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リアクション
●愛のかたち
――今まで当たり前にあったから分からなかったけれど。
一時的とはいえ失って、樹月 刀真(きづき・とうま)は改めて、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がいかに自分に充足を与えてくれるかを知った。
ポートシャングリラを往く刀真の右腕に、月夜が機嫌良く抱き付いている。
心地良い重さと、柔らかい感触と少し甘く感じる匂い。
そのすべてが、月夜の存在を知らしめてくれる。
「月夜を感じられることの大切さが、今なら分かるよ」
ふと刀真の口を言葉がついて出ていた。
「何よ突然」
言いながらも月夜はずっと笑顔だ。
「ずっとそばにいてほしい、って思っただけだ」
「そんなことなら」
月夜は腕に力を込めた。
「嫌だって言ったって、いてあげるわ」
そんな二人から数メートル遅れて、玉藻 前(たまもの・まえ)が歩いている。玉藻はなんというか、参観日の母親のような表情だ。
「ふふん、いつもなら我が人目のないところで刀真の背中に抱き付くのだが……月夜の機嫌が悪くなるから大人しくしておいてやろう」
などと負け惜しみのように言っているが、それは言葉だけのこと、よりを戻した二人を眺めて、玉藻もなかなかに上機嫌なのである。
三人はこんな、いくらか変則的なデートをしていた。
ある程度歩いたところで、
「玉ちゃん、次、あそこの店に入るからね」
月夜が予告する。そして服飾店に入って、中で玉藻と合流するというわけだ。なお刀真は、
「正直女物の服に関して、俺ができることなんてない」
と大抵の店で壁際に行ってしまい、二人の買い物が終わるのを待つのが主体になっていた。
玉藻の「これから暑くなる。白や淡い青など清楚で涼しげな服装が良かろう」というアドバイスに従い、月夜は水色のワンピースを買った。次の店も月夜と玉藻は決めておいたらしい。その隣に躊躇なく入っていった。
「少し気が早いけれど水着を買いに行こう」
という話だったはずである。ところが、
「おい、水着って話じゃなかったか……? なんで下着売り場なのさ」
付いていくうち、これは妙だと刀真は気づいた。
そう、そこは女性専門の下着売り場。
ブラやパンスト、レースに満ちた神秘の世界だ。
「水着はもう少し待たないと良いものが出ないのでな」
玉藻が彼を抜かしざまに告げていく。
「女性の下着売り場……一番俺に縁遠いところだ」
なんとも居心地が悪いが、刀真は仕方なく壁際に寄った。
彼を置いて、女性二人は下着を物色するのである。
「その下着はセクシーと言うか際ど過ぎない?」
玉藻がチョイスした下着は大胆なデザインだ。どう大胆かは想像にお任せする。
「何を言う。先ほどのワンピースだかいう服に合わせるならこれが最良ではないか」
「そうかな〜?」
「まあ待て。ならば刀真の意見を聞くがよい」
「えっ、今刀真に見せるの!?」
「なんだ月夜? 以前は刀真に見せて感想を聞いていたではないか」
すると、ぽっぽと月夜の頬が赤らんだ。
「……えっと、その、確かにそうなんだけど、クリスマスのときに刀真に大胆なことを言っちゃったから、今は見られるのが凄く恥ずかしくて」
「ええい、今さら弱気なことを……。想像してみろ、あの清楚な服の下にこのような大胆な下着を着ている、それを知る事が出来るのは、服を脱がせる刀真だけ……どうだ?」
「えっと、刀真が私の服を脱がして……」
想像し始めると、月夜の頬の赤みは顔から耳まで拡がっていった。
ところが、ふと気がつくと玉藻の姿がない。
「玉ちゃん……? あれ?」
「ここだここだ」
なんと玉藻は刀真の腕をつかんで、嫌がる彼をいささか強引に月夜の前まで引っ張ってきたのである。
「玉藻〜、俺は女性物の下着売り場には用はないんだって。お前流石にやり過ぎだぞ?」
と言いながらも、ちゃんとついてきているのは刀真らしい。
「ほれみろ、月夜の手にある下着を。あれが月夜の肌を包んでいるところ、見たくはないか?」
「えっ」
刀真は息を呑んだ。
なんという、っぽい下着だろうか。魅力十分、それでいて可憐さもある。どんな女性が身につけても男性の心を捕らえるような下着だろう。
そして同時に彼は、クリスマスの夜の彼女の発言を思い出しても居る。
「刀真、私だけを見て! 私だけを愛してよ! ねえ、あなたの望むこと、なんでも私にしてくれていいわ。なんだってしてあげる。なんだったら今この場所で抱かれたって……」
月夜のあられもない姿を想像して血潮がたぎらぬ刀真ではない。
頭がぼうっとしてきた、なんだか鼻の粘膜がむずむずする。
鼻血……のようだ。
「ううっ、刀真、あまり見ないで………恥ずかしいの」
「ただ想像しただけだ」
「余計悪質……っていうかもう、確認はしてもらったから壁に戻って!」
二人のやりとりを見て、玉藻はからからと笑っている。
「青春よのう」
なんだかからかわれている気もするが――刀真は思った。今回の件では玉藻にも心配をかけたのは事実だ。今度なにかお礼をしよう。
歌菜と羽純は一旦自販機コーナーで休憩したあと、今度はメンズのショップに移動している。
「次は羽純くんの服選びだよ♪」
というわけで、羽純は着せ替え人形のように歌菜にあれこれ試着させられていた。
総合大型店なのでチョイスの幅は広い。アメカジ、ストリート、ハイファッションにキレイめなカジュアルまで……。
そう、実は歌菜が羽純に着てみてもらいたい服は、実は沢山あったりするのだ。つぎつぎと試す。
親バカならぬ妻バカかもしれないが、歌菜は惚れ惚れしてしまうのだ。……だって、彼にはなにを着せても似合うから。
「あぁ、いけない。羽純くん、ウンザリしてる?」
「いいや。そもそも服に対してあまりこだわりがないんでな。色々試すのも悪くはないさ」
それにしてもあと、何着くらい試すのかなあ。
新しい服を買いたいということなので、渉はレディースブランドの店に悠乃をエスコートした。
もちろん、子供服の店を選ぶなどという野暮はしない。れっきとしたティーン向けのカジュアルブランド店だ。
なかなかの人入りでごった返しているが、さりげなく渉は悠乃の背後に立って、ゆっくりと彼女が服選びできるよう配慮する。
「これ気に入ったけど……ちょっと高いですね」
淡い緑のシャツを手に取って眺める悠乃に、渉は優しく微笑みかけた。
「いいじゃないですか。君の目の色にもよく似合う。買ってあげますよ」
「でも兄様……」
「デートなんですから、甘えて下さい」
「……はい、じゃあ、あの、ありがとうございます」
消え入りそうな声で頭を下げる悠乃はとても可愛らしい。
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