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第三章


 平和を謳歌する街。
 事件のあった屋敷は、別の持ち主が買い取っていた。
 その際、内部にあった金品はと言うと、リネン・エルフト(りねん・えるふと)フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)の手に渡っていた。
「よくもまあ、これだけ集められたものね」
 壺に掛け軸、山吹色のお菓子まで。これだけあれば、一生遊んで暮らせるのではないかという程に積まれている。
「お金は友達が好きだからね。一緒に居たくなるものよ」
「それを使わないのは、本当に宝の持ち腐れってわけね」
 裏の元締め。聞こえは悪いが、要するに地域組織の統括だと考えてみればいい。
 主な資金源は商人からの徴税と遊郭。そして、悪党から搾り取った金銀だ。
「これを貧しい人たちに配って――」
「それじゃ駄目よフリューネ。まずは街の活性化が先よ。そのためには商店の開設資金に回すべきだわ」
「だからと言って、今食べるものに困ってる人たちを見過ごせないわ」
「長い目で見ると、流通に力を注ぐべきだわ。そうすれば職も増え、貧しい人たちもいなくなるわ」
 意見が対立する二人。
 仲が悪いわけではない。見据える先は同じ未来。ただ、手段が違うだけだ。
「彼らは今が大変なのよ? それを助けるのがダメだっていうの?」
「ダメとは言っていないわ。今が救われても、先がないなら無意味と言っているの」
「今を越せないなら、未来に届かないわ」
「今を満たしたとして、どれだけの人が未来につながろうとするの?」
「やってみないとわからないじゃない。リネンは日和見すぎよ!」
「フリューネは現実を見れていないわ!」
 議論は平行線を辿る。
「……ここで言い争っていても仕方ないわね」
「……そうね。時間だし、見回りにいきましょ」
 結論の出ないまま、街へ繰り出す。
 向かった先は遊郭。大切な資金源だ。
「これはこれはおいでやす」
 その内の一軒。入り口で二人を出迎えたのは高崎 トメ(たかさき・とめ)だった。
「今日も問題ないわよね?」
「もちろんどすぇ。みな、頑張ってはります」
「それならいいわ」
 簡単な問答で済ませ、次へ向かおうとするリネンとフリューネをトメは呼び止めた。
「どうですやろ。中も見学して行きはりませんか?」
「まだ回る箇所がいくつもあるわ」
「それに、仕事の邪魔をしちゃ悪いわ」
「そんなお手間は取らせませんよって。それに稽古でしたら、問題おまへん」
 稽古とはどんなことをしているのか。
 多少興味をそそられた二人は、奥の部屋で行われている稽古を覗いた。

 鏡張りの壁。その腰元あたりに設えられた棒。
「キミたちは何? 芸子でしょ。相手を楽しませるのが仕事よ。それを忘れないで」
 その前に遊女が並び、背後を高崎 朋美(たかさき・ともみ)が手を叩きながら歩いていた。
「はい、アン、ドゥー、トロワ、アン、ドゥー、トロワ!」
 手拍子に合わせて掛け声。
「そこ! ポジションの位置、自分でも再確認!」
 クルクル回る遊女。少しでもバランスが崩れようものなら檄が飛ぶ。
「正確に、かつ優雅さを心掛けて。指先まできちっと、気持ち抜かない!」
 施されるスパルタ教育。一心不乱に延々と回っている姿は異様だ。
 その中の一人がバランスを崩し、回転が止まる。
「はい、みんなストップ!」
 全員が動きを止めると、朋美に視線が集中。
「ボクがお手本を見せてあげるわ」
 朋美が披露したのはフェッテ。片足を軸として、他方の足を振って回転するバレエの技。
 三十二回転。ぶれずに回り、最後はビシッと決める。
「おおー」と歓声が上がるも、当然とばかりに手を叩く。
「みんな分かったかしら。それじゃ次は男性とのコンビよ」
「ようやく俺の出番だな」
 部屋の隅で静かに待機していたウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)。男性用講師だが、今のところ男性が来たことはない。
「やることないから体が鈍っちまうぜ」大きく肩を回す。「俺もクルクル回ればいいのか?」
「やるのはリフトよ」
「土台かよ。ま、いいけどよ」
 アン、ドゥ、トロワ。タイミングを合わせて朋美を頭上に掲げクルクルクル。
「これがリフトよ。みんな分かった?」
「はい!」
 ゆっくりと身を下ろし、ウルスラーディは朋美に尋ねる。
「なあ、お前最近おも――ごふぅっ!?」
「それじゃ、一人一人やっていくわよ」
 肘鉄が見事に脇腹へ食い込んでいた。

「朋美センセは仏蘭西留学した本場仕込み。習うのは安くないけれど、受ければそれなりの芸ができるようになりますぇ」
「それよりもあの男の人、大丈夫なの?」
「なに、あれくらい日常茶飯事どすぇ」
 言うように、すぐに復活してリフトをしているウルスラーディ。
「さてと、あたしも行かせてもらいます」傍らに置いてあった三味線を持ち、「時間が許すようなら、好きなだけ見て行ってください。ちなみに、体験レッスンも可どすぇ?」
『結構だわ』
 残念そうに歩いて行くトメ。
「トメさん、来たのね」
「そろそろ必要と思いましてね」
「そうね。それじゃ、いつものお願い」
「はいよ」
 彼女が奏でる三味線は、なぜかオーケストラの音楽を醸し出していた。
 曲は『くるみ割り人形』。
 始まるラインダンス。
 一糸乱れぬ可憐な演舞。
 その一番奥に、なぜかチュチュを着たウルスラーディの姿があった。
 これが、今の遊郭の現実なのか。
「……リネン、あなたの意見に賛成するわ」
「いいえ、フリューネ。私が間違っていたわ。あなたの意見で行きましょう」
 先行きに不安を感じる二人。
 今度は譲り合いの平行線に突入した。