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神楽崎春のパン…まつり 2023

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神楽崎春のパン…まつり 2023
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第3章 屋台でほのぼのと

「ゼスター、屋台手伝いにきたぜっ!」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が、桜茶屋に訪れた途端。
 ゴン
 鈍い音が響いた。
「おーまーえー……」
 額を抑えながら振り向いたのは、ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)。パン…競争の企画者にて、この屋台の主だ。
「何だお前、支柱に頭ぶつけたのか? バカだなー」
 あっはっはっと笑うシリウス。
「いい所だったのに、邪魔すんな」
 ゼスタは、シリウスに近づいて低く小声で言った。
「いいところって……あ、アレナ、そこにいたのか。無事か?」
「は、はい」
 ゼスタと一緒にいたアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)が、シリウスにぺこりと頭を下げた。
「今、ちょっと……私の……えっと、下着が欲しいっていう人が来て、困ってたんです。ゼスタさんが助けてくれたんです」
「ほうほう。借りパン競争を企画して、変なカードを混ぜる。で、アレナのパン…を狙ってくる奴を撃退していいところを見せる、か。ゼスタの考えそうなことだ」
「俺はリクエスト出してねぇよ」
 げしっとゼスタはシリウスの足を蹴る。
「そうかそうか。それはともかく」
 胡散臭さ溢れる爽やかな笑顔でシリウスは言う。
「て・つ・だ・う・ぜ? 人手が足りなくてアレナに応援頼んだんだろ?」
「助かります! お店、とっても混んでるんですよー。……あっ、お客様です」
 ゼスタが拒否するより早くアレナがそう言い、接客に向かっていく。
「アレナは可愛いなー。パンダパーカーすげぇに合ってるし。けど」
 シリウスは不満気なゼスタをじろじろと見る。
「お前もパンダの着ぐるみとかパンダパーカーやるの?」
「やらねーよ。これで十分」
 ゼスタはシリウスに胸元を見せる。
 そこには可愛いパンダの絵が描かれた、『ぜすた せんせ』と書かれた名札がついていた。
「お前にはコレな」
 ゼスタはマジックで『しりうす おぜうさん』と書いて名札をつくると、シリウスの胸にぱちんと止めた。
「お、名札……っていうか、どさくさに紛れてどこ触ってんだてめー!」
「触られてマズイもん、でかでかと出しておくな。平らにしておけ」
「好きで出っ張ってるわけじゃねぇよ」
「はいはい。2人とも仕事しなくていいの? アレナちゃん1人で大変そうだよ?」
 痴話喧嘩?を見かねて、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が声をかける。
「お、おお? 早速アレナ、変態に絡まれてるし……! おいこら、てめぇら!!」
 白百合商会の会員と思われる青少年に囲まれて、アレナはぺたぺた触られていた。
 シリウスが助けに向かった為、ゼスタはその場に残り、サビクを見る。
「で、お前も手伝いという名の邪魔をしにきたのか?」
「いや、シリウスに引っ張られてきただけ。見張りの見張りってやつだよ」
 サビクの言葉に、ゼスタは軽く眉を顰める。
「ほっといたら……面白そうでもあるけど、どこまでいくかわからないからな!」
「……ったく」
 アレナとシリウスの様子を気にかけながら、ゼスタはため息をつく。
「適当なところで、連れて帰れよな」
 ゼスタはそれだけ言うと、サビクの側を離れて、注文品の準備に向かっていった。
「ま、個人的にはゼスタに少し期待はしてるんだよね。アレナちゃんのこと」
「……期待、ですか」
 サビクの独り言に答える者がいた。
 パンダの格好も、名札もせずに裏方を担当している若葉分校生――関谷 未憂(せきや・みゆう)だ。
 ちらりと未憂を見た後、サビクは言う。
「正直、今のアレナちゃんがいい状態とは思えないし。ああいう、異なるタイプと無理矢理でも接することで変わっていける事はあると思うんだよ」
「そうですね。閉じた世界の中にるより、ずっと……」
 未憂はダスターや掃除用具の準備をしながらサビクに尋ねる。
「もしかして、経験則、ですか?」
「……ははは、何のことやら……」
 サビクは笑いながら目を逸らした。
 未憂はくすっと微笑みを浮かべて、「手伝いにいらしたんですよね?」と、サビクに掃除用具を渡す。
 そして、皆を見守ったり、監視をしながら桜茶屋を手伝うのだった。

「パン…もってきたですよ」
 桜茶屋で料理の手伝いをしているヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が、優子のパン屋からパンをもってきた。
「団子と、桜パン、緑茶のセットおまたせです」
 トレーに並べて、ヴァーナーは給仕のアレナへと差し出す。
「ありがとうございます」
 受け取って、アレナが客へと届ける。
「パンの注文も多いみたいですから、ここでも作るですよー」
 貰ってきたサンド用のパンと、用意してきた材料を使って、ヴァーナーはパン料理を作り始める。
「春らしいのや、和風っぽいのがいいですね」
 春の庭をイメージしたサンドや、餡をお花の様な形にして飾ったり。アンパンに模様を書いたりして、可愛らしい、春のパン料理を作っていく。
「そういえば、イチゴ柄のパンというリクエストがあって」
 アレナもヴァーナーと一緒に、パンにイチゴの柄を書こうと試みる。
 パシャ。
「お祭りやイベントは記録を残すものヨ!」
 そんな2人の姿を、カメラに収めた者がいた。
 アレナの友人である、キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)だ。
「あっ、上手く書けてないので、撮らないでください……っ」
 パンを隠して慌てるアレナを、キャンディスはまたぱしゃりと撮る。
「アレナさんの、そんな姿もシャッターチャンスネ!」
「もう……っ」
 ちょっと赤くなったアレナをまたパシャリと録るキャンディス。
「そういえば、キャンディスさんリクエスト、パンじゃないですけど、いいんですか……?」
「いいのいいの。よろしくネ」
 キャンディスは、アレナの来た『パンダの着ぐるみ』『パンダパーカー』をリクエストしていた。
「アレナ、適当なところで休んでいいからな。ヴァーナーも戻って来たし、役に立つかどうか分からないが、1人パンダも増えたし」
 ゼスタがシリウスにパンダ帽子を被せながら言う。
「パンダ帽子もあったのネ!」
 すかさず、キャンディスはパンダ帽を被せられたシリウスを撮った。
「と、撮るなよ! 俺は裏方で……」
「裏方の手伝いなら不要だ。頼むぜ」
 シリウスも裏方希望だったが、給仕が少ないというか、アレナ以外いないという理由で外へ引っ張り出された。
「ありがとうございます。まだ大丈夫ですよ。ゼスタさんこそ、ちゃんと休んでくださいね」
 アレナが微笑んでそう答えた。
(アレナちゃんと、ゼスタおにいちゃん、仲良しですねー)
 にこにこ、ヴァーナーはアレナとゼスタの様子も見守っていた。
(でも今日も優子おねえちゃんはいっしょじゃないですね……。アレナちゃんとゼスタおにいちゃんがいっしょの時は、優子おねえちゃんはいっしょじゃないです)
 優子は近くのパン屋を仕切っている。もし、アレナが優子の店を手伝っていたら……。ゼスタも一緒に手伝っただろうか? 多分、手伝わないだろう。
(ゼスタおにいちゃんと、優子おねえちゃんが一緒のときは、アレナちゃんがべつです)
 どうしてそうなちゃうのかなと、ヴァーナーはちょっと首を傾げる。
(優子おねえちゃん、アレナちゃん、ゼスタおにいちゃん、もっと仲良くなれたらいいのに〜)
 3人で仲良くなれたらいいのになと、考えながらヴァーナーは両方の店を行き来している。
「ちーっす! 少しは落ち着いてきたかな」
「康之さん!」
 訪れた人物――大谷地 康之(おおやち・やすゆき)の姿を見て、アレナが目を輝かせる。
「……」
 同時にゼスタの顔から笑みが消えたのを、ヴァーナーは見逃さなかった。
「アレナ、今回も可愛い格好で頑張ってるな。っと」
 康之は、店主であるゼスタの方へと近づいてきた。
「知ってるとは思が、俺はアレナのダチの大谷地康之だ。よろしくな」
 にっと笑う康之に、ゼスタも笑みを見せる。
「よく知ってる。よろしく」
 同い年くらいに見える2人だが、外見も中身もタイプがまるで違う。
「そろそろ休憩の時間だろ? 差し入れ持ってきたんだ、あっちで一緒に食べようぜ」
 そんな風に、康之はアレナ……それから、ゼスタの事も誘う。
「いってきていいよ、アレナチャン」
「はい……」
「いや、ゼスタも一緒に行こうぜ! お勧めの菓子あったら教えてくれ〜」
 康之は屋台のメニューを見る。
「お勧めは、桜餅だ。桜饅頭も美味いぞ」
「そうか、それじゃそれ、お土産分も含めて、5個ずつくれ〜」
「はい、用意します。飲み物はどうしますか?」
 ヴァーナーが注文の品を用意しながら訪ねる。
「緑茶が合いそうだよな。緑茶3つ頼む!」
「はいです。すぐよういします」
 ヴァーナーはてきぱき用意をしながら、アレナとゼスタの顔を見て微笑む。
「お店はだいじょうぶです。アレナちゃん、お友達と、ゼスタおにいちゃんと休んできてください」
「ありがとうございます。ではちょっとだけ、休憩させていただきます」
「悪いな、ヴァーナーちゃんは、働き者で可愛くて、ホントいい子だな〜」
 アレナはぺこりと頭を下げてお礼を言い、ゼスタはヴァーナーの頭を撫でた。
「優子おねえちゃんも呼ぶと良いですよ?」
「ん……神楽崎は、終わった後に呼んで最後に3人で飯でも食って帰れればと思ってる」
 ゼスタは曖昧な笑みでヴァーナーにそう言った。
 ヴァーナは、こくんと頷いてにっこり笑みを浮かべる。
「あのあたりが空いてるな!」
 康之は桜餅と桜饅頭、それから緑茶を受け取ると、アレナとゼスタを連れて、店の前の空いているスペースへと向かった。

「ここからじゃーきこえねー」
「これ以上はたちの悪いストーカーだよ」
 ため息をつきつつ、サビクはゼスタの後を追いそうなシリウスの肩を掴んで止めた。
「うー、告ったみたいだけど、あれからどうなんだろうな……アレナもきっぱり断れるタイプじゃないけど、まぁ馴染んでるのか……。できれば2人きりでの話を聞いてみたいぜ」
「だから、それが」
「唯の出歯亀ストーカーだってんだろ! けけけ、けどなぁ……えーと、えーと」
 2人の様子を気にして、役に立っていないシリウスに、サビクは再び大きくため息をついて言う。
「……キミには絶対スニーキングとか教えない方がいいな。絶対悪用する。むしろ悪用するところしか想像できない!」
「なんだと!? そうか、その技があれば……。教えろ、サビクー」
「キミはバレバレなぐらいがちょうどいい。ほら、客が待ってるぞ」
 サビクはシリウスを引き摺っていく。

「その衣装も似合ってるな、アレナ。パンダらしいぽわぽわ癒し感があって可愛い!」
 シートに腰かけて、康之はアレナに微笑みかける。
「ありがとうございます。こういうの、いつもゼスタさんが考えてくれるんです」
「可愛い子に可愛い衣装きせたら、余計可愛くなるからな」
「そうだな!」
 アレナとゼスタの言葉を聞いて、自分もアレナにまた服でも贈ってみようか……でもセンスがあるかどうか。
 そんなことを康之は考えながら、桜餅をぱくっと食べた。
「ん? んん? これすげぇ美味えな!? 手作りか?」
「いや、空京の有名な和菓子屋で特注したんだ。菓子のことなら任せろ」
 ゼスタが得意気に答えた。
「ゼスタは菓子に詳しいのか。自分で作ったりもするのか?」
「いや、食うの専門」
「俺も同じだ!」
 康之とゼスタは笑い合った。
「俺もちょっと知識得たり、美味しいもん作れるようになったらこういう時にアレナに美味い物や、手作りの食い物差入れしてご馳走とかできるかなぁ……」
「えっ?」
 康之の言葉に、アレナが不思議そうな顔をする。
「ほら、いっつもご馳走になってばかりだから、そのお返しもできるじゃん?」
 そう言うとアレナは首を左右に振って。
「私、してもらってばかりなので……。本当に小さなことですけれど、私にだけできることがあった方が嬉しいので、康之さんはそのままが、いいです……。出来るようになるより、こういうのが食べたいって言ってもらった方が、嬉しい、です……」
 控え目な声で、そう言った。
「そっか」
 相手が喜ぶ姿を嬉しいと感じる。相手の笑顔を見たいと思ってるのは、お互いに、なのだ。
「あっ、せっかくですから、優子さんと作ったパン食べてください! 持ってきますね」
 思いついて、アレナはカップを置くと優子のパン屋へと走っていった。
 彼女の後姿を見ている康之に……。
「お前ってさ、何が目的?」
 ゼスタが問いかけてきた。真面目な声で。
「ん? 2人と休憩したかっただけだけど」
「じゃなくて。何でアレナに近づくのかってこと。お前シャンバラ人だろ?」
 ゼスタの問いに、康之は怪訝そうな顔をする。何が言いたいのか分からない。
「アレナがお前に依存するようになったら、責任とれんのか? まさか彼女が可愛いから、愛でたいってだけのために、アレナの側にいるわけじゃねえよな?」
 アレナと康之の寿命は――違いすぎる。
 ずっとアレナの側にいてあげられないことは、わかっては、いる。
 康之はゼスタの問いに、直ぐには返事ができなかった。
「アレナの安定の為にお前の存在はありがたい。神楽崎が生きている間くらいの期間、アレナの側に男がいても構わないとも思ってる。だがその後は、彼女の面倒は俺がみる」
 ゼスタはそう康之に宣言をした。
「持ってきました。優子さんからのもあります!」
 ぱたぱた走って、アレナが戻ってきた。
 チョコデニッシュパンと、チョコ縞模様のパンを抱えて。
「お帰り〜」
 何もなかったかのように、ゼスタは笑みを浮かべる。
「お帰り、アレナ」
 康之も、笑顔を浮かべてアレナを迎えた――。