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リアクション
▼第一章 町の人々を救助せよ!
シズレの町中。
神崎 優(かんざき・ゆう)は、対峙している怪物の一撃を【スウェー】で受け流す。
流した勢いのまま彼が身を翻すと、【燕返し】による流麗な軌跡が描かれた。
それは文字通り彼の手にする『野分』が通った軌跡であり、攻撃の実体ではない。
つまり、攻撃そのものは、目視する間もなく完了していた。
「もとより高速化されたスキルを、【抜刀術】で更に高速化。
巨体をもつ魔物は素早さに翻弄されるものと、相場は決まっている」
―――グガァァァ!!!
数々の剣術を受け満身創痍といった様相の怪物は、雄叫びをあげて動きを止める。
優は小柄というわけではないが、非常に身軽な体格の持ち主だ。
その素早さを活かし、持ち前の神薙流剣術で着実に怪物を追い込んでいく。
更に、優の攻撃で怪物が怯んだ隙を、神代 聖夜(かみしろ・せいや)は見逃さなかった。
「お、らぁっ!」
【麒麟走りの術】でうまく死角に潜り込んだ彼は、
怪物が体勢を立て直すその瞬間、【ブラインドナイブス】を放ち、直撃させる。
不意打ちを受けた怪物が振り返ると、そこにはもう聖夜の姿はない―――
既に【隠形の術】で身を眩ませた後なのだ。
優と聖夜、2人はこのような連携で確実にダメージを与え続けている。
だが、怪物は約7mという冗談のような巨体の持ち主だ。
高さだけで見るならば2階建ての住宅に匹敵する。
聖夜は優の傍らにスッと姿を現すと、溜め息をついてから、
「こりゃちまちま削ってても埒があかないぜ。なんかあいつを倒す策はないのか、優?」
聖夜の言葉を受けて、通路の奥にチラリと視線を移す優。
この通路の先に、神崎 零(かんざき・れい)と陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)がいる。
「今ごろ零と刹那が、逃げ遅れた町の人を救助してるはずだ。
あの怪物を倒さなくても、引きつけて時間を稼げればそれでいいだろう」
「まぁ、そうなんだけどよ……さっさとこいつ倒して、救助組に合流したいとこだぜ」
向こうで何が起きてもおかしくないからな、と最後に小声で付け足す聖夜。
「……それはそうだな」
優は怪物と少し距離を取り、携帯電話を利用したテレパシーを試みる。
一応、零は【禁漁区】で警戒しているはずだし、
刹那も【イナンナの加護】を巡らせているはずだが―――
やはり妊娠の件もあり、安否が気になるのだろう。
「零か? そっちの状況はどうだ」
──────………。
シズレ町中の、とある公園。
「優! 無事みたいでよかった。
こっちは安全な場所まで避難して、怪我をした人達を治療中よ。
……何かあったの?」
「いや、それならいいんだ。だが、周囲には警戒しておくんだぞ?
この怪物は何の前触れもなく突然沸いて出たって話だからな」
特に用事はないものの、心配して連絡してくれたのだ。
そう気づいた零は、自分の口元が緩んでいることには気がつかないまま、
「ありがとね」
とても優しい口調で、自然と口にしていた。
「えっ、っ、と……な、なにがだ?」
急な出来事にあたふたと混乱した様子の優と、くすくす笑う零。
しばらくそんな時間が続いていたが、
「おい! 邪魔して悪いが俺1人じゃ分が悪いぜ!」
との聖夜の声で、優は戦線へと戻っていった。
零のほうもテレパシーが途切れると、治療を続けている刹那の元へ。
「もう大丈夫ですよ。今治療しますからね」
「ぐうっ……すまねえ」
刹那は優しく微笑みかけながら、怪我人を治療し始めるところだった。
彼女は零が戻ってきたことに気がつくと、
「あ、零さん。どうでした?」
「優達のほうは、今のところ特に問題ないみたいよ。
今も交戦中みたいだったけど、聖夜もいるしきっと大丈夫だわ」
「そうですか。こちらも頑張らないといけませんね……」
気を引き締め、改めて周囲を見渡す刹那。
とりあえずの安全地帯として、この公園には続々と町人が集結していた。
緑溢れる豊かな景観を誇るこの場所だが、
怪我人も殺到している今では、かなり殺風景に見えてしまう。
「怪物が暴れ回ったせいでシズレ中の地形が悪くなっていて、
二次災害的に怪我をする人が、後を絶たないらしいんです……」
刹那は既に何人もの治療を担当しているのだが、
それでも追いつかないほどの勢いで怪我人がやってくるのだという。
「なら、ここからは手分けしたほうがよさそうね」
「ですね。零さんは、向こうにいる人達を頼めますか? ここは任せてください!」
「わかったわ。
……あ、優も言ってたんだけど、夢中になりすぎて周囲の警戒を忘れないようにね?」
刹那は頷くと、【命のうねり】を使用して再び治療を開始する。
それを見届けてから零も担当の場所へ赴き、怪我人の治療にあたるのであった。
安全地帯として使用されていた公園だが、
鉄壁の要塞でもなければ、もちろん怪物が避けて通る聖域でもない。
あの場所を確保するうえには、各所で契約者達の奮闘がある。
「怪物が接近してきています!」
長原 淳二(ながはら・じゅんじ)は『ワイルドペガサス』の上から叫び、合図を出した。
念のため付近の契約者に向けて、『銃型HC』で位置情報も同期する。
しばらくすると、合図を受けた夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)と草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)が駆けつけた。
彼らは教導団員だが、淳二と同じくたまたまシズレに滞在していたクチである。
よって同じような境遇にいた者同士、協力して事に当たろうとしているのだ。
淳二は地上に降り立つと2人に合流し、状況を伝える。
「あのまま進んでいくと、公園に辿り着きそうでした。
早期に迎撃する必要がありそうですね」
「おぬしの見立て通りだろうな……それだけは避けねばなるまい。羽純もいいか?」
「わかっているのだよ」
怪物の戦闘力は高い。
それがわかっているため、3人は協力して策を練り上げる。
口頭で作戦を決定、確認すると、彼らはバラバラの方向に散開した。
そして少しの時間を経て、怪物の進路上にまず羽純が姿を見せる。
「待つのだよ。それ以上行かせるわけにはいかぬ」
不意打ちではない、真っ向からの対峙だ。
ただし無策というわけでもなく、『双龍箒【炎烈翼】』で滞空して距離を保ち続ける。
羽純の役割は、遠距離からの牽制攻撃、及びそれによるチャンスメイクである。
(……【召喚者の知識】で正体を見破れぬかと思ったが、そう甘くはないか)
この怪物が恐ろしいところは、正体がまったくもって不明であることだ。
それさえ看破できれば、解決策もおのずと見えてくるのだが―――
(じゃが、逆に言えば、この怪物は聖獣や召喚獣などの類いではないということ。
それが判明しただけでも、良しとせねばな)
―――グガァァァ!!!
そんな事を考えていると、
怪物は羽純めがけて手当たり次第に近場の物を投げつけてきた。
(む……想定外の動きじゃな。わらわが躱すのは簡単じゃが、それでは着弾点に被害が出る)
迎撃するしかない!
すぐに決断した羽純は、『召喚獣:フェニックス』を呼び出し、
自身の【天の炎】と合わせて迫り来る岩片を中空で撃ち落としていく。
怪物本体に牽制攻撃はなかなかできないものの、
注意を惹きつけるという一点においては十分すぎる働きだった。
「―――だが、まだだ。より大きな攻撃の直後こそ、最大の隙は生まれる」
「ですね。羽純さんには悪いですけど、俺達が一気に接近できるチャンスまで、
持ち堪えてもらうしかありませんね」
甚五郎と淳二は建物の影で身を潜めている。
2人の役割は、羽純がデカい攻撃を引き出したところで死角から急接近し、
トドメとなる強力な一撃を叩き込むことである。
「いくら怪物の知能が低いと言っても、
この方法はおそらく、一度気づかれたら使えなくなるだろう」
「失敗は許されません。今はタイミングを計ることに集中しましょう……」
そして―――その時が来る。
周囲に投擲物が無くなったところで怪物は力を溜め、
羽純を目標に高圧縮エネルギー弾を放ったのだ。
「「…………今だッ!」」
エネルギーの放出直後、疲弊した様子を見せる怪物に、
死角より甚五郎が【サンダーブラスト】を浴びせかける!
―――グッッ!!?
羽純とだけ戦っていたつもりの怪物は、何の予兆もない攻撃でパニック状態に陥った。
電撃が有効かどうかはさておき、混乱させた時点で、こちらも目的を達している。
「もらった!」
そして、この状態が最大のチャンスとなる。
隙を突いて至近距離まで移動していた淳二は、
槍斧型の『光条兵器』に、ありったけの力を込めて【ランスバレスト】で突撃する!
「はぁぁぁァ!!!」
ここまでくれば、勝利は約束されたようなもの。
無抵抗の怪物の胴体を、淳二が通り抜けて―――そこに風穴が形成された。
―――ギィ……ァ……。
怪物は呻き声をあげながら、道路に倒れ込む。
倒れるだけでも相当の衝撃を周囲に及ぼした怪物だったが、やがて動きを停止する。
奮闘の甲斐あって、この一帯や避難所の公園への被害は防ぐことができたのであった。
──────………。
甚五郎達が近場で迎撃戦を展開している途中、
ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)とブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)は、
迎撃への加勢ではなく、交戦が予測される地点の捜索・救助を任されていた。
「た、助かったわ。ありがとう……」
「イエイエ、間一髪でしたがよかったです〜」
羽純が戦闘状態に入る直前のことだ。
怪物の進路上に逃げ遅れている町人を発見したホリイは、
即座にその場へと駆けつけ、救出を行ったのだ。
あれほどの早業を可能としたのは、ホリイが身につけている『ジェットブーツ』と、
ブリジットによる【ゴッドスピード】の援護があるおかげだろう。
「いざ戦闘になってからでは、救助は間に合いませんからね〜。
護衛を兼ねての戦いでは、甚五郎さん達の動きも制限されてしまいますし」
転ばぬ先の杖、というやつである。
ただ、プログラムの根幹の問題なのか、ブリジットは裏方に徹するのが苦手なようで、
「全長7mの巨大怪物……。
あれほどの相手ならば、ワタシが自爆を行うに相応しいと思ったのですが……残念です」
などと、先ほどから独り言をぼやいている。
戦闘支援ユニットである彼としては、先陣を切って戦線に赴きたかったのかもしれない。
「んー、甚五郎さんと羽純さん、それに淳二さんが迎撃で動いてますからね〜。
こっちはこっちで、救助に専念した方がいいでしょう〜」
「……そうですね。仕方ありません。ワタシが先行して、公園まで誘導しましょう。
ホリイは彼女を挟んで、後方の警戒を頼みます」
「了解ですよ〜。離れないように、しっかりついてきてくださいね」
こうして2人は十分な警戒をはらいつつ、
安全地帯である公園まで、町人の護送を開始するのであった。
―――とはいえ、この怪物は現在、シズレの町の至る所に点在している模様。
複数人がかりで単一の標的を撃破できたとしても、
どうやら大局に与える影響は少ないようだった。
それを考えてか、もっと大胆な行動を起こしたのがレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)だ。
「正面切って戦ってても埒があかないですからねぇ。
ここはあちきなりの戦い方で、全力で対応させていただきますよぅ!」
そう豪語する彼女は『宮殿用飛行翼』を展開。
町中を駆け巡り、発見した怪物全てに【レジェンドストライク】をぶっ放して回っていた。
自分が囮になって、怪物達をまとめて市街地から引き離そうとしているのだ。
―――グロアァァァ!!!
―――ギィィ! ウガァァァ!!
―――ブルあァァァ!!!
さて、その結果だが……彼女のヘイトは異常なほどに膨れあがり、
現在およそ5〜6体の怪物を引き連れ、シズレ町内を絶賛驀進中だった。
加えて、そのそれぞれがもの凄い巨体を持つものだから、
レティシアの通り過ぎた跡がどうなっているのかは言うまでもないだろう。
「あわわわわ。レティ! いくらなんでもやり過ぎー!」
ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)は、
何か取り返しのつかない事態が進行しているような気がして、思わず叫んだ。
彼女はレティシアと一定の距離を置き、『氷雪飛翼』で並走して飛んでいる―――
レティシアが攻撃を受けた時に、すぐフォローに入るためだった。
が、ここまで事が大きくなってしまうと、フォローできるかどうかが疑問である。
「ちょっと、さじ加減が荒すぎましたかねぇ」
人が残っていそうな場所は通らないようにしているし、
建造物に被害が出ないようにルートにも配慮している彼女だが―――
足場となる舗装路だけはどうしようもなく、見るも悲惨な状態になっていっていく。
「あははっ、すごい量ですぅ」
「笑ってる場合じゃないですよー! どうやって収拾つけるの、レティ!?」
脳天気なように見えるレティシアだが、一応ちゃんとした考えがあった。
彼女は【歴戦の立ち回り】や【歴戦の防御術】を駆使して、
怪物どもの攻撃を躱しながら前方を見やり、
「間もなく大荒野に抜けるはずですぅ。
起伏の激しい場所に行けば、高低差を使って簡単に振り切ることができますよぅ」
「……なるほど、そこまで耐えればいいんですね?
すごい雑なやり方だけど……、っ! 全力でフォローするから頑張ってよ!」
「頼むですぅミスティ。成功すれば、いっぱい時間を稼げますですよぅ!」
どうやら彼女達の驀進劇は、まだ終わらなさそうだ。