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リアクション
●Dayz of Future Past
一ヶ月だ。
アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)が、シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)と言葉で想いを伝え合ってから、早くも一ヶ月が過ぎた。
今、アルクラントの隣にはシルフィアがいて、互いの鼓動が聞こえるほどに接近している。
そう、いわゆる恋人状態になったのだ。そのはずだ。
だから恋人らしいことをしようと、本日ポートシャングリラへ繰り出した彼らなのである。
けれど、どうにもこうにも、フレッシュな気分ではなかったりする。少なくとも、アルクラントにとっては。
――なんだかこれまでとあまり変わりがないような気がする。
いやこれは、今まで口にしてなかっただけでずっとそんな状態だったということだろう。そのはずだ。
などと考えることができるようになったのも、例のグランツ教の件がひとまず落ち着いたおかげだろうか。といっても、カスパールの生死は不明ということである。すなわち、この件が完全に片付いたとは言い切れないのだ。
「あなたに引き金が引けて?」
「必要なら」
アルクラントは安全装置を外した。
あの場面が脳裏に蘇る。
いつかカスパールとは、再び見(まみ)えることもあるだろう。そのときは、引けなかった引き金を、引かねばならない。そのときまでアルクラントは、一発の弾丸を使わずに取っておくことにした。
その日が永遠にこないほうがいいのかは、分からないけれど。
「……アル君」
シルフィアに呼びかけられて、アルクラントは我に帰った。
「何か考えごと?」
「いや、別に……」
アルクラントは何気ない風を装った。デートの最中に他の女性(カスパール)のことを考えていただなんて、露呈したら大変なことになるだろう。
「アルクラント、他のパートナーたちと別れ、私と共に来ると約束して下さい。そうすれば私はあなたに、私のすべてを捧げましょう……」
一瞬脳裏に浮かんだカスパールの記憶、その美しい容貌を、アルクラントは強い意志で振り払った。
「さあ、シルフィア、欲しいものを探しに行こう」
「いいけど……」
「なに?」
「手、つないで歩かない?」
「そうだな」
アルクラントはその手に、シルフィアの小さな手を握り込んだ。
「ふふ、なんだか今までと特別変わったことはないんだけど……ちょっと、照れくさいよね」
「けど、いい気分だ」
「そう! いい気分! これって恋人の特権ね」
シルフィアを見ていると心が和む。
そうだ――アルクラントは自問する――性格はもちろん外見だって、シルフィアのほうがよっぽど好みだ。なにを悩む必要がある?
まずは買い物、それにランチだ。和食だがデザートも凝っている店の場所を聞いてある。そこに行ってみてもいいかもしれない。
ちなみに現在、アルクラントの自宅では、完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)とエメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)が留守番なのである。
「うにゃー……マスターとシルフィア、最近二人だけで出かけることが多いよー」
ごろごろ、退屈なのでペトラは床に転がっている。
「あー……なんだかねぇ。確かにあの二人をちょっと進めてやろうというか、いじってやろうと思ってやったこととはいえ、こうもあっさりうまく行くとは……ちょっと予想以上だったのよね」
それで無聊を託つことになろうとはね、とエメリアーヌは苦笑気味に言った。
「うにゃー……それにしても……なんだろうなー。寂しいような、嬉しいような、本当に、よくわかんない。それに胸の奥……機晶石かな? なんだか熱くなるんだよ」
この複雑な感情ななんなのだろう? 今度友達のポチさんに聞いてみよう――とペトラは思った。
さて、弾とノエル、エイカの三人はどうしているだろう。
模擬デートコース、ファッションブランドのショップで弾は厳しい手ほどきを受けている。
「さあ、びしびし参りますよ。今から質問しますのでお答え下さいきに」
「うん」
二つの服をノエルは手にした。一つは白いワンピース、もう一つも白いワンピース。レースの装飾が異なり一方はリボン飾り付きだが、違いと言えばそれくらいだ。
「どちらの服が似合いますか?」
「どっちでも好きな方にしたら良いんじゃないかな」
「はい、0点!」
「ええー!」
「それは最低の答えです」
「じゃ、じゃあこっち……」
「2点! 言っておきますが百点満点ですからね」
「そんなあ〜」
頭を抱えてしまう弾なのだ。
「いいですか、この場合は『右の服は○○が良いし、左の服は××が良いね。きみはどっちが好き?』というのが模範解答です。つまり、良い点を挙げつつ結論を出さない回答をするのが正解ということになります」
「……ややこしいなあ」
「孤独死したいんですね?」
「うう……」
弾は涙が出そうだ。この硬直した雰囲気を和らげるくエイカが進み出た。
「ええと、どの服が似合うか聞かれたときは、極力露出度の高いものを選ぶのがコツよ。それでね、『着てごらんよ』とかおだてて更衣室に行かせて、『背中のファスナー下ろしてー』なんていうドキドキイベントに突入ってのもありね」
「なるほど……」
「エイカさん、変なこと教えちゃだめですよ。そういう非紳士的行為はっ」
「え〜、でもあたしは好きだけどなぁ……そういうデート」
「レ、レベルが高すぎですっ、エイカさんのは。大人のレベルが!」
赤くなっているところを見ると、この程度でもノエルには刺激が強いらしい。
「あら可愛い」
くすくすと笑ってエイカは提案した。
「じゃあ次はプリントシール機でも行ってみようか。弾も写ってね」
「えー、恥ずかしいからヤダ」
「孤独死」
「行きます」
……こんな調子で模擬デートは続いた。
「デート中の会話は、女の子に対して聞き役になること。自分の好きなことばかり話さないこと」
「今日はもうずっと講義を聞かされっぱなしだよ……」
「そういう揚げ足取りもしないこと」
という話があったり、
「お買い物した荷物は、当然持ってあげるべきです。その方が私達が楽……あ、いや、女の子はキュンときますから」
「いやもう自動的に持たされてるんだけど……」
「持たされるんじゃなくて自発的に持つんです」
「いいように利用されてるような……」
なんて一幕もあったりした。
だがあまりに抑圧的だと、弾がイヤになるかと思ってエイカがそのたびに、
「階段やエレベーターは二段飛ばしで駆け上がって男らしさを見せるの」
とか、
「ジュースの氷をバリバリ噛み砕くのは基本ね!」
とか、
妙なアドバイスをしては「エイカさん、変なこと教えちゃだめですって」「いやあ、あたしはそういうの好きだから」なんていうやりとりが繰り返されたことも記しておこう。
「はーい、ワイバーンドールズはここ、ブランドショップ○×○に来ていまーす」
「伏せ字なんじゃなくて本当にそういうブランド名なんですよね」
理沙とセレスティアのレポートは続いている。
「洋服は夏ものの可愛いのがあっていいなと思うんだけど。でもねっ。この身長だと、可愛いデザインがね……ないのよ」
「突然なんですか」
「いや、これ主張しときたかったんで! そりゃ似合うかとかいう問題もあるわよ、でもそもそもサイズがないのよ。入らないのよぅ! むききー! あっ、でもね、うん、ムネは余る……何てことだぁ」
なんだか憤懣やるかたない感じの理沙なのだ。
「でもサイズあってイケそうな服は、カメラ回っていないところで買っちゃうのよね」
「いま、カメラ回ってますけど……この会話多分編集で没ですわね……」
「あ−、もうどうせ没なら言っちゃうけど、そろそろ夏にむけて、私たち、新しいコスチューム造らなきゃいけないのよねー。きゃっきゃうふふー」
「……『きゃっきゃうふふ』って本当に言う人初めて見ました」
なお、この部分は編集されずに放映されたということだ。すごい番組だ。
一足早く夏服を、買いに来たのは冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)だ。タンクトップのホットパンツという本日の服装も、夏先取りという感じで健康的である。といっても健康的なお色気もかなり発散しており、異性からの視線をときおり感じるが、動きやすいに越したことはないだろう。
「御姉様は、このようなところでいかがでしょう」
同伴者の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)に、小夜子は嬉しそうに服を手渡した。
ストラップレスのワンピース、色はワインレッドだ。なんとも情熱的である。
亜璃珠は手渡された服を眺め呟く。
「今年はまあ、その、余裕を持ったスタイルを見せたいので、ワンピースやロングスカート、ゆったりめのブラウスをメインにあまり肌を出さないようなものを……自分では選ぶつもりだったんだけど」
「あら、お気に召しませんで?」
「いいえ。小夜子の見立てなら間違いはないでしょう」
優雅に微笑すると、亜璃珠は試着室に消えていった。どうしてあの子は、無意識にこう、ボディラインを強調したり、露出がキツイのを選んでるのかしらね――などと考えながら。
数分後。
「美緒へのプレゼントは……意外と露出の高いものを着てることが多いみたいだし、スタイルの出るワンピースがいいですわね」
色は白にしようかな? 髪と同じピンク色も良いかも――と、服を選んでいた小夜子に、試着室から声が掛かった。
「御姉様?」
「ええそうよ。来て頂戴」
カーテンをくぐって小夜子は試着室に入った。
そして、見た。
かなりキツイ服に亜璃珠がとらわれてしまっているのを。
「正直、一回りきついわ」
「ええと……でも御姉様のサイズは……」
「それ、多分去年のデータではなくって?」
「……そうでした。御姉様少し太っ……いえ、成長したんですね」
着替えるのを手伝います、といって小夜子はカーテンをしっかり閉じて亜璃珠に近づく。
「アンっ、そんな乱暴にしないで。……痛っ」
「ごめんなさい。ならこれは……」
「くすぐったい。んっ、やぁあっ、もっと優しく……!」
「御姉様ったら……そんなはしたない声を……」
小夜子の瞳が熱を帯びて潤んでいる。
「まあね、入らないものを無理やり入れようとしてるんだから、変な声が出ちゃうのは仕方がないじゃない」
不機嫌そうな亜璃珠なのだが、逆に小夜子は楽しそうに、彼女の躰をさすりはじめた。
「グラマーなスタイルですし、無理矢理着るとムチムチしますし色気があって素敵です。わざとではないとはいえサイズの違う服を持ってきて良かったかも……?」
ところが亜璃珠だってやられっぱなしではない。
「なに言ってるのよ。ちょっと鍛えてるからっていいわね!」
するっと手を滑らせて、小夜子のタンクトップのなかに白い指を差し込む。ホットパンツにも。
「引き締まったカラダよねえ、小夜子。でも柔らかいところは柔らかくて……引っ張りたくなっちゃう」
「いやだ御姉様! ああんっ、引っ張る以外のこともしてません!?」
ぺろっと亜璃珠は赤い舌を出した。小夜子の耳を舐め、耳朶に熱い息を吹きかける。
「……見たり聞いたりするだけじゃ満足できないでしょう、下手な悪戯で誘わなくても、望めばいくらでもしてあげるのよ」
さっきまでの攻勢はどこへやら、小夜子はすっかり、亜璃珠のなすがままだ。
「えっ? 御姉様。何を……。や、やぁ! 御姉様。胸は弱いから…!」
「いい子ができて慎み深くなるかと思ったら全然変わらないんだから、本当に困った子よね、それは嫌いではないけど……」
「お、御姉様、それは……」
亜璃珠の手には、まだ温かい小夜子のブラがあった。手品みたいなテクニックで、するりと抜き取ったのだ。
「はい、これは没収」
「ええっ、そんなことをされては……外に出られません」
艶っぽい眼で小夜子を眺め、そんなに尖ってちゃあねえ、と亜璃珠は意地悪に微笑んだ。
「うふふ、だったらしばらくそこにいなさいな」
と言い残して亜璃珠は、手早く着替えて外に出てしまった。
つい、乗ってしまって一回り下の服を買ってしまう亜璃珠である。
帰宅してから冷静になり、ダイエットを本気で考えることになりそうだが……。
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