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リアクション
心の糧となるもの
(ううむ。『思い出の食事』とはいうが……)
テーブルに着きはしたが、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)は少々懐疑的な気持ちでいた。
いや、純粋に疑問に思っている、というべきか。
(私が食べられるようなものが、何か出てくるのだろうか……?)
一見瀟洒なレストランに見えるこの無人茶寮、しかしロボットの彼が座れる強度の椅子があるのと、彼の高さに合わせたテーブルがあるのは、やはり魔法による助けがあるためだろうか。
ロボットであるがゆえに、その体の内部に錆や不具合を来たすことを恐れて、極力食事というものは取らない。
人は、日々のエネルギーを得るための糧を売る行為として食事をする、と同時に、個人的な嗜好を満たしたり、他者とのコミュニケーションを取ったりするための手段としてもまた飲食をする。だから、飲食というものは時に、人に、忘れられない思い出を刻んだり、単なるエネルギー補給に留まらない精神的な滋養を与えたりすらする。
それは、ハーティオンも理解している。
また、そういう事象をセラピーに応用するために作られた施設がこの無人茶寮だということも聞いて分かっている。
だが。してみると、自分にとっての飲食の価値というものは、人とはだいぶ違うのではないか。――今更になって噛みしめる事実でもないが、そんな自分にどんな『思い出の食事』があるのかと考えると、ますます分からなくなるのだ。
「わぁ〜! イチゴっ!」
ラブ・リトル(らぶ・りとる)のはしゃいだ声が、彼の思考を目の前の現実に引き戻す。
「席に着いたらイチゴが出てきたよ!」
大粒の、真っ赤なつやつやのイチゴが、ガラスの小皿の上で存在感を放っている。
小さなラブは、ハーティオンが椅子にかけても窮屈でないほどのサイズのテーブルの上でも何不自由なく飛び回っている。
「これだけ大粒なら、あたしの体のサイズだと1個で十分!
うーん……あたしってほんと経済的よね♪」
実際、ラブはほとんど抱えるような具合にイチゴを持ち上げていた。嬉しそうに、そのままかぷっと先端にかぶりついた。
「甘ーい。美味しー♪」
熟したイチゴの芳しい、ほんの少しの酸味を帯びた甘さ。美味しそうに食べるラブの口からは、覚えず【幸せの歌】がこぼれている。
――ここでの食事は、食べる者の『何らかの記憶を喚起させる』味だという。
楽しげにイチゴを味わうラブの中に呼び起こされた記憶、それは――
(今、美味しいイチゴを食べている!)
「幸せ〜♪」
ラブは、いつだって人生を楽しんでいる。いま目の前にある楽しみを、その時に、存分に味わうことを知っている。
過ぎた過去の中から輝くものを探して何かを取り出すよりも、だからそれは彼女に相応しい現象かもしれない。
「……」
そんなラブを少し微笑ましく見つめた後、ハーティオンは自分の前に出てきた皿に目を移す。
どんな料理が出てくるか、ざっと振り返った自分の記憶(メモリー)の中には思い当たるものはなく。
皿の上には――
(何もない、か)
何も載っていない皿。
(ん?)
だが、見ているうちに何かが、その皿の上に浮かんできた。
(これは……)
幻のように立ち昇る影は、やがて姿を結ぶ。それが何であるか……誰であるか、ハーティオンにはすぐに分かった。
地球の日本で自分が目覚めた時、傍にいた人たちだった。
影はまた薄れ、違う人々の姿を映し出す。いや、姿のみならず、それを目にした時、ハーティオンは、彼らの仕草や自分にかけた言葉、そんな端々の細かな記憶までが、鮮明に記憶の底から湧き上がってきた気がした。
目覚めてから出会った地球の人々、パラミタに来てから出会った人々。
そして、パラミタで得た仲間たち。
共に戦った仲間。
様々な事件や季節の巡りの中で出会った、忘れ得ぬ人たち。
滅多に思い出すことのなかった人であっても、不思議と鮮やかにハーティオンの中に、残していった何かがあるものだった。
それを再確認するハーティオンの目には、出会った人々の姿だけではない、彼らが見せてくれた忘れることの出来ない様々な『心』の思い出が次々に映ってきた。
まるで、フルコースで出された皿を一つ一つ味わっていくように、ハーティオンは、それらの思い出と記憶を一つ一つ胸に刻んでいった。
食に伴う思い出や喚起される感情が、人の心が成長したり、癒されたり、前進したりするための栄養となるのなら。
自分にとってはこれが、それと同じなのだ。
目覚めてから今までの忘れ得ぬ日々、その中で触れ合った人々の心が、自分の中に残していったかけがえのないもの。
人が様々な思いと共に糧食を噛みしめるように、自分もそれらを余さず、大切に吸収し――そして、進んでいくのだ。
改めて『人の心』の素晴らしさを再確認したハーティオンは、満ち足りた幸福感を味わっていた。
「ん?」
空の皿をじっと眺めていたハーティオンが、立ち上がったのを見て、ゆっくりイチゴを味わっていたラブは首を傾げた。
何も出なかったから気を悪くしたのだろうか、と一瞬思ったが、彼はにっこり笑っていた。
「そろそろ行こうか、ラブ」
「えっ? あれ? ハーティオン何も食べなくていいの?」
「何も食べていない? いや、私も十分頂いたよ」
「……は? もー食べた?」
「あぁ。素晴らしいお店だった」
一人満足げなハーティオンの言葉の意味が分からず、ラブは「何か変なこと言ってるよこの人」という目をじとっと彼に向けていた。
「はぁ〜。あんた、ホント訳分かんない事言うわよね〜。
ハイ、しょうがないからイチゴ分けてあげる、感謝しなさいよ」
「さぁラブ、行こう。誰かが私達の助けを待っている」
皿の上に残っているイチゴを差し出すラブをよそに、ハーティオンは力強く言うと、もう店の扉の方へと大股に歩き出していた。
「へ? ちょ、ちょっとっ、人助けに行くって……いきなり何よ!
待ちなさいって!
まだあたし食べ終わって無いんだから〜!」
全部自己完結で一人で決めて動き出す彼に、イチゴを抱えたラブは「もう!」とぷりぷりしながら、慌てて後を追った。
店の外では、月明かりの下に広がる静かな荒野が、彼らの前に広がっていた。