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タイトライン:ヘッドマッシャー3

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タイトライン:ヘッドマッシャー3

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【八 意地か商魂か】

 それから、十数分程度が経過した頃。
 若崎源次郎と配下のコントラクター四名が、北街門上の楼閣から移動を開始したとの情報が、ソレムの町中を移動していた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の耳に届いた。
 当初ふたりは、小型飛空艇を駆ってソレム上空を周回しつつ、源次郎の居場所を突き止めようとしていたのだが、あまりに高空からでは捜索は不可能だった為、低層建築物の屋根付近を飛行していた。
 ところが、武装住民の中には熱源追尾式ロケットランチャーを装備している者が居たらしく、あっさりと撃墜されてしまったのだ。
 小型飛空艇でソレム上空を飛んでいた者は他にも居たようで、そのことごとくが撃墜されているところを見ると、武装住民側の装備は相当に充実しているらしい。
 であると同時に、対空砲火が無いなどと勝手に思い込んでいたコントラクター達のあまりの無策ぶりが、少々目立ち過ぎているようでもある。
 そんな中でゆかりは、己の予見の甘さを反省しつつも、源次郎の行方を執拗に追い続けた。
 敵は余程に自信家なのか、現在地や移動経路といった情報を一切包み隠さず、恐ろしい程にオープンにしてきている。
 この信じられないような情報公開ぶりが、逆に罠の一環なのではないかと勘繰ってしまう程であった。
 幸か不幸か、S3ワクチン奪取を狙う者に対しては、今のところヘッドマッシャーからの襲撃があったという報告は為されていない。
 ゆかりはマリエッタと並んで裏路地を奔り、源次郎達が歩を進めている中央大通りへと足を急がせた。
「やぁお嬢さん、合流しても良いかな?」
 途中、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)のコンビと出会った。
 彼らもゆかり達と同様、源次郎からのS3ワクチン奪取を目指すひと組だったが、どちらかといえばこの両名は、ワクチン奪取後の増産体制を如何に進めるかという方に気持ちが傾いており、ワクチン奪取そのものについては、あまり深いところまで策を練っている訳では無さそうであった。
「若崎源次郎って男は、余程に狡猾で油断ならない男……という見方をしないといけませんね」
 メシエの言葉に、ゆかりは微妙な表情を浮かべた。
「そんなに、手強い相手……なのでしょうか? 注意深く敵の攻撃パターンを観察して弱点を見抜き、肩や足に銃弾を撃ち込めば上手くいくのでは、と思っているのですが」
 ゆかりの放った台詞に、エースとメシエは幾分呆れたらしく、一瞬、互いに顔を見合わせてしまった。
「いや……それは幾らなんでも、抽象的過ぎるっていうか、具体的な方法論に乏しいんじゃないかな。こういっちゃ悪いけど、そんな理想論なら誰だっていえるよ」
 エースにしろメシエにしろ、ゆかりが教導団憲兵隊の大尉という立場にある人物であることぐらいは、既に知っている。
 が、今回に限っていえば、あまりに貧相な発想しか出てこなかった彼女に対し、本当に大尉たる自覚があるのかと疑念を抱いてしまう始末であった。
「相手は時空圧縮に生胞司電なんて厄介な技を使うし、Pキャンセラー持ちでもある。これだけでも相当な強敵なのに、今はコントラクターを四人も従えているからね。そんな曖昧な策じゃ、返り討ちに遭っちゃうよ」
「う〜ん……まぁ確かに、今のカーリーは若崎源次郎をとにかく見つける! っていう気合が強過ぎるってところは、あるかも知れないかなぁ」
 マリエッタが苦笑を浮かべて、ゆかりの硬い表情をちらりと見やった。
 実際、ここまでマリエッタは、源次郎をとにかく早い段階で発見しなければと焦るゆかりに対し、もっと冷静になるようにと何度も諭してきていた。
「ところでさ、ここの住民って、眠らないのかな? さっきからヒプノシスで無力化しようとしてるんだけど、ちっとも効果が無いんだよねぇ」
「その点については、臨時指令所本隊から連絡がありました。睡眠とは、脳が肉体に対して指示を出して初めて成立する現象です。その脳がS3の支配下にあって、睡眠そのものを受け付けない状態になっているようですから、いくら催眠効果を仕掛けても全く意味が無いらしいですね」
 メシエの説明に、マリエッタはがっくりと項垂れた。
 もう少し、生体学について勉強しておけば良かった――などと愚痴ってみたところで、後の祭りである。

 ソレムの中央大通りをゆく源次郎一行の前に、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の小さな体躯が行く手を阻むようにして立ちはだかった。
「おー、あん時のお嬢ちゃんか。腹の具合は、もうええんかいな?」
「お蔭様でね。それよりもおじさん、今日はS3ワクチンを貰いに来たんだけど」
 不敵にいい放ちながら、小太刀を二刀流に構える詩穂。
 対する源次郎は戦闘態勢を取ろうともせず、漫然と佇んだまま、腕時計をちらりと覗き込んだ。
「う〜ん、まだもうちょっと早いなぁ」
「それ一体、どういう意味?」
 不意に別の方角から、違う女性の声が街角に響き渡った。
 竜造とザカコが声のした位置に振り返ると、そこにシャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)グレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)が、既に戦闘態勢に入った状態で姿を現していた。
「なんや、今日はほんまモテモテやなぁ。中におっても外におっても、全然お客さんの数が減らへんがな」
 まるで他人事のように、源次郎は軽い調子でからからと笑った。
 だが、相手に合わせる余裕など、シャノンにもグレゴワールにも無い。
 まずグレゴワールが盾を構えたまま、源次郎目がけて突進した。少しでも時間を稼ぎ、長期戦に持ち込んだところで、シャノンが時空圧縮を破るヒントを見つけさせようという発想だった。
 しかし、そんなグレゴワールの決死の突撃を嘲笑うかのように、ザカコと月夜の両名が、グレゴワールの突撃進路上に容赦なく割り込んでくる。
 ザカコと月夜は、今回が初めてコンビを組むとは思えない程の完璧な連携を見せた。
 接近戦で対応するザカコに、月夜が精確な射撃で援護を加える。如何にグレゴワールといえども、このふたりの連携を突破するのは容易なことではなかった。
「ぬぅ……まだだ……まだ我が信仰は折れぬ!」
 ものの数合でいきなり大きな打撃を食らったグレゴワールだが、しかしその強靭な意志には微塵の揺らぎも無い。
 シャノンも魔術による援護を加えるが、S3の効果で戦闘力が格段に跳ね上がっているザカコと月夜に対しては焼け石に水程度に過ぎなかった。
 一方、詩穂に対しては竜造が立ちはだかった。
「スーパーモールでは、随分とけちょんけちょんにしてくれたよなぁ。今日はあの時の借りを、返させてもらうぜ」
「悪いけど、君なんかに興味は無いんだよね」
 詩穂の眼中にあるのは、あくまでも源次郎のみ――だが当の源次郎は、詩穂に対しては全く興味が無さそうであった。
「へぇ、そうかい……それじゃあよぉ、これで興味が出るかもなぁ?」
 竜造が妙に自信ありげな台詞を放った直後、白いコートを纏った凶悪な笑みが、次の瞬間には詩穂の背後へと走り抜ける姿勢を取り、愛用の刀を抜き放った状態で静止していた。
 まさか、と詩穂は愕然として振り返る。と同時に、彼女の肩口に焼けるような痛みが走り、ぱっくりと割れた傷口から鮮血が迸った。
「そんな……まさか!」
「その、まさかってやつよ」
 竜造はゆっくりと向き直り、口元に凄惨な笑みを浮かべた。
「生胞司電の支配下にある間だけっていう制限付きだがな、今の俺にも、時空圧縮が使えるんだよ」
 文字通り、詩穂の顔から血の気が引いた。
 竜造の言葉が事実なら、これはとんでもなく厄介な事態が出来したことになる。
 更に続けて、今度はエッツェルの触手の群れが、詩穂が意識するよりも早く時間を跳躍して、いつの間にか彼女の周囲360度を取り囲み、一斉に襲いかかってきていた。
 かわす時間すら与えられないまま、詩穂はエッツェルの触手による連撃を、全身に浴びてしまった。
「……きゃうっ!」
 ほとんど瞬間的に、全身至る所に相当なダメージを受けて、詩穂はその場に転倒した。
 折角、対源次郎用に準備してきたあらゆる方策が、時空圧縮を操る者の数がこのように増えてしまったとあっては、まるで使い物にならない。
 全ては、源次郎に挑もうとした者の大半がPキャンセラー対策を怠っていたという、極々単純な、そして致命的なミスから引き起こされた悲劇といって良い。

 最早、これまでか――詩穂が半ば覚悟を決めかかった時、不意に源次郎の背後から、何発もの銃声が鳴り響いた。
「加勢します!」
 ゆかりが、ヘビーマシンピストルのトリガーを連続で引き絞りながら、一直線に駆け込んでくる。そのすぐ後ろには、マリエッタの姿もあった。
 が、ゆかりの放つ銃弾は片っ端から、源次郎に至る手前数メートルの地点で消失し、そのまま源次郎の居る位置を通り抜け、次に現れた時にはあらぬ方角へと飛散していってしまった。
 時空圧縮への対抗策を何も用意していなかったのだから、その程度の銃撃が通用する筈も無い。
 源次郎は恐ろしく呆れ返った様子で、やれやれと小さく肩を竦めた。
「話にならん。論外や。教導団の大尉殿なんて大層な肩書持ってても、結局この程度かいな」
 ほんの少し前、エースやメシエからも同様の評価を下されてしまったゆかりは、思わず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまった。
 勿論、そのエースとメシエもゆかりを援護すべく、マリエッタに並んで後に続いていたが、源次郎に到達する前に、割り込んできたエッツェルの異形の姿と早々に対峙する格好となってしまった。
「これは……この局面では、一番出会いたくない相手だね」
 エースは努めて冷静に振る舞っているが、その面には焦りの色がにじんでいる。
 S3ワクチン奪取後の増産体制に思いを馳せていた彼のプランが、まるで音を立てて崩れていくような、そんな錯覚にさえ陥ろうとしていた。
 いや、実際に意識が妙に茫漠としてきたような気がする。
「これは……拙い!」
 メシエが慌てて自身の口元を掌で覆ったが、エースは気づくのが一瞬遅れた。
 傍らのゆかりやマリエッタなども、全身の自由が効かず、その場にへたり込んでしまう始末である。
「……敵が若崎殿ばかりだと思うておる時点で、勝負あったな」
 刹那が、膝から崩れ落ちるゆかり達の背後に姿を現した。
 しびれ薬や毒薬を駆使した空間への罠は、彼女の十八番といって良い。しかも、ゆかりにしろエースにしろ、源次郎への意識ばかりが強く、刹那や他の協力者に対してはまるで警戒心が無い。
 コントラクターとしては、これはどう見ても心得不足と指摘されても仕方のないところであろう。
 辛うじて互角の戦況を維持していたシャノンとグレゴワールも次第に押され始めており、しかも周囲にはS3に感染した武装住民が集結しつつある。
 局面は、極めて不利であった。
「最早、打つ手立ては無しか……!」
 グレゴワールとて、ただの突撃馬鹿ではない。
 退くべき時は、躊躇なく退くべし――幾つもの戦場を駆け巡ってきた歴戦の勇者だからこそ、撤退の重要性を誰よりもよく理解している。
 盾を構えながら素早く後方へ転じ、シャノンに向けて声を嗄らした。
「ここは一旦、退く! 無駄に戦力を消耗するばかりが、騎士道ではない!」
「うん……それも、そうだね」
 シャノンも、グレゴワールの意見に対して反論は無かった。
 ただ、問題は自分達だけで退いて良いものかどうか、という点であった。
 詩穂は全身を打ちのめされて動くこともままならないし、加勢に加わったゆかりやエース達は、刹那の仕掛けたしびれ薬の罠に捕えられ、これまた脱出不可能な状態に陥っている。
 だが、ここで下手に義心を起こせば、助かる者も助からなくなってしまう。
 シャノンは後ろ髪を引かれる思いではあったが、ここは自ら鬼に徹して、グレゴワールとふたりだけで撤退することを決めた。
「おぅ、良い退きっぷりだな。ああいうのは見てても腹が立たねぇどころか、案外惚れ惚れするもんだぜ」
 竜造がシャノンとグレゴワールの鮮やかな撤退を、心底感心した様子で称賛した。
 その傍らで、街路に仰臥する詩穂の小さな体躯の傍らに、源次郎の長身がのっそりとしゃがみ込んだ。
「竜造君にもええように仕返しされてしもたし、今回は全然、あかんかったなぁ。まぁでも、その心意気は高く買うてやらないかんな。わしゃあ商売人やからな。買いやと思うたら、遠慮なく買わせてもらうで」
 いってから、源次郎は刹那とファンドラを手招きした。
「せっちゃん悪いけどな、この娘と、あっちの痺れてる連中を手当てして、ソレムの外まで送ったってや」
「……良いのか?」
 刹那は幾分、驚いた様子で源次郎に問い返した。
 対する源次郎は、いつもの調子でからからと笑う。
「構へん構へん。この娘らにしろ他の連中にしろ、用意してた作戦は全部空回りして終了や。それ以上の策なんて、どう考えてもあらへんわいな」
 詩穂は、茫漠とした意識の中でうっと声が詰まる思いだった。
 事実、源次郎のいうように、もうこれ以上は何も出来ることが無かったのである。