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KICK THE CAN3! ~Final Edition~

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KICK THE CAN3! ~Final Edition~

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終章 


『ヴィクター様ですか? ちょっとロイさんが木っ端微塵になってしまったんですが……』
 缶蹴り終了後、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)だったらしく残骸を発見した。
『クク、問題なイ。腕を治す時、彼にはちょっとした細工をしておいタ』
 すると、ロイの身体が人の形に戻っていった。
『……何を仕込んでいたのですか?』
『この前偶然出来た新薬ダ。まア、どちらかと言えばウイルスとかナノマシンの類だがナ。致死レベルの損害を――例えば脳が吹き飛んでモ、細胞が即死でなければ一度だけ元通りに復元することが出来ル』
 要するに、一度だけなら死んでも大丈夫だということらしい。
『それはまた……恐ろしいものを』
『だガ、一度投与された者は免疫が出来てしまうのでナ。一人につき一度だけしか使えないんダ。まア、人間残機制になったら面白くないだろウ?』
 しかし、一度でも死を回避出来るのは大きい。
『ああそうそウ、知り合いがそろそろ動き出すとか言っててナ。近いうち二、シャンバラで派手にバカなことする奴らが出てくるかも知れン。それだけは伝えておくヨ』

* * *


「やっぱり缶蹴りってすっごく楽しいの!」
 缶蹴り終了後、紫桜 瑠璃(しざくら・るり)は満足気に目を輝かせていた。
「兄様も姉様も霞憐ちゃんも楽しいよね? またやりたいの〜♪」
 そんな彼女とは対照的だったのが、緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)だ。
「も、もうやだ……缶蹴りなんて……ぐすっ……」
 投げられるのはまだ仕方なかったのかもしれない。だが、その後飛来した謎の物体に飲み込まれたことがトラウマになってしまったようだ。
「あ、あれは予想外でしたよ。ただ、こちらを助ける意図のようでしたし……。
 ほんと、無茶させましたね」
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)がパートナーを労う。
 ある意味、今回の缶蹴りが一番壮絶だったかもしれない。

「皆さん、お疲れ様でした。色々と用意していますから楽しんで下さい!」
 樹月 刀真(きづき・とうま)は缶蹴り参加者を、打ち上げ会場へと誘導した。もちろん、強制ではなく任意である。
 場所は大荒野ということもあり、比較的近場のイコン製造プラントの居住スペースだ。基地エリアとは違いこちらは融通が利くため、使わせてもらったのである。
「いやー、ごめんねー。全部任せっきりにしちゃって」
 エミカが頭を下げてきた。
「いえいえ。むしろ、打ち上げのお茶会を快諾してくれて嬉しい限りですよ」
 缶蹴りを行っている間は時間があったため、こうして準備をしていたというわけである。
「皆さん、お疲れ様ー。疲れた体に甘いもの、レモンの蜂蜜漬けはいかが?」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が差し入れを持ってやってきた。
「歩、いらっしゃい。楽しんでいってくれ……手伝ってくれてもいいよ?」
「うん、最初からそのつもりだよ」
 刀真達は手分けして配膳を行う。
「さあ、料理も出来上がったよー」
 調理場にいた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が、出来立ての料理を運んできた。
「シャンバラ大荒野ということもあり、巨獣を使ったおつまみだよ〜。少し癖があるかもしれないけど、お酒もお茶も進むよぉ」
 ただ、料理名がうまく聞き取れないのは、弥十郎が発音出来ていないからだろう。パラミタともなれば、地域によっては地球人にとっては発音し難いものがあったところで不思議はない。
「おう、酒に合うって? んじゃ、一つ」
 酒のつまみと聞いて、早速芹沢 鴨が食いついてきた。
「んだこりゃあ?」
「あれ、もしかして……ああ、ハズレだねぇ」
 大量に作りはしたが、いくつかハズレ――むしろ、こういう場合はアタリなのだが、特殊な味付けをしたものを弥十郎は混ぜていたらしい。
 さすがに、辛子とかわさびを大量に入れる、なんてことはしてないようだが、鴨の顔的には何かすっぱいものだと見受けられる。
「だけど、佐々木も無茶したよね」
 真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)が彼を見やった。
「お酒と飲み物は同じように打ち上げを考えていた人がいたからすぐに何とかなったけど、『やっぱり食材はこだわりたい』なんて言うもんだから。大荒野の人達と交渉して、何とか一頭丸々もらってきたんだよ」
「それは言わない約束じゃないか〜」
 その大荒野の現地人の一部とやり合っている人達もいたわけだが、どうにかなるところはどうにかなるものらしい。
「だけど、食べられるんならまだいいんじゃない? ハズレ、酷いのは本当に酷いんだから」
「えへへ」
「まぁ、そういう味にするのが定番だってのは分かるけど、褒めてるわけじゃないよ」
 と、話しながら料理を置いていく。
 お茶菓子もあれば、ケーキもあるし、酒のつまみもある。
 だが、それだけではない。
「あ、そうそう、ここなら売れるんじゃないかなー?」
 エミカが、綺雲 菜織(あやくも・なおり)有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)に牛丼をここで提供しないかと勧めた。
 がっつり食べたい人にはちょうどいいだろう。
「うむ、恩に着る。それにしても、ここがイコン製造プラントか」
 天御柱学院に通う彼女だが、入るのは初めてだったようだ。
 各々が自由に食べ物や飲み物をつまみ始めた。

* * *


「それでさー、最近従兄弟がなんだか訳のわかんない電話を頻繁に掛けてくるんだよ。俺イケメンだったのかもしれんとか、大女優がどうとか、ほんとゲームと現実ごちゃ混ぜにしてるんじゃないかって思えてくるよ」
 桐生 円が刀真に愚痴った。
「円もその従兄弟に惚気話を聞かせてあげれば良いじゃないか、そういう相手いるだろう? で、最近どうよ?」
「うん、素敵な恋人がボクには出来たよー、あっちの大嘘とは違うよ!」
「お、何だか上手くいってるみたいだな。良かった」
「円おめでとう! 食べさせてあげる、はい、あーんして!」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、円にケーキを食べさせてあげた。
「おめでとうございます、今お茶を用意しますね」
 封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)がお茶を淹れに行った。
 シフォンケーキを作ったのは確かに白花なのだが、元々は円のお祝いにと月夜が取ってきたものだ。
 しかし、美味しそうだからせっかく……ということで歩、円、月夜、白花で一緒に食べることになったのである。
「歩もあーん」
「月夜ちゃんも、あーん」
 お互いにフォークに刺したケーキを出し合っているのは、どことなくシュールな光景だ。
「お待たせしました……ってもう、月夜さん口元が汚れてますよ」
 ハンカチを取り出し、白花が月夜の口を拭った。
「はい、円さんも」
「ん、ありがとー」
 そんな感じでほのぼのしているところに、リヴァルト・ノーツ(りばると・のーつ)司城 征(しじょう・せい)の二人が到着した。
「楽しんでるみたいだね」
「皆さん、お疲れ様です」
 どうやら二人ともプラントで作業をしていたようだ。
「あ、せんせー、正悟君からこれを渡してって」
 エミカがファイルのようなものを司城に渡した。
「そういえば、彼はいないのかな?」
「知らなーい」
 むすーっと頬を膨らませる。
 そんな三人に、刀真は声を掛けた。
「実は、この機会に話しておきたいことがあります」
 ローゼンクロイツから聞いたことを。
「『灰色の花嫁』は死ぬことはない、そうローゼンクロイツは言ってました。彼が言うには、『観測者』となる可能性があり、彼女自身が自身の存在を示したら俺達にも見つけることが出来るだろう……と。もしかしたら、今もどこかで、あるいは身近にいる誰かが彼女なのかもしれません」
「なるほど、『観測者』ね。その辺りのことと、五千年前に接しているらしいローゼンクロイツのことはまだ思い出せないけど……ただ、彼女が神の視点を得たのだとすれば――」
 何かを言おうとして、司城は口を閉ざした。
「先生?」
「いや、何でもないよ、リヴァルト。ちょっと君のお姉さん――ヘイゼル・ノーツのことを思い出したんだ。彼女の研究が、神の視点……というより、並行世界と事象改変に関するものだったからね」
 一瞬だけ翳りが見えたが、すぐにいつもの不敵な雰囲気に戻る。
「それじゃ、またちょっと席を外すよ」
 そう口に出すと、リヴァルトと共に会場を後にした。
 ジール・ホワイトスノー博士の消息が未だ掴めない今、司城が「新世紀の六人」で唯一生存している人間となる。
 世界最高峰の天才と謳われた者の一人は、何を思うのだろうか。
 そして刀真は、一つのテーブルを見やった。
「罪の調律者、ローゼンクロイツ、ホワイトスノー博士、ノヴァ、ナイチンゲール、灰色の花嫁……さすがに全員の好みのものは分からなかったな」
 今はもういない人々に想いを馳せる。
「今頃ナイチンゲール、何してるかな? 三人で一緒に楽しくやってるのかな?」
「してるさ、きっと」
「でも、それなら……三人でいた時の微笑みを私達と一緒にいた時にも見せて欲しかったな……うん、ただのやきもち。羨ましかったの」
 月夜にとっても、ナイチンゲールは大切な友達だった。いや、今も。
 何でも、彼女の生まれ変わりが天御柱学院に入ったということだが、今日は来れないようだった。
 刀真も月夜も、ナイチンゲールを知る者として、彼女とは会ってみたいものだった。
「案外、どこかで俺達のことを見てるかもな」
 それに、と『灰色』のことを思い浮かべる。
「こっそりと飲んでくれてるかもしれないし……なんてな」
 ただ、そこにいると分からないだけ。
 もしかしたら、こことは違うよく似た別の世界では、皆元気にしているのかもしれない。
 世界の繰り返しを知った者としては、そういう夢物語があってもいいんじゃないか、という気がした。

* * *


(そういえば、今日は藤堂 平助さんも来てたはずだよね)
 歩は、平助の姿を探していた。
 最後に会ってから一年以上経つが、自分の答えを見つけられたのか気に掛かっていたのだ。
「藤堂さん」
 彼を見つけ、声を掛けた。
「よっ、久しぶりだな」
 雰囲気は随分変わっている。何というか逞しくなった、と言うべきか。
「お久しぶりです。あの……」
 思い切って彼に尋ねた。
「伊東さんの考えてたこと、教えてもらえませんか?」
 どこか遠くを見つめ、過去を振り返っているかのようだった。
「『吹風にしおまむよりは山桜ちりてあとなき花そいさまし』って伊東さんの歌は、意見の対立を怖がらないで、正しい主張をするのが勇気であるってことですよね。この歌は、時期的に山南さんのために歌われたみたいですけど、内容は誰に対しても言えるんじゃないかと思うんです」
 あの時、自分達の主張は相容れるものではなかったが、それでも相手の主張を全部なしってことにはしたくない。
 だから、教えてもらいたいのだ。
「生憎、オレにも伊東さんの考えてたこと、全部は分からねーんだ。ただ、あの人は頭がいいから、知りたくもない真実を知って、それをどうにかしたいって思ってたんだとは思う。あの頃のオレは、伊東さんが憎まれ役を買ってでも成し遂げたいことがある、くらいにしか考えてなかった。オレに教えなかったってことは、知らない方がいいってことだ。あの人は昔からそうだった」
 その真実については、平助も知らないらしい。ただ、生前の師であり友であった彼をこちらでも信じるのは、不思議なことではないだろう、と。
「にしても、山南さんのためか……今度マホロバで会ったら、本人に聞かせてみたいもんだぜ」
「え、山南さんがいらっしゃるんですか?」
「マホロバの団子屋で偶然、な。剣術は教えてるみてーだが、のんびりこっちでの生を満喫してる」
 それから、平助は歩にこれまでのことを告げた。
 シボラの密林での武者修行、マホロバでの山南 敬助との再会、居合の祖、林崎 甚助との出会いと弟子入り、エリュシオンでの龍騎士、『猛槍』のオイディプスとの死闘、マホロバの動乱と紳撰組。
 そういった中で、平助は何かを得たようだ。
「平助、こんなところで逢引か?」
「そんなじゃねーよ、芹沢さん。ちょっとした世間話ってやつだ」
「どうもお久しぶりです」
「おう。嬢ちゃんも元気そうで何よりだ」
 何かを思い出したように、鴨が歩に尋ねた。
「今、新撰組連中と飲もうってことになったんだがよ、嬢ちゃんとこにいた伊東の奴ぁ来てねぇのか?」
「……どういうことだ?」
 そういえば、まだ平助には話していなかった。とはいえ、彼らのことを考えると切り出し難かったのも事実だ。
 平助に説明する。
「なるほどな。ただ、何となく伊東さんがあの爺さんと組んだ理由が分かった気がする」
「どういうことですか?」
「『同じ人間が同時に二人存在する』かもしれない。それがオレ達だ。これと、あの爺さんが世界の『真理』に触れることを最終目標にしていたことを考えれば、何となく見えてくる。……まあ、あとは自分で考えてみろ。オレの考えだって、ただの想像だ」
 結局、平助の口からそれを聞くことは出来なかった。
「じゃ、嬢ちゃん。伊東のヤツ見つけたら、連れてきてくれや」
「あ、はい。芹沢さん」
 二人は宴会場へ戻っていった。
(武明くん、どこへ行っちゃったんだろ……)

 歩達の様子を、伊東 武明(いとう・たけあき)は静かに見つめていた。
(……ふむ、どことなく迷いを吹っ切った顔をしている)
 答えは得ているか、またはその道筋を見つけたのか。
 彼の師事した伊東と、自分は別人だ。それでも無用な迷いを与えるべきではない。そう思っていたが、自分の存在が鴨を通して伝わってしまった。
 それでも、彼の顔つきは変わらなかった。

「問ふことに峯また峯に答ふなり幾日になりぬ山彦の声」

 答えとは決まったものではない。
 だが、それ故に自らを信じることに意味がある。今の彼は、その自らを信じることで、何かを見出したのだろう。
(それでも、答えはいずれ聞きたいものですね)
 生前のことを考えると、新撰組に合流するというのも、奇妙な話だ。だが、さっきの平助や鴨の様子を見ていると、今の新撰組はあながち悪くないようにも思えた。
(あまり歩殿を心配させるわけにもいきませんね)
 武明は、歩の元へ戻っていった。