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リアクション
●Some Are
雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は足早に歩いていた。
いつも足早になってしまうのだ。バーゲンのときは。
なぜって、たまの休みって、女にとっては大切な日だから。
勝負服……いや、素敵な物を買い出す日、なのだから。
バーゲンとあればなおさらだ。いっぱい買ってもやはり早足。色々と気が急くので。
「あー買った物どう運ぼうかしら」
しかし両手一杯の買い物袋は、さすがのリナリエッタにもいささかこたえた。郵送しようにも、配送所まで歩くことを考えただけで疲れる。
ところがここで古典的表現、すなわちリナリエッタの頭の上に、豆電球がピンと点灯した。
「……あ、いい『子』がいたの思い出した。彼メール持ってるか分からないしテレパシーで呼びかけてみましょ」
思い立ったらすぐ実行。リナリエッタは呼びかけた。……耀助目がけて。
「耀助ちゃーん、元気ー? ナンパできるいいポイント見つけちゃったー」
「呼んだ?」
そうしたら一分立たずして彼が現れたのだから、さすがのリナリエッタも驚いたわけだ。メッシュのシャツに忍者服、仁科耀助見参だ。
「いや、たまたま近くにいたんだって、いつもこんなに早くないって」
にへらと笑う彼の言葉は、どこまでが本当かはわからない。
さてリナリエッタは提案をした。
「……というわけで、貴方がナンパしてる間に私は買い物をする」
「うん」
「休憩がてら貴方は私の荷物を運んで、別の場所でまたナンパをする。いい方法でしょ?」
「待って、それ、ただの荷物運びじゃないの?」
「あら、私知りませんでしたー」
「待ってよ待ってよ、今日、用事あるんだって、俺」
「えー、なあにそれこのお姉さんを捨てて優先するほどの用事ー? あ、さては女だな女!」
「そういうこと言わないの。ま、女といえば女だけど……那由他もからんでるし……でもさあ、俺が先約ほっぽってリナリエッタ姉さんの誘惑にホイホイついていくような男だったら、姉さんだって軽蔑するでしょ?」
「ふむ……ま、その通りだわ」
言うようになったじゃない、とリナリエッタは腰に手を当てて言った。
「でもね、これだけは言わせて」
「はい」
「耀助ちゃん、私は永遠の乙女なの。その、姉さんみたいに年上みたいな感覚は止めて頂戴」
「いいよ、俺も永遠のボーイだから。永遠の弟キャラということで」
「ま! モノは言いよう、みたいな顔しちゃってさ」
「けども俺もこのまま去っては男がすたるってものだよね。せめて姉さんの今の荷物を配送所まで持っていってあげるよ」
「よろしい。でも、『姉さん』呼ばわりはやめなさい」
「まあいいじゃん。ほら、全部貸して、荷物。住所はここね。じゃ、また!」
大量の荷物を一部は背負い一部は手持ちして、それでも身軽にお猿のように、ひょうと飛んで耀助は去って行った。
「……ふられちゃったのかしら、クスン」
などと似合わない独言して、ま、いっか、とリナリエッタはうなずいた。
いいとしよう。あの耀助、本当に幸せそうだし。
それに自分は身軽になったことだし。
「ふふ………さて、まずは夏用のワンピース、いっぱい買うわよー!」
さっきの荷物はコスメや靴が中心、本番はこれからだ。
「って、あー、ごめん!」
張り切って行こうとしたリナリエッタの目の前に、耀助が転がるようにしてやってきた。はあはあと息が切れているところからして、結構全力で戻ってきたらしい。
「……言うの忘れてた。今日のお駄賃に今度デートしてよ」
女性に対しとことん軽薄なのに、それなのにこの男が嫌われない理由が、リナリエッタにもなんとなくわかったような気がした。
「あらなに、リナリエッタ様はそこまでお安くなくってよ」
「えー! ランチデートでもいいから、ね!」
「仕方がないわねえ。その必死さに免じて一回だけよ。この私、リナリエッタ様と食事できるという光栄に浴する男は、そうはいないんだから!」
「感謝感激、ではまた!」
そう言い残して、来たときと同じくらい素早く耀助は姿を消したのだった。
――耀助坊やとデート、ね。
余裕の表情だが、なんとなく口元がにやついてしまうリナリエッタなのであった。
その日、ユマ・ユウヅキ(ゆま・ゆうづき)をポートシャングリラに誘ったのは琳 鳳明(りん・ほうめい)だった。
すっかり親友の二人だ。ウィンドウショッピングを楽しんだり、お互いの服をコーディネートしてみたり、バザーで可愛い小物を探してみたり……本当にただ、他愛なく休日を楽しんでいた。
少し暑くなり喉も渇いたので、休憩を兼ねて喫茶店へ入った。
磨り硝子が印象的な明るい店内だ。レトロな雰囲気で統一されており、昔ながらの『パーラー』なんて呼びたくなる。
注文は、二人ともアイスティー。まずはぐっと四分の一ほど飲んで、鳳明はまっすぐにユマに向き直った。
「それで……さっき言った話って、本当?」
「はい。本当です」
鳳明は衝撃的な言葉をユマから聞いたのである。買い物の途中でさりげなく、本当にさりげなくユマは言ったのだ。
「私……あの人に告白するつもりです」
と。
「あの……確認していい、ユマさんが好きな人って、あの……こんな言い方したくないんだけど……どっち?」
ユマは恥ずかしげに目を伏せていたが、ためらいがちに身を乗り出して、鳳明の耳に囁いた。
「そうかー」
深々と鳳明は息を吐き出した。
妥当な選択に思えた。
いや、よく考えてみるともう一方であっても妥当と思ったに違いない。
それくらい、ユマを愛する二人はいずれも魅力的だったから。
「……それで、もう一人の彼には……?」
「謝りに行きます。許してくれないかもしれませんが、ここまで優柔不断だった私の不明をお詫びします」
「……それってつらいよね。私、一緒に行こうか?」
「いいえ。すべては私の責任ですから。鳳明さんに来てもらったら、私は鳳明さんに甘えて心から謝ることができないかもしれない」
「そうか、そうだよね」
鳳明は改めて思った。
――お花見の時。今にも消えそうなあのユマさんはもういない。自分の足で立ってそこにいる。
それが、嬉しい。
「よし」
しゃきっと身を起こして鳳明は敬礼した。
「これからユマさんは殿方への告白という戦場へ向かうのであります。
そんなユマさんへ、僭越ながら私から激励の言葉を送りたいと思いますっ!」
すぐに表情を和らげて続ける。
「幸せってね、どんな人でも求める権利があるんだよ。
でも、求めた幸せをつかむには、その幸せを周りの人達に認めてもらって、幸せになる手伝いをしてもらう必要があると思うんだ。
……ユマさんはさ、もう色んな人が幸せになることを認めてる。あとはユマさん自身が求めるだけなんだよ。
そして……その一歩をもうすぐ踏み出すんだよね。
頑張れ! そしておめでとう!」
ティーのグラスを鳳明は掲げた。ユマもそれに自分のグラスを合わせた。
乾杯。
ふう、と息をついて鳳明はテーブルに腕を置いた。
「私がユマさんに電話をかけて友達になろうって言ったんだけど、今思うとと唐突だったねー」
「そうですか? 私は嬉しかったです」
「そう? ならいいんだけど……で、それからずっと友達として一緒にいて……」
言いながら、なんだか鳳明はうなだれてしまう。
「はぁー、ユマさんがリア充になってしまったら、こうして一緒にお買い物する機会も減ってしまうんだね……。女の友情は恋愛の前には儚いのさ……」
「そんなこと言わないで下さい。ずっと友達ですよ。約束です」
「あ、万が一どっちもフッちゃうのなら私がユマさんをもらうよっ! ユマさんならどんと来いだよ♪ ……いや冗談だよ?」
「ふふ……そうしましょうかしら。私が告白に言っても、彼は『君はひっぱりすぎだ。俺はもう心変わりした!』といって断られてしまうかもしれませんし」
「それだ!」
「そうなったら鳳明さんにお嫁さんにもらっていただきますのでー」
「ははは、大丈夫だって。……あ、けど後で顛末は私に報告することっ!
これは親友としての勤めなのです!」
「ええ、真っ先に報告します」
鳳明とユマは指切りをした。