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リアクション
■ 泣くのなら腕の中で ■
「付いてこないで欲しいって言ってるだろ」
邪険な様子で若松 未散(わかまつ・みちる)に何度そう言われても、ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)は穏やかに笑ってそれを受け流した。
未散は両親の反対を押し切ってパラミタ入りしたので、実家とは絶縁状態。帰れないし帰りたくもない。けれど、姉の墓参りはしたい……という未散に、ハルは半ば無理矢理に同行して来たのだった。
姉の墓は東京の下町にある実家の近くの墓地にある。
「ハルがいると余計に目立つんだよな」
ぶつぶつ文句を言いながら、未散はそっと周囲を窺った。日本ではちょうどお盆の時期。鉢合わせでもしたらどうしようかと思ったのだが、知り合いの姿はない上、他に人もあまりいない。ちょうど皆がお参りを終えたくらいの頃合いなのだろう。
「姉さん……手ぶらでごめん」
両親に墓参りに来ていることがばれてしまうとまずいので、何もお供えは出来ない。ただ墓石についていた菊の花びらを指先で払ってきれいにし、未散は姉の眠る墓に手を合わせた。
前来たときよりも周囲の木々が生長し、墓も増えている。周りの景色は少し変わったけれど、未散の姉の歯かだけは変わらずそこに佇んでいる。
(まるで成長を止めてしまった未散の身体みたいだ……)
墓の前にぽつんと立つ未散の姿に、ハルはそんなことを思った。
「姉さん、この間こんなことがあったんだ……」
未散は姉の墓前に、パラミタでの出来事をぽつりぽつりと報告していった。
楽しかったこと、面白かったこと、驚いたこと。
思いつく限り色々なことを未散は姉に話した。
話し出してその話題の多さに、思えば地球を離れて結構経っているのだと、未散は改めて感じた。
「今は、846プロに所属して落語家としてやってるんだ。姉さんに今の私の落語を聞いてもらいたかったな。前よりはずっと、良くなってると思うんだ……」
どんな話をしても、気づけば姉の話になってしまう。
パラミタに行ってから楽しいことはたくさんあったけれど、それでも姉のことはどうしても忘れられなかった。
代々続く落語家の家に生まれた未散にとって、両親は親というより師匠だったから、自然とお姉ちゃんっ子に育った。
身体が弱く病気がちだった姉は、未散が14歳の時に亡くなり、そのショックで未散の身体は成長を止めてしまった。姉が亡くなってからの時間を否定するかのように。
未散をまっすぐに育んでくれていた姉の存在無しには、未散の心も素直に成長することは出来なかった。いつしか未散はかなり気まぐれで我が儘な、けれど外では人見知りの猫被り、天の邪鬼でネガティブ思考という面倒な性格になり、いつもふさぎ込んで引きこもるようになってしまった。
幼馴染みのハルが心機一転パラミタに行こうと誘ってくれなかったら、未散は今も家に引きこもっていたことだろう。
パラミタ行きは未散にとって良い刺激となったが、それでも姉への未練を断ち切ることは出来なかった。
「あの頃は落語の稽古とか辛かったけど、それでも姉さんがいてくれればそんな辛さも吹っ飛んだ。ひねくれ者で友だちもいなかったし、本当に私の世界は落語と姉さんで構成されてた。それが喪われるなんて……思いもしなかった……」
姉との思い出が溢れだしそうになり、未散は振り返ることはせずに後ろにいるハルに告げた。
「1人にしてくれ」
けれどハルは動かない。
「空気読め」
未散がしっしと手で払っても、
「このポンコツ!」
と殴りかかっても、ハルはその場に留まり続けた。
「ったく、おまえは……」
遂に耐えきれなくなって、未散の頬を涙が伝った。ハルを叩いていた手も、だらりと力を失って垂れた。
それでもハルはただじっとそこにいて、未散を受け止め続ける。
もう未散を1人でなんか泣かせない。ずっと傍にいて護り続けると彼女の泣き顔を見たときに誓ったから。
「放せバカ……」
力無い未散の罵声までも、ハルは腕の中に包み込んだ――。