校長室
雨音炉辺談話。
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16 「買出しとか子供の相手とか何でも手伝うよ」 と、瀬島 壮太(せじま・そうた)が下宿先の食パンと牛乳を手土産に、マリアン・ラヴェンチに申し出たところ。 「え……おまえいい子なの? それとも友達いないの?」 と、言われた。 「何その二択」 「遊ぶ友達がいないからチビの相手をしに来たのかと」 「先輩喧嘩売ってる? それともからかってる?」 「後者。いやー楽しいねー」 飄々と笑うマリアンに脱力しつつ、何をやればいいのかと指示を仰ぐ。 「俺はここぞとばかりに食料品を買い込んできたいのでお留守番願います」 「はいよ」 「なら僕、荷物持ち手伝ってくるね」 名乗り出たのはミミ・マリー(みみ・まりー)だった。鞄を持ち、すぐにでも出掛けられる準備をする。 が、ミミまで出掛けてしまったら。 「オレ一人でチビの相手すんのかよ」 さすがにそれは、無理じゃないか。そう思って引き止めたら、 「もう少ししたら紡界さんが来るよ」 さらりと返された。 「なんで」 ミミが知っているのだろう。壮太は、特に何も聞いていない。 「じゃ、いってきまーす」 答えを言わないまま、ミミはマリアンと一緒に出ていってしまった。釈然としない気持ちを抱えつつ、子供たちがいる部屋へ向かう。ルルススが、壮太を見て頭を下げてきた。おす、と手を上げる。 「元気」 「はい」 「ならいいや。今日一日よろしくな」 「あんまり、迷惑はかけないと思います」 「ガキが気にすんな」 と言ったものの、ルルススはしっかりチビーズをまとめていた。特に、一番下の二人……ノーチェとココの相手をしてくれているだけでも助かる。 出来すぎだよなあ、変に抱え込んだりしなきゃいいけど、とお節介にも思った。 一方その頃、買い出し組。 カートを操りつつ、その中にぽいぽいと食材を放り込むマリアンに、ミミは声をかけた。 「マリアンさん、聞きたいことがあるんだけど、いい?」 「いいよ」 マリアンは、視線を商品に向けたままあっさりと頷く。何を聞きたいのよ? と促してくれたから、生返事ではない。あのね、と一拍置いてから切り出した。 「ユチドラさんが、ソレイユの子供を引き取りたいって言ってここに来たって前に教えてくれたでしょ? その時の子って、いまどこにいるのかな」 ユチドラは、パラミタを飛び回っていると聞いた。 なら、その子にあまり会えていないのではないか。 だとしたら、その子は寂しい思いをしているんじゃないか。 マリアンだって、そう易々と身体が空くわけじゃないから、構うことはできないだろうし。 「会えるなら、会いに行きたいなって」 「おまえほんっといい子なぁ……」 「そうかなあ?」 「ミミ、ヴァイシャリーに『Sweet Illusion』ってケーキ屋あるのわかる?」 「わかるよ。美味しいよね、あそこのケーキ」 「そこでパティシエやってるよ」 「えっ」 思った以上に、相手はすぐ傍にいた。 だって、ついこの間、自然公園でそこのケーキを食べたばっかりだ。あのケーキを作ったのが、ソレイユの子供だったのか。 「なんて名前の子? 性別は?」 「ロシュカ・レージェス。女の子な。可愛かったなー今も可愛いんだろなぁ」 「そこで働いてるんだね。会いに行ってみようかなあ……」 それで、ケーキが美味しかったと伝えよう。 だけどマリアンは、「やめとけ」と言った。 「どうして?」 「すっげえ人見知りなんですよロシュカさん。まず間違いなく会ってもらえないから手紙でもしたためておきなさい。フィルに預けりゃ渡してくれるし」 「そっか、残念。直接会いたかったな」 「そのうち機会は訪れるでしょう。以上、マリアン先生の占いでした」 「あたるの?」 「当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うだろ。そんなもんだ。いい加減だ」 「いい加減って言わないでよ」 軽い調子に返しつつ、レターセットを買って帰ろう、と思った。大きなスーパーだから、それくらい置いてあるだろう。 場所は戻って、ソレイユ。 やんちゃ盛りのキルシェとコルネを相手にしていた壮太が少し疲れてきたところで。 「ちわ」 紺侍が顔を出した。 本当に来た。と少しばかり驚く。 「おまえも健気ね」 「はい? 何が」 「わざわざ出向いちゃって」 「それ言うなら壮太さんだって」 「オレはいいの」 「何それ理不尽。そっちから誘ってくれたってのに」 「はあ?」 「あれ? ……あー」 やっちまった、と紺侍が頬を掻いた。ぴんときたので携帯を取り出して、送信履歴を確認。ミミが、紺侍にメールを出していた。メールには、確かに、ソレイユに誘う文面がある。 ――あとでゲンコツ。 拳を握ったら、「穏便に」と紺侍が苦笑した。 「そーたー、こんじー! もっとあそぶー!」 「あーはいはい、ちょっとまて。オレ喉渇いたから」 「あ、オレも」 「つーわけで飲みもん取って来る」 おまえらは何がいい? と、子供たちの要望を聞いたところで給湯室へ。 並んで歩いていたら、紺侍の髪が濡れていることに気付いた。よく見たら、服も。 「なんかおまえ濡れてね?」 「途中で雨に打たれまして」 「は? 傘は?」 「あったんスけど。色々ありまして」 「ふうん。風邪引くなよ」 「バカだから引かないっス」 「そういうこと言うからバカなんだよ」 「あ、やっぱ?」 他愛もない話をして笑い飛ばし、飲み物を淹れる。壮太はまだ、飲み物がどこにあるかまで把握していないので紺侍に任せた。 ぼうっと眺めた。主に、首元で揺れているペンダントトップを。 「なんスか」 「うん」 一歩近付きトップを指に引っ掛けて。 「似合うじゃん」 呟いた。見立てがきっちり、ハマってる。さすがオレ、と心の内で自画自賛。 「あ。りがとうございました」 ぎこちなく礼を言われたので、「おう」と返し。 ふ、っと思いついた。にやりと笑う。 「ところでさ」 「はい?」 「オレも誕生日過ぎたし、大学生にもなったし、二十歳にもなってんだけど」 「おめでとうござ」 「おまえはオレにプレゼント的な何かをくれる予定はねえの?」 遮って、訊いてみた。 どうせ用意しちゃいねえだろうけど、と思いながらも。 「すんません」 ほら、予想的中。「いいよ」とあっさり返す。 「わかってたし。言ってみただけ」 どこぞのガキ大将みてェ、と紺侍が言った。誰がガキ大将だ、と小突いていたら、 「何がいいスか?」 くれるつもりのようだったので。 「おまえの秘密いっこ」 と、言ってのけた。きょとんとした顔のまま、紺侍が固まる。 「物はいらねえ。おまえの秘密寄越せ」 「いや、えェ? 秘密って」 「ないわけねえだろ?」 「……まァ」 紺侍が、また、ぎこちなく笑う。これは困っているのだろうか。無茶振りだったから? 「別にどんな秘密でもいいよ。他の奴が知らなそうなのなら」 「さらっとハードル上げやがった」 「他の奴が知ってたら面白くねえじゃん」 ほら早く教えろよ、とひっかけたままだったペンダントトップを引っ張った。 「や、てかオレそもそも秘密なんて」 「秘密だらけのくせに。カマトトぶってんな」 「カマトトって男相手に言わないっしょ」 「話逸らすな」 ばつが悪そうに、視線を外された。それくらいお見通しである。 お見通しではあったのだが、 「なにしてんのおまえら」 「本当、何してるの……」 時間稼ぎとしては有効だったらしい。給湯室の入り口に、買い物袋をぶら下げたマリアンとミミが呆れ顔で立っていた。こんな状況では秘密なんて聞けやしない。壮太はペンダントトップから指を離し、一歩、距離を取った。 「仕方ねえな。また今度でいいや」 「今度って何が? 若い子怖ぁ……」 「こんなところでいかがわしいことやめてよもう」 マリアンとミミが、それぞれ頭を抱えて呟く。何を言っているのだろうか、この二人は。 「いかがわしくねえだろ、別に」 こんなの普通じゃねえか。紺侍に同意を求めると、首を横に振られた。 「端から見たらアレ、いかがわしいっスよ。結構」 「おまえらそういう見方しかできねえの?」 はあ、とため息を吐いて言うと、「どの口がそれを言うか」とマリアンが呆れたように首を振った。どうやらこの場で異端なのは自分の方らしい。話題を変えようと、壮太は紺侍のペンダントトップを指差した。 「先輩これ見て。オレが選んだんだけどさ、センスいいだろ」 「あ? ええああうん、センスいい。と、思うけど」 けど? と言葉に首を傾げる。妙に歯切れが悪い。いつもずばずば言う人なのに。 なに、と続きを言うよう目で促すと、マリアンはしかめ面で「俺が古いのかもしんないけど」と前置きをしてから、 「今時の子って野郎同士でもアクセ贈り合うわけ?」 「………………」 沈黙。 男が男にアクセサリーを贈ることに、壮太は何の抵抗もなかったけれど。 実際、言われてみると。 ――……あれ? 何かがおかしいのかもしれないと、気付いた。 だけど、何がおかしい? どこが。どこから? 紺侍には、去年指輪もあげた。 この対応が、普通だと、思う。 だけど、でも。 よくよく思い返してみたら、他の男にアクセサリーを贈ったりは、していない。 ついでに言えば、デートだって男としたことは、ない。 ――…………あれ? 思い当たる節が、ごろごろと。ぼろぼろと。 はたけば必ず、何か出てきて。 ――あれ、オレもしかして。 ――こいつのこと好きなの? 「……壮太。顔真っ赤」 ミミに言われて初めて気付く。両手で頬を押さえ。 「……トイレ行ってくる」 言うが早いか、給湯室から逃げ出した。 「ええマジで。どうしようなにあれ。俺のせい?」 買い物を共にした男が、うろたえていた。 「マリアンさんのせいじゃないと思う」 と、ミミがフォローを入れる。それから、 「今は追いかけないほうがいいかも」 と、金髪の男にも声をかけた。声をかけられて、男がはっと我に返った。慌てた様子で頭を下げている。 ――完璧に出るタイミングを逸してしまった……。 ミミの鞄の中で、上 公太郎(かみ・こうたろう)は息を吐いた。 ソレイユに行くという話を聞いて、もしかしたら美味しい茶菓子があるかもしれないと紛れ込んだはいいものの。 道中うとうとしていたら、目覚めた場所はスーパーの中。 息を殺して帰宅を待って、やっと着いたと思ったら、なにやら怪しげな雰囲気。 早く茶菓子を探したい、と思っている間に、壮太が顔を真っ赤にして出て行って。 残った面々も微妙な様子。 顔を出しづらいなんてもんじゃない。 ――そろそろ息苦しいのである。 我慢しきれず、ちょろりと顔を出したら。 「…………」 「………………」 大きな瞳と目が合った。 まだ、小学校に上がったばかりだろうか。それくらいの年の男の子が、二人。 「すっげー! ハムスターだハムスター!!」 「すっげー!!」 少年たちは、大声を上げて公太郎を抱き上げた。 「まてまて我輩はハムスターではない、れっきとした獣人――」 「モフれぇー!!」 「うりゃー!」 「アッー!!」 それから先は、あまり覚えていないので。 あの微妙な空気に支配された給湯室がどうなったのかは、わからないのだ。