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訪れた特殊な平行世界

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訪れた特殊な平行世界

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■記憶提供


 酒杜 陽一(さかもり・よういち)は漆黒の翼を使い、記憶素材化魔法薬の散布担当である調薬友愛会が来る前に妖怪の山へ入り、温泉宿『のっぺらりんの宿』に向かった。

 宿に到着早々
「……(今、何が起きているのですか)」
「……(空が面妖な事になっていて不安を感じた者達が次々と避難して来るですが)」
 陽一を迎えたのっぺらぼう夫妻は現在の状況を身振りで訊ねた。よく見れば宿はざわざわと大賑わいだ。
「実は……」
 陽一は話ながら状況を細かく夫妻に渡された紙に書き記した。何せ夫妻は皆に説明するに口が使えないので。
「……(そうですか)」
「……(記憶素材化魔法薬……以前の事を知る者が聞いたら……)」
 事情を知った夫妻の身振りによる言葉は鈍い。表情があれば渋面であろう。
「確かに以前の事もあって加害者達に思う所がある者達がいる事は分かるが、薬は改良されて安全の上、今は非情に危機的状況だ」
 陽一は妖怪達の言い分は理解しつつも協力を得るための説得を始める。
「……」
 夫妻は無言。
 その時、
「力を貸したら山を守れるんだよね?」
 小さな獣を抱えた少女座敷童が現れた。
「俺の話を聞いていたのか?」
 少女座敷童の不安に満ちた表情から陽一は話し相手が夫妻だけなかった事を知った。
「うん、この子が外に行きたそうにしてて……それで一緒に外に出たらお話をしているのを聞いて……」
 少女座敷童はこくりと頷き、降りたそうにうずうずと暴れる獣を地面に降ろした。
 その獣は陽一にとってよく知る獣、てんであった。
「……久しぶりだね」
 腰を屈め足元にやって来たてんの頭を撫でた。
「……それで本当? 本当に元に戻る?」
 少女座敷童は陽一とてんのやり取りを見守りつつなおも訊ねる。
「あぁ、元に戻る。何も怖くない。赤い光が現れても俺が何とかする」
 陽一は顔を上げ、不安を感じさせないしっかりした口調で少女座敷童に答えた。
「……分かった。力を貸すよ。みんなにも言ってあげる。でも知らなくて危ない所にいる妖怪もいるよ……」
 少女座敷童はじっと視線を同じくする陽一に不安をぶつけると
「心配無い。俺が避難誘導をする。それと協力ありがとう」
 陽一は笑みで答えた。
 数秒陽一の顔を見つめていたが
「うん!」
 少女は力強くうなずくなり宿へと説明のために行った。
 続いて夫妻も宿へ入ってすぐにやって来た調薬探求会の者に了解を得た事を伝えた。
 調薬友愛会はすぐさま記憶素材化魔法薬の散布を開始し、陽一は記憶提供をした。
 その後、記憶を提供してそれっきりは気が引けるという事と少女座敷童との約束もあって避難誘導に動いた。ただし、陽一一人ではなく、ペンギンアヴァターラ・ヘルムのペンタやパラミタセントバーナードや特戦隊達にも避難誘導を手伝わせた。

 妖怪の山上空。

「……いくつか避難場所として使える所があるな」
 漆黒の翼で舞い上がり、『ホークアイ』で強化された視力で周囲の状況を確認し、宿以外の安全な場所を探していた。
 避難誘導対象の妖怪については
「♪♪」
 共にいるてんが匂いや気配で妖怪の居場所を察知し、鳴いて教える。
「あぁ、あそこか……助かるよ」
 陽一はすぐさま場所を確認し、駆けつけ避難誘導をする。
 その中で陽一は事情知らぬまま巻き込まれた者達を発見し、舞い降り事情説明をした。途中、記憶食いの性質についての情報も入って来た。
 そして、妖怪達をあらかた避難させた所で
「手伝ってくれてありがとう。あいつは俺が何とかするから宿に戻るんだ。きちんと護衛もつけるから安全に宿まで行ける」
 陽一は記憶食い捕獲に動くためにてんを地上に降ろした。その場には、陽一の指示で特戦隊が待機していた。
「……」
 降ろされても微動だにせずじっと陽一を見上げるてん。
 手伝いたいという気持ちがひしひしと感じるが
「また後で会おう」
 危険な目に遭わせないためにあえて思いは汲まず、頭を撫でようと手を伸ばした。
 その手は
「……これは」
 てんの体に生えた素材に触れ、陽一に記憶を見せた。避難誘導を手伝う中で記憶素材化魔法薬を吸引していたのだ。
 読み取り終わった陽一は
「ありがとう」
 笑みと共に改めててんの頭を撫でた。読み取った記憶は自分と初めて出会った時のてんの嬉しさであった。
 そして、
「♪♪」
 嬉しそうに鳴くてんを特戦隊に任せて空へ舞い上がり記憶食い捕縛へ向かった。

 妖怪の山上空。

「さっさと捕縛をして記憶を喰らうのを止めないとな」
 陽一はあちこち飛び回り記憶を貪っては増殖する赤い光を睨み付けてから戦闘を開始した。
 自分に生える素材を狙う相手に対して『メンタルアサルト』で予測しづらい動きを行い攪乱し、『行動予測』で先回りし記憶食いを追い詰めたり時には深紅のマフラーで突いたりと物理による攻撃で動きを鈍らせたりしてから長く伸ばした深紅のマフラーで絡め取ったり大きく広げた漆黒の翼で捕縛し宿から借りた大きな袋に閉じ込め集めていった。
 閉じ込めた記憶食いは後ほど届けられた記憶食い消滅薬によって無事に処理された。
 陽一は無事に宿に帰還し、てんや少女座敷童を安心させた。