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リアクション
第20章 崩落
「若い奴は、考えることが大胆だぜ」
その通信に、都築少佐は苦笑して、長曽禰少佐への専用回線を開いた。
「長曽禰少佐、戦闘しながらでいいから聞け」
無茶を言う。
「何があった?」
「3号艦から連絡だ。
地表を割る為に、飛空艦を亀裂に激突させて自爆させる許可を、と」
通信の向こうで、長曽禰少佐は暫く黙った。
「その作戦は誰が?」
「聞いて驚け、国軍少尉だ。
3号艦の指揮を任せた、叶」
普通やろうと思わねえよな、と、都築少佐は笑う。
「流石に飛空艦を失えば、総指揮官は責任を問われるぜ。どうする?」
「連帯責任で頼む」
返答に、都築少佐はくつくつと笑った。
「全く、理解のある上司だな」
勿論、最終手段としてですが、と、叶白竜は伝えた。
良雄防衛の戦力不足で、崩壊までに、当初の計算の1時間を遥かに超えてしまっている。
巨大良雄のみに頼るのではなく、外部からの援護が必要なのではと、白竜は考えたのだ。
「“最終”の判断は任せる。好きにしな。
ただし、全員しっかり退避しろよ」
作戦を伝えた後、ややあって、都築少佐からの回答が返る。
「ありがとうございます」
闇雲な判断はできない。
亀裂に落ちた者達、それを捜索する者達に影響が及ばないようにしなくてはならないし、決定した後、乗組員が速やかに脱出できるようにもしなくてはならない。
白竜は、3号艦指揮を任された時にあらかじめ、運行に最低限必要な機関室や操舵室、武器庫等以外はいつでも捨てられる体制を整えてあった。
3号艦が損傷していることに対して判断した処置だ。
「……でも、やはり、白竜らしくない作戦だよなあ」
それは無謀にも思える。
パートナーの強化人間、世羅儀が言った。
二人は万一の時に備え、既にパワードスーツを装備している。
「選択肢の一つとして、取れる可能性の全てを上げただけです。
可能性があるものなら、それを無謀から確実に行えるようにしなくては」
救助隊に加わる黒崎天音のパートナー、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が艦橋に現れた。
「天音から連絡だ。
ハルカ達は亀裂を抜けて、下の世界に下りた。
生身の人間は、今地上にはいないはずだ」
「憂いが一つなくなったな」
巻き添えを食わせずにすむ。
ほっとして言った羅儀に、白竜は頷いた。
白竜の作戦に、賛同を示した者は他にもいた。
話を聞いた青葉 旭(あおば・あきら)は、凄い奴だと感じたし、朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、
「派手なこと考えるなあ。
そう言った考えは嫌いじゃないぜ!」
と笑った。
「……だが、それは本当の本当に、最後の手段だけどな。
三隻揃った状態で最後まで任務を遂行させるのが最優先事項、俺達の仕事だぜ!」
パートナーの機晶姫、夜霧 朔(よぎり・さく)と共に光龍に搭乗しつつ、垂達は3号艦の護衛に回る。
「……これ以上、犠牲は出さねえぜ……!」
操縦桿を握り締めて、垂は向かい来る虚無霊を睨み据えた。
「了解。3号艦の存続に、全力を尽くします」
朔が、垂の言葉に応えて言った。
「垂っ、皆っ、頑張って〜っ」
彗星のアンクレットをぶんぶんと振りながら、パートナー達を応援する。
一方で、パートナーの剣の花嫁、ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は、補助や回復のスキルで垂達護衛の仲間達の援護していた。
また魔道書の朝霧 栞(あさぎり・しおり)は、イコンの間を縫ってくる奈落人や小型の虚無霊などを相手取って戦う。
「この艦には、これ以上一歩も踏み入らせないぜ!」
補強しきっていない損傷部分には、栞が氷術を使って氷を張り、応急処置を施した。
だが、この戦闘の最大の目的、そして問題は、巨大良雄を護りきることだった。
1時間かからずに、良雄が食べ尽くされてしまう。
その予測は、懸命の防衛と、長曽禰少佐や龍騎士達の参戦により、大きく修正されていた。
しかし1時間を経過しても地表は割れず、既に良雄の大きさは、半分にまで減っている。
それでも相当な巨大さではあるのだが、質量の変化は、地表を蹴破る時間に影響していた。
状況が逐一変わっている為、地表の破壊までの残り時間が計算されず、地表が破壊されるのと良雄が食い尽くされてしまうのと、どちらが先なのか、そして、それまでにどれ程の犠牲が出続けるのか、判然としなかった。
艦橋から通信が入って、垂は舌打ちをした。
「……くそっ、やるのか!?」
「うわあっ、わきゃ、わきゃ、わきゃ!」
おろおろと左右を向くライゼに、
「落ち着け! おまえは飛べるだろうが!」
と栞が落ち着かせる。
「旭くん、5分後だって!」
艦外のクェイルで通信を受け取った、ゆる族の山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)に、旭は、ついに来たか、と思った。
旭は、怒涛のように押し寄せるウミウシとの戦いでへとへとになっていたが、ここでへこたれるわけにはいかなかった。
体の疲労はともかく、だが気概は常に最高潮だ。
3号艦甲板での防衛戦は、むしろ虚無霊や屍龍よりもウミウシの方が圧倒的に多いような状態で、仲間達に援護されつつここまで戦ってきたが、いよいよ、最終局面を迎えようとしていた。
「5分後か……!」
「退避しなきゃ!」
とにゃんこは周囲を見る。
乗組員も避難させなくてはならないし、自分達の乗るクェイルにも、飛行能力はない。
「先に乗組員を避難誘導する!」
旭はコンテナを抱え、それをプラヴァー部隊に向けて掲げた。
「これを! これに皆を乗せるんだ!」
通信を受け取ったプラヴァーが接近し、コンテナを受け取る。
良雄の防衛に飛び回っていた風森望が、パートナーの操縦する大型飛空艇に乗って接近した。
「こっちよ! 乗り移って!」
旭達、飛行能力を持たないイコンや、望が箒に乗って直接連れ出した乗組員達が、次々シグルドリーヴァに乗り移る。
「艦橋! 全員脱出した!」
旭が入れた通信に、最後に、艦の進行方向と速度を固定させた叶白竜と世羅儀が脱出した。
良雄がジャンプする。
体が巨大である分、その滞空時間も長い。
その間を狙って、飛空艦が、足元の地表に激突し、爆発した。
軋む音が響いた気がしたが、その地表は崩れない。
「駄目か……!」
垂がぎり、と奥歯を噛んだ時、ジャンプしていた良雄が、降りてくる。
着地するその足が、地表を貫いた。
崩落が始まる。
巨大良雄の足元は、ついに砕け、亀裂から崩れて行き、広がる。
青白い光の海がどこまでも続いていた。
巨大良雄は、そのまま下の世界に落下していき、落下しながらほろほろと崩れ、光の海に溶けて行く。
ナラカの生き物は、その欠片の一片でも得ようとして追い群がり、そして最後には、何も残らなかった。
――いや、ただひとつ、良雄の内部に飲み込まれていた、ブルタ・バルチャ達の乗るヘルタースケルターだけが、溶けて行く良雄に巻き込まれずに残ったのだった。
「あの先に! ドージェが居やがるのか!!」
そう叫びながら、白津竜造は、崩落の中に飛び込んだ。
ちんたらと、崩落が治まり、飛空艦が進むのを待ってなどいられない。
竜造は、落下の勢いより更に、小型飛空艇の出力を上げた。
一番乗りを狙った者は、もう一人いた。
「ようやくか……!」
高度20キロ位置の2号艦。
四谷 大助(しや・だいすけ)が、巨大良雄の足元の崩落を見下ろす横で、パートナーの剣の花嫁、白麻 戌子(しろま・いぬこ)が信じられない行動に出た。
艦から飛び降りたのだ。
「ワンコ!?」
「はっはっは、大助! ボクの相棒ならしっかりついてきたまえ――――ぇぇぇ……」
「しまった、やられたっ……!」
戌子は抜け駆けを謀ったのだ。
ブライド・オブ・シックルを手に入れる為に。
それは知っていたものの、しかしここまで大胆なことをするとは思っていなかったので、大助は呆然と見送る。
確かに、一番にドージェの元に辿り着き、勝負を挑むことは魅力的だ。
だが、飛び降りて、この上空からどうやって着地するのか。
自分も戌子も、空を飛べる道具は何も持参していないのである。
そうこうしている内に、みるみる戌子の姿は小さくなる。迷っている暇はなかった。
「あのバカが! いつも勝手に先行しやがって……!」
ままよ! と大助も後を追った。
「ふふ、ボクとしたことが、逸る気持ちを抑えられないとは、大助のことを言えないねぇ」
落下しつつも、戌子の中に恐怖はない。
むしろブライド・オブ・シックルを手に入れた自分の姿を想像すると、気持ちは昂揚して抑えられなかった。
いつの間にか、その手には巨大な鎌が握られていた。
ブライド・オブ・シックルの形を知らない戌子の想像によって現れたそれは、刃が夕陽の如くに輝いている。
「素晴らしい! これが……これが!!」
イコンすら両断できそうなほどの巨大さ。
気付いて襲撃してくる屍龍を、ふふっと笑って迎え撃つ。つもりだった。
突然、鎌の柄がぐにゃりと曲がって、戌子に襲いかかった。
「……あっ?」
「ワンコ!!」
そこへ、急降下してきた大助が追い付き、具現化させたドリルナックルで、戌子が抱えていたウミウシに突撃する。
「大助っ……」
「何やってんだ、バカ!」
大助は、ぎゅうっと戌子を抱きしめる。
大丈夫、絶対、絶対無事に着地できる――!!
「うう、……ん?」
気がつくと、戌子はナラカの底に座り込んでいた。
傍らで、大助がぐったりと倒れ込んでいる。
「大助? しっかりしたまえ」
「……任務の度に、俺の生傷が絶えないのは、お前が原因だったよな……」
オレとしたことが、忘れてたぜ、と、大助は、疲れた声で呟いた。
「それはともかく、ここは何処だ?」
周囲は、荒涼とした荒地が続いている。
そこかしこから、ざわざわと嫌な気配を感じた。
「最強の鎌がボクを待っている! 立ち止まっている暇はないのだよ」
それに立ち向かうように戌子が立ち上がり、大きな溜め息を吐いて、大助もそれに続いた。
「すごいな……!」
光の海の中で、リア・レオニスは呟いた。
地表の崩落が治まった後、飛空艦と同時に突入した彼だが、段々と耐えられなくなり、速度を上げる。
嬉しい、と感じた。
ナラカの底の世界は、美しい光に溢れていた。
「リア機、斥候に出ます!」
そう言って飛び出し、レーダーやサーチを全開にして、目的地を探す。
浮き立つパートナーの代わりに冷静であろうと、レムテネル・オービスは用心して索敵を怠らなかった。
今目の前にある光景は美しいが、世界は広い。
ナラカもまた。
全てが同じ風景ではないはずだ。
「ここが、ナラカの底か……」
長曽禰少佐は息を飲んだ。
地上とはまた、空気が違う。そんな気がする。
「前方クリア、地表です!」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が言った。
光の向こうに、地面が見えていた。
『陛下。ここから我々はどちらへ進めば?』
時折、風景の中に、何かの映像のようなものが流れては消える。
それらは幻想のように美しく、地表は瑞々しく輝いていた。
ダイヤモンドの騎士に行く先を問われ、うーん、と良雄は唸る。
「あっちかあっちかあっち、じゃないっスかね……」
右や左や前を指差す。
煮え切らない。勘が働かない様子の良雄に、ダイヤモンドの騎士は、
『後方は違うのですか?』
と訊ねた。
「後ろは、何だか嫌な予感がするっスよ……」
『進路を後方へ』
操舵主に指示をしたダイヤモンドの騎士に、
「何でっスかっ!!」
と良雄は泣き声を上げた。
その頃、都築少佐の元へ、ドージェの居場所が、テオフィロスから携帯で連絡が入った。
「南西方向へ、龍で2日半? お前、現在位置は何処だよ」
なるほど、良雄が言っていたという方角と一致する。
「解った。距離はこちらで計算する。
それと、どうやら他にも、単身でナラカの底に飛び込んだ奴等がいるらしい。
先に行っている可能性もあるが、場所を解っていない可能性の方が大きい。
戻って来ないということは、どこかで迷子になってるんだろう。
余裕があるならついでに拾って帰ってくれ」
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