First |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
●クローバーの花かんむり
いつもよりずっと早く目がさめたのは、あまりにもさわやかな朝だったから。
祝福された一日というのがあるとするのなら、それはきっと今日のこと。
窓からさしこむ光はやわらかく、明るく、
そよそよとカーテンをゆらす風は、涼しく。
吉木 詩歌(よしき・しいか)は一息でベッドからすべり降りた。
暁ヲ覚エズ、の早春は、もう去ったのだ。
けれどまだ夏じゃない、そんな若葉のころなのだ。
ぽかぽか陽気のこんな日に、まどろみで時間をつぶすなんてもったいない。
「びっくりするほどの晴れ模様だねっ」
リヴィングに出て詩歌はすぐに、同居の二人も同じ気分だということを知った。だって二人とも、もう起きてきている。
きらきらと瞳を輝かせ詩歌は言った。
「せっかくだからピクニックに行かない? 三人で!」
「素敵な話ですね、しーちゃん。喜んでお供します」二つ返事するのは不知火 緋影(しらぬい・ひかげ)だ。
一方セリティア クリューネル(せりてぃあ・くりゅーねる)は腕組みして、
「日差しがきつそうで、こんな日は外に出ず読書でもしておきたいものじゃが……」
と言いながらも盗み見するように、ちらちらっと詩歌に視線を飛ばしている。実のところもったいぶっているだけで、彼女の意思もとっくに決まっているのだ。だから、
「みゅぅ? そんなこと言わないでー、行こうよ♪」
と詩歌が説得にかかると、
「やれやれ、仕方ないのう」
セリティアはあっさりと折れた。ただし、重い荷物を下ろしたときのように、いくらかオーバーに息をついてはいるが。
「そんなことおっしゃいますが、本当は行きたいのではなくって?」
演技なんてお見通しとばかりに、緋影がくすくす笑った。
「ち、違うぞ。どうしてもと頼まれて仕方ないからじゃ、うむ」
しかしそんなセリティアも、自然に口元がほころぶのはどうしようもなかった。
そうと決まれば話は早い。
「じゃあ用意をしないとね」
さっそく詩歌は荷造りを開始したのだが、これが一向に終わらない。
「どうした? 荷造りは任せろと言うから一任しておったが……!?」
あまりに遅いので様子を見に来て、セリティアは文字通り絶句してしまった。
詩歌の荷物は大きいというより巨大だった。水筒にランチボックス、レジャーシートはともかくとして、バトミントン一式にフリスビー、ボーリングのピン、フラフープ、ツイスターもあればブーメランもあり、ゴムボール、ビーチボール、ソフトボール……とボールだけでも数種類、スポーツ用品店でもひらくのかといった様相だったのである。
等身大もありそうなクマのぬいぐるみ(何に使うのか?)を両手で抱えたまま詩歌は言った。
「あ、いいところに……! これをリュックに入れるの手伝って〜」
「なんじゃこれは。荷物が多すぎるぞ」
「だって、したいことがいっぱいあるんだもん」
「といっても、それを全部やっている時間はなかろう。現地でできないことがあったとしてもそれもよし、また次回という気になればいいのじゃ」
セリティアは腕まくりしながら近づいて言った。こうなったらとことん、コンパクト化に協力するつもりだ。
かくて、可愛らしいリュックサックにちょうど収まるような荷造りが完成した。
緑あざやかな自然公園、これが三人の選んだピクニック先。
「気持ちいいー♪」
リュックサックを背負ったまま詩歌は子ウサギのように駆け回った。
緑の木々、緑の足元、気のせいか風も緑色に感じる。淡い水彩画のような緑に。
「あっ」
子ウサギ詩歌はぴたりと足を止めた。
緋影に気づいたのだ。彼女はレジャーシートを広げ、用意したバスケットを置いている。
「手伝うよ」
その足取りがいっそう軽くなったのは、ランチの準備とわかったから。
「ありがとう、しーちゃん。でも、もう終わりますよ」
緋影は軽くうなずいて、それよりセリティアの様子を見てきては、と提案した。
「……なんじゃ?」
そのセリティアは、木陰で本を読んでいる。さすがに分厚い本ではないが、ぎっしり字の詰まった文庫だ。
「クーちゃんも一緒に遊ぼうよ。ひーちゃんも準備はもう終わるし」
「読書中でな」
「そうなの……」
にべもなく断られて、詩歌は渋々と戻っていった。荷物からボールを出して、緋影と二人でバレーのように遊んでいたが、
「やっぱり、クーちゃんも遊ぼっ」
ボールが転がったのをきっかけに、たたた……とセリティアの元に駆けて告げた。
「いや、わしは本が……」
「現地でできないことがあったとしてもそれもよし、って言ったのクーちゃんだよ。本を読むのはまた次回、今日は遊ぼうよ。ね?」
「そう言われると断りにくいわい」
かくてセリティアは重い腰を上げ、詩歌はやんやと手を打ったのだった。
やがて楽しいお弁当の時間となった。
「短い時間でしたが、お二人の好きなものは色々入れてみました」
なんとも家庭的、それでいて色鮮やかなおかずの数々がそこにあった。
ふんわり卵とそぼろを乗せたご飯に、タコさん状にしたウインナー、小ぶりなハンバーグはイワシのつみれ入りで、ミニトマトの赤も目に嬉しい。ちくわにはシャキシャキのきゅうりが通してあり、定番のアスパラベーコンはいい焼き加減だ。揚げシュウマイにカツは中身がギュッとつまっていてボリューム満点、ごぼうサラダは軽めの味付け、スパゲティのサラダはつるっとしたゆで加減である。……他にも色々、百花繚乱、少しずつだが種類豊富で、飾りつけもていねいなので触るのがもったいない気持ちになるほどだった。
「腕によりをかけて作った力作だね!」
「ほほう、これは上出来じゃのう」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
さあどうぞ、召し上がれ。
緋影の手作り弁当は、外で食べればおいしさも倍増なのだ。
ランチを終えたあとは、再びボールで遊んだり、クローバーで花かんむりを作ったりと楽しい時間を過ごした。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもの、いつの間にか詩歌は、シートに身を預けて眠っている。
「……ではワタシも」
緋影も小さな欠伸をして詩歌に続いた。
「ふむ、こうして見ると」
セリティアは微笑した。
「本当の姉妹のようじゃな」
クローバーの白い花が、詩歌の頭に揺れている。
First |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last