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リアクション
●クロスファイト
ポートシャングリラ内のゲームセンター。
古今東西のゲームがどんと揃えられたこの施設は、一日や二日ではすべてのゲームをチェックしきれないという噂すらあるゲームの宮殿である。
といっても入口は大きく広く清潔なので、クレーンゲーム機に興じる親子連れやカップルでいつも賑わっている。
その一角に五人……いや、五人と一匹の人々が集まっていた。
一人は、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)。教師とゲームセンターという組み合わせは色々と違和感があるものだが、気にする風もなく生徒……小山内 南(おさない・みなみ)と向かい合っていた。
「学校以外で会うのは久しぶりだな。南君」
厳格で知られるアルツールだが、今日はオフと言うこともあるのだろうか、柔和な眼でうなずいた。
「うん、前に増していい目を、しっかりした強い目をするようになった。
もう、南君は心配は無さそうだな。司馬先生にお願いした論理的思考の勉強の方も、多少は役に立ったようで何よりだ」
「ありがとうございます。先生と……師匠のお陰です!」
「師匠?」
「アルツール君のいるところでそれを言っちゃ駄目じゃないか……おっと」
司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)、論理的思考の勉強として、南に麻雀を仕込んだのは彼だった。
「ええ、コホン」
アルツールが別段とがめる様子でもないのを確認して、仲達は続けた。
「ところで、去年の年末の話は聞いとるよ、随分強くなったそうではないかね。そこで、卒業試験、というほどのものではないが一つここの麻雀でワシと対戦してみんかね」
「お、さすが師匠はん、話がわかる!」
ケロケロっ、とカエルのぬいぐるみが声を上げた。カエルの カースケ(かえるの・かーすけ)、南のパートナーである。
「その麻雀なのだが……」
眉間にいくらかシワをよせ、アルツールが口を挟んだ。
「イカサマに凝っているのが少し気にかかかるが……騙されないためには騙す手段を知っておくのが一番だ。魔術師としてやっていくなら、知恵を駆使して戦うような場面もあるだろうから、そういった点でも役に立つだろう。ただ、日常ではあまりやり過ぎんようにしたまえよ?」
「あ……はい。イカサマはここ一番というところでしか使わないようにしました。最近はもっぱら平(ヒラ)です」
「ああ、平というのはイカサマなしという意味である」
司馬懿が注釈を入れた。
「あ……でも、店の乗っ取りを企んだり弱い者イジメをするような悪い人相手には、ためらわず使いますけど」
「牌の読み方もわからんド素人の演技したりしてな〜。南も怖い娘になったもんやでぇ」
カースケがカカカと笑った。
なんというか、今の南には、かつてなかったたくましさが出てきたようだ。
弟子の成長ぶりに司馬懿は含み笑いして言った。
「もちろんここの麻雀ということはコンピュータの通信対戦となる。コンピュータ故にイカサマはできんぞ……こういう対策の裏をどう掻いてくれるかも楽しみにしとるよ。まあハッキングでもされたら御終いだが。
「さすがにそこまではしませんよ」
「ならばよし。もし君が勝ったら、ここのモールで売ってる外出着か化粧品の一つもプレゼントしようじゃないか」
「師匠、本当ですか!」
「先生と呼びなさい……今は。コホン、本当だとも」
「その勝負、我も参加していいのだな?」
ここまで黙っていたソロモン著 『レメゲトン』(そろもんちょ・れめげとん)がずいと身を乗り出した。
「ああ、遠慮なくやってくれ。司馬先生、南君、カースケ君と四人打ちをするといい。私は見ているとしよう」
かくして、麻雀がはじまった。
「おっとと、南君は雀力という意味ではワシに迫りつつあるな」
司馬懿も舌を巻いた。少女とは思えない冷静にして大胆な打ち筋を彼女が見せ始めたからだ。司馬懿流の耐える麻雀とは対極の雀士が最近の南である。
「まあ、カースケ君はもう少しだな」
一方、カースケのほうは隙が多く、つけいりやすい思考をしてくる。だが、ときとしていい手を見せるので油断はできない。
試合は南がややリード、これを仲達が追うという競り合いになるか……と思われたが、南一局目、
「さてさて、二人にばかりリードされていては面白くない」
ここで『レメゲトン』が逆襲に転じた。
「時に貴公」
言いながら捨て牌をはじめたのである。
「風の噂に、好いた男ができたらしいと聞いたのだが本当か?」
「え、な、なんの話ですか?」
「ほうほう。今時の若いのなら、もう接吻くらいはしているのだろうな、ん? それとも(ピー)くらいまで行っているとか…」
きりっとした端整な顔つきと表情で、下世話なことを言うとは、なんというギャップ……。ちなみに『レメゲトン』の(ピー)は口で言っているので気にしないでほしい。
「そんなことありません! わ、私が一方的に憧れているだけで……」
と声が上がってしまって、彼女は捨てる牌を間違えた。
これはいける、と判断して『レメゲトン』はさらにつっこむ。
「まさか告白もしとらんとか言うまいな。まだ若いのだ、細かいことは脇において、脇目も振らず突っ走るのも良かろうて」
「だって……そんなこと言われたって………あの人には……」
「あ、それロンだ。ホンイツ、チートイ……ダマテンだがな」
「えー!」
この上がりから戦力バランスが一変してしまい、最終的には『レメゲトン』、司馬懿、南、カースケという順位になってしまったのだった。
「ところで貴公、我が買った場合も外出着か化粧品の一つを買ってくれるのだろうな」
司馬懿に『レメゲトン』が迫るが、彼は当然のように空とぼけた。
「はて、この仲達、南君としか約束をしておらんぞ」
「くうっ、まあどうせそうだろうと思ったが……しかし南よ、次の訓練目標は『恋愛ベタ』の告白だな」
ふふふと『レメゲトン』は言うのであった。
やれやれ、とアルツールは溜息した。
南はたしかに成長した。だが、必要以上にたくましくなっているわけではなさそうだ。喜ぶべきか、惜しがるべきか……。
「偶然ですね」
緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は顔を上げた。
カーネリアン・パークス(かーねりあん・ぱーくす)がやってくるのが見えたのだ。
百合園女学院の夏服、その上になぜかわざわざ、黒いジャケットを羽織っている。いつ見ても美人ではあるが、やはりいつも通りその目つきは鋸のように鋭い。
カーネは足を止めた。
「偶然と言っても、また会えるような気がしていました。ここで。
だから待っていたんです。あなたを」
遙遠はぐるりと周辺を見回した。ポートシャングリラはかつて、カーネリアンが何度か目撃された場所だ。だからその移動ルートや行動は、ある程度予測が立つようになっている。
つねに大量の人がいるポートシャングリラだが、一部の未開発箇所は寂しい有様となっている。ここもそうした場所の一つだ。
喧噪のなかにぽっかりあいたエアポケットのよう。カーネの移動ルートにあるこの場所が、なんとなく彼女に似合っているように遙遠は思えた。
だから今日、ぶらぶら歩いていてここにたどりくと、そのまま半日ほど彼女を待った。
「何の用だ」
「ただ単に会いたくなった。それでは駄目ですか」
また辛辣な言葉が返ってくるのだろう――遙遠は予測した。
別にそれで構わない。カーネはまるで有刺鉄線を巻き付けた桃だ。彼女に触れようとすれば、鋭い痛みを伴う怪我を避けることはできない。だけど鉄線をこえたところには、傷つきやすい柔らかな少女がいる。
はね除けられるか罵倒されるか……いずれにせよ、彼女は無言で去ったりはしないだろう。それだけを期待して遙遠は待った。三秒ほど。
ところが、
「ああ」
意外なことに、カーネはそう答えて近づいて来たのだった。
「……座りませんか?」
錆の浮いたベンチに遙遠は腰を下ろしている。その隣を、勧めた。
元は飲食店の順番待ち用のベンチだったのだろう。しかしその店舗が倒産したようで、放置されたものと思われた。
「おっと、そのまま座っては汚れます」
遙遠は白いハンカチを広げてベンチに敷いた。
「はい、どうぞ」
「貴様はどうしてそのまま座っている?」
「淑女に汚い場所に座ってもらうのは心苦しいので」
「その淑女にときどき変装してアルバイトしている男がよく言う」
なんだか冗談のように聞こえた。いつものように辛辣だが、相手を傷つけるためだけに言った言葉には思えない。
カーネは、わざわざハンカチを避けてどさっと座った。
「まずは……共闘して頂いたことに対するお礼を改めて言いたいですね。ツァンダ決戦のとき」
「あれは、命を助けてもらったことへの礼だ」
「前に、『借りは返した』と言いませんでした?」
「……そのあと、泊めてもらったり食事の提供を受けた分を含めた礼だ」
「あいかわらず、借りを作るのが気に入らないようですねえ」
「そういうものだろう、世の中は」
カーネが『世の中』などという言葉を使ったのが、なんだか遙遠にはおかしく思えた。でも笑ったらきっと彼女は怒るので、落ち着いた口調で告げた。
「違いますよ。無償の愛というものがあります。
たとえば、親が子に示す愛。あれはどう考えても均等の関係じゃありません。たいてい、親の愛は子に貸しっぱなしになるものなんです。ね、小さな親子関係だって説明できないんです。どうして『世の中』すべてが、貸し借りで説明できるなんて言うんでしょう?」
「……」
彼女は答えない。
「不快になったのならすみません。本当に、お礼を言いたいだけなんですよ、遙遠は。ありがとうございました」
カーネに立ち上がる気配がないのを見て、思い切って彼は言った。
「あと、友人としてアドバイスを。カーネはもっと態度を柔らかくしたほうがいいと思いますよ。そんなに肩肘張っていたら疲れるでしょう?」
しかしこの提案はまずかったか、
「貴様の話はわからん!」
いきなりカーネは声を荒げて勢いよくベンチから立ったのである。
びりっ、と音がした。
「あ……」
二人は同時に言った。
錆びたベンチに座って勢いよく立ったものだから、カーネのスカートは引っかかって見事に裂けてしまったのだった。
当然、かなり厳しい外見になった。
どすっ、とまたカーネはベンチに座り直した。
腕組みして、ぐっと口を真一文字にしている。
けれどほんのり、目の下が桜色になっていた。どうやら彼女にも、恥ずかしいという感覚はあるらしい。
「遥遠たちに言ったら……殺す」
「言いませんよ」と優しく告げて彼は言う。「幸いショッピングモールにいるんです。スカート、買ってきますよ」
「男がスカートを買うのか」
「大丈夫、幸い、女装するのは得意です。淑女にときどき変装してアルバイトしているくらいですから……正確には女児ですけどね」
「………………すまん」
「え?」
「さっきは馬鹿にして、すまなかった」
いいんですよ、と笑みを浮かべて、遙遠は店のある方向に歩き出した。
「すぐ戻りますからね。可愛いスカートを選んできますよ」
「可愛くなくていい!」
「……はいはい」
でも、うんと可愛いのを選ぶとしよう。