リアクション
「テレポートアウトの地点は、はっきりとは解らないんだよな」
リア・レオニスは、理子の護衛につきつつも、全体的な警備の布陣を確認する。
「祈祷所は、直属の騎士が護っていますし」
レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)が言った。
勿論敵は祈祷所を狙って来るわけだが、最重要ポイントは、自分達では入れない。
「テレポートをブロックされた場合の出現場所が、はっきりとは限定されていませんね」
エリザベートは、巨人サイズならば宮殿の外だろう、人間サイズならば、祈祷所はブロックできても宮殿内部になるかもしれない、と言ったらしい。
「宮殿の外、って言っても広いぜ?」
ザイン・ミネラウバ(ざいん・みねらうば)が肩を竦める。
巨大な宮殿の聳え立つ王宮敷地は広大である。
街の一区画分はゆうにあるのだ。
「理子の実家と張るよな」
その広さに、日本の、都内ど真ん中にある理子の家を思い出して言ったリアに、理子は
「実家じゃないわよ。親戚だけど」
と苦笑した。
敷地内には手入れされた小さな森もあり、中庭の一角には、一般人にも開放された礼拝堂があり、前回はそこから鏖殺寺院の一派の侵入を許した。
今回は、何処から敵が現れるか未知数なので、一般人の立ち入りは暫くの間、全面的に禁止されている。
「鏖殺寺院と思われる一軍を発見。空京に向かっている!」
哨戒の佐野 和輝(さの・かずき)から報告が入り、警備兵の中に緊張が走った。
「空京に向かってる?」
理子は訊き返す。
「今回は、まだ内部に入り込んでないのね?」
「ゴーストイコンを10機確認、それとトロールのような巨大な怪物が10体以上いる。
前回王宮を襲撃した同一人物を確認した。
空京の結界まで、あと1時間ほどと推測」
逆に言えば、あと1時間ほどのところまで、接近を確認できなかったということである。
敵は上手く身を隠していた。
空京の外側を大きく旋回していた時に、パートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)が紛れる悪意を感じ取ったのだ。
「今回は、外から来たか」
「ゴーストイコンとは……」
リアの言葉に、レムテネルが表情を歪める。
流石にゴーストイコンを“現地調達”はできなかったのだろうが。
「だが、まだ他に侵入者が来ないとは言い切れない」
ザインの言葉に、レムテネルは頷く。
「ええ。それにも備えませんと」
「とにかく、ゴーストイコンを迎撃する。王宮警備を二分するわ。
空京に入れないで、外で殲滅しないと!」
理子の指示で、迎撃部隊が王宮を離れる。
「俺は理子を護る」
リアの言葉に、レムテネルとザインは彼の傍を離れた。
迎撃部隊に加わるのではなく、もしもの為の伏兵となる為に、光学モザイクを使って潜伏するのだ。
「あたしはゴーレムに乗り込んでるわね。
悪いことは重なって来るって言うしね」
「了解」
リアはその足元に待機し、理子の不測の事態に備える。
「いい風だけど」
宮殿の最上階で、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)のパートナー、ヴァルキリーのヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)は、天井まである大きな窓から外を見た。
「遊びではないのであります」
実は丈二も、広がる風景に、絶景だな、と思ったことは秘密である。任務任務。
「解ってるわよ。任務は忘れていないわ。
でも王宮にいると、あまり飛べないから」
いい風だけど、飛行している時の風にはかなわない。
ヒルダは、あの風を懐かしく思った。
空京上空を哨戒している、和輝のイコンや鬼院尋人のフォレストドラゴンを見て「ずるい」と呟く。
「ヒルダは遠慮してるのに……」
宮殿の最下層が女王の祈祷所であることは、今や暗黙の了解だった。
だが、下層部に警備を集中させて、上層部の警備を手薄にするわけにはいかないと、二人は最上階警備の任務についているのだ。
何事もなければそれでいい。本来、警備とは、“仕事”が発生しないことが最も喜ばしいことなのだ。
「何だか、外が騒がしいわ」
ヒルダが窓から外を見た。
同じく最上階を警備する若干の騎士達も、外を気にしている。
「巨人だ!」
別方向の窓から外を見た騎士が叫んだ。
「巨人が来た!」
「何ですって?」
ヒルダが窓の方へ走る。
丈二は残ったままだ。この場所が、丈二の担当場所なので。
「鏖殺寺院も来たらしい」
少しして、情報が届く。
「今のところ、宮殿内部には不穏な動きは無いが、警戒を怠らないように」
「了解であります」
敬礼を返して引き締めた。
そして、最下層に最も近い場所を護るのは、氷室 カイ(ひむろ・かい)とそのパートナー、サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)である。
鏖殺寺院の襲撃、次いで巨人の転移という情報が、この場所にももたらされる。
「鏖殺寺院の連中、今度はゴーストイコンを引き連れて来たらしいな」
「そのようです。あれは、陽動ですね、今回も」
「ああ。今回は、本命は何処から来るつもりか……」
前の時は、クトニアを陽動に、アエリアと、そして辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が密かに宮殿内部に入り込んでいた。
今回も、同じパターンだ。
「二度も同じことをさせるつもりはないぜ」
「ええ」
外の様子も気になるが、襲撃は他の仲間達に任せ、今回は自分達は此処を動かず、この場所を死守するつもりだった。
――そう、クトニアは陽動だった。
いずれ女王の祈祷所に転移して現れるはずのウーリアから注意を逸らす為の、陽動である。
しかしこの時、既にウーリアは死亡していたのだが、それをまだカイ達も、クトニアもまた、知ることはなかったのだった。
◇ ◇ ◇
放校処分となっている
葉月 可憐(はづき・かれん)は、王宮警備に加わることは躊躇われたので、ダウジング棒を手に、あちこち歩き回ってみることにした。
「イナンナ様、お導きを……」
箒に乗って、のんびり飛んでいると、やがて空京の外に出てしまう。
「あれぇ? 可憐の乙女のカン、鈍ってる?」
隣を飛ぶ、パートナーの剣の花嫁、
アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)がくすくす笑った。
その頭上を、イコンが空京に向けて飛んで行く。
和輝の偵察機だ。
「ん? 何か、通常の飛行とは違ったね?」
何かあった? と、アリスは周囲を見渡す。
「行ってみます」
和輝が飛んできた方向へ、可憐とアリスは箒を飛ばす。
やがて、空京に向けて進む、ゴーストイコンの群れを見つけた。
ゴーストイコンの周囲には、随伴兵がゾロゾロいる。
ただ、それらは邪魔なだけで特に脅威ではなかった。
ただ、トロールのような巨大な怪物が、数多くそれに混じっているのは、要注意かもしれない。
トロールに似ているが、いずれも目が潰れ、呻き声のようなものを漏らしながら歩いている。
人間と思われる者は、巨大な異形の獣に乗っているクトニアと、その近くのゴーストイコンの肩に立っている、刹那だけだった。
「クトニア様」
上空から声をかけると、刹那が密かに身構え、クトニアは顔を上げて首を傾げた。
「どちら様?」
「ひとつ伺いたいことがあります。
アイシャ様を殺したいというのは、本当ですか?」
「は? 何言ってるんだ。女王を殺したら、国が滅びるじゃないか」
ポカンとして、クトニアは、アンタ、大丈夫か? と笑う。
「我々は、そんな愚は犯さない。
女王には、眠っていてもらうだけだ。永遠に。
その力と体は、ウーリア様によって有効に使わせて貰う」
可憐は眉を寄せた。
「そんな愚は犯させません……。
あなた方の一派は、鏖殺寺院の大義名分を使って、好きなことをしたいだけの、刹那主義の快楽主義者な集団にしか、見えません」
「好きなように見ればいい。
長く生きていると、小さなことはどうでもよくなってくるしな。
そういう風に見える連中もいるんだろうさ」
肩を竦め、可憐の言葉を、クトニアは全く気にしなかった。
「さて、それじゃお喋りはここまでだ」
ゴッ、とゴーストイコンの攻撃に、可憐は上空へ避ける。
「いこーか、可憐!」
その横にアリスがついた。
「はい。彼等を空京へ行かせるわけにはいきません」
可憐は魔道銃を手にする。
遠目に、空京からの迎撃部隊が近付いて来るのが見えた。
「迎撃が来たようじゃな」
刹那は、空京から向かって来る者達を確認して言った。
「やっぱり、空京まで見つからないで、って訳にはいかないか。
現地調達ってわけにも行かないしな」
むしろ此処まで接近できただけでも上出来だろう、とクトニアは肩を竦める。
「何にしろ、ウーリア様が王宮へ到着するまで、せいぜい派手に暴れるとするさ。
お前は、適当に暴れたら先に空京に向かって、ウーリア様と合流しろ。
ウーリア様のサポートをするんだ」
「引き受けた」
刹那は頷いた。
「ゴーストイコンとはな! ふん、アンデッドどもより手応えがありそうだぜ」
桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)は、パートナーの強化人間、
エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)の操縦する可変機晶バイクの後ろから飛び降りた。
ざっと見たところ、ゴーストイコンの持つ武器は、剣や斧、マシンガン、といったところか。
「悪いが、此処から先は行かせないぜ!」
ギフトの鎧を身にまとい、剣を構える。
「ふっ!」
叩き下ろされた剣を、
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は跳び退いて躱す。
ゴーストイコンの剣が、地面を砕く。
エヴァルトは、とっ、とその腕に飛び乗り、そこから神速でゴーストイコンの頭部へ跳び込み、連続の拳打を、一気に叩き込んだ。
「どうだっ!!」
ぐらっ、とゴーストイコンの体が仰け反る。
駄目押しの一撃、と、更に追い討ちの攻撃をしようとしたところで、横から、別のイコンが剣を振り下ろして来た。
「おっと!」
避けると、剣は自分が対峙していたイコンの腕を斬る。
しかしどちらのイコンもそれを頓着することなく、きょろきょろとエヴァルトの姿を探した。
「敵味方も無し、か。しかし敵のサイズがでかいな」
向こうは向こうで、敵のサイズが小さい為に、こちらを見失ったりしているようだが。
そこへわらわらと向かって来る随行兵達を、エヴァルトは、頭を狙って容赦なく叩き潰す。
前回のゾンビ達とは違い、クトニアの支配を受けていない、普通のアンデッドのようだ。
クトニアが操っているのはゴーストイコンで、随行兵達は、単にそのオマケということか。
そこへマシンガンの雨が降ってきて、エヴァルトはゴーストイコンの足元に走ってその股下を潜り抜ける。
背後に回り、背中を駆け上がって、後部から、強烈な一撃を叩き込んだ。