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第五章 愛をこめてこの式を

――リング、金網が片づけられ、教会が元の姿を取り戻す。先程までプロレスの試合が行われていたという形式は一切残っていない。
 しかし観客席はそのまま残されていた。観客がこの後観るのは試合ではなく、権利を勝ち取った者達の結婚式である。
 勝ち取った勝者達は今、其々個室を与えられ式を挙げる為の衣装に着替えている所である。

     * * *

「えっと……どうかしら?」
 控室に入った陽太を出迎えたのは、貸出のドレスに身を包んだ環菜である。
 その姿に一瞬言葉を失いつつ、笑みを浮かべてこう答える。
「よく似合ってます。とても……その……すいませんうまく言えなくて」
 言葉が思い浮かばず、慌てた様子の陽太に環菜はクスクスと笑う。
「いいのよ、ありがとう」
 環菜に言われ、照れたように陽太は頭を掻く。
「もっと気の利いた言葉が言えたらいいんですが……」
「だからいいって。その様子を見ればわかるわ、貴方の気持ちは」
 そう言われ陽太は「はは……」と苦笑する。
「っと、そろそろ行きましょうか」
 時計を目にして陽太が手を差し出すと、環菜が自らの手を重ねる。
「ええ、行きましょうか……それにしても、何度目かしらね。この愛の誓いを交わすのは」
「環菜とだったら何度でも誓いますよ」
「あら、なら今日はもう一つ追加しようかしら」
「もう一つ?」
 陽太が首を傾げる。環菜は陽太の顔を見据えた。
「……あまり危ないことして、心配かけない事」
 そっと環菜は陽太の頬に手を添えた。その頬には、癒え切らぬ先程の激闘の傷跡が薄く残っていた。
「……それは……何とも言えない所もありますが、一つだけ言えます」
 頬に添えられた環菜の手に、陽太は自分の手を重ねる。
「環菜を一人にはさせません。ずっと一緒に居ることを誓います……これじゃダメですか?」
「……しょうがないわね」
 そう言って困ったように環菜は笑った。
「なら、なるべく努力する事を追加」
「……努力します」
 その言葉に、環菜は「よろしい」と笑った。

     * * *

「うーん……何度着ても、何と言うか……照れ臭いですねこの格好は」
 控室の全身を映せる程の大きな姿見に映る自身の姿を見て、涼介が呟く。
「そうですか? 私は何度でも見たいですよ、涼介さんのその格好」
 そんな涼介を見て、ドレスを纏うミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)が笑う。
「私もミリアさんのその格好は何度だって見たいですよ」
「あら、ありがとうございます」
 ミリアは嬉しそうに微笑んだ。
「涼介さんだってとても似合ってますよ」
「そう言われると安心します。娘の前で恥かけませんからね」
「ふふ、涼介さんは大丈夫ですよ……それより私の方が不安です。あの子に幻滅されるんじゃないでしょうか?」
 ミリアが自身の格好を姿見に映すと、不安そうに溜息を吐いた。
「ミリアさんは大丈夫ですって。ドレス、とても似合ってます」
「涼介さんのその言葉で安心しました」
 そう言ってミリアが笑った。
「これでも結構不安なんですよ? あの子の期待に応えられるか、プレッシャーなんですから」
「それは私も同じですって。でもミリアさんは私が保証しますよ。その格好を見る事ができただけでも私は戦った甲斐があるってものですよ」
「ふふ、そこまで言われると照れますね……なら、私も涼介さんを保証しますよ。自信を持ってください」
 ミリアに笑みを向けられ、照れ臭そうに涼介は頭を掻いた。
「さて、それじゃそろそろ私だけじゃなく、もう一人の勝者にもご褒美をあげましょうか」
「そうですね……さあ、入っていいですよ」
 ミリアが扉に向かって言うと、ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)に促され、ミリィが部屋へと入ってくる。

――その後、両親の晴れ姿を見たミリィがどの様なリアクションを取ったか、語るまでもないだろう。

     * * *

「さあ、どーだ!」
 貸出衣装のドレスを身に包み、荒神に見せつける様に綾が胸を張る。
「おお、すげぇ! 花嫁みたいだ!」
「花嫁だからね! どーだ? 惚れた?」
「愚問だな。元から惚れてる。ああ、うん、この場合言うなら惚れ直した、だな」
 荒神の口調は軽いが、その想いは真っ直ぐと真摯なものである。その想いを感じ取り、綾が照れ臭そうにはにかむ。
「あー、それならさ、お願いっていうか、提案があるんだけど、いいかな?」
 綾はもじもじと頬を赤く染めつつ、荒神に言う。
「えっと、そろそろあたしたちも家族が増えてもいいかなーっていうか……その……子供、欲しくない?」
「子供?」
「う、うん! そろそろ時期的にもいいだろうし! 家族が増えるのもいいというか! ぶっちゃけ子供欲しいっていうか! こっ荒神は欲しくない!?」
 そう言われ、荒神は少し考えるような仕草を見せる。
「……うーん、正直悩む」
「悩むの!? あたしとの間に子供が欲しくないっていうの!?」
 荒神の胸ぐらを掴み、ガクガクと揺らす綾。目はうっすらと涙が浮かんでる。
「いや、それは欲しい」
「じゃあ何故悩む!?」
「んー……家族が増えるっていうのもいいけどさ……なんつーか、もうちょっと綾を独り占めしたいっていうのもあってだな」
「うぇっ!?」
 予想外の返答に、綾が固まる。
「その辺り悩みどころなんだよなー……って綾、どした?」
「え!? い、いやその……そういう風に想われてたっていうのが嬉しいっていうか……意外と考えてて見直したっていうか……確かに悩みどころだって納得したっていうか……」
 顔を赤くしてしどろもどろになる綾に、荒神は「はいはい、深呼吸」と落ちつかせる。
 何度か深呼吸を繰り返し、落ちついた綾に荒神は笑みを浮かべながら言った。
「ま、おいおい考えていこうぜ。時間はまだまだあるんだしよ、なるようになるってことで」
「うん、なるようになるってことで」
「さてと、結論が出た所で、そろそろ俺達のイチャつく様を見せびらかしに行くとするか」
「おー! 見せつけてやろー!」
 そう言って綾は荒神に抱きついた。

     * * *

 式は盛況の中、終了を迎えた。
 観客も関係者も解散し、教会に残っている者の姿がちらほらと見えるだけである。
 エヴァルトも残っている者の一人であった。勝者の証である結婚式を挙げる権利を彼は辞退した。だが権利自体は破棄していない。宣言通りオークションに出すつもりなのだろう。
 彼はほくそ笑んでいた。
「ふっふっふ……これだけ盛況となればあの権利は相当な価値になるに違いない」
 その笑みは邪悪な笑みであった。今彼の頭の中で、オークションにかけた権利書が如何程の利益になるか計算されている事だろう。
「いーなーいーなー、みんな幸せそうだったなー」
 その隣でロートラウトがちらりと横目でエヴァルトを見るが、まだ脳内計算の最中であった彼の耳にその言葉は届かない。呆れた様な、諦めた様な溜息を吐くロートラウト。
「全く想像しただけでも笑いが止まらないな! 今度のオークション、勝利を勝ち取るのはこの俺よ!」
 そしてエヴァルトが高笑いを上げる。勝利って何と戦っているんだ。
「――残念ながら、それは無理でしょう」
 高笑いを上げるエヴァルトに、何処か申し訳なさそうにエルが言った。
「あ? 何でだ……って、なんだそりゃ?」
 エヴァルトが見たのは、エルとロープで縛られた牧師であった。それはまるで犯罪者を連行する姿に似ていた。
「何で牧師さんをそんな。まるで犯罪者みたい――」
「――その通り、なんですよ」
 エルがそう呟いた。