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リアクション
12
梅雨時期だから仕方がないとはいえ、この天気はどうにかならないものか。
今日。雨。
昨日。雨。
その前も、その前も、ずーっと雨。雨、雨、雨!
「つまんなーい!」
遂に、アニス・パラス(あにす・ぱらす)は叫び声を上げた。
雨だから、と出かけることもままならず。
家に篭ること何日目?
「雨もうやだよ〜。お家飽きたよ〜!」
床をごろごろと転がって、退屈をアピールする。が、
「……うにゃ?」
「うふふ。便乗ですよぉ〜♪」
ルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)が便乗して一緒に転がりだしたことにより、賢狼たちまでこっちにやってきてしまった。
二人でごろごろ、数匹もごろごろ。
――どうしよう、ちょっと楽しい……。
まあ、これでもいいか。今日はこうしてごろごろしてても。
――べ、別にほだされたわけじゃないんだからね!
とは、言わないでおく。主張したいときは、ナメられてしまってはいけないのだ。たぶん。きっと。
ルナと一緒にごろごろ転がっていると、不意に、
「出かけるぞ」
と佐野 和輝(さの・かずき)が言った。
「え!? お出かけ!!」
食いついたアニスへと、面倒くさそうに和輝が頷く。
「そこまでアピールされて無視できるか。フィルの店に行くだけだけど、いいよな?」
「うん! 行く行く! 行くー♪
ご機嫌に立ち上がったら、少しよろめいた。楽しくてつい、転がりすぎてしまったようだ。少し疲れたしクラクラする。
そんなアニスの様子を見て、ルナが笑った。
「遊びに行く前に疲れてしまったですね〜」
かくいうルナもよろよろしていたので、人のことは言えないな、とアニスは思った。
フィルの店に行く、と誘ったとき、正直反対されるかもしれないと考えていた。
だって、結局行く場所は室内なわけだし、状況が大きく変わることもない。
のに、アニスもルナも大はしゃぎだ。家でないどこかに行ければよかったのだろうか。それとも、甘いものが食べられるから文句もないのか。
ともあれ、ご機嫌な二人は扱いやすいが扱いにくい。和輝とスノー・クライム(すのー・くらいむ)は、店に迷惑がかからないようにとアニスとルナを自分たちで抑えられる位置関係で席に座った。コーヒーを注文がてら、
「悪いな、騒がしくて」
とフィルに詫びておく。フィルは気にした様子もなく、いつもの笑顔で「ごゆっくりどうぞー♪」と言った。
さてその『騒がしい』二人はというと。
「にひひ〜っ、何を食べようかな〜♪」
「これ! これ美味しそうじゃないですか?」
「それもう前食べたもん! 美味しかったけど、今日は違うのがいいな〜!」
「美味しかったなら、私はそれを頂きましょうかね〜」
「よし決めた! コレとコレとコレ〜!!」
「おおっ、三つも!!」
騒がしく、けれど楽しそうにケーキを選んでいた。
「アニスちゃん見る目あるねー。どれも絶品だよ☆」
「うにゃ! 本当!? 楽しみ〜!」
フィルは迷惑そうにしていないから、ひとまずほっとした。
一方で、黙り込んでケーキの吟味をしていたスノーも選び終えたらしい。アニスらと共に、ケーキを持ってテーブルへと戻ってきた。
「アニス、そんなに頼んで食べられるの?」
かく言うスノーも、ちゃっかり二種類選んでいる。
「えーと、うーん……、……ちょっと無理かも?」
「ほら見なさい。半分食べてあげるから、もういいやってなったら貸しなさい」
「はーいっ」
あまり甘党ではない和輝としては、アニスとスノーのやり取りを聞いているだけで胸焼けがしそうだ。甘い会話をコーヒーで流す。コーヒーがあってよかったと心底思った。
「それにしても、アニスとスノーはそれだけの量をよく食べられるなぁ」
「ん? うん、美味しいよ!」
「そうね。美味しいからいくらでも平気ね」
「そういうもんか……太っても知らないぞ」
「え? 平気だよ、アニスいくら食べても太らないから」
「私も平気よ。太らないもの」
店内に客が居なくて、本気でよかったと思う。雨だからだろうか。だとしたら、雨様様だ。なにせ、今の二人の発言は、聞く人が聞いたら喧嘩に発展しかねない。
「その発言は、今後控えるように」
「振ったのは和輝じゃない」
「ごもっとも。俺も気をつける」
反省しつつ、持ってきた本の続きを読もうと視線を下ろす。
その眼前に、さっとケーキが現れた。
「なっ……」
「美味しいよ!」
アニスだった。フォークにケーキを一口分刺して、和輝に向けてくる。
「俺、甘いものは」
「これ、あんまり甘くないから食べてみてよ。ほらあ〜ん♪」
こう、無邪気にきらきらとした笑顔を向けられると、どうにも断りづらい。
――それにまあ、甘くないから、と勧めてきてくれるなら一口くらいいいか。
「……一口だけだぞ?」
断って、食む。
「……ん? 意外と甘くないな」
「でしょ?」
「ああ。これならいける」
「じゃあはい! もっとあげる! ほらほらっ」
同じものを共有できると思ったからか、急にテンションの上がったアニスが繰り返し、フォークを向けてくる。はしゃぐのはいいが、手にクリームがついていることに気付いてほしい。
「手」
「ほえ? あわっ」
「吹いてやるから出せ」
「はーい」
素直に差し伸べられた手を取って、おしぼりで拭う。くすぐったいよとアニスが笑った。
それを見ていたスノーが、小さくため息を吐いた。
「和輝の女たらしは今更として、アニスの無邪気さも問題よねぇ……」
そんな騒ぎの真っ只中に、『Sweet Illusion』を訪れる影ひとつ。ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)である。
ルーシェリアは、強くなってきた雨に負けて雨宿りをしようと来たのだが。
「あ」
すぐに、見知った顔を見つけて笑顔になる。
加えて、その『見知った面々』である和輝とアニスがなにやらいちゃいちゃ、仲良しで。
「あらあら、まあまあ」
ちょっぴり、反応に困った。
和輝とアニスの仲が良いのは、別に今に始まったことじゃない。けれど、今日のそれはいつも以上な気がする。
「仲良しですね〜」
と、呆れ気味なスノーに話しかけると、「そうね……」とため息を吐かれた。
――話題、変えたほうがいいですねぇ。
「スノーさん、和輝さんの服のサイズって知ってます?」
とっさにした話は、ちょっとした悪巧みの一部。
「え? 何、いきなり。知ってるけど……」
第一関門クリア。スノーに近付き、計画を耳打ちした。
「スノーさんスノーさん。今度の結婚式で、和輝さんに着せたい衣装の案があるのですが……」
サイズを知っているスノーを抱き込めれば、こっそりと衣装を作ることができる。
衣装さえあれば、結婚式のお色直しの際に着せることも可能だろう。
これが、ルーシェリアの悪巧み。
スノーもすぐに察したらしく、にやりと笑った。
「そうね。面白そうだから、協力しましょう」
本人をすぐ傍にしての悪巧み。
だけど、当の和輝はアニスとケーキを食べていて気付いていない。
「周りをもうちょっと見たほうがいいわね」
とスノーが言ったのが、なにやら印象的だった。
*...***...*
水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が『Sweet Illusion』に通い始めてもうどれくらいか。
「あ、フィルさんいつものやつね」
遂に、開口一番その一言だけで通じる間柄になってしまった。
それでもショーケースに並ぶケーキは毎日少しずつ違うので、チェックは欠かさず行っているけれど。……今日は、あのシフォンケーキが気になる。あとで追加注文しようと心に決めて、適当な席に天津 麻羅(あまつ・まら)と座る。
フィルがケーキと紅茶を届けてくれたので、そのまま隣に座るように促して。
「それにしてもこう湿気が多いと工房に篭るのも嫌になってくるわよね〜」
お喋り開始、である。
麻羅が、「最近工房に篭っとらんくせに何を」と言ったが気にしない。
「緋雨ちゃん。俺勤務中なんだけど?」
「忙しい?」
「うーん、まあ、暇だけどさー」
「ならいいじゃないちょっと付き合ってよ。他の方が来店されたらその瞬間喋るのやめるから」
「あっは。ほんともー、自分勝手」
笑い飛ばしたが、フィルは席を立ったりしない。基本、彼の邪魔をしなければ彼もこちらを邪険にはしないということは知っていた。
「で? 工房がなんだって?」
「ああ、えっと。篭るのが嫌って話ね。工房っていつも暑いから、外が暑くてもそこまで影響は出ないんだけど、雨で湿度が高いと更に暑くなったような感じがするのよ」
これが世に言う不快指数というものだろうか。正しいかどうかはさておいて、不快なのは事実である。なんとか除湿できればいいのに。息を吐きつつ、ケーキを口にした。ああ、美味だ。幸せだ。工房が地獄ならここは天国といっても過言ではない。
ふと、思った。
フィルは、どうしてケーキ屋を営んでいるのだろうか。
――聞いたことあったかしら?
記憶を探ってみるけれど、それらしい会話は思い出せない。
工房って大変なんだねー、と涼しげに笑うフィルに、
「フィルさんって何でケーキ屋やってるの?」
問うてみた。
だって、この店のケーキはフィルが作っているわけじゃない。つまり、自分で作ったケーキを食べてもらうことが目的というわけではない。
ならお金稼ぎ? それもない。なぜならフィルは、もっと効率よくお金を稼げるだろうから。
――むしろ、このお店は利益度外視に思えるわね。
ケーキや飲み物の安さに対して、使われている食材や茶葉、コーヒー豆は良いものばかり。
「加えて、この間は臨時でオープンカフェなんぞやっておったじゃろ。紺侍も雇ったり……資金には余裕があるのじゃろ?」
麻羅も指摘を加える。そうだ、ああいった場所で店をやるならまた別に許可を取らなければいけないだろうし、場所を借りるための費用も払わなければいけないはず。それなのに、出しているものはむしろいつもより安価だった。謎でしかない出店だ、あれは。
「道楽か何か?」
「あはは。道楽かー。道楽っていえば道楽なのかもねー」
「道楽でこんな素敵なケーキ屋さんやられたら、他のお店たまったもんじゃないわね」
「ま、俺他のお店どうでもいいしね」
「言うわねぇ……それで、どうしてなの?」
本当に、道楽が理由だけではないだろう。
じっ、とフィルを見て聞くと、フィルがいつもと違う笑顔を浮かべた。何が違うのか、少し考えて、わかった。表情が真面目なのだ。真面目なのに笑顔、というと矛盾に感じるけれど。
「この店のケーキは、パティシエさんが別にいて彼女が作ってる。それは知ってるね?」
「ええ」
「パティシエさんは、ケーキを作りたいんだ。ケーキを作って、それを誰かに食べてもらうことで、『自分の存在』を確立してる」
「……そのため?」
「そう。彼女が『ケーキ屋』という場所の存在を必要としているから、俺は店を出してる」
それはまた、なんというか。
「一直線ね」
「大好きだからね☆」
笑みが、いつものものに戻った。おどけるように身体を揺らして、笑う。
「ま、そういうわけだよ。特にちゃんとした理由はない。もし彼女がしたかったことがアイス作りならアイス屋さんだっただろうし、ショコラティエになりたかったならチョコレート屋さんだったろうね」
きりよく話が終わったところで、入店を告げるベルが鳴った。フィルが立ち上がり、営業スマイルを浮かべる。
フィルの接客も、ケーキの味も一流なのに。
「なんだかもったいないのね」
そう、思わずにはいられなかった。
「本人たちにはこれが一番良い形なのじゃろ」
麻羅が言う。
その通りだとは、思うけど。
ちょっぴり釈然としない思いを胸に抱き、ケーキを食べ終えた。
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