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神楽崎春のパン…まつり 2023

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神楽崎春のパン…まつり 2023
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第5章 あなたと桜を見よう

 夕方には、親子連れや子供達は帰っていき、仕事を終えた人々が集まりだす。
「晴れてよかったね」
「ええ、気持ちの良い天気ですね」
 大きな桜の木の下で、樹月 刀真(きづき・とうま)は、風見 瑠奈(かざみ るな)のグラスに、高級日本酒を注いであげた。
「最初と最後の一口を飲むと縁起がいいらしいから、先にどうぞ」
「ありがとうございます。慣れてないから、ほんの少しだけ戴きますね」
 瑠奈は刀真が入れてくれたお酒を一口だけ飲んで。
「……美味しい、のかな?」
 分からないという表情を見せた。
「少しずつ、分かってくると思うよ」
 刀真は自分のグラスにも酒を注いで、瑠奈と一緒に桜を見ながら、ゆっくり酒を飲んでいく。
「君が白百合団の団長になったのは、百合園女学院にある日本の伝統やそれを誇りに思う生徒達を守るためだった」
「……そうね」
「その為に君は人脈作りなど様々な努力をして、成果を出ている」
「成果、出てる、かな?」
 少し不安そうな瑠奈の言葉に、刀真は強く頷いてみせる。
 瑠奈は刀真を見て、安堵の笑みを浮かべた。
「次は君が素晴らしいと感じている日本の伝統を、パラミタの住民達に伝えてみたらどうだろう?」
「え?」
 エリュシオンなどからの留学生を受け入れ、彼女達の持つ文化が百合園女学院に変化や他の何かをもたらしたように。
「公職に就くためではなく、日本に近い空京やシャンバラ宮殿がどういった影響を受けているのかを肌で感じる為に、『公務実践科』を受けてみるのも一つだと思う」
 刀真はそんな風に、瑠奈に意見を言った。
「日本の伝統、パラミタの人達に伝えていけたらと思うけれど、私には、人に教えられるほどの知識も技術もないの……。それもあって、少し迷ってます」
 自分のすべきことは、短大を卒業した後、日本に戻って。
 日本の伝統をもっと学んで、着付けや茶道、華道の免許をとって、それからパラミタに戻ってくることなのではないかと。
 そんな風に考えることもある、と瑠奈は言う。
「百合子様や、桜谷鈴子先輩は、そういった教養も技能もお持ちだと思うのだけど……私は、中学生の頃からずっとパラミタにいるから、人に教えられるほどの知識や技能は身についていないんです」
 更に、自分が日本文化に拘るのは、ホームシックのような感情を持ってしまっているからかもしれない、と瑠奈は続けた。
「瑠奈。君は……地球に帰りたいの?」
 刀真の言葉に、瑠奈はただ静かに、首を左右に振った。
「俺としては、公務執行科で色々学んだ君に、将来俺の秘書として傍にいて欲しいんだけど……だめ、かな?」
「えっ……!?」
 瑠奈は驚いて顔を上げて、刀真の顔を見て頬をうっすらと赤く染めた。
「でも、どの道を進んだとしても俺は君の力になるよ、好きな人の力にはなりたいものさ」
 そう、刀真が続けると、瑠奈は俯いた。
 刀真は胸ポケットに手を入れて、髪飾りを取り出した。
 俯いている彼女の頭にそっと手を伸ばして。
「誕生日おめでとう」
 彼女の髪に、【左金翼の髪飾り】をつけてあげた。
「これ俺が持つ【右銀翼の髪飾り】と対なんだ」
 瑠奈は直ぐに手鏡を取り出して確認して。
「あ、りがとう。あの……」
 顔を赤らめて、言う。
「私は、わかってますから大丈夫だけど。女の子に好きとか、髪に触ったりとか。特別、と思えるものあげたり、そういうことすると誤解されます、よ」
「誤解? 本心だから誤解なんてないよ」
 そう微笑む刀真の顔も赤く染まっていた。
 でもそれは、照れているからではなくて。
「あっ、樹月さんお酒随分飲みましたね。お酒って普通これくらい飲むものなのでしょうか」
 最後の一口を瑠奈に飲んで欲しかったこともあり、刀真は日本酒をほとんど1人で飲んでしまっていた。
「どうかな。美味しい料理があると、どんどん進むけどね」
「そうですか。今日は私、何も持ってこないですみません。今度はお酒に合いそうな物、買ってきますね」
 今日――お弁当を作って行きたいと瑠奈は思ったのだけれど、あえてそれはしなかった。
「そういえばバレンタインのお返し、ありがとう。以前貰ったお菓子も美味しかったし、瑠奈は料理も上手いね」
「両方、百合園の皆と作ったんです。お口に合ったのなら、良かったです。特に上手なわけではなくて……皆の、おかげなんです」
 照れながら瑠奈はそう答えた。
「今度は俺が何か作ってくるよ。あっ、それとも一緒に作る? バーベキューとか何か計画してみようか?」
「バーベキューは賑やかな方が楽しいけど……そういうのだったら、樹月さんいつでもパートナーの皆と出来るでしょ? 私もパーティなら百合園の皆とよくやってるし。だから……お構いなく。それに今度は私がお返しする番ですから。このプレゼントの」
 瑠奈は髪飾りにそっと触れて、微笑んだ。
 そんな瑠奈が可愛かったからか、刀真の本能か――。
 酔いが回っていた彼は、両手を伸ばして、瑠奈をそっと抱き寄せた。
「ち、ちょっと、樹月さん!?」
 瑠奈は慌てて胸の前で腕を組んだ。
「瑠奈は温かくて、柔らかくて、いい匂いがする……」
 抱き心地がとてもよくて、刀真は縫いぐるみを抱きしめるように、ぎゅっと瑠奈を抱きしめた。
「や……っ。やめて……放して、樹月さん」
 柔らかかった彼女の身体が、酷く固くなったように感じて、刀真は腕を解いた。
 ぬいぐるみからは感じることのない、拒絶の感覚だ。
 瑠奈は、涙を浮かべていた。
「ごめん、嫌だった?」
 そう尋ねると、彼女は首を左右に振った。
「嫌、じゃないから、困る……」
 声を詰まらせながら、瑠奈は言う。
「樹月、さん……私には、ささやかな夢があるの」
「どんな夢?」
 瑠奈は、苦しげな表情で話し出す。
「……大好きな人のお嫁さんになること。2人で2人の家庭を作っていくこと。健康的で美味しい料理を作って、彼の帰りを待つこと。
 早めに結婚をして、子供は沢山ほしいなとか。自宅で何かの教室を開いて、育児をしながら仕事もしたいなとか。
 全部、思い通りになるとは思ってないけど、その将来の夢を二十歳になったばかりの今の段階で、諦めることなんてできない……」
 刀真は酔いで意識がはっきりしない状態だったけれど。
 瑠奈が辛そうだということを感じ取って。言いようもない不安に襲われていた。
 抱きしめても、キスをしても、俺が守るという言葉でも、彼女が落ち着くことはないということは、感じ取っていた。
「あなたが抱きしめていい大人の女性は、恋人にする人だけ。愛をささやくのも、キスをするのも、裸を見せるのも、その人だけで……あってほしい」
 瑠奈は絞り出すような声で「辛いの」と言った。
「誤解、するようなこと……しないで。あなたが自宅で……同棲している彼女達と、代わる代わるこういうことをしているんだって、思うだけで辛い。
 考えが古いかもしれないけれど、私は好きな人は独り占めしたいし一夫一妻が当たり前だと思う。だから、今私は……樹月さんが、好きだし。側にいたいとか、もっと話がしたいとか、助けて欲しいと……思ってしまっているけれど」
 涙をぬぐいながら、瑠奈ははっきりと言う。
「私は私の夢を叶えるために、あなたの側で働くことはできない」
 離れられなくなるから。
 一緒に夢を叶えてくれる人と、出会えなくなるから。
「……そろそろ、神楽崎先輩のお手伝いに向かいます。気を悪くするようなこと言って、ごめんなさい。許してくれるのなら……今度は、樹月さんの誕生日近くに、こんな風に多くの人がいる場所で、樹月さんと2人だけでお会いしたいです」
 頭を下げると瑠奈は優子のパン屋へと向かっていった。
 ――風が少し冷たくなってきた。
 酔いが回っていて、刀真の頭の中は混乱していた。

「別々の袋に入れてください〜」
「はい、どうぞ」
 閉店間際の桜茶屋で、天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)アレナから2つ、桜餅を購入した。
 それから、お店の前に置かれているベンチへ歩いて。
「イングリットちゃん、お疲れ様〜。さすがに疲れたでしょ?」
 先に腰かけていたイングリットに、桜餅を差し出した。
「全然平気ですわ。また戦えます」
 イングリットは桜餅を受け取り、代わりにの店で買ってきたアイスティーを、結奈へと渡した。
「ふふっ、戦いに来たんじゃなくて、今日はお花見に来たんでしょっ」
「そうですけれど、腕に覚えにある契約者の方々がとても多いんですもの……。つい、御手合わせをお願いしたくなってしまいます」
 桜餅を受け取って、食べながらもイングリットは花より団子より、強者だった。
「んしょっと」
 結奈は、ぽんと勢いよくイングリットの隣に腰かけて、足をちょっとぶらぶらさせながら、人々やお店を眺める。
「お店は一通り回ったかなー。色々なパン…があったよね」
「ええ、興味深いパン…も沢山ありましたわ」
 神楽崎優子がリクエストに応えて、用意したパン…は、食用のパンだけではなくて。
 パンプキンだったり。パプリカのような、パン…でもなく、パンにするのも難しいものだったり。
 パンプスだったり、パン2だったり、動物だったり、格闘技だったり。本当に様々なパン関係のものが揃えられていた。
「何故か特に下着が多かったよね」
「ええ……。何故でしょうね。神楽崎先輩へのパンのリクエストといいましたら、パンクラチオンが一番ふさわしいですのに!」
「イングリットちゃん、本気で言ってる?」
「冗談ですわ」
 ふふふっと笑い合う二人の元に、桜の花びらが舞い落ちてくる。
 見上げると、沢山の花をつけた桜の枝が視界に入った。
「綺麗ですわ……」
「ホント、とても綺麗……っ」
 食べることも、戦う事も忘れて。
 二人はしばらくの間、桜の花に心を奪われていた

 ふわっと風が吹く。
 ピンク色の小さな花びらが空を舞い、ひらひらと落ちていく。
「綺麗……」
 セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)が伸ばした手の中に、花びらが一枚下りてきた。
 ふふっと笑みを浮かべた彼女を、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が眩しそうに見つめる。
「この辺りで、少し休もうか」
「ええ」
 桜の木が良く見える場所のベンチに、牙竜はセイニィと腰かける。
 2人は、公園の中を2人でゆっくり散歩をしていた。
「これはセイニィに。どうぞ」
 牙竜はリクエストしてあったライオンの形のパンを、セイニィに渡した。
「ありがとう。ふふ、可愛らしいパン」
 パンのデザインはアレナがしてくれたらしく、とても可愛らしい出来だった。
 牙竜は紙コップに紅茶を入れて、セイニィに渡し、自分も購入してあったアンパンを取り出して。
 一緒に桜を観賞しながら、パンを食べていく。
「春霞 たなびく山の 桜花 見れどもあかぬ 君にもあるかな」
「ん? 何その暗号?」
 牙竜の言葉に、セイニィは不思議そうな顔をする。
「昔の人が詠んだものだよ。意味は……『春霞がたなびく山の桜花のように、いくら見ても飽きないあなたです』、だったかな」
 考えながら、牙竜はそう言った。
 それからセイニィの顔を見て、笑みを浮かべる。
「セイニィは表情がコロコロ変わるから、見ていて飽きない」
「……なんか恥ずかしんだけど」
 セイニィは少し赤くなり、ちょっとだけ膨れた。
「ほら、こんな風に。それって、感受性が豊かで素直だと俺は思うよ」
「そんなつもりないんだけど。素直とか……なによ」
 ぶつぶつ、セイニィは呟いている。
 牙竜の言葉に照れているだけだと、すぐにわかる。
 彼女が言葉で何と言おうとも、表情に本心は現れていると、牙竜は感じていた。
「結構このパン美味しいじゃない。獅子……だけじゃなくて、十二星華パンとかあってもいいくらい」
「12種類、リクエストすればよかったかな」
「ヴァイシャリーの十二星華ショップでは、既に売ってそうよね」
「あるかもなー」
 笑みを浮かべながら、パンを食べて。
 夕焼けで赤く染まっている公園で、のんびりと過ごす。
「最後に、あっちの方にも行ってみようか」
 パンを食べ終えて、セイニィは立ち上がり、空京の街が見える方へ歩き出した。
 牙竜もその後に続き。
 街が見え始めてきた時。
「ちょっと、失礼」
「!?」
 セイニィが声を上げるより早く。牙竜はアクセルギアを使い、セイニィに急接近。
 彼女をお姫様抱っこすると、空飛ぶ魔法↑↑で浮かび上がった。
「な、なにすんのよー!」
 セイニィが抗議の声を上げた時には、2人は地上からかなり離れた位置を飛んでいた。
「放し……ああっ、今日は飛行具持ってない。……卑怯者」
 牙竜を軽く睨みながらセイニィが言った。
「不意打ちですまない…ここからの景色を見てもらいたくてな」
 セイニィに微笑みかけた後、牙竜は街と公園を見下ろす。
「この高さなら周囲すべてが見渡せる。イベントに参加してる人、花見をしている恋人達……先ほどの和歌じゃないがみんな楽しそうで見ていて飽きない」
 セイニィも地上を見下ろす。
 少しずつ、明かりがつきはじめている。
 街を歩く人々の姿も、桜を観賞している人の姿も、宴会を楽しんでいる人々も。
 全てここから、見ることが出来る。
「……この、当たり前のように感じる景色を見せたかった」
「見せて、どうするのよ」
「みんな、今を勝ち取るために悩んだり苦しんだり、悲しい思いをしたり手…闇の中にいたような思いをした人もいるだろう。
 それでも明日への希望という光を勝ち取るために努力したからこそ、今があると思う」
「……」
 牙竜の言葉を聞きながら、セイニィは静かに地上を見つめていた。
 命が、動くさまを。活きる様を。
「……と、そろそろ手、だるくなってきたでしょ。というか、ここから皆が見えるってことは、皆からもこっちが見えてるわけで……もう、下ろして」
 しばらくしてセイニィが赤い顔でそう言うと。
 牙竜は頷いてゆっくり、地上へと下りる。
 腕の中の彼女に衝撃を与えないよう、優しく着地し。
 桜の舞う中に、大切なその人を下ろす。
「名残惜しいが桜は散るのが早い……来年もセイニィと一緒に桜を見たいと思う」
 その言葉にセイニィが答える前に。
「約束はやめておこう……それを決めるのはセイニィ自身の気持ちだと思う。俺の気持ちは決まってるからな……」
 言ってセイニィを見つめると、彼女は赤くなって視線を落とした。
「あたしは、あなた次第だと思う。いいじゃない、どんな関係だって一緒に桜を見たって。2人で観なければいけないわけじゃないでしょ」
 牙竜にせを向けて歩きながら、セイニィは続ける。
「ティセラやパッフェルに恋人が出来たって、友達であることに変わりないもん」
 振り向いて、牙竜を見て。
「でも、そうはいかなく……なっちゃうのかな」
 少し寂しそうに、セイニィは笑った。
 好きな人達と、ずっと仲良くしていたいのに。
 恋人、という存在が出来たら。
 離れていってしまう人も、いるのだろうと。
「さて、ティセラ達へのお土産のパン…買って帰るわよ〜、選ぶの手伝ってくれてもいいのよ?」
 悪戯気な顔でセイニィが言い。
「いいパン…あるって呼び込みしている店があったよな。行ってみるか?」
 牙竜は微笑んだ。
 そして並んで、歩き出す――。