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リアクション
●いざ行かん、ポートシャングリラ
若葉のころの、また別の一日。
巨大ショッピングモール『ポートシャングリラ』。
パラミタの住人であれ名を知らぬ者はないだろう。ありとあらゆるものが売られる商業の首都ともいうべき都だ。
服飾の専門店、主立ったブランドだけでざっと八百。これがそのメインであるが、これに加えて無数とも思える家電・食料・雑貨等々の店がひしめきあい、プラモの飛行機でも自家用飛行機でも、目が飛び出るほどの価値がある宝石から涙で目が曇るほどのクソゲーまで、売っていないものはないのではないかと思えるほどの様々な店が軒を連ねている。さらには映画館、遊園地、公共機関の出張営業所までありそのすべてが拡大を繰り返しているという、一日ではとても回りきれないほどのヴォリュームとエネルギーに満ちあふれた施設である。
そんなポートシャングリラにも四季がある。
年始のバーゲンがあり夏のフェスタがありそして、春の棚卸しがあるのである。
今日はその、春の一斉売り尽くしがはじまって数日目だ。
「いつもは、なんだか圧倒されるような気持ちになっていたの、ここに来ると」
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)の告白を聞いてほしい。
「あれもほしいこれもほしい、けど、買えない、予算の壁が私を阻む店そんな日々だったわ……けれど今日は違う」
シュキーン、と日本刀を抜き放つような効果音。
「懐が温かいんだもの、臨時収入で!」
本当に叫んだりはしないが、叫びだしたい気分のさゆみである。
つまりリッチということだ。理由はある。
コスプレアイドルデュオ『シニフィアン・メイデン』として製作した写真集が、思った以上に売れ、その分厚い印税が振り込まれたから。
それだけではない、テキトーに買った宝くじで、節制してえば半年から一年は平気で暮らせそうな当たりを獲得してしまったから。
「だから今日は、ほしいものを買って買って買い抜くことができるの!」
「……さゆみ、少しは貯金しましょうよ。印税も当選賞金も」
アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が冷静に指摘する。なお、『シニフィアン・メイデン』のパートナーがアデリーヌであることは言うまでもない。
「アディ、今日くらいは許して」
すでに三着目となる夏物のブラウスを手にしてさゆみは振り返った。
「これは今まで、我慢と節約を繰り返してきた私たちへの天からのご褒美だと思うの。『汝、物欲を満たすべし』、ってメッセージなのよ」
もちろんアディのブラウスも探すから、と力強くのたまうさゆみの両手は買い物袋でいっぱいだ。
「そうは言ってもねえ……じゃあ、これでブラウスは最後よ」
「うん! 次はバッグね! 買いまくるわ!」
「いやだから貯金……」
と言いながらもアデリーヌの頬はほころんでいた。
さゆみの嬉しそうな顔を見ていると、どうしても幸せな気持ちになってしまう。
確かにさゆみは浮かれているけれど……浮かれている彼女は、とても可愛い。
いま、ポートシャングリラで浮かれているのはさゆみばかりではない。
風祭 隼人(かざまつり・はやと)が浮かれているのは、彼がいま幸せの頂点にあるからだ。
頂点といっても、あとはここから転がり落ちるだけの頼りない頂点ではない。近づく新生活、そこを目指してのひとつの頂点だ。これからもいくつか頂点はあるだろうが、そのひとつだ。
言い換えれば、独身最後の盛り上がりである。もうじき隼人には、新たな幸せが待っていることだろう。
そうなればきっと、彼は幸せを彼女とわかちあうに違いない。
そう、婚約者のルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)と。
「もう結婚まであと一か月くらいか……あっという間だな」
という彼の頬が緩みっぱなしなのは、人として当然のことだろう。
「ですよね……ほら、あのソファなんてどうです? マンションだと少し手狭かもしれませんけど」
二人がいるのは家具の専門店。ルミーナが指さすのは二人がけのふわふわのソファだ。
「そうだなあ。不動産もあとで回らなきゃいけないから……ソファは家が決まってから決めたほうがいいかな?」
新居はマンションが良いのか一軒家が良いのか、新居に合いそうなインテリアは……なんとも幸せな悩みが二人に訪れているのだ。
「そういえば、ルミーナさんが望む夫婦生活ってどんなものなんだろう? やっぱり一軒家がいいかい?」
「私はつつましく、ワンルームマンションみたいなところで結構ですよ」
「でもそれだと将来的に手狭にならないか? ほら……子どもができたら」
ふふっとルミーナが微笑した。
「あら、隼人さんたら気の早いこと。もしかして『子どもは何人ほしい』とか考えてます?」
「……それどころか、二人目の子の名前候補まで考えているところ」
照れくさげに隼人は後頭部をかいた。
怒られるかなと思いきや、ルミーナは包み込むような笑顔を向けてくれた。
「私、三人くらい子どもがほしいです」
「良かった。俺もそのつもりだったんだ」
隼人はうっすらと想像する。上の子の手を引いて下の子を肩車して、連れ添うルミーナは大きなお腹をしている。そんな家族でお出かけする自分たちの姿を……。
その頃、自分は何歳になっているだろう。
三人の母親になっても、ルミーナは美しいだろうか。いやいや! 美しいに決まっている! と、そこはすぐに結論を出す。
「家族が増えてから引っ越しても構いませんので、最初は小さな家でいいです。節約にもなりますし、むしろ小さいほうが……」
「そのほうが?」
「……隼人さんを……」
ごにょごにょと小声になるルミーナに、隼人は耳を近づけた。
「?」
「隼人さんを、近くで感じていられるから……」
彼女は恥ずかしげにしている。一方で隼人は、じんと胸が熱くなるのだった。
愛されている。
愛されている。
自分はルミーナに愛されている。
自分が彼女を愛するのと同じくらい、愛されている!
「できればここで、必要なものはそろえていきましょうよ」
たとえば、とルミーナは言った。
「ベッドとか」
「ベッド……」
いや、もう恋人なんだから。
それどころか婚約者で、まもなく結婚するんだから。
だからさらりと聞き流しても問題は全然まったくないのだけれど、妙に意識してしまって隼人は頬が熱くなってくるのを覚えた。
いつまでもこの、初々しい気持ちを忘れずにいたいな。
結婚しても。一緒に暮らしても。家族が増えても。何年何十年経とうとも。
爽やかなカップルを、もう一組紹介したい。
隼人とルミーナはもう結婚を間近に控えた関係だが、彼らはまだ、付き合って日が浅い。
それどころか実はまだ、キスもしていない。
――かつてのプレイボーイが形無しだな。
なんて自嘲気味にシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)は思うのだった。
けれどそれは彼が彼女……金元 ななな(かねもと・ななな)を心から大切にしている証拠だ。
シャウラにとってなななは、宝石、いや、命、いや、それ以上の存在といっていい。
だから今日、デートに着ていく服は念入りに半日以上かけて選んだし、行くべき場所の地図も、穴が開くほど念入りに読んだ。なななが好きそうなスポット情報も完璧だ。
スタイリッシュに決めて待ち合わせ場所、なななが来るであろう方向から見たときに最高の格好良さになるようなポーズで立つ。
スタイリッシュでクールな感じに決めたいじゃないか。
ところが、
「ゼーさーん!」
なななが小走りでやってきた途端、
「なななぁ〜」
惚れた弱みかすっかり目尻が下がってしまって、スタイリッシュではないが愛嬌のある表情になってしまうシャウラなのである。
無理だ無理だ。冷静にいられない。
彼女の天然な所も、一生懸命なところも、可愛い性格も、凄く好きで、凄く大切だ。
いやもう携帯の待ち受けとかツーショットだし! ……あ、これ公表して良かったんだっけ!?
ともかく、なななを前にするとどうしても、クールでいられない男心。
「ゼーさん、待った?」
「いや、今来たところ」三十分も前に来たというのは内緒だ。
「聞いたよ。ゼーさん、このところ特に軍の活動を頑張ってて忙しいって。わざわざ時間とってくれて、ごめんね」
「たしかに活動を頑張ってるのは本当だ。このところ特に、災害復旧作業やレスキューに力を入れてるからな。非常時は徹夜だってあるし……あ、でも、頑張ってるのはななながいるから。なななが俺の心の支えなんだからな。それに、なななのためならいつだって時間は取るぜ!」
「そう言ってもらえて嬉しいなあ。でも、時間なら気にしないで、なななは手伝うよ。レスキュー活動や復旧支援。だって同じ教導団員でしょ?」
胸が一杯になるとはこういうことだ。シャウラは抑えられぬ気持ちを言葉にしていた。
「ななな、抱きしめていいかー!」
「もちろんだよー!」
真っ昼間で待ち合わせスポットだけど気にしない。だって誰に遠慮する必要がある? 彼女の耳に唇を寄せてシャウラは言った。
「俺、今やってる活動は得意だしヤリガイはあるけど、災害や災厄なんてない方が良いんだから複雑だぜ。俺たちは、自分たちを必要としない世界のために活動すんだよ」
……って、キザだったかな、というシャウラの胸を、握りこぶしでなななはポカポカと叩いた。
「んもー……ゼーさん、格好良すぎ!!」
真っ昼間で待ち合わせスポットだけど、もう知ったことか−!
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