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リアクション
第8章 戦う理由 護る理由
周囲に反対されるだろう、ということは、容易に想像できたはずだ。
何しろそれは、女王殺害を目論む相手の送り込んだ危険物なのである。
それでも、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)がそのゴーレムに乗り込もうと考えたのは何故なのか。
源 鉄心(みなもと・てっしん)は、そんなことを考えつつ、理子と酒杜 陽一(さかもり・よういち)達のやり取りを見ていた。
「守備に使うことは構わないんじゃないかな」
オリヴィエ博士のゴーレムについて、鬼院 尋人(きいん・ひろと)はそう言った。
「ハルカが乗ってたんだし、理子にも充分乗りこなせると思う」
理子は尋人を見た。
「尋人だっけ? そういえば、博士達を知ってるのよね」
「理子様が搭乗するのは絶対に反対です」
しかし陽一は、ゴーレムに乗り込むと言い出した理子に、断固そう言った。
理子の影武者としての役目はそのまま、理子に扮して、魔剣も持っている。対する理子は軽装だ。
「お兄ちゃんは、ゴーレムを使うのに反対なの?」
無邪気な口調でそう言ったのは、陽一のパートナー、アリスの酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)で、陽一は唖然と美由子を見る。
「当り前だ」
「えー、でもね、私ね、失敗するのだぁーい好きなのっ。
失敗は自分をドンドンドンドン高めてくれるから!
だからリコもドンッドン失敗して行こう! ってイデデデデデッ!?」
「今はそんなことを言ってる時じゃない!」
陽一に頬を引っ張られて、美由子はフリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)に引っ張られて行く。
やれやれ、と肩を落としてから、陽一は改めて理子に向かった。
「……そもそも博士がこのゴーレムを出してきたのは理由があるはずで、それは、彼の計画と連動しているはずです。
ゴーレムが荒野で確保され、空京に移されたこれまでの流れも計画の内かもしれません」
危険すぎる。陽一の言葉を、理子は黙って聞いていた。
「……うん。その通りよね」
「……もしも……代王の身に……何かあったら……」
そう言ったのは、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)である。
「シャンバラの政治にも問題が起きるし……パラミタの為に祈っている女王の身にも……何かある可能性だってある訳ですし……」
だから近遠も、理子のゴーレム搭乗には断固反対だった。
荒野での巨人との戦闘データは、既に提出済だ。
巨人の剣も、イコン相手には有効らしいが、護衛側にイコンがある以上、イコンと一緒に使うことは諸刃の剣だ。
本当に危険が無いことを証明させた上でも、使い道は限られていると近遠は考える。
「ゴーレムは、どうしても利用しなくてはならないのであろうか?」
近遠のパートナー、ヴァルキリーのイグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が疑問を呈した。
「技術研究的な価値があるなら、バラして研究機関にでも提供すればいい。
無いのなら、壊してしまえば憂いもなかろう」
「そうね。それが正しい判断だわ……」
理性的で、冷静で、正しい。
だが理子は、イグナの提案に、僅かに顔を曇らせる。
「疑いすぎかもしれませんが、トロイの木馬、という逸話もあるでしょう。
博士の真意が解らない現時点では、ゴーレムが女王殺害計画の仕掛けである可能性も拭い切れない。
とても理子様の搭乗には賛成できません」
「博士は、そんな小細工をするような人じゃない」
尋人が弁護するが、
「証明はできないだろう。推論では安心できるわけがない」
と言われて言い淀む。
理子は苦笑した。
「すごい正論だわ」
「理子様」
言葉と裏腹に、説得されている様子が無い。
陽一は表情を険しくした。
「ゴーレムは宮殿から遠ざけ、封印すべきです。
どうしてもというなら、俺が乗ります。理子様をお護りしなくては」
自分は、理子を護らなくてはならない。
「……」
理子の口調が険しくなった。
「……先生は、あたしのことを何も解ってない」
「えっ?」
はっ、と理子は我に返る。
「あっ、ごめん」
慌てて口を噤んだ理子に、ゴーレムが持ち込まれたことを、厨房で聞き付けてやって来ていた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が言った。
「木馬の逸話は最もだとワタシも思うし、心配なのも同意だけど、とりあえずは、このゴーレムを調べてみたらどうかなあ。
というか、調べさせてくれないかな。興味があるねぇ」
「そうね」
それには、理子も頷く。
弥十郎と共にゴーレムに向かおうとして、理子は陽一を振り返った。
「あたしが、ゴーレムに乗ろうと思った理由は全部、先生が言った通りだわ」
「え?」
「多分ゴーレムが今此処にあるのは、オリヴィエって人の策略なんだとあたしも思った。
何故博士がゴーレムを送り込んだのか、知りたいと思ったの」
「だからって、理子様が……」
「うん。何もあたしがやる必要ないわよね。
皆反対よね。わかってる。でも」
理子は寂しそうに笑った。
「ごめんなさい」
そう言って、理子はぱっと踵を返して行った。
「頑固だな」
と、背後で、フリーレが肩を竦める。
美由子が、にっこり笑って提案した。
「万一の時に備えて、ゴーレムの両肘膝に、こっそり機晶爆弾を仕込んでおけばいいわ。
ゴーレムが暴走しても、機体を無力化させれば搭乗者も大丈夫よ」
「その隙があればよいが。
仕方あるまい。出来得る限り、傍について護るようにしよう。
今回は受け身の戦いとなる。備えも万全にせねばな」
「ああ……」
フリーレの言葉に陽一は、厳しい表情のまま、頷いた。
「あたしも勿論、ゴーレムを使うことには反対ですけれど」
近遠達の説得むなしく、理子はゴーレムに乗り込む。
落胆する近遠に、パートナーの魔女、ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が言った。
「巨人の剣が無ければ、イコンとも共同戦線を張れますわ。
大きければ、武器が無くても充分脅威足り得ますもの。
生身の敵を踏み荒らし用途にも使えますし」
「巨人の剣は、イコンにしか使えないのでしょうか。
影響があるのは、どれ位の範囲なのでございましょう?」
アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が疑問を口にする。
「もしも、イコンのみで他に影響がないのでございましたら、巨人ではなく、対イコン武器として活用できないでしょうか。
鏖殺寺院の襲撃も、あるかもしれませんし……。
生身では持ち上げることも困難ですし、地面に刺しておいたところで使えませんし……」
もしかしたら、鏖殺寺院によるイコンでの攻撃があるかもしれない。
イコンで護れない場所にこの剣を防衛線として張ったらどうだろうか。近遠は頷いた。
「そうですね……せめてそれを検討するよう……提案してみましょう」
まずは剣を調べてみるように、と。
いずれにしても、見張りと護衛は必要だろう。
理子とセットで警備について貰うのが無難だろうが、リア・レオニス(りあ・れおにす)も理子の護衛につくようだ、と鉄心は確認する。
理子の護衛は問題無いだろう。
「問題は、護符の効果が一度しかないことだな。
二度目の転移があった時の対処を考えないと……」
「むむ。このイコナを試そうというのですか。……生意気ですわ!」
鉄心のパートナー、魔道書のイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は、そう言い放つなり猛然とゴーレムに挑む。
鉄心は、サイコメトリを試してみたが、造られた後は、今回のことに使われるまで、ずっと薄暗い場所に格納されていたようで、何を読み取ることもできなかった。
「これは、木苺でもない、スグリでもない……」
「お前の中で、これはどんな料理になっているんだ」
ぶつぶつと呟きながら、ゴーレムの素材について調べているかと思いきや、その表面にひよこや花の絵をらくがきしているイコナに、もうそんな行動にはいい加減慣れていながらもやはり、溜め息をつかないわけにはいかない鉄心である。
「失礼な! イコナは錬金術でこのゴーレムを調べていますの!
魔法の術式の解析もしているんですのよ!」
「それで?」
うっ、とイコナは詰まった。
「ま、まだ時間がかかりますの」
「気長にやってくれ……。何か解ったら教えてくれ、一応」
「任せてくださいですの!」
と言いつつも、収穫は低い。せめて盾の絶対防御のシステムは解析したいと思っているのだが。
「うっうー。使うのに変な代償がないといいのですけど……」
「焦らないで行きましょう?」
レガートで王宮敷地内の巡回から戻って来た、ヴァルキリーのティー・ティー(てぃー・てぃー)が励ます。
ふと、空を見上げて、女王アイシャのことを思い出した。
「……こんなにいい季節なのに……外にも出られず、祈祷を続けなくてはならないなんて……」
楽しいことも美しいものも、優しいものも暖かいものも、ゆっくりと体験できるほど生きてはいないはず。まだ彼女は。
本来負う必要のなかった重荷を、自分達の為に抱え込んでいるのだ。
「あまり、いじめないであげて欲しいです……」
巨人アルゴスは、悪い人物ではないらしい。
そう思ってもティーは、願わずにはいられなかった。
「はあ……。うっかり地が出たわ。いけないいけない」
理子はこれでも一応、自分の責任というのを理解しているし、立場を弁えて行動するようにも心掛けている。
ワガママは、周囲の人達に迷惑をかける。
だから本当に言ってはいけないことは、例え本音でも言わないようにしている、つもりだ。
国家神たる王の、その代理。その双肩のひとつ。
そういう立場なのだ。仕方がない。
「でも、護られる護られるだけじゃなくて、あたしだって、大事な人を護りたいのに」
ゴーレムの操縦席に乗り込んで、暗闇の中、呟く。
此処なら、誰にも聞こえない。
護られる、なんて性に合わない。
本当は理子も、自分の手で、護りたいのだ。大切な人達を。――言えないけれど。
携帯が鳴った。
「どうですかぁ?」
弥十郎が訊ねる。
「うん。変な感じ。
中、真っ暗なのに、外が見えるのよね。解るっていうか。
カメラも無いのに、このゴーレム、どうやって見てるのかしら」
ふと目を閉じてみて解った。
どうやら実際の目に映るものは暗闇で、外の景色は脳内で視ている感じらしい。
「慣れるまでは、目を閉じてた方がいいかも。
座ってるのに立ってるみたいな感覚も」
ところで、と理子は弥十郎に訊ねた。
「報告にあったけど、そわそわ動いてたりする?
あまり中で細かく動いてるとかっこ悪いのかしら」
「いや? 今のところ不動だけどねえ?」
弥十郎は見上げて答える。
「ハルカは特殊なタイプらしいからな。
変な風にシンクロしていたのかもしれない」
弥十郎の兄、強化人間の佐々木 八雲(ささき・やくも)が横で言った。
「有り得るねぇ」
「ならいいけど」
一通り動いて、理子はゴーレムの胸を開けて出て来る。
降りて来た理子に弥十郎は、はい、とサンドイッチを渡した。
「中に入ってみてもいいかなあ? 何かスイッチとかない?」
「スイッチ? 何の?」
「ブランクなんでしょ? 持ち主を設定したり、解除したりするスイッチ。
あとは、搭乗システムはフェイクで、実は遠隔操縦できたりするとか……」
「皆、博士のこと疑ってるのね」
まあ当然か、と、サンドイッチを頬張りながら、理子は苦笑している。
「君は疑ってないのか?」
八雲が訊ねた。理子は首を傾げる。
「あたし、博士に会ったことないのよね」
当然だが。
だが、理子はどこかすっきりした表情をしている。
「だから、第一印象は、ルカルカに聞いた話なの」
「うーん、『持ち主さん決定システム』が何処にあるのかわからないなぁ。
あの人のことだから『持ち主が決まってもそれを書き換える装置』とかも用意してそうな感じだけど」
ぶつぶつ言いながら、胸部を開いたまま乗り込んだ弥十郎が、ゴーレムを調べる。
「ゴーレムは、防御メインで、出来れば宮殿の外に配置すべきと思う」
それを見ながら、八雲が理子に提案した。
「そうね。エリザベートも、巨人サイズの相手のテレポートをブロックしたら、多分宮殿の外に弾かれるって言ってたし」
理子は頷く。
「それと、盾以外の装備は携帯させないべきだ」
それはやはり、ゴーレムを警戒しての発言ではあったけれど。
「そうね」
理子はそれにも頷いた。
そして笑みを浮かべて八雲を見る。
「うん。それがいいと、あたしも思うわ」
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