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リアクション
「夢…… 潰える」
魔鎧であるザムド・ヒュッケバイン(ざむど・ひゅっけばいん)が主人の胸元で呟いた。
低空を弾丸の如くに駆ける『小型飛空艇』から生えたように『ブロードアックス』がその身を見せ、そして、
―――すれ違い様に神官兵の首を刈った―――
「愛…… 失う」
飛空艇は次なる『砂鯱』に狙いを定めた。対象に横付けするように近づけば、ジガン・シールダーズ(じがん・しーるだーず)が『ブロードアックス』を一思いに横に薙ぎった。
―――神官兵の首が宙に跳んだ―――
「アギャギャギャギャ! まだまだまだまだぁ!!!」
「祖…… 謁見」
ザムドが始まりの片言を呟き、ジガンが神官の首を刈る。そんな派手に立ち回っていたものだから、さすがに敵兵もジガンを止めようと泳ぎ寄り来た。
「この場合はどちらでしょう、ねっ」
ノウェム・グラント(のうぇむ・ぐらんと)は『小型飛空艇』の後部に迫る『砂鯱』へ『火術』を放った。放たれた火炎は神官兵の頭部に粘りつき、兵士は手を振ってモガキ暴れた後に遂には落鯱してしまった。
「標的にされる事はリスクにしかならない、しかしこちらから向かってゆく手間は省ける」
ジガンと背を合わせ、ジガンが大斧を振る時には背から離れて体の自由度を増させる。
―――神官兵の頭部が額から真っ二つに割り裂かれた―――
派手に敵兵に血に噴かせるジガンたちとは対照的に、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)は両手に持った瓶を合わせながらに砂地を見渡していた。
もちろんただ見渡しているのではなく、『ディテクトエビル』を発動して『地中に身を隠している敵が居ないか』を探っているのだが、じ〜〜〜っと地面をただ睨みつけているその様が『10円玉が落ちていないか探しているような』そんな地味で卑しい行為にも見えてきて、本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)はどうにも話しかけずにはいられなかった。
「さる、よ」
「はい? 何ですか、揚羽さん」
顔も瞳も砂地に向けたままにみことは言った。愛想がないわけでも『さる』と呼ばれた事に怒っているわけでもない、集中してるのだ。
「ここ、そんなに必死に守る必要があるのかのう」
「…… どうして?」
「一時的に我らがここから去る、そうしてネルガルの軍勢をこのまま居城に入れさせるのじゃ。城内の兵数が増す、城の守りは堅くなる、しかし。兵糧攻めは、しやすくなる」
「…… なるほど」
「なるほど、じゃない」
納得するな、と続けた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は「そんな呑気な策は却下だ」と却下した上で、みことの手から瓶を奪い取ると、風の如くに駆け出した。
「行くよ、プリム」
「はいっ、準備万端ですっ」
大佐に続いてプリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)も風の如くに駆け出していた。彼女もまた両脇に瓶を抱えていた。
『千里走りの術』は『小型飛空艇』の3倍の速度で走ることを可能にする魔法。それ故に大佐は『砂鯱』を軽く置き去りにする速度で戦場を駆けていた。
正に縦横無尽。時に向かい来る神官兵の『ハルバード』も相手にする事なく避けた後には、ひたすらに駆けるを続けた。 プリムローズも『疾風の覇気』と『勇士の薬』で素早さを上昇させているために神官兵に捕捉されることなく戦場を駆け回れた。
2人は出来るかぎりに広域に駆けた、駆け回った―――瓶の中身を振り撒きながら―――
「それにしても速いのう」
「えぇ。そうですね」
みことが空に瞳を向けた。その視線を合図として受け取ったのは『レッサーワイバーン』の背に乗るライラック・ヴォルテール(らいらっく・う゛ぉるてーる)だった。
「……………… 合図」
ライラックは地上を見下ろして2人の姿を探した。盛大に砂埃を上げて走る2人を見つけるのは思っていた以上に簡単だった。
ちなみにライラックも砂地に向けて瓶を投げつけていた。『レッサーワイバーン』の背に乗るだけ大量に、これも全てみことが用意した物だった。
「……………… まだ………… もう少し」
大佐とプリムローズが戦場を駆けるのを見たなら直ぐに退避すること、そして火気厳禁、それがマルドゥークの軍兵や生徒たちへ回された追加指示だった。
みことからライラックへ合図を送り、兵士と生徒たちが戦場から退避する、最後に2人が退避したのを確認したなら作戦開始、というよりライラックが着火することになっていた。
「…… あっ」
さっきまで相手にしていた『ワイバーン』が群れを成して襲い来ていた。
『レッサーワイバーン』の爪撃に合わせて『ランスバレスト』を放っていたのだが、四方を囲まれてしまっては…… こちらはどう足掻いても二方向にしか対処できない。包囲網を突破するには―――
「…… 弱く………… 弱くだよ」
ファイアブレスを吐き出して間合いをとる事を指示した―――のが間違いだった。
イライラが溜まっていたのだろう。およそ全力のファイアブレスが飛竜たちに吹き掛かり、そして一体の飛竜が落下してしまった。
「待って!!」
―――大佐とプリムローズの退避が済んでいない砂地へ―――
―――大量の油が撒かれた砂の戦場へ―――
―――その身を火炎に包まれた飛竜が落下していった―――
「熱っ! 熱ぃっ!! 熱ぃぃいいい!!!」
大爆発と大炎上。そんな中を『火だるま』になるだけで、しかも「熱い」と悲鳴をあげていられるのは大佐が魔鎧であるアルテミシア・ワームウッド(あるてみしあ・わーむうっど)を装備していたからであろうか。というより叫んでいるのはむしろアルテミシアのような……。
「熱いっ!! 熱いって言ってんのよっ!!!」
同じく爆発から逃げているであろう『砂鯱』に駆け並ぶと、その背に乗る兵を「退きなさいっ!!」と理不尽に蹴り飛ばして、
「ふっ!!」
っと、ついでにシャチにも踵落としを叩き込んでいた。
「熱いっ、熱いっ、熱いんだってば」
大佐は―――というよりアルテミシアは砂に転がって火を消すと、そのままの勢いのままエメト・アキシオン(えめと・あきしおん)にすがりついた。エメトは自分のパートナーだけでなく、軍の治療班としても回復役を務めていた。
「わかってる、治療する、そこに座るがいいよ」
風が吹いても転がらないような声でエメトは言ったのだが………… どうにもテンションが低すぎる。パートナーであるジガンを治療する時は「あああボクの為にこんな傷をヲヲヲ、治す? 治した方が良いの? そのうち痛みも快感になるのに♪」なんて言って瞳を輝かせるというのに。
ジガン以外の患者にも今までの所は的確な治療を行っているようだ。彼女の世話になった兵も少なくない。
「どうだ?」
「はい。…………って! ジーベックさん!!」
声をかけられたレナ・ブランド(れな・ぶらんど)は慌ててクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)に応えた。彼だとは気付かずに、兵士たちやゴットリープにしてきたように補給用の弾薬を手渡してしまったのだ。兵や生徒の指揮をとる彼には弾薬の追加は必要ない。
「あの…… どう、って?」
「物資の数だ。底が見えたか?」
「あ、いやその、まだ平気………… たぶん」
「ふっ、素直だな」
ジーベックは戦場へと目を向けた、炎に包まれた戦場へと。
タイミングは少しばかり早かったが、炎上地帯には『砂鯱』も『サンドドルフィン』の姿が大量に見えた。こちらにも負傷者は出た、しかし敵はそれとは比べものにならない程に兵を失ったはずだ。
――動くなら、今か。
眉を寄せて、ジーベックは携帯電話を取り出した。