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リアクション
陽が傾くのを始めてから、すでに多くの時が流れている。そろそろ西の空が赤い色味を帯びてくるようにも思える、この場所では見上げても枝々しか見えませんから。
早朝からの山登り、照りつける日差しの中の砂漠紀行、そして今度は幹枝が網組む森林探索。何ともハードなスケジュールだが、それも明確な目的があるからこそ、こなして来れた、そう言えるのだが。
そもそもの目的はジバルラの相棒探し、これまでの2匹はどちらもハズレだったわけだが、そこまでの道のりに苦労した分、ハズレだと分かった時の疲労感も大きかった。
結果がどうであれ次で最後だという期待と、次もハズレだったらという焦燥は身を奮い立たせる力になれど、遭遇するかもしれない脱力と虚無感には目を向けないようにするが得策。事実、森に入りてからは多くの者がそうしながらに駆ける事だけに気を向けていた。
「そろそろ、教えてくれませんか?」
気を紛らわす為という訳でもないが、樹月 刀真(きづき・とうま)はジバルラに訊いた。
「ザルバという女性とは、どういう間柄なのです?」
「ああ゛? ……急に何言ってやがる」
「気になるんですよ。彼女の身が危険だと知ったときのあなたの反応は明らかに過剰でした」
「んな事あるか」
「いいえ、そもそも、この相棒探しだってネルガルに挑むのに必要だから思い立った。彼女を救うために」
妻であるザルバが人質になっている以上マルドゥークは挙兵などしない、彼はそう考えていた。しかし今現在、マルドゥークはシャンバラの協力を得て挙兵した。自分の妻を危険にさらしてまで。
「そのくせ今になっても救出の目処は立っていない、このままマルドゥークに任せていては確実に彼女の身に危険が迫る、だからあなたは―――」
「ただの馴染みだ」
「はぃ?」
「昔からの馴染みだ! それ以上でもそれ以下でも無ぇ!!」
先頭を行く彼はさらに歩みを早めた。と言っても元々彼の足はそれほど速くないので、すぐに追いつけるんですがね。
――それ以上でもそれ以下でもない、ですか。
刀真はどうにか笑いを堪えた。昔からの馴染み。『それ以上か』なんてこちらからは訊いていないですし、『それ以下でもない』というのは自分から宣言して良いものでしょうか。
「そうとう焦ってるねぇ」
清泉 北都(いずみ・ほくと)も楽しそうに刀真に言った。このままジバルラをからかってやろうと思ったのだが、それは叶わなかった。
彼が急に立ち止まった、目的の地に着いたようだ。
「なるほどぉ、確かにマツボックリだねぇ」
足下に転がる実に手を伸ばして、北都はそれを止めた。話の通り、身葉がナイフのように鋭い。刃の腹を注意深く摘んで持ち上げた。
見慣れた松毬よりも大きい、握り拳よりも大きいだろうか。松毬というよりは毬栗? いや針千本か。重さはさほど感じなかった。
「ほぉー、これがそうかー」
後藤 山田(ごとう・さんだ)が明るい声をあげた。
「ふむふーむ、そうかそうかー、やっぱりねー」
例によって葉の枯れた森、それでも幹から伸びた枝は互いに絡み網を成し、天井まで形づいている。ビルの3階ほどはあるだろうか、そこから実のついたツルが竹林のようにまばらに、それでいて定点から面を見れば隙間無く垂れているように見えた。
「こう行って、こう行ってこう、その先で一度戻ってー」
手首をクネウネと動かしながら山田は言った。その様はドール・ゴールド(どーる・ごーるど)にもまた他のパートナー達にも不安しか湧き立てなかった。
「サンダーさん、それは…… 走る道を探っているのかな?」
心優しいドールは山田に優しく訊いた。ちなみに『サンダー』というのは山田の愛称で、彼は『やまだ』と呼ばれる事を嫌っている。代わりに『サンダー』と呼んで欲しいそうなのだが……。誰もが敬遠しがちな愛称で呼んでいるドールはやはり心優しいのである。
「でもこれだと、実を避けて進むのも難しいよね」
「だーかーらー、こうしてこう行けば―――」
「闇雲に進んでもダメだぜ」
瓜生 コウ(うりゅう・こう)が森を見据えていった。端正な顔立ちに似合わず荒い言葉が次々に発せられた。
「幾ら道を探そうがムダだ、垂れてるのはツルなんだぜ、強い風が吹きゃ揺れ塞がっちまう」
森の奥を見ても気性の荒すぎる竜の姿は見えない。ジバルラの話では竜が放つ咆哮が多くの実を一度に破裂させてしまうというが、竜が居ない今ならばその心配がない。僅かな衝撃で破裂すると仮定し、その上で破裂した際の対応を考えれば良い。
「いいか? ナイフのような身葉が飛んでくるって言っても、んなもんは向かってくる砲弾を避けるのと大して変わらねぇ。飛んでくる弾ってのは大きく分けると2種類、『動かないと当たる弾』と『動くと当たる弾』だ。前者はこっちを狙ってる訳だから避ける必要がある、しかし後者は主に威嚇やフェイントにバラ撒いてるわけだから―――」
「あ…… あの……」
熱弁するコウにドールが指さした。
山田が森の中へ駆け出していた。
「ちょっ!! 待てコラァ!!」
「はっ! このサンダー様にかかれば楽勝ってもんよ!!」
ツルの少ない路へ向かい、左に向きを変え、すぐに右を向いて、
ドーン!!
「まぁ、あんな雑魚フラグ立てて突っ込んだら、そうなるよね」
衝撃でヨロケて、頭から幹に当たってツルを揺らして、実と実がぶつかって破裂して―――
「ぬぅー わー!!」
芋虫のように身を丸めて転がる山田、それをアリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)は、
「やまだはあいかわらずね」
と、いつもの光景とばかりに冷めて――― いや、冷静だった。
「破裂する時にちょっとした爆発があるのね。火傷もしないような威力だろうけど」
「近くの実はその衝撃で破裂してた。やっぱり理想は一つも破裂させないまま通り抜ける事なんだろうけど」
アリスもドールも冷静だった。同じくパートナーの鳴神 裁(なるかみ・さい)が、
「あれ? でも…… そんな事言ってる場合じゃないんじゃ……」
と山田の危機に気付いた。ドールは鎧化して裁に装備、アリスも手首を回してコネた。
「どうするつもり?」
背後からフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)の声がした。アリスは振り向きながらに答えた。
「とりあえず、濃度を高めたアシッドミストで松毬が溶けないか試してみる――― って…… 何してるの?」
フリューネ、北都、伏見 明子(ふしみ・めいこ)の3人でジバルラを羽交い締めにしていた。
「こう…… でもしない…… と……」
「離せテメェ等!! 離しやがれ!!」
「離さな…… いわよ…… 離したら策もなく突っ込…… むんでしょ」
「だぁあああ!! 退きやがれ!!!」
「きゃっ!!」
強引に3人を振り払って森に入った。
「待って、もう少し皆で考えから」
すぐに明子がこれを追ったが、
「んなもん要らねぇ! 正面から突っ切れば良いんだよ!!」
「それで前も失敗してるんだろぅ?!!」
北都もこれを追った。
フリューネは大きなため息を吐いてうなだれた。言う事なんて聞きやしない、どこでもどんな状況でも正面から突破しようとする、英雄と呼ばれるだけの強さはあるのかもしれないが毎回それでは体が保たない、過去の相棒探しだってそれで失敗してるっていうのに。
「フリューネ」
震えた声で九条 風天(くじょう・ふうてん)が彼女の両肩に手を叩き乗せた。
「彼に協力するのは、この国の為になるからですよね?」
手も肩も震えている、奥歯を強く噛みしめていた。
「これだけ振り回されて…… 我慢するだけの価値があるんですよね?」
最愛の相棒を失ったという境遇には同情する。しかし、あんな礼知らずの他人に手を貸すなんて……。
「大丈夫」
フリューネは風天の腕に手を添えて言った。
「これで役にも立たなかった時は。一緒にブン殴りましょう」
冗談? いや意外と本気だった。
「わかりました。今宵、白姉、行きましょう」
「うむ」
「えぇ」
坂崎 今宵(さかざき・こよい)、そして白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)が風天が続いた。
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