を下げた。
 本来なら教導団が戦力を上げて対処せねばならぬところを、如何にコントラクターとはいえ、他校生徒に委ねねばならないのが、申し訳ないやら歯がゆいやらで、複雑な気分に陥ってもいた。
「よぅ白竜。ヘリファルテの整備はしておいたぜ」
 小型飛空艇の停泊スペースから、世 羅儀(せい・らぎ)が油まみれの作業用手袋を外しながら、ゆったりとした所作で近づいてきた。
 今回の救出作戦には、大勢の女性コントラクターが参戦しているということもあって、羅儀自身はすこぶる機嫌が良さそうである。
「結局、上空撤収戦に決まったんだってな。ヘッドマッシャーが出てきたら、どうすんだい?」
「そん時は、ボク達が何とかしてみせるんだよ」
 羅儀の問いかけに、すかさずレキが胸を張って応じる。
 するとその隣でアキラも負けじと、ぐいっと胸を張った。
「こちらも頑張らせて頂きやっす」
「あぁ、うん、まぁ適当に」
 男にはあまり興味が無い羅儀は、レキに対して見せた笑顔とは対照的に、物凄く適当な返事だけを返した。
 アキラが微妙にへこんだ気分になったのは、いうまでもない。