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冬空のルミナス

リアクション


●らばーず! らばーず! らばーず!(2)

 多くの人がひしめく空京神社、混雑しているとはいえ全体的にそのムードは明るい。この世から社会不安が消滅したわけではなくそればかりか現在進行形の不安も少なくなかろうが、それでも、ポジティブなムードに満ちているのはいい兆候といえようか。
 そのポジティブムードをかもす一人が七刀 切(しちとう・きり)でありパティ・ブラウアヒメルクランジ パイ(くらんじ・ぱい))であることは特筆すべきだろう。
「いやぁ今日は何の予定も入らなくてよかったー!」
 両腕を振り上げて叫びたい気持ち。いや実際そうしている。
 夏のお出かけの際は、本当に、のっぴきならない理由で彼女(無論『She』ではなく、『そういう意味』の彼女、ざっくばらんに表記するなら『カノジョ』)との約束をすっぽかさざるを得なかったという痛恨事があっただけに、今回も多少、危惧するところのあった切である。
「本当によかったよ、今日はこうして、パティと一緒に来れて!」
 午前中は小鳥遊美羽、コハク・ソーロッドとダブルデートして、これからは神社で二人きりだ。なんとも充実しているではないか。
 欣喜雀躍満面笑顔な切を見上げて、
「結構あっちこっちデートしてると思うけど? 夏以後も」
 とパティは呆れてみせる。
「ちゃうちゃう、そうかもしれんけどちゃうの! 今日は特別な日! 絶対に逃したくなかったわけで」
「ふーん、『パティといられる日はいつだって特別!』なんて言ってたのはどこの誰〜?」
「オウ! そういう意地悪を言う子は手をつないじゃうぞ!」
「意味わからーん! もう!」
 とは言うがパティも笑っている。そして彼女は、切が伸ばした手をごく自然につなぎ返した。指同士を交差させ、恋人つなぎにしてしまう。おまけに薬指をくいくい動かして彼の手のひらをくすぐったりもする。
「人が多いからちゃんと手、つないでおかないとはぐれちゃうからなあ」
「そうねー」
 誰もいないというのにそんな社会的な言い訳を(わざとらしく棒読みで)してみたりして、くすくすと二人は笑いあった。
 賽銭を投げ入れて手を合わせた。
 ――こうやって何度、天に願いを立てただろう。
 切は回想した。これまでのことを。
 彼の祈りは通じたのだ。なぜって、今、彼の隣にはパティがいる。そればかりか、彼女にキスしたければいつだってできる。どこでだって、甘い言葉を囁くこともできるだろう……そしてパティは「ばか」と言いながら頬を染めてくれるだろう。
 願いが叶っても切の祈りは尽きない。気合いを入れて、
「パティともっとイチャイチャラブラブできますように!」
 ……気合いが入りすぎたかもしれない。思いっきり声に出して祈っていた。
「ちょ……! ユーリ! 恥ずかしいこと大声で言わないの!」
 握りこぶしを両手に作って、ポカポカとパティは切を叩いて神前から追いやった。
「ははは、ごめんごめ……」
 謝ろうとした切の口を、思わぬものがふさいだ。
 やわらかいもの。そう、それはパティの唇。
 小鳥がついばむような軽いキスだった。
「ほら、い、今はこれで我慢しなさい」
 何気なく言おうとしたのだろうが、言葉、噛んでしまっている。なんだかパティの頭から、湯気が昇っているように見えた。
「『今は』、ってどういうことかなぁ?」
 土砂崩れぎみにニヤニヤしてしまう切を、一体誰がせめられよう。
「それは……その、家でなら……っていうか……」
 この彼女のセリフも、後半はなにやらゴニョゴニョとしたものになっていた。
 ――あぁもうパティかわいいなぁ! ワイの彼女は最高にかわいいね!
 できることならいま、すぐに神前に駆け戻って神様に激しく感謝したい! それくらい感極まっている切なのだ。
 ――神様、こうしてパティと一緒になれたことに感謝します。これからは俺がパティを幸せにするので見守っていてください。
「おっとそこまでだリア充!……であります!」
 鋭く割り入ってきたその声に、
「何者!?」
 切はそこではっと振り返った。
 テレビならここでコマーシャルが入るところであろう。

 テレビではないのでコマーシャルは入れずに、回想シーンを入れてみる。
 未明、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は出撃した。
 大袈裟ではなく本当に、そうとしか呼べない重武装だった。バズーカ、ライフル、たすきがけしたベルトにじゃらじゃらと手榴弾、両の腰にもありったけのガンをさげている。これぞ正装! 『非リア充エターナル解放同盟公認テロリスト』としての正装だ!
「悪い子はいねがー! ……じゃなくて、初詣にいちゃつくカップルとリア充を襲撃する準備は整ったであります!」
 意気、揚々と歩み出した吹雪だったが、途上、ハーメルンの笛吹きのごとき面妖な姿をまのあたりにして足を止めた。
 一人の少女が、多数のゴム怪物を率いてしずしずと歩いている。彼女は百合園の制服姿、その上に黒いジャケットを羽織っている。足元は編み上げブーツだ。
 ――むむ……美少女! いやいや、それはともかく。
 気になって吹雪は少女の後をつけた。ただ尾行するだけではない。ヘビーな武装を置き身一つ段ボール一つになったのである。『みかん』と書かれた箱を被ってスニーキングを開始したのだ。
 ――その力量、はからせてもらうであります。
「おい、そこの箱」
 スニーキングは十五秒くらいしか続かなかった。
「誰だ」
 笑えば可愛いだろうに、くすりともせず冷ややかな目で、美少女は『みかん』箱を見おろしていた。
「自分に気付くと相当な手練でありますね!」
 がばと箱を投げ捨て吹雪は立ち上がった。
「そしてその人を寄せ付けず、気配まで消した雰囲気はまぎれもなく孤独なぼっち!」
「『ぼっち』……?」
「さぞや名のある非リアテロリストとみたであります!!」
「そうか。『ぼっち』というのはテロリストの通称か」
 少女は身を屈めた。いつでも突きや蹴りを繰り出せる姿勢だ。危険な気配を察知したのだろう、さわさわさわ……とゴム怪物が集団で、彼女を中心にした同心円を描きはじめる。
「待つであります! 自分は非リア充エターナル解放同盟公認テロリスト、その名も葛城吹雪! 志を同じくする者とお見受けしたであります! 義によってそのテロ、加勢するでありますよ!」
「……ああ。ミスターXとやらの知り合いか。変な連中ばかりだな」
 一人でなにやら合点して、少女はまた歩き出した。
「カーネリアン・パークスだ」
 そう名乗った。
 再度『みかん』をかぶって吹雪は、カーネリアンのあとをついていく。
「やはり大量にこいつらを連れていると目立つ。小さくしておかねばなるまいな……」
 カーネリアンはそんなことをつぶやいていた。

 回想シーン終了。
 というわけで切に、
「おっとそこまでだリア充!……であります!」
 と吹雪が叫んだところから再開しよう。
「なによあんた?」
 ムッとした顔になり、パティはポケットからビーフジャーキーを取り出すと一本くわえた。
「影ながらゴム怪物の活動を応援する者であります! 神社の外で段ボールをかぶりつづけること数刻、いよいよ出番が来たでありますよ!」
「だから、なんのためにそういうことやってるわけ!?」
 だがその言葉に応えるつもりは吹雪にはない。
「これ以上の問答は無用であります!」
 言うなり投げつけた。ゴム怪物を一匹!
「リアジュウトウバーツ!」
 ぐんぐん飛ぶ。ピンクのぶよぶよが飛ぶ。
「やめろー!」
 せっかくのラブラブ空間がー! ――心で哭きながら切は、剣を抜きそれを真二つにした。しかしなんたること! 二人の周囲から、あるいは群衆をかき分け、どんどん怪物が湧き出てきたのである! 怖っ!
「やるでありますな。しかし、なんとしてもリア充をおしおきするでありますよー!」
 吹雪の宣言は、熱い。

 さてその頃、カーネリアン・パークスはどうしていただろう。
「かかれ」
 馬鹿なことをしているとは、カーネリアンもわかってはいるようだ。それでも淡々と、ゴム怪物たちに攻撃指令を下していた。
 もっとも、指示など下さなくても彼らは勝手に標的たるリア充を見つけてかかっていくようであるが。
 会場は混乱につぐ混乱だ。誰も彼女がこの騒動の原因とは思っていないだろう。少なくとも、カーネに注目していなければ。
「カーネリアン!」
 しかしその、注目していた人物がいたようだ。
「おい、そのゴムみたいなのに襲われてるのか!? 大丈夫か!」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)だった。息せき切ってかけつけ、カーネリアンを守るような立ち位置でゴム怪物立ちを睥睨する。
「勘違いするな。こいつらはいわゆる『リア充』というものしか襲わん」
 カーネはシリウスを見ても動じず、平然と言い放った。
 シリウスは恐る恐るゴムの一つに触れてみた。カーネリアンの言う通りで、怪物は反応らしい反応をしない。
 このとき、
「それどころか、私の見たところでは……」
 いくらか遅れて、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が到達した。カーネの姿を確認するやだしぬけに駆け出したシリウスを追ってきたのだ。
「カーネリアンさん自身が怪物を指揮しているような……まさか、あなたがこの騒動の黒幕ですか」
「ある人間に頼まれてやっている」
 カーネは悪びれもせず、弁明もしない。
「……って、冗談じゃないみたいだな。まあ、大真面目に冗談を言うタイプじゃないのは知ってるが……」
 シリウスは念のためソウルヴィジュアライズを通してカーネリアンの表情をうかがうが、誰かに操られているわけでもないと判明しただけだった。ただ、喜んでやっているわけでもないらしい。
「えーと、一体何があったんだ。詳しいこと話してみろ。オレにできることなら力になるから」
「不要だ。受けた義理を返しているだけだ」
「どういう義理なんです? せめてそれだけでも……弱みを握られているとか……」
「落とした定期入れを拾ってもらった」
 カーネリアンはこれまた、なんでもないことのような口調だ。
「っておい、それだけのことでこのザマかよ……すごいことになってるじゃねえか!?」
「そうだな」
 なんというか、カーネにはカーネの尺度というものがあるらしい。
「真の黒幕についてご存じですか」
「ドクターXとかいう黒覆面の男だ。本名も素顔も知らん」
 これでは、犯人捜ししようにもお手上げだ。
「ま、それならそれでいいさ」
 シリウスは言った。カーネが騒動を起こしているといっても死傷者がでているわけでもないし、なぜかキャアキャアと喜んでいる連中もいるようだし――まあいいか、と自分の中で結論を下したのである。肝は据わっているほうだ。
 ぷにょ、とシリウスはゴム怪物のひとつに腰を下ろす。
「お、ウォーターベッドというか良質のクッションというか……こりゃいいぞ。せっかく会ったんだし世間話でもしようや」
「この状況下で世間話とは。変わり者だな、シリウス」
「カーネリアンに言われたくねーよ」
「カーネでいい。知り合いはそう呼ぶ」
 あいかわらず真顔で、愛想笑いをする気配すらないが、これがカーネなりの愛想なのかもしれない。シリウス同様にゴム怪物に座って、
「聞こう」
 とだけ言った。
 というわけで、空をゴムが飛び、カップルは逃げたり騒いだり、逆に襲われもしない非リアな人たちはそれはそれで寂しさを味わったり……な環境下での世間話とあいなったのである。
「オレたち今、ちょっとワケあって天学で集中講義中でな。だからこうして久々になったってわけだ。まあ要するにイコン絡みだ。本当は年明けくらいからの予定だったんだが、今までの愛機をロストしてしまい急遽って感じで」
「そうか。気の毒にな」
 ――そんなこと言えるんだ!?
 冷血に見える彼女が「気の毒」などと口にしたのが意外なようでもあり、なにか嬉しいようでもあり――シリウスは妙な気持ちになる。
「それで、今はなぜ空京に?」
「ああ、年越しはこっちで、と思って。どうせパラミタでの正月なら、気のしれた仲間と過ごせた方が楽しいしさ」
「まぁ……三が日が終わったらすぐ講義再開なんですけれど……」
 歌うようにリーブラが言う。
「う、嫌なこと思い出させないでくれよ」
「ところで、カーネさん?」
 ここでリーブラはなにか思いついたようで、好奇心に目を光らせカーネにさっと両腕を伸ばした。
「カーネさんに今抱きついたら、『リア充』になって襲われたりす……」
「襲われたりするだろうな」
 ぱっと立ち上がったカーネは、とんとリーブラの背中を手で押す。勢い余ってリーブラは、シリウスに抱きついてしまった!
「あら? まあこれでもいいかしら。シリウス〜、幸せにしてあげますわ?」
「お、おい! リーブラはたしかに『大切な人』だがそーいう意味じゃねーぞ!」
 などという問答はつづかない。なぜって、
「リアジュウハッケーン!」
 シリウスとリーブラは抱き合ったまま、シリウスが腰掛けていたゴムに飲み込まれてしまったから!
「わー!」
 衣服が溶かされている。いや実際は溶けているのではないが、そんな様子で透明になっていく。コートも上着も下着すら……! さらされるのかリーブラの玉の肌!? シリウスの膨らみ……!?
 だが大丈夫。
「『同郷』のよしみだ。助けるのはこれきりだぞ」
 べりりとカーネが、二人からゴムをひっぺがしてくれたから。
「す、すまん。助かった……」
 シリウスが顔を上げたときすでに、カーネリアン・パークスはいずこかへ姿を消していた。