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リアクション
■ 姉の婚約 ■
「それにしても、姉さまは相変わらず強引だよねっ。婚約者紹介するから帰ってこいなんて」
神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)を連れて地球へ向かいながら、水鏡 和葉(みかがみ・かずは)は姉からの知らせを読み返した。
知らせを寄越した姉の水鏡 咲姫は水鏡家の長女だ。
「姉様の婚約者ってことは、水鏡家に婿養子として入るんだろうね。父様みたいにならないといいけれど……」
「どういうことですか?」
尋ねた緋翠に和葉は笑った。
「だって……集団の女性って怖いんだよっ」
そうして和葉は地球に帰ってきたのだけれど、姉との約束の時間にはまだ少し余裕がある。
(……あそこに行っておこうかな)
次はいつ行けるか分からないし、と和葉は道を折れた。
方向音痴の和葉は、行こうと思った場所に素直に到着できたためしはない。けれど唯一……和葉が迷わずに行ける場所がある。
それが、和葉の双子の兄、和樹の墓所だった。
自分が迷わずに行ける唯一の場所が兄の墓所だなんて、皮肉だと思う。けれどしばらく地球を離れていたにも関わらず、和葉はいっさい迷うことなくその場所に着いた。
墓を掃除し持参してきた花を供えていると、かさりと背後で草を踏む音がした。
振り返ってみれば、そこには実家で待ち合わせしていたはずの咲姫の姿があった。
「あれ……姉様。どうしてここに?」
「和くんはきっとここにいると思ったから」
やっぱりここにいたのねと、咲姫は和葉を見つめた。
全部お見通しって感じかな、と和葉は苦笑すると、すっと居ずまいを正した。
「ご婚約おめでとうございます。そして、婚約者殿の勇気に敬意を」
くすっと笑う和葉に、咲姫は微笑を返した。
「ありがとう。彼が婿養子として入ってくれる事が決まったわ。そして……同時に私が水鏡家次期当主となる事が取り決められました。これからは、水鏡の責は全て私が背負っていきます」
その言葉に和葉は驚いた。姉の婚約を聞いたときからきっとそうなるだろうとは思っていたのだけれど、まさかこれほど早く決定されるとは予想外だった。
「そっか……意外と早く決まったんだね」
正直、和葉が成人するまでは候補のままだと思っていた。
(姉様が色々と影で頑張ってくれたの、かな?)
凛として立つ姉はきっと、尋ねてもそうだとは言わないだろうけれど。
「今までお疲れさま……そして、ありがとう。これからは和くん……いいえ、和ちゃんとして生きていいのよ」
様々な不幸な要因が重なり、末の妹であった和葉は男子として生きることを定められた。けれど、咲姫が婿養子をとって当主となると決まった今、その枷は外れ和葉は解放される。
咲姫の瞳には、和葉へのいたわりと慈愛がたたえられていた。
「ありがと、姉様」
姉の想いが嬉しくて和葉は礼を言った。けれど、でもさ、とその後に続ける。
「ボクは男子として生きてきたのを後悔したことはないんだよっ。たとえどんな姿形だろうとボクはボクだし……それに、ボクがどんな姿でも好きだって言ってくれた人もいるからねっ」
和葉は曇りない笑顔を姉に向けた。
(それに……姉貴は知らないだろうけれど、オレはここにいるから)
ふ、と息を吐く、と和葉は不意に落ち着いた口調で言った。
「全く、いつまで引きずってるんだよ。あれは不幸な事故で姉貴にはいっさいの責は無い。オレの事なんていい加減さっさと忘れて……幸せになれば?」
「和……くん……?」
咲姫は驚いて和葉の顔を見つめ直した。と、和葉はいつもと変わらぬ様子できょとんと首を傾げる。
「どうかした、姉様?」
「い……いいえ、何でもないわ」
そう答えながらも咲姫は和樹の眠る墓にじっと視線を当てて何事か考える様子だった。
「姉様?」
心配になってもう一度和葉が尋ねると、咲姫は何でもないと首を振る。
「家で彼が待ってるの。早く和ちゃんに会ってみたいって」
「そうなの? どんな人なのかなっ。楽しみだよ」
「じゃあそろそろ行きましょうか」
咲姫は物思いを自ら断ち切ると、和葉を促して実家のある方へと歩いて行った――。