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リアクション
●デート日和 その2っ
「弾さんは、もっと女心を理解した方が良いです」
そうはっきりと風馬 弾(ふうま・だん)に告げたのはノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)だ。
冗談とか軽口ではない。真顔も真顔、超真顔で彼女は言った。
「今のままでは、結婚どころか恋愛にすら無縁のまま、生涯を孤独に送り、独居死に繋がりかねないです」
なんという衝撃の宣告! 思わず弾もへたへたと座り込みそうになりながら訊き返した。
「そんなに酷いの……?」
「そんなに酷いです」
きっぱり、ノエルの言葉には迷いがない。
「ノエル……あの、そこまで言わなくても……」
おそるおそるといった調子でエイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)が言葉を挟むのだが、根が真面目なノエルは首を振った。
「いいえエイカさん、これは弾さんのことを思って言っているんです。このままでは弾さんには暗黒の未来しかありません」
ですが、とノエルはやっと言葉を緩めた。
「手遅れということありません。弾さん、今日は私とエイカさんで楽しくポートシャングリラにお出かけする予定なのですが、弾さんも模擬デートだと思って付いてきてください。女心を指導いたしますから」
「えっと、そういうわけだから一緒に行こうね」
「う、うん……なんだか将来が不安になっていたところだったよ。孤独死したくないからついていくよ」
「その意気です」
というわけで弾はノエル、エイカと連れだって、三人でお出かけとあいなったわけだ。
三人は無料送迎バスから降りたった。
この広大な買い物空間で、弾は本日、なにを学ぶのだろう。
今日は、と入口近くで遠野 歌菜(とおの・かな)はぐっと拳を握った。
――人混みが苦手な羽純くんをうんざりさせないよう、ちゃんとプランを練って来たのです!
秘密のプランなので月崎 羽純(つきざき・はすみ)には言わない。だが張り切るのである。
作戦名だって決まっている。
名づけて、『合間に美味しいものを食べながら行こう作戦☆』!
作戦概要はまあ、名前から想像が付く通りだ。(ツッコミ不可)
歌菜はショッピングモールの美味しいものを事前にチェックしている。甘党な羽純のため、主にスイーツ関係である。
すなわち、美味しいものでちょこちょこ休憩を入れつつ、お目当てのものを買い物しちゃうのですよ! ……ということになるのだ。歌菜の言葉を借りれば。
「張り切っているな。何かアイデアでもあるのか」
「え? そんなことないよ」
歌菜はそうは言うが目が泳いでいる。
やれやれと羽純は腕組みした。
態度からバレバレだ。どうやら彼女は、自分のために今日、何か計画してくれているらしい。確かに羽純は、こういう人の多い場所は苦手だ。
けれど、彼女はまだわかっていないのだろう。
羽純は人混みは苦手だが、歌菜と出かけるのは好きだということを。
――嬉しいものだな。
自分のために歌菜が何か考えてくれていることに対して、思う。
けれど、口には出さない。どうやら秘密のプランらしいから。
シャウラとなななは、男女カジュアルの専門店にいた。
さすがバーゲン期間、有名ブランドなのにびっくりするほど安い。
まさか俺が、こんな提案をすることになるとは――と、一瞬思ったシャウラだが、そうしたいと思ったのだからためらう必要はなかった。
「これとかどう?」
彼女に示したのは御揃いのフード付きパーカー。つまり、
「わーい、これはおったら簡易ペアルックだねー!」
というわけ。
こういうとき、ノリのいいなななは二つ返事なのである。
そこから二秒でレジに向かって、購入二秒で気づいた。
「あ! このフードネコ耳ついてるじゃん」
そのせいで安かったんだろうかという気がしてきた。
なななは似合うけど、俺ヤベェ……と頭を抱えるシャウラに、大丈夫大丈夫、となななは彼の背中を叩いた。
「M76星雲からキャッチした情報によると、アストラギウス銀河のニャーン星ではネコ耳フードは成人男女の正装なんだよ。だから、ね?」
あれよあれよという間に、ネコ耳カップルの出来上がり。
「ゼーさん、可愛いにゃーん。ほら、ゼーさんも」
「え、俺!?」
だがなななの期待に満ちたまなざしを、裏切ることなどできはしない。
「……に、似合うかにゃーん?」
ああ、爆死……。これ以上ない、爆死!
でもいいんだ。なななが喜んでくれたから。
とりあえずなななの行きたがっていたゲーセンに行くとしよう。この格好で。
彼女によればクレーンゲームは、宇宙生物保護の練習機だというし。
「あの子たしか……」
ネコ耳姿で(しかも男性とのペアルックで)闊歩するなななにセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は目を留めたが、無粋と思い直し口を閉ざした。
「どうかした?」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が訊くが、首を振る。
「いえ、別に」
邪魔してはいけない。彼女だってプライベートだろう。自分たちだって、貴重な休みだ。
戦闘任務後に数日間の休暇が取れた。
これはいつものことなのだが、任務という命のやりとりが終われば、セレンフィリティは普段以上に欲望が高まる。昨夜はそれがセレアナに対し、ベッドの上で繰り広げられたわけだが、今日は違う形で表出した。
朝、セレアナが起きるなりセレンは言ったのである。
「見て、このチラシ! 春物在庫一掃バーゲンだって! もう始まってるんだ……くぅー、知らなかった−!」
女子はバーゲンという文字には弱い。
かくて本日、セレンの欲望は物欲として表出したのである。
気まぐれなセレンらしくていいじゃない――セレアナも最初はそう思った。
だがそれは、彼女が気に入った服を片っ端から買うのを見るまでのことだった。
「ねえねえ、これ、良くない!? さっきのチュニックと合わせてさ」
パンパンの買い物袋を下げながら、セレンは目の色を変えてセレアナに問う。衝動買いという言葉はまさに、いまの彼女のためにあるに違いない。
「この分だと月末はカツカツね……」
セレアナは溜息をついたが、「いいと思うよ」と言うのは忘れなかった。
「良かったー。じゃあ次はセレアナの分、選んであげるね!」
「いや、もう今日は必要な分は揃えたから私はいらないよ」
「なによう、つまんないなー」
「堅実、って言って」
いいながらセレアナは決意していた。
来月からはセレンの通帳やキャッシュカードも管理しなきゃ――と。
「ねえ、これ買った後、そのまま着て外行きたいけどいいかなー?」
セレンが媚びるような眼差しで言う。つまり、着替える時間がほしいということだ。
「いいよ。可愛いと思うし」
確かに、可愛いではあるのだ。
シャープな印象のあるセレアナは着る服を選ぶが、彼女の恋人は本当に、なにを着ても似合う。それは羨ましいような、鑑賞する側として(ときには脱がす側として)楽しいような……。
「購入完了。じゃあこっちの試着室で着るからねー」
「はいはい、私は外で待ってるわ」
セレンは試着室に消え、セレアナは外に出た。
セレンが入った場所の隣の試着室には、久世 沙幸(くぜ・さゆき)がいて衣装をあわせている。
この春から沙幸は大学生。
じつはこの春から、彼女には戸惑っていることがある。
それは……当然の事だから仕方ないとはいえ、大学には高校と違って制服がないということだった。
いつも何を着ていこうか迷っちゃう、とは沙幸の言である。
手持ちの服を着まわすというのも限界があるわけで……、そんなわけで、新しい服を買いにポートシャングリラまで来たというわけだ。
悩ましいのは、服の選択だ。
容貌が幼いとはいえ沙幸だって大学生、少し大人っぽい格好を選びたい年頃だったりする。ところがそういう服はあまり手持ちがないため、どういうのが似合うかわからないのである。
「それにしてもねーさま、どこ行っちゃったんだろう。意見を聞きたいのに〜」
と呟いたその瞬間、するりと試着室に藍玉 美海(あいだま・みうみ)が入ってきた。
「お待たせ、沙幸さん」
「って、ねーさま? なんで、一緒に試着室に入ってきているのかなぁ?」
狭いんだけど、という抗議など美海は簡単にスルーだ。
「大丈夫、試着を手伝って差し上げるだけですわ」
「試着なら一人でできるし、着てみたい服だってちゃんと持ってきてるんだもん。それに、こんなところ店員さんに見られたら、絶対に不審がられちゃうんだからね!」
「あら? 大きな声を出したら注目を集めてしまうんじゃありませんこと?」
「あ……」
黙った沙幸を了承したとみなし、両手をわきわきさせて美海は彼女に迫った。
「さぁ、脱ぎ脱ぎしましょうね〜」
「って、わわわわ。なんでそうやって脱がし始めるんだもん!?」
「だから、声を上げちゃダメですってば」
たくみな手練で美海は、沙幸をするすると脱がせていく。
「しかし、カーテンで仕切られただけのこの状況。いたずら心がムクムクと湧いてきてしまいますわね」
ただ脱がせるだけではなく、ごくごく自然な動きで沙幸の敏感なところを刺激したりもする。世界で一番沙幸の躰のことを知っているのは、沙幸本人ではなく美海だろう。
声を上げたくなるのをこらえ、懸命に押し殺した調子で沙幸は囁いた。
「こ、こんなところで絶対にだめだからね! 店員さんに見られたらきっと出入り禁止になっちゃうんだもん」
「それはそうですわね」
沙幸にとっては実に意外なことだが、美海はあっさりと引き下がった。
そして今度は脱がすのではなく、着せるほうへと動きを変えたのである。
「沙幸さんの魅力を引き出すのは、やはりエロカワ系ですわね。わたくしが見繕って差し上げた服、似合うかしら?」
「えっ?」
体の芯が火照りだしていた沙幸だが、肩すかし、いや、意外な流れに思わず訊き返してしまった。普段なら美海がますますヒートアップして大変なことになるはずだったのである。
「あら、沙幸さん? 残念そうですわね。もしかして本当は期待してたのですか?」
「べ、べつに期待なんかしてなかったし、ましてや残念だなんて思ってないんだもん!」
「心配なさらなくても帰ってからたっぷりと……ですわ。それともこういう状況の方がお好きなんですの?」
「違うんだもーん!」
はっとなって沙幸は口をつぐんだ。
「隣、なんだか騒がしい……?」
壁の向こうのセレンはちょっと不審がったが、まあ皆それぞれ事情があるだろうし、と黙っておくことにした。
「それにしても……」
と沙幸は鏡を見て思った。
――ねーさまの選んだ服、大人っぽすぎるんだもん。
かなり露出度の高い服だった。胸元は大きく開き、ヘソ出しの上にエナメルの黒い光沢。あわせるためのブーツもすごいヒールだ。果たしてこれ、大学に着ていけるだろうか……?
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