校長室
Welcome.new life town
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第34章 さよなら、初恋 ほんの数日前。 『燕馬とサシで話がしてえ。パラミタに行くんでヨロシク』 ――なん……だと……? 新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は遠縁の親戚――不死川 神楽から来た手紙を見て、愕然とした。 前日に早く寝て、朝早くに顔を見せたらパートナー達に驚かれた。新たな1日を始めていた彼女達は、中途半端は姿勢のまま、燕馬の動きを目で追ってくる。時の流れが突然遅くなったかのようだ。 (……ふ、ふふ、皆、偽者を見るような目で俺を見ている。……半分以上寝ながら学校に通う普段を知ってれば、そりゃその反応になるよな……) 彼女達の視線に気付かないようなふりをして、家を出る。この時間帯から頭がすっきりしているなんて、どれだけぶりだろうか。 向かうのは空京。ツァンダに戻るのは、夕方頃になるだろう。 「よお、燕馬」 セミロングの黒髪の、両サイドの一房だけを白く染めた女性が口端を軽く上げて名を呼んでくる。20歳位に見える彼女は、グラビアアイドルでもやっていそうなスタイルの良い美人だった。何人もの男達が彼女に目を止め、振り返りながら歩いていく。 だが燕馬は彼女――神楽が実際は26歳であることを知っている。 そしてすこぶる、口が悪い。 「久しぶりだな、かぐ姉」 「ああ、じゃあ早速行こうか」 挨拶もそこそこに、神楽はさっさと歩き出す。今日の予定は、既にほぼ決定済だ。彼女の送られてきた手紙には、観光ルートを書いた紙が同封されていた。 そもそもの決定権が無い状態だったが、自分で行き先を決めるのも面倒なので、それはそれで構わなかった。 遊びまわる途中で、お茶をする為にカフェに入る。予約をし、事前に観光ルートに組み込まれていただけはあり、街中にあるチェーン店とは、少々一線を画した店である。 手紙を見た時点では、休憩する時間や場所まで決めなくてもいいだろうと呆れていたのだが。そして、実際に口にも出してみたのだが。 「前から興味あったんだよ。こんな機会、早々無えだろ?」 「……まあ、いいけどね」 これまでに行った場所の感想など、毒にも薬にもならない話をしながら時を過ごし、店を出た後は求められるままに観光スポットを案内したり、他愛の無い会話をしたり。 傍からは、どこにでもいる友人か姉弟が休日を楽しんでいるようにしか見えないだろう。だが、これは『話』の前段階でしかない。本題に入る前の、ウォーミングアップだ。 送られてきた手紙には、近況報告として『事業失敗で傾いている不死川家に新風家から資金援助が行われる事』、『その見返りに燕馬と神楽が結婚する事』も書かれていた。 燕馬の家は、日本でも有数の資産を誇る家である。神楽の家は親戚とはいえ、分家筋に過ぎない。立場の違いは、歴然としていた。 そして、燕馬と神楽はお互いが、お互いの初恋相手なのである。 『話』の予測が、全く立たないわけでもない。 「おお、やっぱりでかいなあ。写真やなんかで見るのとは違うわ」 観光の終点として指定されていた、蒼空学園。 燕馬がツァンダに戻ってきたのは、夜も近い時間だった。学校生活はどうだと聞かれて、昼間はひたすらに眠くて殆ど寝ていると答える。 「夜更かししてるから」 「寝ろよ、そこは」 「寝られないんだよ」 そんな事を話しながら屋上へ昇る。手すりに身を預けてツァンダの街並みを眺めてから、燕馬は言った。 「……そろそろいいよね。話って、何?」 色々な所を回って、話題を探して、普通を装って言葉を交わして。 その彼女から笑みが消える。昔に比べたら随分と愛想も無くなった燕馬を、見つめる。 最初は、まとわりつかれてひたすらうざかった。 だが、いつからか自分から会いに行くようになっていた。 「笑えるぜ――気がついたら、年下のガキに本気になってたんだから」 燕馬の表情が、ほんの僅かだけ動いた。気のせいかと思う程の、小さな変化。 神楽はふ、と苦笑する。 ――あたしはまだ、お前が好きだ。 でも、親父さんの気持ちも知ってる――だから聞きたい。 「結婚しようぜ、燕馬。そんで、地球で一緒に暮らそう」 「…………」 冷たい風が2人の間を通り抜けて行く。 手紙が届いてからこの時間まで、考える時間はあった。実際、そこまでの時間は必要無かったけれど。 燕馬は、とうに答えを出していたから。 「――断る」 いつも強気な神楽の瞳に、感情の揺らぎが生まれた。一瞬、体がびくっと震える。 「……そう」 けれど、燕馬の答えは変わらない。 ――親父はかぐ姉にマジで惚れてるし、俺も、かぐ姉なら安心して親父を任せられる。 母さんの死からようやく立ち直った親父の恋路を、邪魔したくはない。 ――俺の初恋はもう、実らせてはいけない。 「……そりゃあ、パラミタは地球に比べて本当に物騒だ。街を歩いてわかったと思うけど、どいつもこいつも平然と武装してるし、通りの角からモンスターがひょいと現れる事もしばしばだ。……でも」 俺の大切なパートナー達と出会えたのも、パラミタなんだ。 「素敵な巡り会わせをくれたこの地を――俺は、これからも守っていきたいと思う」 だから――さよなら、初恋。 「泊まっていくんだったね。俺のパートナー達を紹介するよ、『義母さん』」 笑って言おうとしたが上手くいっているかは分からなく、だが、神楽が決定的に傷ついた顔をしたのは分かった。 神楽は血が出るほどに唇を噛み、黙っていた。 それが顔を上げ、待ち合わせた時と同じように軽く笑う。 「ああ、まとめて世話してやるよ」 この時の2人の笑顔は、もしかしたらどこか似通ったものだったかもしれない。