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第四章 シングルマッチ

 タッグマッチが終了し、六角形リングとワイヤー等が早急に撤去された。そしてそのまま新たな戦いの舞台となる四角形リングが設置された。
 しかしそのリングもただのリングではない。リング自体は普通の物だが、付いてきている物が普通ではなかった。
 四角形リングを囲うのは鉄製のパイプを縁にした目の粗い金網である。エプロン端から隙間なく装着され、まるで壁の様である。
 そのうち一枚の金網には、同じく金網と鉄パイプでできた扉がある。ここから出入りするようだ。そして、天井がぽっかりと空いていた。囲っているのは四面だけだ。
 そして、その金網の天井にはブーケが二つ、簡単に固定されている。固定と言っても強固な物ではなく、取ろうと思えばすぐに取れる。あくまでも落ちたりしないようにしているだけだ。
 このリングでこれから行われるのは、このブーケの取り合いだ。ただのブーケではなく、この教会で結婚式を挙げる為の権利書代わり、勝者の証である。
 
 入場ゲートが開かれると、観客が歓声で出迎える。

 まず歓声を浴びて現れたのは藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)。パートナーはいない。一人での参戦であるようだ。
 特に何か持っている様子は見られない。実況席からは『優梨子選手は嗜んでいる柔術による試合が見られそうです』という情報が流れていた。
 優梨子は歓声に笑みを返してリングへと向かっていたが、リングの金網を見るなりそれまでとは違った妖艶な笑みを浮かべ、扉を潜りリングへと入っていった。
 その次に現れたのは御神楽 陽太(みかぐら・ようた)だった。その後ろには御神楽 環菜(みかぐら・かんな)がセコンドとして付き添っていた。
 陽太はリングに上がる前、環菜を振り返る。お互い何を言わんとしているのかわかったように、一度だけ頷くとそのまま陽太はリングへ、環菜は少し離れて待機する。
 続いて現れたのは、【エレーン“ケルティック・ロックンローラー”ファレリー】というリングネームを名乗ったエレーン・ルナ・マッキングリス(えれーんるな・まっきんぐりす)だ。着ているジャケットは電飾が仕込んであり、点滅する派手な物であった。
 ギターを担ぎ、何処となく不機嫌そうな顔をしながらリングへと向かうが、金網を見ると表情を険しくしつつ、渋々と言った様子で扉を潜った。
 続いてはコスプレスラー【海音☆シャナ】こと富永 佐那(とみなが・さな)。白と青のチェック柄のスカートやフリルをあしらった衣装を纏っている。歓声を浴び、笑みを浮かべつつエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)足利 義輝(あしかが・よしてる)立花 宗茂(たちばな・むねしげ)を引き連れリングへと入っていった。その際背中にあるファスナーに観客席からどよめきが上がったが、本人は何処吹く風であった。
 その後を佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)が続く。終始歓声に笑みで応えていたが、何処となくその笑みに怖さを感じるのは気のせいに違いない。夫がパートナーで現れない、といった事は関係ないに違いない。
 その次に現れたのは【ネクロ・ホーミガ】を名乗る鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)である。【魔鎧「七式」】を身に纏い、正体を隠しているようである。
 何せ登場の際の口上が「俺はモテナイ者のヒーロー……ネクロ・ホーミガ!!」なのだから顔バレは避けたいのだろう。
 続いて黒いライダージャケットに黒いデニムズボン、そして黒いジャガーマスクを被った【ブラックジャガー】こと神崎 荒神(かんざき・こうじん)神崎 綾(かんざき・あや)を伴って現れた。綾も荒神と同じようにライオンをモチーフとしたマスクを被っている。
 歓声に対し、二人共観客にアピールしつつリングへ向かう。リングへ上がる際、荒神は綾と視線を交わすと、「ちょっと行ってくる」とだけ告げそのままリングへと上がっていった。綾はそんな荒神に「ん」としか言わず、自分の役割を果たす為そのまま一歩下がり、身構える。
 続いて現れた人物に、観客から歓声ではなく戸惑ったようなどよめきが漏れ出した。現れたのは、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)であった。
 手には【野球のバット】と【凶器用パイプ椅子】。そして血走った目に、身体から溢れる殺る気満々オーラに観客はざわめき出す。
 そんなざわめきなど吹雪は一切聞こえないのか、目を血走らせつつリングへと向かう。
 リングへと上がる前、目に入った環菜と綾に一瞬襲い掛かる様な仕草を見せるが、パートナーである陽太と荒神が止めに入ろうと動くのを見ると直ぐに止める、
「お前らカップルみんな敵じゃー!」
……と見せかけて椅子フルスイングをかました。幸いにも二人に椅子は当たらず、金網を揺らしただけで済んだがこの行為にレフェリーから注意が入ると素直にリングへと上がった。
 陽太と荒神が吹雪を睨み付けるが、そんな視線もどこ吹く風とばかりにニヤリと笑みを浮かべてぽつりと呟いた。
「退場如き怖くはないでありますが、カップルを殺れないのは避けたいでありますからねぇ……」
 その様子に『こいつ大丈夫か?』と後ずさる陽太と荒神。カップルではない他の面々はどうでもよさそうにその様子を眺めていた。
 不穏な空気塗れの中、入場口から飛び出す様に現れたのは日向端 茶子(ひなばた・ちゃこ)であった。
 そのままはしゃいだ子供のように駆け出し、リングへと駆け上がると腕を組み、リング上の選手を見回す。
「ステージあるところにチャコあり! このステージ、チャコが貰ったよ!」
 そして鼻息を荒くしてのドヤ顔である。リング上は重い空気だというのに一切気付いていなかった。流石動ける馬鹿、一味違う。
 
 その次、観客席から一際大きな歓声が上がる。【偽乳特戦隊】にシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)、【ハートブレイクカンナ】こと斑目 カンナ(まだらめ・かんな)、【ヨシヒコ】を従え【ウルトラヴァイオレット】こと九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が入場してきたからである。

「……おいおい、ありゃなんだ?」
 観客席、九条の入場を見た長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)が一人呟く。
 自身を禁欲主義教団教祖と名乗り、「私欲を捨てよ」と演説しながら威風堂々とした姿で歓声を浴びリングへと向かうその姿は、広明の知る九条とは異なっていた。思わず言葉を失う広明の隣の空席に、何者かが腰を掛ける。
「失礼しますよ」
 それは冬月 学人(ふゆつき・がくと)であった。
「驚きましたか、長曽禰さん?」
「あ、ああ……しかしまた、こりゃ一体どういうことだ?」
 広明は今回、ただ九条に呼ばれただけであった。訳もわからぬまま教会まで来て、漸くイベントの内容を知ったのである。
 戸惑いながらも『この試合を見てほしい』と観客席へと誘導されたのであった。
「いやいや、本来なら実況解説席から御覧頂きたかったのですが……ロゼがね、自分の試合を見せたいというのですよ……まあ、見てやってください」
 それだけ言うと学人は視線をリングへと向ける。それに従い、広明もリングを見るのであった。

『以上、十名の選手がこの金網の中でブーケ争奪戦を繰り広げます!』
 全員が入り、金網の扉が閉まる――直前何者かが滑り込むようにしてリングへと上がる。
 だがその姿を見る事は誰も出来ない。【光学迷彩】により、自身の姿を隠しているからである。
(ふー、セーフセーフ)
 滑り込んだ最後の一人、ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)がほっと息を吐いた。
(うん、動作問題なし!)
 あさにゃんは手に持った【デジタルビデオカメラ】の動作を確認し、満足げに頷いた。このカメラも【迷彩塗装】を施してある。
 あさにゃんの目的はこの試合の撮影であった。『この試合を多くの人に知ってもらいたい』と思い、ならどうすればいいかと考えた末に至った結論が『映像が必要』という結論に至ったようである。
 本来ならスタッフとして行動した方がいいのであるが、色々と諸事情(主に言語によるコミュニケーションが取れなかった為相手にしてくれなかった)があり、スタッフにはなれなかったための単独行動である。
(さーて、撮るぞー!)
 一人気合を入れ、コーナーをよじ登ったあさにゃんがカメラを向ける。カメラのレンズに映された選手達が動画として録画されていく。
 全員の顔をレンズに映したところで、試合開始のゴングが鳴らされた。