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リアクション
元々、オリヴィエ博士へ面会の申請をしていたのは黒崎 天音(くろさき・あまね)で、樹月 刀真(きづき・とうま)や美羽達は、それに便乗した形である。
「助かるよ。予定に便乗させて貰って、悪かったな」
刀真が礼を言うと、天音は笑った。
「気にしなくて良いよ。博士も人が多い方が嬉しいだろうし、樹月と遊ぶのは嫌いじゃない」
「あーうん、ありがとう。
そう言って貰えるのは嬉しいけれども、ちょっと照れるよ」
時々、天音はさらりとそういうことを言ってのける。
刀真は決まり悪そうな顔をしたが、天音は天音で、自分のことは棚に上げてるよね、とのんびり笑っていた。
やがて全員揃って、皆でオリヴィエに面会に行く。
オリヴィエのパートナーであるハルカは、申請等の手続きをしなくても、フリーパスでいつでも会うことができる(勿論、ボディチェック等は受ける)が、普段はイルミンスールに居るからそう頻繁には会いに来れないし、今日は天音達と一緒なので、省略しないで一緒に会いに来た。
「やあ」
久しぶりに見たヨシュアの姿に、オリヴィエは目を細めた。
「お久しぶりです」
「元気そうだね」
はい、と頷いて、ヨシュアは、お茶を淹れますね、と給湯室へ向かう。
二人の会話といえばこれだけで、以降、ヨシュアはオリヴィエ達の会話を聞いているだけだったが、お互い、元気な姿を確認できれば、それで充分らしかった。
「はかせ。バレンタインなのです」
美羽、コハク、ブルーズ、月夜、ヨシュア、天音、刀真の順で、会った時に渡してきたので、オリヴィエで最後、そしてメインだ。
ハルカはオリヴィエに、ガトーショコラの入った箱を渡す。
オリヴィエ以外の全員が、彼のだけ、箱が半分くらいの大きさなのに気付いていたが、彼の小食を考慮してのものなのだろう。
「ありがとう。いただくよ」
受け取ったオリヴィエに、ハルカはほっと笑う。
「私からも、はい!」
美羽も、用意していたチョコを差し出した。
ハルカに渡したものと同じ、ハルカの顔型の手作りチョコだ、
「おや、君もくれるのかい。ありがとう」
「もー、意外そうな顔して。味は保証するよ。
コハクに散々味見して貰いながら作ったんだから」
その言葉に、全員が、コハクに同情の目を向けた。
コハクはきょとんとして、
「え、大丈夫だったよ」
と首を横に振る。
「いや、味見しながら作るって、どれほどの量を食べさせられたのだろう、とな」
ブルーズが言ったので、視線の意味が解ったコハクは、あははと笑って誤魔化した。
「出来上がったものを渡すんじゃなくて、一緒に作るのが、いかにも君らしいね」
オリヴィエが微笑ましく言って、えへへ、と美羽は笑う。
そこへ、ヨシュアがお茶を淹れて運んで来た。
じゃんけんで、刀真がハルカに貰ったガトーショコラをここで提供することにする。
新しく開かれた世界、光条世界で見たことなど、天音は自分のことを話題にした後で、
「博士は今何をしてるの? 秘密?」
と訊ねた。
「ん……? 何処まで話していいのかな?」
オリヴィエは、壁際に立っている、監視の騎士を振り返る。騎士は黙って肩を竦めた。
「何も話すな、ということかな」
苦笑した天音に、
「自分で判断しろ、ということだろう」
とオリヴィエは笑う。
「最初の仕事は終わったけれど、ちょっと怒られてしまってね」
「怒られた?」
最初の仕事とは、壊れた飛空艇を直すこと、だった筈。
「紛いなりにも、暫く家代わりにしていたものを、直してもしも軍事利用されたら嫌だなあ、と思うじゃないか。
だからね、ちょっと……そういう風には使えないように」
「それで、怒られたのか?」
刀真が訊ねる。
「いや、軍事利用できなくなったから、というよりね、その有様に呆れられたというか。
まあ、女王は許してくれたよ」
くすくすと、ひっそりハルカが笑っている。
つまり、軍事利用できないように、船に仕掛けを施したらしい。
その仕掛け自体が、何らかの怒りを買った、ということだろう。
相変わらず、この人はマイペースだな、と刀真は呆れ半分に思う。
服役中だというのに、というか、彼は在る場所が何処であっても、こうなのだろう。
「女王……か」
天音は、ぽつりと呟いた。
女王。――女王の加護。
オリヴィエを、五千年前から生かす力。
「ネフェルティティが女王になって……博士には、思うことがあるのだろうか?」
現女王、ネフェルティティは、五千年前、ダークヴァルキリーとして、シャンバラを滅ぼし、オリヴィエの祖父を死なせ、オリヴィエが呪いとも言える不死の力を得た、きっかけとなった人物だった。
拘りなどは、無いのだろうか、と思う。
「……そうだね。
五千年前だったら、恨んだし、憎んだかもしれない」
オリヴィエは、小さく肩を竦めて笑った。
「でも、そういった感情を五千年も抱き続けるのは、疲れるし、虚しいし、私は一度、すっかり枯れ果ててしまったしね」
かつての罪を後悔し、やり直せる機会を得て、それに全霊を懸けているのなら、もう自分に彼女を責めることなどできない。
恨んでも、憎んでも、責めても、五千年前に死んだ人達は戻ってこない。
「……女王は、やり直せるだろうか?」
世界は今、無という名の終焉に向かって傾いている。
このまま二つの大陸は滅び、創造主の理の円環に還るのか、それとも、その先の未来を手に入れるのか。
――自分は、自分の願いを叶える為に、何を選択すべきか。
喉元まで迫りあがり、結局言葉にならなかった感情に内心で苦笑して、天音はオリヴィエを見る。
「まあ……僕には博士の処遇に意見する力など無いし、どう見ても、生活状況前より良さそうだけど、もっと気軽に会えるようになればいいね。
見張りの彼をお茶に誘うことも出来ないし」
無言で壁際に立ち、空気のようになっている騎士に視線を向け、ちらりと視線を返しつつ、何も答えない彼に、天音は小さく笑った。
――――――――――――――――――――――――――――― 天秤は、今も揺れている
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