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冬空のルミナス

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冬空のルミナス

リアクション


●らばーず・いん・ざ・してぃ

 巣穴から頭を出したシマリスのよう。なんだか怯えた様子で、けれどせわしなく、すべての方角を見るように、一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)は周囲を見渡している。
「まだ空京だよ。さっさと行かないと書き初め終わっちゃうから−」
 とパートナーのアイラン・レイセン(あいらん・れいせん)がしきりと彼女を急かしていた。
「多数の人々が参加するんですよね……え、ええと………その、耀助さんもいらっしゃるでしょうか?」
 それゆえに悲哀はきょろきょろしているのだ。つまり……仁科耀助の姿を求めて。奇跡的な偶然が派生し、このあたりで遭遇できたら――という期待もあった。
 悲哀は、書き初めそのものにはほとんど興味がなかった。もともと彼女にとってはあまり馴染みのない行事だ。これまでを思いだしても眺めるのがせいぜいで、実際に筆を執ったことなど数えるほどしかなかった。
「悲哀ちゃん、そんなに耀助ちゃんが気になるなら、いっそ自分から誘ったらよかったのにー。『書き初め一緒に行きましょー』って♪」
「そ、そんな……私が誘うなんて……! 断られたらと思うと怖くてできないです……」
「断られたら『また誘いますね』で、いーんだよー! ていうかなんとなくだけどね、断られない気がするんだよー♪ 耀助ちゃん、なんだかけっこう悲哀ちゃんに興味もってるようなー」
 なぜかニヤニヤ、顔がにやついてしまうアイランだ。まあそう考える根拠は、単なる勘だったりするのだが。
「そ、そ、そんなことありません! そうだったら……嬉しいですけれど
「えーなに聞こえなーい。まったく、はにかんじゃって可愛いなぁ、もう♪」
 といった感じで道を急いでいた二人なのだが、繁華街を通り抜けようとしたところで『それ』に出くわした。
「ってうわぁ……! なになに? これ?」
 ぷるぷる震えるピンクの怪生物(?)が道をふさいでいた。
 リア充ではない(涙)二人には、ゴム怪物はなんら手出しをしてこない。ただぷるぷると震えそびえ立つのみである。
 少し考えて悲哀は言った。
「えっと……ぬりかべさんでしょうか……?」
 壁というよりはアメーバ状だが、べったり平べったいあたり、寝ているぬりかべと言えないこともない。
「あ、妖怪さんかー♪ 今日はハタ日だから皆でハイキングがてら百鬼夜行なのかもしれないねー♪」
 アイランの呼びかけに応じたのか、怪物は短く、
「リアジュウ〜」
 と鳴いた。
「あれ、いっぱいいない?」
 アイランは気がついた。いつの間にかぷるぷるぷよぷよ、その『ぬりかべ』がぞろぞろと這い出してきたのだ。建物の隙間や足元の側溝から。
「リアジュウハユルサナーイ」
「リアジュウハダトウサレルベーキ」
「リアジュウタチハ、ミーナゴロシー」
 と書き起こしてみると物騒この上ないことを、甲高い声で楽しげに、それこそ小唄でも口ずさむように言い交わす桃色の『ぬりかべ』たちだ。どうもその『リアジュウ』を追い求めているらしく、ゴムたちは一定の方向へ、行進するように這い歩きだしていた。
 正直、いくら彼らに害意が見られないといっても不気味な光景だが、悲哀は恐れたりしなかった。それどころか彼女は長い睫毛に憂いを浮かべ、ゴムたちの面妖な声に応じるのだ。
「もし、そこの……えっと……ぬりかべさんたち? 今日は年に一度の晴れの日、そんな日にこんな不毛なことを口にしてはいけませんよ」
 悲哀とは反対に、アイランは彼らの動きにむしろわくわく、大きな胸を躍らせていた。
「おー、なんだろう? 愉快なイベントでも始まるのかなー? みんなー楽しんでるかーい?」
 と言うや、一匹のゴムの上にぽーんと飛び乗る。ゴムはちゃんと受け止めてくれた。感触としては、弾力性の強いクッションに似ていた。
「面白いねー♪ 一匹くらい持って帰っちゃだめ?」
 わーいわーいとはしゃぎつつアイランは言うのだが、
「駄目ですよ。ぬりかべさんにも、奥さんや子どもさんがいらっしゃるのでしょう? ……あ、えっと女性かもしれないですよね……すみません。というか、家族がいるのだとしたら、とても心配するはずです。勝手に連れて帰ってはいけません」
「むー、そう言われたらそうかー。じゃあまあ、ここで楽しく遊ぶかな……」
 書き初め大会のことはなんだか、すっかり忘れているアイランだ。
「それでですね、みなさんも」
 ゴム(ぬりかべ?)たちの隣を歩きつつ、悲哀は彼らに呼びかけていた。
「そんな、『許さない』とか『皆殺し』とか言わないで、お家に帰って大切な家族を安心させてあげるほうがいいと思うんですよ……」
 今、この場所に仁科耀助は残念ながら不在だが、いたとしたら悲哀の、この清く優しい心に胸を打たれたことだろう。彼が少しずつ悲哀に興味を示しはじめているのはもしかしたら、彼女の心の美しさに惹かれたからかもしれない。
 しかし悲哀の願いは届かない。アイランの乗馬ならぬ乗ぬりかべもつづかない。
「キー! リアジュウハッケーン!」
 戦闘の一匹がそういななくや、一斉に怪物たちは速度を増して繁華街の中央付近へ急行したからだ。
 振り落とされてアイランは、
「もーまったくー! どうせならあたしも乗せてってよー!」
 と抗議の声を上げた。

 及川翠は大いに盛り上がっていた。
「やっぱり出てきた!」
 狙い通り、ピンクのゴムゴム怪物軍団が出てきたからだ。正直、うろうろ街をゆくだけで、ランチにしたり買い物したり……と、途中からは目的を見失い気味のそぞろ歩きをしていたのだが、都心部に移動しながらだったのがよかったのかもしれない。まさしく大騒動の渦中に居合わせることができたのだ。
「やっぱり一騒動あったか……まあ、無駄足じゃなかっただけいいとするかな」
 ミリア・アンドレッティはゴム怪物を目にしても当初、翠ほどは盛り上がっていなかったのだが、
「リアジュウタイジー! リアジュウタイジノセンモンカー!」
 などと奇怪なことをゴム怪物が叫び、攻撃された人の服が透けているのを目の当たりにして考えを瞬時に切り替えた。
「とんでもない! こんなの放置してられないじゃない!」
 一気に激昂、機晶魔剣・雪華哭女の刀身をすらり抜きはなつや、
「タイジ? 退治されるのはそっちのほうよ!!」
 これを天に掲げ呼んだ。雷光、それは裁きの光!
 放電の反応でミリアの髪がふわりと持ち上がっている。スノゥ・ホワイトノートは彼女の勇姿を見て、なんだか胸の奥に熱いものを感じた。
 ――素敵です〜。私も、負けてられませんねぇ〜!
「ゴム怪物さん、悪者みたいなので容赦はできませんよぉ〜」
 スノゥは目を見開いた。そこに映るは街の光景ではなかった。ここではない場所、魔の棲む世界を垣間見ていた。
「バハムートさぁ〜ん!」
 スノゥの言葉が終わるより先に、なにもない空間がいきなり裂けた。どす黒い瘴気がごうと吹きだすと、黒炎の中から巨大な眼球が、二つ闇色に鈍く光った。そこにいたのは竜に似た巨大な生き物。しかも、数千度にもなる炎をまとって裂け目からこの世界に出てこようとしている! これぞ召喚獣! 名はバハムート!
「やっちゃってくださ〜い!」
 スノゥの言葉に応じバハムートは野太い高熱の焔を吐き出した。桃色のゴムたちは消し飛び、悲鳴を上げる間もなく蒸発する!
「すごいな! すごいな〜!」
 サリア・アンドレッティは手を叩いて喜んでいた。
「うん!」
 翠はうなずく。
 これだけ凄まじい攻撃をしながらスノゥも、ミリアも、一般人への被害をたくみに避けているのがまたすごい。といってもバハムートの黒焔は、窓ガラスを飴のようにひしゃげさせたりしているので建造物への被害ゼロとまではいかないようだ。
 小鳥遊美羽とコハク・ソーロッドも戦いに飛び込んでいる。澱んだ『気』の招待はコレか。テーブルを飛び越え着地し、つぎつぎとゴムたちを蹴散らす。
「ええい!」
 邪魔なダッフルコートを美羽は脱ぎ去った。一瞬だけ美羽に眼を向けると、槍を振り回しつつコハクは言う。
「美羽、こんなこと言ってる場合じゃないけど……似合ってるよ」
 そう、美羽は期せずして、新しいワンピースを披露する格好となっていたのだ。
 でもコハクにとってはよかったかも知れない。こんな状況だったからからこそ、言いやすかったとも言えようか。普通の状態だったらドキッとして言葉に詰まったかもしれない。
 遠野歌菜、月崎羽純も含めての激しい反撃に、おののいたのはドクターXだ。ビルの影に隠れながら、
「や、やばいんじゃない……負けるかも……」
 ガタガタ震えている。
「フハハハ、案ずるなドクターX! この大天才がついている! 戦闘員たちも行くのだ!」
 ハデスはまったくもってポジティブだが、どうも旗色が悪くなってきたのは明らかだった。どんどん繰り出すゴムも配下の戦闘員も、あっさりとやられていくではないか。
 ところで高天原咲耶はといえば、
「……こうなったら、もうヤケですっ! 私が兄さんと初詣にも行けないんですから、他のカップルの皆さんも、ゴム怪物に襲われちゃえばいいんですっ! うふふふふ…」
 すっかり健全に(?)ヤンデレて、ある意味ハデス以上に迫力のある嗤いをあげながら、どんどんゴム怪物を戦場に投げ込むのだった。
 なんだろう。無意味な悪事をしているとわかっているのに、
 ――ちょっと、快感……。
 そんな言葉が、咲耶の胸に去来した。
「うふふ、こうして兄さんと一緒のことをするのも、意外と充実してるかもしれませんね…」
「ククク、そうだろう。元旦早々に世界征服! これぞ無上の快事だ! 充実するな!」
 ハデスは笑っていた。目の前ではバハムートが暴れ狂い、焔の柱や氷の壁、光の雨に槍の雨が降りまくっているというのに!
「あれ……充実?」
 はたとハデスは哄笑を止めた。なにか不味いことを言った気がする。
「リアジュウシネー!」
「げえっ! ゴム!」
 ぺたんとゴム怪物が飛んできて、ハデスの顔面と上半身を包んだ。
 珍しいカットをここにお届けする。メガネをしておらず、白衣どころか上半身裸のドクター・ハデスである。背景には薔薇の花が散るような演出も、なんとなくしておきたい。
「兄さん……! こいつー、兄さんを放しなさいっ!」
 大慌てでゴムを剥がしながら、なぜか咲耶はヨダレがこぼれそうな顔をしていた。
 ぴゃー。
「え……? あ!?」
 ドクターXは仰天して振り返った。目の前にいたはずの二人が消えた……!?
 振り返ると、もう二人の姿は小さくなっていた。ハデスはぐったりしている。それを肩に担いで咲耶が走っているのだ。すごい脚力だ……!
「そんな……! わっ!」
 彼らを追いかけようとしたドクターXだが、マントを力一杯引かれてすてんと後方に転倒していた。
「あんたが黒幕ね」
 美羽が彼を見おろしていた。
「変態さん……みたいだね」
 翠もハンマーを振りかぶっていた。ゴムとの戦いは観察するだけだったが、変態はちょっと見逃すわけにはいかない。

「ゴムの怪物さん、これが愛の力ですっ!」
 歌菜の声に羽純がぴったりと行動をあわせた。
 薔薇一閃! 二人はまるで同じ人間のように、一糸乱れず連続攻撃を繰り出したのだ。いずれも突き、それも、赤い閃光を帯びた突き。目にもとまらぬ早業で、百を超え千に達するほどの回数、針のような乱撃を四方八方へと放つ! 赤い花火が破裂したよう。上方に飛んでも逃さない。たとえ必死で避けたとしても、避けたその方向に新たな突きを出して仕留める。たちまちのうちに二人の周囲には、ただの一匹もゴム怪物はいなくなった。
 二人はまた、ぴたりと動きを止めた。
 戦いは終わった。
「やったね、羽純くん!」
 歌菜は笑顔を見せるも、羽純は応じるより先に、彼女の体を両腕で抱きしめていた。
「あぇえええ? なんで?」
 またまた歌菜は赤面してしまった。赤くなったり戻ったり、今日はなんとも忙しい。
「戦闘の砂埃とかのおかげで周囲に見えてなくてよかった」
 つぶやいて彼は、歌菜の耳に囁きかけたのである。
 彼女の胸元を、ゴム怪物の攻撃がかすっていたようだと。
 つまり、服が透けていると。
「★◎〒△▼☆#@!!!!」
 歌菜は声にならない声を上げた。
「危ないところだったぞ……まったく」
 彼は着物の上着を脱いで歌菜に着せた。
「とりあえず……近くのホテルにでも避難しようか」
 こくこく、歌菜はそれに従うほかない。
 なんとも騒々しい、2024年の幕開けとなったようだ。