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第22章 お元気ですか?

 空京の外れにある、小さなアパートにメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)と、パートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)シャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)の4人は訪れていた。
「静かな場所ですね〜」
 小さなソファーに腰かけながら、メイベルは久しぶりに会った元同級生――友人の早河 綾(はやかわ・あや)に微笑みかけた。
 彼女はここ、空京で現在兄のルフラ・フルシトスと一緒に暮らしている。
 2人とも、現在は偽名を使っているとのことだ。
 外見も随分変わっていた。
 綾の長くてふわふわで綺麗だった髪は、短く切りそろえられてショートボブに変わっていた。
 ルフラの方は、職場に一部事情を話し、偽名で新人として再雇用してもらったらしい。
 親からの援助は受けていないらしく、2人でギリギリの生活をしているとのことだ。
「手伝うよ!」
 車椅子でお茶を運ぼうとする綾をセシリアが手伝う。
「お土産に駅でお菓子を買ってきたんだ。一緒に食べようね」
「ありがとうございます」
 セシリアに手伝ってもらいながら、綾は軽く笑みを浮かべて礼を言った。
「思いのほか、元気そうですね」
 隣に座るメイベルに、フィリッパがそっと話しかけた。
「はい。良かったですぅ」
「でも足はまだ治ってないようですね」
 綾と初対面……そして、詳しい事情を知らないシャーロットがメイベルにそう言うと、メイベルは少しだけ悲しそう顔になる。
「足は……完治はしないそうですぅ。でも、地球の医学なら、改善の可能性はあるのかもしれません……」
 医学も魔法も進歩するはずだから。希望は持っていて、構わないのだ。
 生きている、限り。
「そうですか……。綾さん、凄く綺麗な人です」
「髪型は変わりましたけれど、雰囲気はやっぱり優しそうで、素敵な印象を受けますぅ」
 シャーロットとメイベル、フィリッパがそんな会話をしながら待っているうちに、お茶の支度を整えて、綾とセシリアが台所から戻ってくる。
「安物の紅茶ですけれど……。不味くはないはずです。どうぞ」
 綾は車椅子ながらも器用に皆へカップを配っていく。
「これは買ってきたお菓子。結局沢山買っちゃったんだよね。もう一箱の方は、綾ちゃんとお兄さんで食べてね」
「いただきます」
 セシリアにそう微笑む綾の顔からは、苦しみも恐怖も感じられなかった。
 と、その時。
 カチャリと鍵が、続いてドアが開く音がして、直後に「ただいま!」と、元気な声が響いた。
「お、集まってるな。綾の友達が来るって聞いて、早退してきたんだ」
 部屋に入ってきたのは、ルフラだった。
 彼もまた、初めて会った時とは違い、元気で健康そうな顔をしていた。
「えっと、初めまして! メイベルさんのパートナーのシャーロット・スターリングです。これから、よろしくお願いします」
 ドキドキしながらシャーロットが立ち上がり、改めて綾と、帰宅したルフラに頭を下げて挨拶をする。
「よろしくお願いします。座ったままで、すみません」
「うん、よろしく。キミのパートナー達には、綾が本当に世話になったようで、感謝したりないんだ」
「そうなのですか……」
 シャーロットがメイベルの方を見る。
「……勿論、綾さんには親しみを感じていますぅ。でも、私は私の為に動いていました、から」
 そんなに感謝をされるようなことはしていないと、メイベルは言う。
「ありがとうございます。……私」
 綾は、メイベルを、フィリッパを、セシリアを見回して。
 最後にシャーロットに微笑んで頷き。
 それから、ゆっくりと言葉を発していく。
「いけない、ことかもしれませんが。私、今……幸せを、感じてしまっています。歩くことは出来ないし、百合園に通うことももうできないけれど、穏やかで、平凡で、ゆっくりと生きられる今を、とても大切に思っています。幸せになる資格なんてないから、今以上のことは求めません……というか、今も申し訳ないくらいです」
「でも」
 メイベルが凄く嬉しそうな笑みを綾に向けた。
「その話を聞いた、私も幸せですぅ。綾さんが治療をしながら、平和に暮らしていることが、そして幸せを感じているということが、とても嬉しいですぅ……。だから、それは良いことなんです……きっと」
「うん、誰かを幸せに出来るって、素敵なこと。こうして一緒にお菓子を食べて、お茶を飲んで、楽しくお話しができたら僕も幸せだし、今日初めて綾ちゃんと会ったシャーロットちゃんだって、幸せな気持ちになれるからね。はい!」
 セシリアが購入してきたチョコ饅頭を綾とルフラに差し出した。
「いただきます」
「ありがとう」
 綾はメイベルとフィリッパの言葉に少し戸惑いながら受け取った。
 ルフラは饅頭を受け取りながら、メイベル達の向かいに腰かける。
「それから、こちらもどうぞ」
 フィリッパが青薔薇の花束を綾に差し出した。
 入院の可能性も考え、病室にも飾れるものとして、お菓子とは別に花束も持ってきた。
 青薔薇の花言葉は、奇跡、神の祝福と言われている。
 脚の平癒を祈りながら、フィリッパはこの花を選んだのだった。
「ありがとうございます。とても綺麗……」
 受け取って、花束を抱きかかえながら微笑む綾に、シャーロットはため息を漏らす。
「絵になるっていうんでしょうか……なんだか、暖かいような気がします」
 花束を抱える綾。彼女に労りの目を向けるルフラの姿からは……なんだか、若い新婚さんのような初々しさと輝きを感じた、
「お似合いですぅ……」
 2人の間に、恋心はないと聞いているけれど、そして夫婦ではないけれど、兄妹で2人は温かな家庭を持っているのだなと、メイベルとパートナー達は感じていく。
「一枚、写真を撮らせていただけますか?」
 フィリッパがデジカメを取り出した。
「え、あ……はい」
 綾はちょっと赤くなりながら頷いた。
「では、撮りますよ……」
 そして、フィリッパは2人の姿をカメラに収めた。
 時が経っても、かつてこんな時間があったのだということを、思い出せるように。
 後日、フォトフレームに入れて綾に贈るつもりだった。

「私からも皆さんに」
 帰り際、綾はメイベル、フィリッパ、セシリア、シャーロット一人一人に、紙袋を一つずつ、手渡した。
「手作りのチョコレートです。……百合園の皆と、好きな人のことを話しながら作ることは出来なくなってしまいましたけれど……。大切な人と、一緒に作ることができました」
 そう言って、綾はルフラを見上げた。
 ルフラは優しく微笑んで頷いた後、もう一度、メイベル達に「ありがとう」と感謝の言葉を述べた。
「今度はお散歩しませんか? ここに来る途中、大きな公園がありましたし」
 紙袋を両手で包み込み、まだ少し緊張しながらシャーロットが誘った。
「はい、是非」
 綾がふわりと微笑み、シャーロットの心には穏やかで暖かな気持ちが広がっていく。
「また遊びに来ますぅ」
 メイベルも微笑んでそう約束をする。
「楽しみにしています」
 綾はルフラと一緒に4人に頭を下げた。
 4人は手を振りながら、幸せな気持ちで、その小さくて暖かいアパートを後にした。