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【アガルタ】それぞれの道

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【アガルタ】それぞれの道

リアクション


★「先生! 消毒用アルコールが足りません」★


「てめーらのせいなんだろうが!」
「んだとっ」
 言い争う男たちの声が、『全然暗くない街(C:全暗街)』に響く。その大きな声に、周辺の住民たちも集まり、男たちを見る。
 男たちは複数人同士で言い争っていた。服の質から見て、ラフターストリートと全暗街の住民だろう。
 今にも武器をとりあいそうな空気を、場違いな高い声が制する。
「みなさん、止めてください!」
 お下げ髪を揺らした少女の名は、巡屋 美咲(めぐりや みさき)。どこにでもいる普通な女子高生に見えるが、ここ全暗街の裏を取り仕切る巡屋組の組長だ。全暗街には裏に精通したものが数多く住むため、ここ全暗街で巡屋の名を知らぬものはほとんどいない。その顔もだ。

「あんたは、巡屋の」
「めぐり?」
 争っている男たちの片方。全暗街の住民たちが驚いた顔をする。巡屋は行き過ぎた暴力は取り締まるが、こんな個人の喧嘩に首を挟むようなことはしない。だが美咲の後ろには構成員たちもおり、無理やりでも喧嘩を止めさせようとしている気配があった。
 一方でラフターストリートの面々には、何がおきようとしているのか分からない。

「どこの誰だかしらねーが、口出しす」
 何も知らぬ彼らは美咲へと手が伸ばし、構成員から殺気が膨れ上がる。
「こらぁっ。美咲ちゃんをいじめちゃダメだよ! 同士のボクが許さないからね!」
 しかし美咲の部下たちよりも先に間に入ったのは、今日も今日とて秘密喫茶へ行こうとしていたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だった。後ろには呆れ顔のミア・マハ(みあ・まは)もいる。
「あなたは」
「何があったか分からないけど、まずは落ち着こうよ」
「落ちつけだとっ? そんなことできるか! そもそもこいつが……こいつが……何したんだっけ?」
 へっ? と首をかしげるレキの後ろでミアが周囲を見回す。争っていたはずの男たちは皆、なぜ喧嘩を始めたのかと不思議そうだった。
 だが……1人足りないことにミアは気づく。さらに注意して探せば、野次馬に紛れ込んで、事態を見守っているようだ。
(街中に妙な空気が漂っておるとは思ったのじゃが、これは)

「ねぇねぇ。これって一体どういうこと?」

 喧嘩が始まらないと知った野次馬が去り、当事者たちには詳しい話をするために美咲の部下がどこかへと連れて行った。レキは、どうしてただの喧嘩なのに事情を聞くのかと問う。
 美咲は少し悩んだ後、意を決したように話し出す。今アガルタ中に広まっているアルギーレという薬のこと。その売人や扇動者たちを追いかけていること。その途中で争いを見つけて止めに入ったこと。しかしその間に扇動者が逃げてしまったこと。

「本当なら、喧嘩を仲裁せずに追い続けるべきなんですが、見てみぬフリは出来なくて」
 つい少し前まで一般人であった美咲の考えは甘く、そのせいで中々犯人探しが進んでいないことを悩んでいるようだった。
 レキは思い悩んでいる美咲に、笑顔を向ける。

「じゃあ、喧嘩の仲裁は私たちに任せて、美咲ちゃんは犯人を追うことに集中してよ。ね、ミア」
「うぬ。こちらのことはわらわたちが請け負おう」
「でも」
「気にしないで! ボクたちはジャンボパフェに挑戦した同士じゃない」
 明るく言ってのけるレキに、美咲は静かに頭を下げた。犯人を探しに行くのだろう。

「レキ。向かって右の家の路地奥じゃ」
「ん? わかった」
 そういう経緯でパトロールしていると、ミアは先ほど消えた男の姿を見つけた。まずはレキが追いかけ、その後をミアが追う。
 男は光学迷彩や迷彩塗装を施して気配を消した2人に気づくことなく、手元の紙を見ながら周囲を探している。
 そして目当てのものを見つけたのか。喜びの声を上げた。
 レキがさらに近づいて男の手元を覗けば、それはお金だった。
 すぐさま周囲へと目を送るが他に人はおらず、男の様子からアジトなどがありそうにも見えなかったため、捕まえて詳しい話を聞く。

「し、しらねえよ! 俺はただ、喧嘩をあおれって言われただけで……無事に済んだらこの場所に行けば報酬があるって……ほ、ほんとだ」
「どう思う?」
「嘘はついていなさそうじゃ……外れじゃの」
 男の様子を見てそう判断し、美咲から聞いている仲介人へと情報を送ることにした。


***


「薬とはな……今までのいざこざとは毛色がことなるようだな」
「やれやれ、本当にこの手の話は何処からか湧いてくるもにじゃのぅ。
 ま、なんにしても、情報を集めんと行動に移せぬか」
 今回の事件についての夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)の呟きに、草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)が同意して肩をすくめた。
 甚五郎はハーリー・マハーリーから聞いた話を思い出す。
「アルギーレ……名前と効能しか分からない状況、か」
「ハーリーも辿ってはおるようじゃがな。しかし気にかかるのは、たどり着くのが容易でないような組織体系があっという間にできあがったということじゃな。
 相当な知恵と人員を率いる力、経済力の持ち主……だということだの」
「ほんと、厄介ですねぇ。入ってきている情報でも、まだ組織の末端にしかたどり着いてないみたいですし。
 ……はぁ。早く、元通りの楽しい街になってほしいです」
 そう言ったホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)に甚五郎も羽純も、そうだなと頷いた。
 騒がしくとも明るいこの街を、彼らは好いていた。
「む。どうやらこの場所のようだな」
 今まで黙って3人の前を歩いていたスワファル・ラーメ(すわふぁる・らーめ)が振り返って口を開く。
 先ほど捕まえた扇動者が持っていたメモに書かれていた場所だ。店と店の間の隙間――箱や酒樽のようなものが詰まれている。
「たしか3つに詰まれた一番上の酒樽。その下に貼り付けてある、だったか」
「ええっとこれですね……あ! ありましたよ!」
 ホリイが樽を覗き込むと、そこに封筒が貼り付けてあった。慎重に中を開けば、お金が入っている。
「また金か……分かってはいたが、経済力がかなりある相手だな。
 羽純、スワファル」
「分かっておる」
 封筒に向かって意識を集中させる羽純とスワファル。サイコメトリで封筒を置いた相手を探すためだ。
 2人の顔がゆがむ――といってもスワファルの表情は良く分からないが。
「顔は、よく分からんの」
「ふむ。しかし別の場面が見える。これは」
「どうやら次の取引場所のようじゃ」
 言い終わるや否や。スワファルは自分が『見た』ものをカメラに写し、甚五郎とホリイに渡す。ホリイが手を叩いた。
「あ。この場所知ってます。よく行く店の近くですよ」
「そうか。では案内を頼む」
「はい! こっちが近道です」

「しかしこれではキリがないの」
 ホリイの後についていきながら、羽純の言葉に頷いた甚五郎が提案する。
「2手に分かれるか。ホリイとスワファルはこのまま追ってくれ。俺と羽純は最近台頭してきた者や羽振りのよくなった者たちを調べる」
「分かりました」
「分かった。では、ハーリー殿からの資料を渡しておこう」
「ああ。油断はするなよ」
「甚五郎たちも」
 渡された資料を見る。ハーリーによると、いざこざの起こったタイミングで急に台頭した勢力、指令部内で急に地位が上がった者はいないらしい。
 それでも怪しいと思われる組織や人間のリストを渡してくれたのだ。自分たちのことは信頼してくれているのだろう。
「リストがあるということは、もうハーリーらが調べた後なのだろうが」
「怪しくとも、証拠がなければ動けんのじゃろうな。それに1つだけがかかわっているとも限らんしの」
 アガルタという街は、地下であるにもかかわらず、広大な土地を有している。四つに分かれた区が、それぞれ1つの街であることからも、その広さがうかがえる。
 そんな広い街全てに薬を蔓延させるなど、並大抵の組織では不可能。そして現在のアガルタにそこまでの巨大な組織は存在しない。となれば、行っているのはいくつかの組織に分かれているということ……本当の大元は1つなのだろうが。
 考えながら書類へと目を落とす。リストに載っている組織たちの数はかなり多い。
 というよりも、ほとんどが組織とも呼べないチンピラの集まりだった。そのため、多すぎる。
 これではハーリーたちの調べがどの程度すんでいるかも不明だ。
「どこから回る?」
「……街の規模。蔓延率。一連のリターンとリスクから考えて、今回の事件に手を出しそうなのは……中規模以下の組織と見てよいじゃろう」
「そうだな。ならば、ここからいくとするか」
 強く大きくなればなるほど、リスクを理解している。それに簡単に釣られるような組織であるならば、そこまでの地位につけていないはずだ。
 そう考えた2人は、まだ興ってから時間が経ってとらず、規模も比較的小さい勢力――しかし組織系統がしっかりしている――から調べることにした。
 と、スワファルたちから連絡が入る。先ほどの男にたどり着いたが、その男もまた雇われた下っ端である、と。
「やれやれ。骨が折れそうじゃな」
「それでも、やるしかない」
 街を元に戻すために。
 険しい顔で言い切る甚五郎に、羽純はそうじゃなと、以前の街の空気を思い出すように息を吸った。


***


「なんとか薬を入手しないと」
 巡屋に協力を申し出た千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は、青い瞳の中に、静かな炎を燃やしていた。
 かつみの大事な仲間が、以前強力な薬を実験体として打たれたことがある。そのせいもあって、人一倍。今回の事件に嫌悪感を抱いていた。
 しかし一連の出来事がそう簡単に片付くとも思ってはいない。伝え聞いている情報から考えても、正面からだけでは時間がかかる。
 かつみは美咲たちとは直接会わずに、自分の動きだけを伝えた。
「よお。あんたか? いい儲け話を知っているってのは」
 近寄ってきた男に笑いかける。

――そう。薬をばら撒く者たちの内側へ潜入するために。


***


 風が吹く。
「うらぁっ」
 その風の主、猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)が声を上げるたび、強い風が吹き荒れる。
「ひっやめ」
 しかし悲鳴が聞こえるか聞こえないかと言ったときに、不意に風がやんだ。悲鳴の主である男の首に、勇平が剣を突きつけたまま止まったからだ。
「……で、どうするんだ?」
「はい! 俺たちの負けです」
 腰が抜け、情けない顔で言う男たちに勇平は息を吐き、愛剣――機工剣『ソードオブオーダー』を下ろした。
 弱点を克服するためにウィザードになったのだが、剣の方が扱いやすいと、今回の作戦では前線を買って出ていた。
 べそをかいている男たちを見ながら、勇平はなんともいえない顔をした。

「コレってやってることヤクザとかわんねえよな」
「さあな。しかし結局善も悪も滅びることはないのだ。両者をうまく住み分けさせればそれでよい」
 静かに答えたのはウルスラグナ・ワルフラーン(うるすらぐな・わるふらーん)だ。手に槍を持ち、周囲へを警戒している。
 実は今回の作戦を考えたのは、ウルスラグナであった。
 勇平としては、善の神であるはずのウルスラグナが考えたからこそ、なんともいえない気分になるのだが、当人は先ほどの言葉通りあっさりしたものだ。
「いやー、ウルスラグナさんって見た目より過激なんだねっ!」
 そしてレーザー銃をぶっ放しまくっていた勇平の娘(らしい)猪川 庵(いかわ・いおり)があははと明るく笑う。
 
 彼らが話し合っている今回の作戦だが、薬について少しでも関わっている組織を自分達陣営に引き入れるというもの。
 ゆえに3人は戦闘をし続けているのであった。作戦は順調にいっていたが、1つ誤算があった。
 勇平が頬をかく。
「しかしキリがないな、これは」
 組織を自分たちに取り入れていく。とはいったものの、今回の一見に関してはほとんど組織と呼べるような組織は存在しない。ほとんどがチンピラの集まりで、多くて十数人。目の前にいる男たちのように五、六人のグループがほとんどだった。
 別のグループとの戦いの最中、勇平が愚痴を言いたくなるのも仕方ない。隣で庵が勇平の背後から襲いかかろうとしていた男の足を撃ちぬき、勇平が庵の横から迫ってきていた男を切り伏せる。

「そのてーどであたしらに勝とうなんて1万光年早いよっ」
「……(光年は距離で時間じゃ)」
 なんとも楽しげな、まるで子供がおもちゃを与えられて楽しんでいるかのような庵に、勇平は突っ込みをする気力もないようだ。
 ウルスラグナは、そんな勇平たちへ目を送ることなく、グループのリーダーへと槍の狙いを定める。
「わが一撃、受けきれるか?」
 槍が相手のナイフと心をへし折るまで、一秒も必要なかった。

「……たとえキリはなくとも、効果はある」
「へ?」
 一時の平穏を取り戻したその場に、ウルスラグナの声が響く。勇平が不思議そうに彼を見るが、ウルスラグナの視線は人工の空を見ていた。
「効果が出るまで、少し時間はかかるだろうが」


***


「汚物……じゃねぇ。悪党は消毒だー!」
 いやまあ、汚物でも大してかわらねーか。
 なんて言いながら、1人の男の襟元を掴みあげているのは柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だ。
 たまたま全暗街へとやってきていた恭也だったが、薬が出回っていると知り、巡屋に協力を申し出た。
 喧嘩の扇動者を見つけては吹っ飛ばす簡単なお仕事……のはずだった。
 がしっと掴んでいた手をつかまれ、恭也はへえっと声を上げる。殴ったことで意識を失っていると思っていた。今までの相手がそうであったから。
 しかし男はハッキリと恭也を目で見て、手に力をこめていた。それでもまだ、恭也の敵にはなりえない。
 恭也は手に力をこめて、男の身体を壁に叩きつける。
「かっは」
 今度こそ意識を失ったらしい男の懐を探る。薬らしきものや、証拠となりそうなものは見つからない。つまりこの男は、喧嘩をあおっただけということになる。罪には問えない。
 今までの相手ならば、何かしらの証拠を持ったままだったというのに。

「だいぶ下っ端が排除されてきたってことか……いや。警戒が強まったのか」
 呟き、どちらでもいいかと考え直す。

 そう。どちらでもいいのだ。確実に、効果は出ているのだから。