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月下の無人茶寮

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月下の無人茶寮
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リアクション

この想いは、何時も


 リア・レオニス(りあ・れおにす)レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)は、昼間、シャンバラ宮殿に寄ってから、夜この『無人茶寮』に来た。
 宮殿での用事は、もはやリアにとっては日課のようなものである吸血鬼の少女 アイシャ(きゅうけつきのしょうじょ・あいしゃ)の見舞いだ。
 といっても通うのは義務感からなどではない。一日も欠かさず通っていても、リアのアイシャを気遣う思いは、日々新たに生まれ出でるように新鮮なもので、彼女を思い彼女のために動くことに惰性を感じることなど一度としてなかった。
 パラミタを守るために祈り続けてそのために大きく体を損ない、宮殿の療養所から一歩も出られない――どころかベッドから起き上がることもままならない体であるアイシャ。
 面会謝絶の彼女と顔を合わせることも出来ない自分が、この外の世界から彼女のために、出来る事は何か。
 日々新たに考え、探し。そうして想い、祈っている。
 弱って儚げな彼女を、いつだって心で抱きしめている。


「今日、手紙と一緒にジャタの森の写真を届けたんだ。初夏の風景の」
 テーブルに着くと、リアはレムテネルに話した。
 アイシャが少しでも楽しんでくれて、気持ちに張りが出るようにと。
「森の生命力がアイシャに伝わってくれると良いな」
 若々しい命が芽吹き、萌え出ずる生の力を謳歌する初夏の森。
 ジャタの森はかつて、リアとアイシャが初めて出会った場所だ。

 実物であれ抽象的なものであれ、彼女に届けたいもの、贈りたいものは、考えれば幾らでも出てくる。
 彼女がそれを自分のものとすることで、弱った体の滋養とし、少しでも健康を取り戻し、笑顔を絶やさぬようにできるよう、ありとあらゆるものを贈りたいとすら思う。
 しかし、実際に自分ができるのはそれを彼女のいる建物の玄関口まで届ける事だけ。
 また極度に弱った彼女の体は、用意される豊富な栄養とて思うように摂取することはできないことも分かっている。
 だから常に、自分がいいと思うものでも却って彼女の負担になりはしないか、何か贈る時には深い気遣いを欠かさない。

 出来る事は限られていて、それが時折どうしようもなくもどかしい。
 誰よりも何よりも、彼女を大切に思うがゆえに。


 そんなリアのアイシャへの尽きせぬ思いは、常に傍で見て理解しているレムテネルである。
「きっと……」
 アイシャも喜ぶだろう、と言おうとした時に、テーブルの上に皿が現れた。


 リアの前には『ザッハトルテ』。

「これか。懐かしいな……」
 当然、そこに詰まっているのはアイシャの思い出。
 病床の彼女への見舞いに、リアが手ずから作って贈ったケーキだ。
 例によって――彼女が受け取って喜ぶ顔も、食べるところすら、リアには見ることは出来なかった。病床に近付くことはできないのだから。
 後になって、彼女の世話をする侍女が、アイシャが喜んで食べたと教えてくれた。
 一度に全部食べることは出来なかったけど、作ってくれた人の真心を感じながら、少しずつ、大切に食べた……と。


 窓から差し込む月の光が、ぼうっと宵闇を中和して曖昧な明るさで染める、そのさまがあまりに幻想的だからだろうか。
 リアには見えた気がした。
 少し上げたベッドの背に体を凭せ掛け、ほんの少しかじるように小さく、小さく断片にしたザッハトルテを口に運び、満たされたように微笑むアイシャの姿が。
 ――美味しいです。……ありがとう、リア……



「リア?」
 レムテネルに怪訝そうに声をかけられ、リアは我に返る。
「何をぼーっとしてるんです」
 リアは苦笑いして首を振って、ケーキに手を伸ばした。
「いや……アイシャはスイーツが好きなんだよな。って思い出して。
 ドーナツもパクパク食べてたし」
「あぁ、ありましたね」
 レムテネルはくすりと笑い、自分の方に現れた皿をリアに示して見せた。
「それを言うならほら、これも懐かしいでしょう?」
 金属の具にコーン部分を支えられ、彼の皿に載っていたのは『パンプキンソフトクリーム』。
 やはり、アイシャと会った時にリアと3人で食べたものだった。

 2つのスイーツを食べながら、リアとレムテネルは、スイーツに思い出話に花を咲かせた。
 話題は9割以上アイシャの事だったが……

(これ食べた時……アイシャ、笑ってたな)
 リアと一緒に露店の並ぶ中を歩きながら、楽しそうに。
 ――美味しいです……!
 大好きなスイーツを味わいながら無邪気に顔を綻ばす、それを傍らでたびたび見ていた。

 大きな使命を背負い、国家神にもなり、現在は病臥するアイシャ。激動の人生だ。
 その折々の時をリアは、そして彼の隣りでレムテネルは見ていた。
 その背負ったものをひと時忘れ、普通の少女のようにすぐ傍で笑っていた時もあったのだ。
 そのことを、ソフトクリームはリアに思い出させた……



「どうせなら、ルドルフ校長と行った野点での和菓子でもよかったんですけどね。
 あの時はリア、足が痺れて……」
 ふふふ、と少し意地悪く笑うレムテネルに、感傷に陥りかけた心を引き戻され、リアはムッとした表情を彼に向けた。
 ――リアのアイシャへの思いの深さ、そしてそれゆえに時折沈みがちになる心を分かっているから。
 たまにこうして茶化してやらないと見ていられない、という気持ちになる時もあるのだった。


 彼女のために作ってあげたザッハトルテを、自分が改めて食べるのも不思議な気分だった。
 甘さは控えめの、素朴で美味しいケーキだ。
 彼女を思いながら作ったから、味に彼女が反映されているような気にさえなってしまう。
 今感じている味覚は、彼女があの時味わったのと同じものだろうか……
「ずいぶんお上品に食べてますね」
 レムテネルに言われて、リアは「えっ」という顔になる。
 少しずつ食べていたという彼女を思い浮かべ、彼女が味わったようにと無意識に思って食べていたからか……
 自分で気付いて内心妙に慌てているリアを見て、レムテネルは密かに溜息をついた。



「また何か作って贈れたらな」
 ザッハトルテを食べながら、リアはぽつりと言った。
 ――食べ物は、それを食べた者の血肉を作る。
 それと同じように、料理を作ったものが込めた「思い」は、食べた者の「心の血肉」となりはしないだろうか。
 そんなことをリアは、レムテネルに話す。
「いいじゃないですか。彼女はスイーツ好きですし」
「うん。……今もいっぺんに沢山は食べられないだろうけどな」
「量より質でしょう。ほんの一口でも、思いは伝わりますよ」
「……。何にしようかな……」

(また会いに行くよ。君が好きな甘いものを持って)
 例え、喜ぶ顔を直接見ることができなくても。
 見えない分だけその動いた感情が、君の心を、体を晴れやかにしてくれるなら、それで十分だから。


 リアと言葉を交わし、笑いながらも、レムテネルは思う。
 質より量とかその逆だとか、いろいろ言うけど、
(こんなに質でも量でも充実しているのは……リアくらいですね)



 いつもいつも、アイシャのことを考え、彼女の幸せを思っているリア。
 どんな形であっても、アイシャの支えになりたいと心底願っているリア。
 病床でひとり戦っているアイシャを、いつも心で抱きしめているのが見えるようで――


 リアとアイシャ、2人の関係や絆を、微笑ましく見守っているレムテネルである。
 時折茶々を入れながらも、彼らの幸せを願わずにはいられないのであった。