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第二章 タッグマッチその1

 タッグマッチで使用されるリングは一般的によく知られている四角形のリング、ではなく六角形を呈していた。
 だが形が六角形であるというだけであり、三本のロープがそれぞれの隅に立てられている鉄柱を支点として張られている基本構造は変わっていない。
 異質なのは、リング外にある物である。
 リング外の四ヶ所にはまた別に高い支柱が立てられており、その先端からはワイヤーが丁度リング中央上空でクロスする様に張られていた。
 そしてクロスする場所に、アタッシュケースが一つ吊るされている。それはリング上から手を伸ばしても届かない位置にあった。
 
『式を挙げたいか!? ならば権利を奪い取れ! 権利争奪戦【ジューンプライド】第一試合タッグマッチが間もなく始まります! 実況は私、プロレスリングHC所属天野翼が務めさせていただきます!』
『同じく、和泉空

 リング横に設置された実況席から響くアナウンスに、観客席が沸いた。

『さて今回のルールを説明させていただきます! この試合の勝敗はリング中央上空に吊るされているアタッシュケースを先に取った方が勝者となります!』
『アタッシュケースの中身は権利書、つまり式を挙げる権利を得るための書類が入っています……でも私は信じている。取ったら私に権利をくれる優しい人がいると』
『ああ……いっちゃん、まだ諦めきれてないんだね……と、そうこうしている内に選手の入場となります! まずはエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)のカップルです!』
『……えっと、エヴァルト選手? こちらの資料では『ロリコンシスコンの気がある』とありましたが、どうやらパートナー見る限り拗らせていたシスコンが治ったようです。良かった良かった』
『いっちゃんそれ多分言っちゃいけないやつ。ほらエヴァルト選手怒ってるから。えーと、続いてのカップル……おっと、お次は異色のカップルと言いますか。レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)高崎 トメ(たかさき・とめ)のお二人! そしてセコンドには高崎 朋美(たかさき・ともみ)さんがつきます!』
『何でもトメ選手、朋美さんの為に参加するとのこと』
『いい話ですねー』
『ついでに本試合で相手も拉致ると宣言しているとのこと。これに関しては朋美さんもノリノリ』
『碌でもない話ですねー。さて、続いてはコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)忍者超人 オクトパスマン(にんじゃちょうじん・おくとぱすまん)タッグによる【ヘル・メタルズ】の入場です!』
『……え? あの二人ってそういう関係――』
『じゃないと思うよ? 何でもオクトパスマン選手がやけにノリノリだっていう話みたいですね。何でも『負けられねぇ戦いってもんがある』とか何とか……』
『……ロボ×触手……いやこの場合触手×ロボか……異本のカオスが深まるな……!』
『いっちゃんがどっか違う世界に行ってる間に最後の選手! レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)カップルの入場となります……レオーナ選手、アレ何持ってるんだろ?』
『アレは【ゴボウ】……ッ!? レオーナ選手は相当な【ゴボウ】の使い手……! 参加者は背後に気を付けた方がいい……ッ!』
『何が何だかわからない……あ、パートナーのクレア選手はオープンフィンガーグローブを装着してやる気も十分と言ったところですね。完全に総合スタイルだけど』
『試合前に『私格闘技とか全くわからない』とか言っていたとは思えない。あれ、完全に殺る気満々の目をしてる』
『八人其々が違う色をリング上で醸し出しています! 間もなくゴングです!』

――ゴングが鳴り響いた。
 通常の四角形リング、ではなく六角形リングの上には八人が揃い、お互いを見据えている。どう動くのか、八人が其々様子を伺っているようである。
 この試合はタッチによるパートナー交代制ではなく、全員が同じリングに上がる形式である。
 フォール、ギブアップによる決着は無い。タッグパートナーのどちらかがアタッシュケースを獲得すれば勝利となるのだ。

「……あーあ、ハーティオンったら困ってるみたいねー」
 観客席でラブ・リトル(らぶ・りとる)が呆れた様に呟く。
 視線の先にいるのは、エヴァルト達と同様に相手の様子を伺うのはコア。だがこちらはどう動けばいいのか戸惑っている色が強い。
 何せ対戦相手は一人を除き皆女性、しかも老体も混じっている。
(うぅむ……迂闊に手出しは出来ん……だがこれは試合。何もしないわけにはいかん……どうすればいいのだ……)
 どうしていいかわからず、コアはリング上をただ立っているだけであった。その状況に痺れを切らしたか、状況が動く。
「スミスミーッ! まどろっこしい! 今回はいつものお遊びと違うんだよ! どいつもこいつも血祭りにあげてやらぁーッ!」
 オクトパスマンが【テンタクルスティンガー】を構えた。
「もらったぁぁぁッ!」
 その瞬間、トメが動いた。オクトパスマンに向かって走り出し、
「そぉぉりゃあッ!」
飛び上がると体全体を振り回す様にニールキックを浴びせる。
「へ……ってぐぶぉあッ!?」
 突然の事に、モロにニールキックを浴びたオクトパスマンがリングに倒れる。
「いよっしゃあッ!」
 その姿を見てトメがガッツポーズを取った。一瞬遅れて、会場が沸き上がる。

『と、トメ選手が動いた! 老体とは思えないニールキックにオクトパスマンたまらずダウン!』
『タイミング、スピード共に申し分なかった。特にあのタイミングはベスト』

「い、一体何が……」
 オクトパスマンが倒れる様に、コアは驚き動けずにいた。
「おっとぉ、ボケッとよそ見してていいんですかねぇ?」
 コアがハッとなり声のした方を向くと、
「うぉッ!?」
足を挟まれ、バランスを崩して前のめりに倒れる。
「な、何だというのだあッ!?」
 起き上がろうとした所に、ソバットの足が伸びてきた所をコアが辛うじて躱す。
「おやおや、避けられてしまいましたねぇ」
 その様子を楽しむように、レティシアが笑みを浮かべていた。

「中々えげつない事するなー、顔面ソバット狙うとか」
 レティシアのローリングソバットを見て、エヴァルトが呟いた。
「やけに呑気だね。試合中だっていうのに」
 そう言うロートラウトも、自分から挑もうとはしていない。
「こういう時はほっといても相手から来るってもんだっとぉッ!?」
 突如踏み込んできたクレアにエヴァルトが驚いたように声を上げ、のけ反る。その場を拳が空ぶった。
「シュッ!」
 のけ反ったロートラウトを追う様に、クレアが踏み込む。そして勢いそのままに大きなダメージを狙うのではなく、当てる事を狙ったボクシングのジャブのような細かいパンチをクレアは数放つ。
「くっ……っと!」
 放たれる拳を見極め、エヴァルトが腕を掴みそのまま極め技に持ち込もうとする。が、
「っとぉ!?」
腕がヌルリと滑り、すっぽ抜けた。
「何だよコレすっごい滑るよぉッ!?」
 隙を突き、クレアがそのままエヴァルトの胴を抱える様にしてタックル。グラウンドへと持ち込む。
「シュッ! シュッ!」
 息を吐くと同時に、拳を小刻みに振り下ろすパウンドへとクレアは持ち込む。エヴァルトはダメージを最小限に抑えるべく身を守りつつ、この体勢を崩そうと腕を取るが、
「だから何でコイツ滑るんだよぶぉッ!?」
掴んだ腕は滑りすっぽ抜け、拳を叩き落とされる。

『まるで総合の様に流れるタックルからのテイクダウンが決まった! クレア選手の容赦ないパウンドにエヴァルト選手なす術がありません!』
『ちなみにクレア選手、試合前に肌荒れを気にしてワセリンを全身に塗りたくったという情報がこちらに届いてるけど、この行為は特に反則でもなんでもないとだけ言っておく』
『総合だったら問題視されるんですがねー。それ言ったら凶器自体アウトだし、厳密に言うと拳によるパンチは反則の部類になりますからね』
『カウント5以内だったら問題ない』

「え、ちょ、これプロレスだよね!?」
 まるで総合格闘技の様な展開にロートラウトは面食らうが、誰も止める事は無い。だがそうしている間にもエヴァルトは不利になっていく。徐々にクレアのパウンドがいい感じで当たる様になってきたのである。
「あ、これ拙いかも……」
 流石にこの状況を傍観しているわけにもいかず、ロートラウトがカットに入ろうとする。
「っしゃおらぁッ!」
「痛ぁッ!?」
が、レオーナが【ゴボウ】による刺突で襲い掛かる。先端ではなく固い棒状の部位で額を狙い、突き刺す様な打撃を二度三度と与えるとロートラウトが膝を着く。
 するとそのままレオーナはロートラウトを押し倒す。上に乗ると、レオーナは【ゴボウ】を喉元に押し付けていった。
 首が絞められ、ロートラウトは手足をバタつかせる。

『あーっとレオーナ選手がまるで袖車のように【ゴボウ】でロートラウト選手の首を絞めていく!』
『レオーナ選手、今回の試合では『ゴボウの優位性を示す』と語っていた……その言葉通り試合を【ゴボウ】で支配するつもりみたい』
『でもあれチョークですから反則になるんですがね』

 凶器使用可な試合ではあるが、反則無しというわけではない。危険行為に当たるチョークを止めようとレフェリーがレオーナを引き剥がす。
「は!? こんなの反則でもなんでもないでしょーが!」
 邪魔され、苛立ちをぶつける様にレオーナがレフェリーに食って掛かった。
「たたた……首外れたらどうしてくれるのさ!」
 レフェリーを相手にしているレオーナの後ろでロートラウトは立ち上がると、ロープへと駆け出す。そして身を預け、反動を利用し更に加速。
「お返しぃッ!」
 ロートラウトがレオーナに向かって飛び上がる。腕をクロスさせたクロスチョップの体勢であった。
「そして私もお返しぃッ!」
が、それに対しレオーナは【ゴボウ】をフルスイングして迎撃した。
「んにゃあッ!?」
 野球のバットのようにスイングされた【ゴボウ】はロートラウトの顔面を振り抜くとポッキリと折れる。固い【ゴボウ】の一撃に、ロートラウトはもんどりうってダウンする。
 パウンドを続けていたがレフェリーに止められ立ち上がったクレアの姿を見ると、折れた【ゴボウ】を掲げ、レオーナがアピールする。観客から歓声が沸いた。

『ゴボウ使いと総合スタイルのタッグにエヴァルト、ロートラウト両選手翻弄されている! さてもう一方は――』

「スミスミーッ! 調子に乗るんじゃねぇーッ!」
 オクトパスマンが【テンタクルスティンガー】を構えて吼えると、トメがその場で崩れ落ちる。
「よよよ……こんな年寄りに手をあげようってのかい!? あんたは鬼じゃ! 悪魔じゃ!」
 そして泣く仕草を見せるとオクトパスマンを非難する。
「その通り! 俺様は悪魔よ! この俺様を舐めた事を血の海で後悔しやがれ……って何しやがるんだハーティオン!?」
 オクトパスマンをコアが後ろから羽交い絞めにするようにして止めていた。
「止めないか! こんなか弱い御老体に危害を加えるなど、この私が許さん!」
「何言ってやがる! フライングニールキックで奇襲かける奴がか弱いわけねぇだろ!」
 あーだこーだと揉めだすコアとオクトパスマン。だがその隙に二人の身体に【ワイヤークロー】のワイヤーが巻きついた。
「うぉ!? 何だこりゃ!?」
「う、動けん!」
「おっと、権利書を狙うつもりがついうっかりしちゃいましたねぇ」
 てへぺろ、と舌を出すレティシアの手には、しっかりと【ワイヤークロー】があった。
「おばあちゃん今よ! これ使って!」
 そして場外から朋美が何故か持参した工具箱を漁り、中から釘抜きを取り出すとトメに向って放り投げる。
「ありがとうよ! 覚悟しなはれやぁ!」
 そしてトメが釘抜きでコアとオクトパスマンに殴りにかかる。
「負けないでおばあちゃん! 尖ってる方で殴るのよ! そっちの方がダメージ大きいから! 後目! 目狙って目!
 リング下から朋美が叫ぶ。
 ワイヤーに縛られ動けないコアとオクトパスマンを釘抜きで滅多打ちにするトメ。それに加勢するレティシアに、更に煽る朋美。
「……あー、こりゃポンコツとタコは駄目だわ」
 観客席、ラブが呆れた様に呟いた。