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リアクション
■ 報告書 ■
ドアを開けるとドアベルがチリンと鳴る。
カウンター席とテーブル席が幾つか。
日本ならどこにでもあるような喫茶店に入ったヨハン・ブラウナーは、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)のいる奥の席に歩いていった。
「よ。って1人なのか?」
待ち合わせしていた喫茶店にいるのは真司だけ。電話では、地球にはパートナーのヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)、アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)と一緒に来たと言っていたのにと、ヨハンはきょろきょろと眺め渡したが、やはりパートナーたちの姿はない。
「地球には一緒に来たんだが、皆には日本で使っている部屋で留守番して貰っている」
「なんだそうなのか」
残念そうに席に着くヨハンを無視して、真司はすぐに本題に入った。
「頼んでおいた資料は入手出来たか?」
「ああ。頼まれたとおりに集めたが……こんな資料欲しがるって事は何かあったのか?」
ヨハンに聞かれ、真司は一瞬はぐらかそうかと考えた。けれどヨハンがそれで引くとも思えない。資料入手の過程で、ヨハンもある程度真司の調べたいことを推測もしているだろう。
ごまかすのは諦めて、真司は事実を話すことにした。
「実はな、ヴェルリアの本来の人格と名乗る奴に会ってな。そいつがヴェルリアの事を“模擬人格”って言ってたんだ」
驚くかと思いきや、ヨハンは適当な相づちを打ちながら、寄ってきたウェイターにコーヒーを注文したりしている。
まるで知っていたかのような微妙な反応を訝しく思いながら、真司はヨハンから受け取った資料に目を通した。
第○次実験中に於ける暴走事故経過報告書
概要:第○次実験中に強化人間被験体αが突如暴走、同実験に参加していた他の強化人間被験体を全員殺害。
被験体α:現在凍結中。準備が整い次第、人格の初期化及び模擬人格による再調整処分を実地予定。
暴走原因については未だ不明。引き続き調査を行う予定。
以下に実験時の状況、及びデータを記す。
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………………………………………
資料には、被験体αの名前でヴェルリアの顔写真が添付されていた。
「ただの記憶喪失だと聞いていたのに、なんだこれは……」
資料を読んでいくにつれ、新たに知る事実。
驚きながらも真司には1つの疑問が湧いてきた。
「ヨハン。お前はこの事を知っていたのか?」
冷静にコーヒーを啜っているヨハンを睨みつけると、ヨハンはカップを持っていない方の手を広げて肩をすくめた。
「こっちだって事実を知ったのはお前が契約した後だったからな。不要な刺激は与えない方が良いっていう上の判断だ」
返ってきた答えに微妙に納得はいかないが、まぁそれはいい、と真司は再び手元の資料に目を落とした。
それよりも今はヴェルリアのことだ。
本来の人格が出てきて以降、少しずつではあるが今のヴェルリアにも影響は出てきている。このままだと、いつか本格的に本来の人格が出てきたときに、今の人格がどうなるか分からない。
何とかしなければと思うのだが、真司には何も良い考えが浮かばなかった。
「俺はどうしたらいい?」
そう聞いてみると、ヨハンは逆に聞いてきた。
「どうしたらいい、ってお前はどうしたいんだ? お前の意思は?」
「俺は……」
真司は己の心に問い、そして答えた。
「俺は、あいつを失いたくない」
「失いたくないか。だったら答えは簡単じゃねぇか。あの子が自分を失くさない様にしっかりと支えてやれ」
ヨハンの返事を真司は声には出さずに繰り返す。
失いたくないのなら、しっかりと支えろ。
そう……きっとそれしかないのだろう。
これから何が起きるのか、どうなるのか分からない。
けれど失いたくないと願うなら、支え続けるしかない。
「あぁ、わかった……」
己の決意を確かめるように、真司は頷いた――。